第133話「雪原を統べる者」(2)【挿絵あり】
「よくも私の可愛い子どもたちを、台無しにしてくれたな…」
そして、ついに“彼”が口を開いた。“彼”は人間ではなかったが、人間の言葉を話している。
その身体は鍛えあげられた筋肉と、蛇のようなウロコで覆われていた。“彼”の顔は蛇やドラゴンに似た爬虫類のような形状をしていて、頭部からは人間のように毛髪が生えている。
「お前が雪男を作ったのか?」
「いかにも…雪男を創り上げたのはこの私だ」
にわかには信じ難いが、今目の前に立ちはだかっている化け物が、雪男の開発者だと言う。これまでのレオンの話や状況からして、この怪物の言っている事は嘘ではなさそうだ。
「……一体お前は何なんだ?」
「そんな事は知らんでいい。お前は、雪男の性能テストのために騎士団から選ばれた黒魔術士。だが、私の研究の成果をこうもめちゃくちゃにされては堪ったもんじゃない。さて、どうやってこの落とし前をつけてもらおうか…」
レオンの言う通り、この怪物は自身の発明を狂愛していた。多くの雪男が破壊される事は十分想定出来たはずなのに、怪物は怒りに震えている。これでは、この怪物は頭が良いのか悪いのか分からない。
「それは逆ギレってやつだろ?俺はただ騎士団長に言われてここに来ただけだ‼︎」
「シャーァッ‼︎いずれにせよ、お前たちが私を怒らせた事実は変わらない。それに、そこにいる黒衣の者は性能テストには参加する予定ではなかったはずだ」
怪物は聞く耳を持たなかった。もう誰にもこの怪物の怒りを鎮める事は出来ない。怒れる科学者を止めるには、戦う他道はない。
それに、この怪物はレオンと面識があるはずなのに、目の前にいるのがレオンだと気づいていない様子。彼が身を包んでいる黒衣には、正体を隠すための何らかの作用があるのだろうか。
「君たちには死んでもらおうか!」
「ざけんな‼︎お前がそのつもりなら、俺も全力で行くぜ‼︎」
怪物は理不尽なだけでなく、極端な考えの持ち主だった。天才はよく人に理解されない事があるが、彼はまさにそれだった。気に入らない人間がいれば殺す。それがこの怪物のポリシーであるらしい。
戦闘が避けられない事を悟ったベルは、すぐさま右手に炎を灯す。
続いて、レオンも無言のまま火龍を出現させた。レオンはベルと協力して、この戦いを早く終わらせるつもりなのだろう。
ゴォォォォ…
燃え盛る火龍は、ベルが業火を放つ前に、怪物の身体に巻き付き始める。
やがて火龍は大きな怪物の身体を縛り上げ、動きを封じた。火龍によって締め上げられると、怪物の身体はその箇所だけウロコが焼けて捲れ上がった。それだけではなく、そこからは煙が出ている。
「ブラック・サーティーンに喧嘩売った事、後悔させてやるぜ‼︎」
今のレオンの攻撃で、ベルは炎が十分この怪物に有効である事を確信した。レオンが使うのはもちろんアローシャの業火ではない。アローシャの業火は、炎の黒魔術の中でも最高クラスの力を持っている。
火龍によって怪物が完全に動きを止めている事を確認したベルは、すぐさま燃え盛る業火を解き放った。
ベルが放った真っ赤な炎は、真っ直ぐに怪物に飛んで行き、直撃する。火龍の場合は、触れている箇所が焼け焦げるだけだったが、怪物も業火を受けてしまってはタダでは済まない。
「シャーアァァァァッ‼︎」
アローシャの業火を受けた怪物は、悲痛な叫び声を上げた。ベルが放った業火は、確実にこの怪物にダメージを与えている。
雪男と言う兵器を発明するほどの天才でも、怪物はベルに敵うほどの戦闘能力を持っていなかったと言う事なのだろう。
間も無く怪物は全身を真っ赤な炎に包まれ、その場に倒れ込んでしまう。雪男を生み出した雪原の覇者は、業火の黒魔術士の前に敗れた。
「……やったのか?」
燃え盛る真っ赤な炎を鎮めると、ベルはゆっくりとその生物に近づいた。アローシャの業火を受けた怪物は、全身黒く染まって倒れている。
「甘い…甘すぎる。確かにその炎は素晴らしいが、貴様には実戦経験がまだまだ足りん。さて、お前の身体はどんな味がするのかな?う〜ん…やはり、甘いようだ」
「⁉︎」
その直後、不気味な声と共にベルは首筋に、冷たくザラザラとしたものを感じた。それはねっとりとしていて、絡みつくようにベルの首筋に触れていた。
恐る恐るベルが後ろを振り返ると、そこには倒したはずのあの怪物の顔があった。
「な、なんで?」
ベルは全くこの状況が理解出来ずにいた。ベルは確かに蛇のような顔をしたこの怪物を、アローシャの業火で焼き殺したはずだった。それを裏付けるかのように、ベルの目の前には黒焦げになった死骸が転がっている。
しかし、ベルの真後ろに同じ怪物がいるのもまた、事実だった。
「これだから馬鹿は困る。私にいちいち説明させるな。私の身体を見て分からないか?」
「…分かるわけないだろ」
ベルは状況を呑み込めないのと同時に、これまで経験した事のないタイプの恐怖を感じていた。今ベルは完全に背後を取られてしまっているのだ。少しでも変な動きを見せれば、この怪物はどんな行動に出るか分からない。
「答えは単純、脱皮だよ。私は身体が燃えてしまう前に、皮を脱ぎ捨てたのさ。私は爬虫類タイプの龍人だ。だから私はその地獄の業火を受けずに、ピンピンしている。実に便利だとは思わんかね?お前がいくら私に炎を浴びせたところで、皮を犠牲にすれば良いだけのこと」
「…………」
ベルは珍しく黙って敵の話を聞いていた。龍人の身体がそこに2つ存在する原因は、脱皮によるものだった。
「うっせぇ‼︎」
刹那、ベルはスノウ・クリフでやったのと同じように全身から放射状に炎を発生させる。この攻撃方法は、あらゆる死角をカバー出来る万能なものだった。たとえ背後を取られていても、これなら敵にダメージを与える事が可能だ。
「………………」
放たれた業火を至近距離で受けた龍人は、言葉を発する間も無く倒れてしまう。アローシャの業火は、龍人を容赦無く焼き尽くした。
「⁉︎」
何とか龍人を自身から遠ざけたベルだったが、その直後に何者かによって背後から身体を拘束されてしまう。
ベルが気づいた時には、すでに彼の腕は、大きくて強靭な別の腕によって押さえ付けられていた。その腕には、無数のウロコが並んでいる。
「何度も言わせるな、私は脱皮できるんだ。何度外傷を与えたところで無駄な事。あぁ、もしかして脱皮するにはインターバルが必要だと考えたのか?だとすれば、褒めてやろう。だが、私の脱皮にはインターバルなど必要ないんだよ」
ベルを背後から拘束したのは、他でもないあの龍人だった。蛇のように長い舌を動かしながら、彼は笑っている。龍人の能力は、完全にベルの想像を超えていた。どれだけ攻撃しようと、ベルの攻撃は脱皮によって防がれてしまう。
“クソ……どうすりゃ良いんだ…”
身動きが取れないまま、ベルは必死に妙案を捻り出そうとしていた。龍人に攻撃を当てる事は難しくないが、それが命中したところで脱皮されてしまうのが関の山だ。
「⁉︎」
しかし、その直後にベルの予想だにしない展開が訪れる。
一瞬にして、ベルは龍人の拘束から解放されたのだ。それがレオンの仕業だと予想したベルは彼の方を見るが、レオンが何かをしたようには見えなかった。
その後ベルが周囲を見回すと、そこには地獄犬ブレイズの背に乗ったエルナの姿があった。この時彼女は燃え盛る刀を構えていた。
「ヴィンター家の娘か……小癪な。ついついファウストの拘束を解いてしまったではないか。だが残念だったな。私の皮膚は脱皮すればするほどに硬くなる。その程度の火力じゃ、大した傷にはならん」
ベルを救ったのはエルナだった。
だが、ベルが救われたのはただ運が良かっただっただけ。不意を突かれてうっかり龍人がベルを解放してしまったに過ぎなかった。アローシャの業火と違い、エルナの攻撃は全く龍人に通用していない。
「アンタが雪男を作ったんですってね……騎士団だからって、正当な理由もなく人を傷つける事は許されない‼︎雪男なんて、ひとつ残らず私が壊してあげる‼︎」
「威勢の良い娘だな。馬鹿を言うな、“科学の進歩”と言う立派な理由があるではないか。そのためには、多少の犠牲は仕方がない事なんだ」
エルナは龍人に怒りを抱いていた。龍人が生み出した雪男は、ヴィンター商会の邪魔をするだけでなく、キーアッシュ村にまで侵攻して来た事もある。権力を振りかざし人々を苦しめる龍人のやり方に、彼女は納得出来なかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
突如現れた龍人。この龍人こそが、雪男の開発者だった。
込み上げてくる怒りを、エルナは龍人にぶつける!!




