第135話「炎の石」(2)【挿絵あり】
「そこで1つ提案したい。この火導石を使ってはどうだ?」
「火導石?」
「火導石は、このオズの世界に存在する希少な宝石。この石を身に付けた者は、周囲の炎を自在に操る力を得る。炎を増幅させるのも、形状を変えるのも、自由自在だ。この石を身に付けているから、私は火龍を操る事が出来るんだ」
火導石。それは、レオンが火龍を操るために使っていた紅い宝石だった。レオンは意図的に火花を起こし、それを増幅させて火龍を作り出していた。この石があれば、ベルも魔法陣を使わずに自在に炎を操る事が出来るだろう。
「?」
その直後、上を向いていたベルの右掌から少量の炎が飛び出した。どうやらそれはベルが意図していなかった事のようで、驚いたベルは目を丸くしている。
そしてその炎に共鳴するように火導石が赤く輝くと、炎が“ある形”を形成し始める。意図せず現れた炎は少しずつ膨張し、やがて人の形を作り上げた。
「アローシャ⁉︎」
炎で形作られたのは、他でもないアローシャだった。ナイトが見せた夢の中で見たアローシャが、今まさにベルの目の前にいる。突如として現れた人型の炎を見て、室内にいる全員が驚愕の表情を浮かべた。
「ほう…これが、かの有名なアローシャか」
「……アローシャ」
初めて見るアローシャの姿に、レオンとリリは釘付けになっていた。リリはアローシャに意識を奪われたベルを見た事はあるが、アローシャ本体を見るのは、これが初めてだった。
一方のレオンは、ただただ興味深そうに業火の悪魔を見つめている。
「その火導石。この小僧には必要のないものだ」
「それはどういう事だ?」
突然現れたアローシャが発した第一声は、レオンの提案を否定するものだった。現れてすぐ自分の意見を否定されたレオンは、鬼の形相でアローシャを睨みつけている。
「火導石。素晴らしき自然の産物だ。しかし、この少年は魔力の根源である悪魔を許容した。そんな石ころは、この少年にはまず必要ないもの。確かに、今ここに火導石があったからこそ、私はこうして表に出て来られた。だが、それは小僧の努力次第でどうとでもなる事なのだ。コイツ自身が火導石の役割を担う事が出来るのだからな」
「ファウストが火導石……」
アローシャの口から出る言葉は、レオンの知識を超えるものだった。どんな天才でも、人間の何百倍もの年月を生きている悪魔の知識には勝てないと言う事だろう。
「火導石は、炎の魔獣や炎の黒魔術士の化石から作られたもの。特に炎の悪魔と憑依の契約を結んだ者の化石が原料の場合が多い。この世に幾つか存在する魔導石は、そのほとんどが憑依の契約者の化石から作られたものなのだ」
「……確かに、そう言った話は聞いた事がある。しかし、化石が出来るほど昔に黒魔術を使う者がいたのか?」
レオンも火導石の原料については、聞いた覚えがあった。ベルのような憑依の契約者が魔導石の素となっている。
しかし、ここでレオンは1つの疑問を抱く事となった。その昔、黒魔術士で組織された黒魔術士騎士団の前身“黒龍騎士団”は虐げられていたはずだ。
「当たり前だ。人間が悪魔の存在を知ったその時から、黒魔術士は存在した。最も、その時代 黒魔術士は許されざる存在だったようだが」
「なるほど…しかし、ファウストに火導石が必要ないのなら、なぜ今このタイミングで現れたんだ?」
アローシャは遥か昔から人間を見てきた。まさに生ける歴史の教科書だ。今のように黒魔術士がメジャーな存在になる遥か昔から、オズの世界に確かに黒魔術士は存在していた。
「そこに火導石があったからさ。いい機会だから説明してやろうと思ってな。小僧、お前にとっての火導石は、掌の印だ。その印が私とお前のオーブを繋ぐ鍵のようなものだ」
「でも、俺はとっくにお前の力が自由に使えるんじゃないのか?扉の試練も終わったし」
「確かに、お前は自由に私の魔力を使えるようになった。だが、まだ経験が足りんのだ。戦闘を重ね、炎を自分の手足のように使えるようになる必要がある。そうしなければ、この動乱を生き抜く事は出来んぞ」
ベルは扉の試練を乗り越え、アローシャの力を自在に使えるようになったはずだったが、彼にはまだ経験が足りない。今のベルは計り知れない潜在能力を持て余している状態だった。言い換えれば、炎のコントロール次第で、ベルはまだまだ強くなれると言う事。
「手足のようにって……どうすりゃいいんだよ」
「あれから少しは炎の扱いに慣れて来たのではないか?戦いを重ねて行けば、そのうち手足のように扱えるようになる。今後は、その炎の印を意識して戦ってみる事だ」
「何だよそれ。そんな事言って、本当は俺に教えるのが面倒なだけなんじゃないか?」
炎の印を意識しろ。それが、アローシャからの助言だった。幾多の困難を乗り越え、アローシャがいつでも傍にいる事は、すでにベルにとって当たり前の事になっていた。
「……アローシャよ。なぜ悪魔であるお前が、人間であるファウストにここまで協力的なんだ?」
「そんな事はどうでもいいではないか。悪魔全てが人間の敵だと言う考えは捨てた方が良い。悪魔にとって人間が餌である事実は否定しようがないがな。それに、その少年は非常に興味深い存在だ」
レオンの質問に答えると、アローシャを象っていた炎は忽然と消えてしまった。悪魔にとって人間は餌であり、人間にとって悪魔は力の貸与者。
しかし、全ての悪魔が人間の敵であると言う考えは、人間の偏見に過ぎないのかもしれない。
「アローシャ……変わった悪魔だな」
ベルとアローシャの様子を見ていたレオンは、複雑な感情を抱いていた。
憑依の契約者の身体を完全に支配する悪魔は見た事があっても、ここまで人間に協力的な悪魔を、レオンは見た事がなかった。
「そういえばレオン、アドフォードの事件は知ってるか?」
「“さん”を付けろ、“さん”を‼︎…アドフォードが火の海になった一件だろう?当然知っているさ」
「何だ…知ってるのか」
レオンはジェイクの兄。それを思い出したベルは、ベルゼバブにより壊滅的な被害を負ったアドフォードの話を切り出した。
「聞くところによると、アローシャとの接触を図ったベルゼバブがお前をアドフォードにおびき寄せた結果、そうなったようだな。故郷がめちゃくちゃにされるのは、決して気分が良いものではない」
「じゃあ、ジェイクさんがベルゼバブに狙われている事は知ってるか?」
レオンはアドフォードの事件について、かなり詳しく知っているようだ。彼は事件が起こるまでの経緯まで知っていた。恐らく、それは騎士団の情報網によるものだろう。
「なぜ、ジェイクには“さん”を付けるんだ………」
「レオンはレオンでも、ジェイクさんはジェイクさんだから」
「貴様………まあ良い!それで、今何と?」
「だから、ジェイクさんがベルゼバブに狙われてるのは知ってるのか?」
「それはどういう事だ?」
アドフォードの火災について詳しく知っていたレオンだったが、ジェイクがベルゼバブの標的になっている事は知らなかったようだ。
「あの時まだ黒魔術の事を何も分かってなかった俺の代わりに、ベルゼバブを撃退してくれたのがジェイクさんなんだ。それで、ベルゼバブの恨みを買ったんだよ」
「なるほど…消えゆく星の残り火か…」
ベルの話を聞いて、レオンはすぐにジェイクがどうやってベルゼバブを撃退したかを想像していた。
「ベルゼバブが負った傷も、今頃きっと癒えてる。いつジェイクさんが狙われてもおかしくない」
「ベルゼバブなら今頃ピンピンしているだろうな…何だか嫌な予感がする」
レオンは、ベルゼバブの事を知っているようだった。最近のベルゼバブの動向をベルたちは知らないが、あのしぶとい悪魔は、きっと今頃ベルやジェイクに復讐する手立てを考えているはずだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!
久しぶりにアローシャが登場した回でした!
次回はレオンの口からどんな言葉が飛び出すのか!?




