第133話話「雪原を統べる者」(3)【挿絵あり】
「多少ですって⁉︎ふざけるな‼︎」
「おやおや、分からない娘だな。邪魔をするなら、遠慮なくお前も殺すぞ⁉︎」
「……望むところよ‼︎」
この瞬間、ベルたちと龍人の戦いにエルナも参戦する事になった。雪男と違い、龍人は本気でエルナの命を狙って来る。エルナが龍人に勝てる見込みは少ない。黒魔術士騎士であるベルとレオンでも苦戦しているのだから。
龍人は鋭い牙を剥き出しにしながら、エルナに襲い掛かる。対するエルナも怪物に立ち向かうために、ブレイズの背に乗って進む。
「………………。」
ところがエルナに到達する前に、正体を隠したレオンが龍人の前に立ち塞がった。龍人との戦いが始まってからと言うものの、レオンはずっと口を噤んでいる。
「貴様は何者だ?なぜ私の邪魔をする?」
「……………」
話しかけられても、レオンが龍人の言葉に応える事はなかった。やはり、レオンの黒衣は何らかの性能を有している。そうでなければ、この至近距離で正体に気づかない方が変だ。
ゴォォォォォォ…
そして、レオンは再び火龍を出現させる。レオンの火龍も、脱皮を繰り返した事で硬化した龍人の皮膚に、与えるダメージが軽減されてしまうかもしれない。その可能性は十分に分かっているはずだが、レオンは攻撃を仕掛けた。
目醒めた火龍は、龍人に向かって直線的に進んで行く。一切トリッキーな方法を使わず、火龍はまっすぐに飛んで行った。
にやり。
攻撃を仕掛けられているのにも関わらず、龍人は避ける素振りも見せずに笑みを浮かべていた。これまでもそうだった。彼には、攻撃を避けようとする意思がない。なぜなら、彼へのあらゆる攻撃は無効化されるのだから。
「…………‼︎」
そして龍人は、火龍の猛攻をまともに食らった。レオンの火龍の持つ威力は、エルナの炎の刃より上で、アローシャの業火より下。
だが、まだ龍人の皮膚を焦がすほどの火力は持っていた。これまでより長く火龍に晒された龍人の皮膚には、こんがりとした焼き目がついていた。
“そこだ‼︎”
そしてレオンは瞬時に身を翻し、後方へ左手を突き出す。これまでの龍人とベルとの戦いを観察していたレオンは、龍人の攻撃パターンを予測していた。1度攻撃を受けたら、脱皮して敵の背後を取ってくる。それが龍人の戦法だ。
「読みが甘い‼︎」
ところが、レオンの突きが龍人に当たる事はなかった。レオンの手を先読みした龍人は、彼の背後に現れるのではなく、彼から遠く離れた場所に立っていた。レオンの予測通り、龍人はもう1度脱皮していた。
「何っ⁉︎」
龍人の方が上手かと思われたが、その直後に龍人の方がレオンに圧倒される事になる。さっきまで2人の間には少なくとも10メートル以上の距離があったはずだったが、一瞬にしてレオンは龍人の目の前に移動していた。これも科学の為せる技なのだろうか。
“これで終わりだ”
その直後、レオンはゼロ距離でさっきと同じように左手を突き出した。
ところが、彼の拳は握られてはいなかった。レオンは手のひらで龍人の腹を突いたのだ。自然の黒魔術でさえ回避されてしまうのに、生身の物理攻撃が通用するとでも言うのだろうか。
予想に反して、そこにはちょっとした変化が起こっていた。ベルの立っている場所からは見えなかったが、レオンの左手で龍人の腹に触れた瞬間、微かな青い光が放たれた。
「ハハハハ‼︎そんな生ぬるい打撃で何をしようと言うのだ‼︎」
「……………」
「ハハハハハハ………ん⁉︎」
初めは龍人の身体には何ら変化が起きなかったが、しばらくすると彼の表情は歪み、糸を切られた操り人形のようにその場に倒れ込んでしまった。さっきのレオンの攻撃は、これまでとは何か違うようだ。
「レオン!油断するな!きっとそいつはまた脱皮する!」
「気安く名前を呼ぶな‼︎それに、ちゃんと“さん”付けしろ‼︎」
「だから油断するなって!絶対アイツまた脱皮してるって!」
ベルは至って本気だったが、レオンは自分の名前が呼ばれた事ばかりを気にしている。龍人はこれまでのように脱皮を繰り返して再び襲い掛かってくる。ベルはそう思っていた。
「よく見てみろ。コイツは完全にこの私が仕留めた。もう脱皮することもない」
「え?」
レオンはさっきの一撃で龍人を葬り去ったと言うが、ベルはとてもそれを信じる事が出来なかった。何度 黒魔術を浴びせても倒せなかった龍人が、さっきの一撃で死んだとは考えにくい。
「私がこの手で葬ったからな」
そう言いながら、レオンは自慢げに左手をベルに見せつけた。レオンの左手は全体が金属で覆われていた。銀色の金属で造られたその左手は、まるで血管のような赤いラインが通っていた。
その手のひらには、円形の窪みがあった。左手全体を巡る赤いラインと違い、掌の円は青く光を放っている。その左手首には、他の騎士団員のような忠誠の鎖は見当たらない。
「これは私の自慢の発明品ハート・ブレイカーだ。この左手を標的の身体に密着させると、その中にあるオーブを消滅させる事ができる。まさに、心を壊してしまう代物だ」
「オーブの消滅?そのガラクタで、そんなことが出来るのか?」
機械の左手は、レオンの発明品のひとつだった。その名も“ハート・ブレイカー”。文字通り、標的の中にあるオーブを消滅させる恐ろしい兵器だ。
しかし、ベルは説明を聞いても、まだレオンを信じていなかった。
「ガラクタとは何だ、ガラクタとは⁉︎これは私の知識を全て注ぎ込んだ最高傑作だ‼︎科学の力を以てすれば、オーブを消し去る事さえ可能なんだ。これ以上生意気言うようなら、お前のオーブも消してやるからな」
「……それは勘弁」
自身の最高傑作をガラクタ呼ばわりされたレオンは、激昂した。ベルのひと言が、レオンに火を点けてしまったのだ。
「ハート・ブレイカーだけではないぞ。火導石を使った擬似魔法装置も素晴らしい。摩擦によって生じた火花を増幅させて炎を生み出す。それに高速移動を可能にしたこのソニック・ブーツも自信作だ。他にも山ほど発明品はある。私には悪魔との契約など不要なのだ!」
「はいはい……そうですか」
スイッチの入ったレオンは、次々に自身の発明品を語り出す。よく聞いていれば、彼が語っているのは龍人との戦いで使用した発明品のようだ。レオンが火龍を生み出していたのも、超高速で動いたのにも全て説明がついた。
「まだあるぞ…」
「…それより、この化け物は一体何なんだ?」
発明品についての話を続けようとしていたレオンの言葉を、ベルは無理やり遮った。ベルが気になっているのは、レオンの発明品よりも龍人の正体だ。
「そいつはヨハネ・ブルクセン。雪男の開発者にして、騎士団に力を貸している科学者だ」
「ブルクセン⁉︎」
レオンが自分の話を遮られて怒らなかったのも十分驚ける事だったが、ベルはその苗字を聞いて目を丸くした。ベルはその名前に聞き覚えがあったのだ。
「そうだ、お前が住んでいる家は、元はこの化け物の家だ」
「こんな化け物が、人間の家に住んでたのか?」
ドクター・ブルクセンは、今ベルが住んでいる家の所有者だ。前から名前だけ知っていた人物と、ようやくベルは対面したのだ。
あの龍人があの家で暮らしていた様子を想像して、ベルは身震いするのだった。
「お前は馬鹿か。ドクター・ブルクセンもまた、お前と同じブラック・サーティーンの1人だ。奴の身体を蝕むのリヴァイアサン。奴もお前と同じように、憑依の契約をした後でも自我を保っている」
「じゃあ化け物みたいになってたのは、侵蝕のせいなのか?」
そして立て続けに驚愕の真実が明かされる。ドクター・ブルクセンは現在判明している中で4人目のブラック・サーティーンだった。彼もまた、ベルやナイトと同じように事件後も自我を保っている。
それを聞いたベルが真っ先に思いついたのが侵蝕だった。侵蝕を極限まで進めれば、レイヴン・ゴーファーのように化け物のような見た目になる。
「侵蝕。憑依の契約者だけに見られる特殊なパワーアップか。馬鹿なお前でも、そのくらいは知っているんだな。お前の言う通り、ブルクセンはおそらく侵蝕を最終段階まで進めている」
「うえ〜っ!あんなんになるなら、俺は絶対 侵蝕最後まで進めねーぜ」
ベルの予想通り、ドクター・ブルクセンは侵蝕を最終段階まで進めていた。
元々 侵蝕は悪魔が力を使いやすいように身体を悪魔用に変えてしまうもの。そのため、侵蝕を最後まで進めれば、本来の悪魔に近い力を発揮する事が出来るのだ。
「そんな悠長な事は言ってられんかもしれないぞ」
「何だよそれ…」
「侵蝕を最後まで進めなければならない時が、いずれ来るかもしれんと言う事だ」
レオンは真剣な顔で未来に待ち受けるものを見通していた。騎士団の新たな顔が明らかになった今、ベルを取り巻く環境は再び変化するのかもしれない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、4人目のブラック・サーティーンであるヨハネ・ブルクセンの初登場回でした。
残すは雪の頂に足を踏み入れるのみ。ベルたちは、雪の頂で、伝説の“月の花”を手に入れる事が出来るのでしょうか⁉︎




