第21話「消えない怒り」【挿絵あり】
炭鉱夫のゴーストたちが暴れまわっている理由とは……!?
「32年前、リミア連邦リオルグから2人の男がやって来た。仕事を失った若い男2人が、俺たちの採鉱会社に転がり込んで来たんだ」
「その2人にあなたたちが怒りを抱いているということですか?」
「正確に言えば、その2人のうちの1人だ。その男のせいで、俺たちは死んだ」
「なるほど。それがゴーファーということですね」
「あぁ。レイヴン・ゴーファー。アイツは不正を働いて財をなした」
死んだ炭鉱夫たちが恨みを抱いている大富豪レイヴン・ゴーファーの出身地は、ベルと同じ港町だった。どういうわけか仕事を失ったゴーファーが移り住んだ先が、このアドフォードの町だったのだ。
「不正?」
「当時この町では、炭鉱夫と共に、宝石商が活発に活動していた。炭鉱夫が宝石商に宝石を売って儲ける。そんな感じだ。レイヴン・ゴーファー。アイツは町中の宝石商を丸め込み、自分だけが儲かる仕組みを作り上げた」
「恨みを抱いた理由はそれだけですか?」
「いいや、もちろんそれだけじゃない。事故を装って俺たち炭鉱夫を殺しやがった!レッド・ウォール炭鉱が不慮の爆発で崩落し、俺たちはその下敷きになったんだ!」
「殺された⁉︎やっぱりゴーファーは極悪人だったってことか」
炭鉱長の話によれば、レイヴン・ゴーファーを大富豪たらしめた巨額の富は、大勢の炭鉱夫の犠牲の上に築かれたという。
「ちょっと待って。あなたの言い分は分かりました。でも、それは真実なんですか?証拠はあるんですか?」
「全てがアイツが犯人だと示す要素ばかりだ。アイツは宝石のレートに誰より詳しかったし、爆弾を作る天才だった。これで何を疑う必要がある?アイツが大富豪になったという事実も、証拠になるだろう⁉︎」
「それに、あの日炭鉱の中にいた炭鉱夫は、爆発に巻き込まれて全員死んだ。生き残ったのはたった2人。リオルグから来たヨハン・ファウストと、レイヴン・ゴーファーだけだ」
炭鉱長は怒りの見え隠れする語調で、そう言った。その言葉を聞いて、ベルの表情は一瞬強張った。ヨハン・ファウストという男は、ベルの実父だったのだ。思わぬところで自分との繋がりが出て来て、ベルは驚きを隠すのに必死だった。
「そ、そうなんですね……」
ベルは、余計な事を言わないように口を閉じた。
「つまり、あなた方はヨハン・ファウストとレイヴン・ゴーファーが、レッド・ウォール爆発事件に関与しているとお思いなのですね」
セドナは炭鉱夫の亡霊たちが、何度も“ゴーファー”と叫んでいた理由を推測した。
「少し違う。俺たちはレイヴン・ゴーファーを疑っている。ファウストはそんなことを考える人間ではないだろう。後に大富豪になった事実も踏まえれば、ゴーファーが俺たちを殺したのは間違いないと思っている」
それを聞いて、ベルは少し安心した。彼らのターゲットはゴーファーだけだ。
「でも解せないんです……話を聞いている限り、レイヴン・ゴーファーをこの事件の犯人だと断定するには、手がかりや証拠が少なすぎると思うんですが……」
セドナは顎に右手を当てて、頭を悩ませた。
「まだ言っていないこともある。ある日突然町中の宝石商が、俺たち炭鉱夫から宝石を買取らなくなった。皆そのことで苦しんでいたが、ゴーファーとファウスト。あの2人だけは違った。アイツらだけは何事も無かったかのように、宝石を金に変えていたんだ」
炭鉱長は自分が疑われていることを知ると、ムキになってそう言った。
「つまり、彼らが裏で何かをしていたとお思いなのですね……でも、それを証明する証拠はありません」
炭鉱長のどんな証言も、レイヴン・ゴーファーを犯人だと断定するには不十分だった。
「それだけではない!現に奴は大金持ちになって、この町に豪邸を立てている!ゴーストになってまでこの町に留まっている俺たちは、死んだ後のことも知っている!」
セドナが考えを理解してくれない様子を見て、炭鉱長は頭を抱える。
「レイヴン・ゴーファーが怪しいのは確かな事実です。でも何の証拠もない。今となっては、アドフォードの宝石商も廃れてしまっています。今さら確認することは出来ない」
セドナは、炭鉱長の晴らせない恨みを十分に理解していた。だが彼女の言う通り、当時は全盛だった宝石商たちも、今となってはアドフォードから撤退してしまった。もう何の証拠も残されていないのだ。
「それは分かっている。だが、俺はどうしてもアイツが許せないんだ……」
炭鉱長の握られた拳は、怒りで震えている。
「今言うのも何なんですが、あなたはレイヴン・ゴーファーが11年前に謎の失踪を遂げたことを知らないんですね」
ここで、セドナは少し前から抱いていた矛盾を確かめるためにそう言った。
「何⁉︎」
「やっぱり知らないんですね。11年前までは、レイヴン・ゴーファーはこの町にいました。でも、今はいないんです。それなのに、なぜあなた方は今もなお、この町でゴーファーをお探しなのですか?」
セドナは、この不可思議な点について追求を始めた。
「………今まで感情に任せて話していたせいで、まだ説明していないことがあった」
炭鉱長は俯き気味で、ベルとセドナの顔をキョロキョロと見ている。
「どういうことですか?」
「俺たちは死んだ後すぐにゴーストになった。だが、記憶があるのは死んで数年までなんだ…それから現在までの記憶が全くない。まるでつい最近まで眠っていたかのようなんだ……」
その説明を聞いて、ベルとセドナは顔を見合わせる。これによって、さらに話が分からなくなって来た。一旦眠りについた霊魂が再び目覚めて暴れまわる。そんなことはあるのだろうか。
「そうだとしても、おかしいです。その死後数年の間、あなた方は人間の体に乗り移って暴れることはなかったはず。それなのに、なぜ最近になってこんなことを?」
セドナの頭はパンク寸前だ。何がどうなっていると言うのか。全く先が見えない。この件には、何か別の大きなものが関わっているのかもしれない。
「それが……分からないんだ。最近になって俺たちの意識はハッキリと目覚め、そして決して消えることのない怒りが、心の底からフツフツと湧き上がって来た。ゴーファーを許さない。その気持ちだけで動いていた。ここの炭鉱夫全員がな」
一旦落ち着いていた炭鉱長は、再び怒りで身体を震わせ始めた。
「………このままここで話していても、何も変わらないわね」
彼女の悩みの種は増える一方だ。ベルが無罪であることを調べなければならない中、解決出来そうだと思っていた事件がさらに深い謎を帯び始めている。
「炭鉱長。アドフォードでは、あなたたちが起こした事件の他にも事件が起こっているんです。俺たちは、その事件にはゴーファー邸が関わっていると思っています。何か解決するかは分かりませんが、一緒に行きませんか?」
「ちょっと、何勝手………まぁいいわ」
ベルの唐突な提案にセドナは困惑するが、すぐに彼女はそれを受け入れた。このまま炭鉱長の話を聞き続けるよりは、遥かに良い方法だろう。
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炭鉱夫たちが探しているのは、消えた大富豪レイヴン・ゴーファー。謎の詰まった彼の屋敷で、これまでの事件の真相を明らかにすることは出来るのか!?




