第132話「黒の救世主」(2)【挿絵あり】
ついに雪男討伐隊と雪男が激突する。ブレイズが炎の息を盾に突き進むと、エルナは次々と向かって来る雪男たちを斬り倒して行く。
そして、キリアンはエルナが取りこぼした雪男の足元を凍らせて転ばせていた。
「やるじゃねぇか!」
ベルはブレイズとヴィンター姉弟の連携攻撃に関心しながらも、これまでと同じように炎の拳で、雪男を次々と殴り始めた。
それぞれが個々に戦うより、力を合わせた方が遥かに効率が良い。白銀の大地を取り囲む雪男たちは、彼らの手によって次々と倒れて行った。
「すごい……このまま行けば簡単に雪の頂までたどり着けるわね」
ベルの少し後ろで戦闘の様子を見ていたリリは、彼らの強さに感心していた。雪男は次々と倒され、次第に道が拓けて行く。この調子で雪男を倒し続ければ、この場を突破するのも難しくないはずだ。
ドドドドドド…
ところが、リリの抱いていた希望はすぐに打ち消されてしまう事になる。
周囲の雪男を半数以上退治した時、これまでに無いほどの揺れがベルたちを襲った。それは、新たに雪男の援軍が現れた事を意味していた。
「嘘でしょ⁉︎一体 雪男って何体いるの?」
新たに現れた雪男の数は、優にさっきの倍を超えていた。倒せども倒せども、新たな雪男が現れる。これでは、ベルたちは一向に先に進む事が出来ない。
「相変わらずキリがねぇな……」
「確かにキリがないけど、地道に倒して行くしかないわ‼︎」
「いや、俺に良い考えがある‼︎」
この状況は、スノウ・クリフを登ろうとした時と似ていた。いくら倒しても雪男は湧いて来る。あの時と同じように何か突飛な作戦に移らない限り、まずこの状況を打開する事は出来ないだろう。
「何?」
「皆、俺に近づいてくれ!」
「何で?」
「いいから早く‼︎」
何か作戦を思いついているのに、ベルは皆にその内容を伝えようとはしなかった。時間が経過すればするほど、雪男の数は増える一方。ベルは作戦を伝える時間を惜しんでいたのだ。
「分かったわよ。一体何をするつもりなの」
エルナは少し間を空けて、ベルに従う事を決めた。彼女はベルが考えている作戦を知りたがっていたが、今は口論している場合ではない。それに、ベルの方が強力な黒魔術を使う事は、エルナにも分かっていた。
「まあ見てろって」
そう言うと、ベルは魔法陣を放射状に配列し始めた。ベル、リリ、エルナ、キリアンを中心にして魔法陣が幾つも広がり、そして広がった魔法陣1つひとつが天に向かって幾重にも重なり出した。
その光景は、ベルとレイリーが月の塔で戦った時と全く同じものだった。
「一気に片付けてやるよ‼︎」
ベルは炎を赤い雨に変化させて降らせる“ブラッディ・レイン”を発動させた。彼はアローシャの炎を使った大技を幾つか持っているが、ブラッディ・レインはまさにこの状況に打ってつけの技だった。
広範囲のリーチを持っていて、かつ炎が飛び交う範囲を制限する事が出来る。魔法陣を使って攻撃範囲を制限すれば、仲間を傷つけることなく、大勢の雪男を退治する事が可能だ。魔法陣を使えば歯止めの効かない業火を抑えられる事を、ベルは今さらながら思い出したのだ。
真っ白だった景色は一瞬にして赤く染まり、幾千もの赤い雨が周囲に降り注ぐ。
細く高密度に凝縮された炎は簡単に雪男の鎧を貫いた。雪男には機動力がない。1度赤い雨が降り始めれば、どの雪男もたちまちその餌食になってしまう。これまでよりも遥かに効率的かつ安全に、ベルは雪男の数を減らしていた。
降り注ぐ赤い雨は、容赦無く白い怪物たちを貫き続ける。少し前の戦闘の時と同じように、白い雪はたちまち溶かされ、黒い岩肌が辺りに広がった。
「よぉ〜し、このくらいで良いか。お前ら、さっさと先行くぞ‼︎」
しばらくすると、ベルは赤い雨を止めた。ベルの考案した技“ブラッディ・レイン”により、行く手を阻む雪男の8割はすでに消え去っていた。残る雪男は、これまでと同じように先に進みながら倒せるはずだ。
「さすが黒魔術士騎士ね!」
「ベルかっけー‼︎」
ブレイズの背中に乗って進むヴィンター姉弟は、ベルの凄まじい黒魔術に感心していた。黒魔術士騎士に掛かれば、雪男退治は屁の河童。ヴィンター商会だけでは近づけなかった雪の頂に、今ベルたちは限りなく近づいている。
「このまま雪の頂行って月のは……⁉︎」
「⁉︎」
次の瞬間、雪男を蹴散らして雪の頂に登り詰めようとしていたベルたちにとある異変が起こる。その異変に、そこにいる全員が“声”を失った。
ピキピキ…
ベル、リリ、エルナ、キリアン。4人全員が全身氷漬けになってしまったのだ。彼らは驚きの声を上げたくても、それが出来なかった。今この場所で何が起きているのか、彼らは誰も理解出来ていない。
残った雪男は、まだベルたちから少し離れた所にいる。とてもではないが、雪男にこんな芸当が出来るはずはない。
異変はそれだけでは終わらなかった。さっきのブラッディ・レインによって、雪原の広範囲が熱せられた。これにより、舞い降る雪は雨へと変わっていた。ただ雨が降っているだけなら問題はないが、生き残った雪男たちがその雨に手を加えていた。
ベルたちよりも少し高い勾配にいる雪男たちは、黒魔術を使って降り注ぐ雨を氷の矢に変化させていたのだ。幾千もの氷の矢が、氷漬けになったベルたちの周りに降り注ぐ。
“クソ……ここに来て頭使ってきやがった…”
アローシャの業火があれば、氷塊など簡単に溶かせるが、ベルはそうする事が出来ずにいた。今身体を包んでいる氷が無くなれば、ベルたちは氷の矢をまともに受けてしまう事になる。ここにいるのがベル1人だけなら対処する事が出来たが、仲間を傷つけずにこの状況を突破する自信が彼にはなかった。皮肉な事に、このままこうして動かないでいるのが最も安全な策だった。
“どうりで簡単すぎると思ったんだよ…”
その直後、ベルはこの状況を生み出した元凶の存在に気づく。少し視線を落としたまま氷漬けになったベルは、足元の黒い岩肌に無数の仮面が無造作に並んでいる事に気がついた。雪男の仮面だ。
足元には、倒した数だけ雪男の仮面が残されている。
本体がダウンしても、仮面だけは魔力を留めたまま機能し続けていたと言う事なのだろう。
大量に集まった雪男の仮面が、一斉に氷の黒魔術を発動した。個々の力は大した事がなくても、無数に合わされば巨大な力になる。
炎の黒魔術士が、氷の黒魔術で身動きを封じられた。この事実が、それを証明していた。
今の状態は、ベルにとってまさに八方塞がり。ベルには良い打開策がない。それは単純に知識と経験が不足している事に起因していた。このままでは、月の花を手に入れるどころか、この場で全員凍死してしまう。次第に思考力が低下する中、ベルは必死に打開策を捻り出そうとしていた。
「⁉︎」
ベルが必死に考えていると、この場に新たな異変が起こった。今回の異変は、明らかに雪男の黒魔術によるものではなかった。
突然上空に巨大な火龍が現れ、降り注ぐ氷の矢を一掃したのだ。それだけでは終わらず、火龍は氷漬けになったベルたちにも襲い掛かった。火龍はベルたちの身体を一切傷つける事なく、氷塊だけを綺麗に溶かし去った。ベルたちはそれを新たな敵の仕業だと思っていたが、どうやら違うようだ。
「……?」
しばらくの間氷漬けになっていたベルたちは、氷から解放されてもすぐに言葉を発する事は出来なかった。4人は無言のまま、突如現れた火龍を眺めていた。轟々と燃え盛る火龍は、そのまま少し先に待ち受ける雪男たちにも襲い掛かった。
どこからともなく現れた火龍により、ベルたちは窮地を脱した。
しかし、その火龍を出現させた救世主の姿は、どこにも見当たらない。一体誰が火龍を出現させたと言うのだろうか。
「……誰だ?」
辺りを見回していたベルは、間も無く火龍を操る救世主の姿を目の当たりにする。ただ、その人物は真っ黒なローブに身を包み、フードを深く被って正体を隠していた。
そのローブは、ベルがこれまでに見た事のないものだった。一体どこの誰が、ベルたちを救いにやって来たと言うのだろうか。
「……………」
ベルたちの窮地を救った黒い救世主は、無言のまま近づいて来る。近づけば近づくほど、ベルにはその姿が鮮明に見えて来た。黒い救世主は、ベルよりも背の低い人物だった。ベルは必死に、フードの中に隠された顔を覗こうとする。
「………レオン⁉︎」
やがて、ベルは黒い救世主の正体に気がつく。それは他でもない、レオン・ハウゼントだった。初めて顔を合わせた時から、ベルはレオンと反りが合わなかった。
決してベルに良い印象を持っていないはずのレオンがなぜ助けに来たのか、ベルは疑問に思った。レオンはベルにとって、意外な救世主だった。
「上官を呼び捨てにするな‼︎」
ベルの目の前に立ったレオンは、いつも通りベルに先輩風を吹かせていた。
意外な救世主はなぜこの場所に来る事が出来て、わざわざベルを救ったのだろうか。きっとそれには、”ミッションの真意を見極めろ”と言うレオンの言葉が関係しているはずだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
タイトルにもなっている“黒の救世主”。その正体はレオン・ハウゼントでした。何かと不自然な点の多い今回のミッション、レオンはそこに隠された何かを知っているのか⁉︎




