第132話「黒の救世主」(1)
再会した姉弟、明かされた雪男の秘密。エルナとキリアンを取り戻したベルたちは、雪の頂を目指すが…
改稿(2020/10/30)
Episode 17: A Black Savior/黒の救世主
「ちょっと待って……つまり、あなたは今までずっと雪男の巣にいたって事?」
「えぇ、そう」
この3日間、エルナ・ヴィンターはずっと雪男として生活を続けて来た。命令がない限り一切動く事のない機械として。
「雪男が生き物じゃなくて兵器なら、そこに雪男に命令を出してる人がいたんじゃないの?誰か見なかった?」
「雪男の巣は、ただの格納庫。あそこには雪男以外誰もいない。残念だけどアタシには何も分からないわ」
「そう…なんだ」
3日間 雪男として過ごして来た彼女であれば、白い黒魔術兵器のさらなる謎に迫れたかもしれないが、それは不可能だった。
雪男の巣とされた場所はただの格納庫であり、そこに雪男を生み出した人物がいるわけではなかった。
「あなたたちに言わなきゃいけない事があるの。雪男は命令がないと動かない。でも今アタシは勝手に行動してる。だから、アタシがこの雪男を動かしてる事はとっくにバレてると思うの」
「つまり…?」
「雪男の大群がすぐにこっちに来るはずよ。早く月の花を取って帰らなきゃ」
エルナは聡明な少女だった。雪男について彼女は深く理解している。命令を外れた行動を取っている雪男の情報は、すでにエラーとして開発者に伝えられているはずだ。
「ちょっと待てよ。月の花って雪の頂にあるんだろ?お前、雪の頂の場所知ってるのか?」
「雪の頂は、セルトリア王国で1番高い場所にある。だから、高い場所に進めば見つかるはず」
「はずって、勘を頼りに行くって事か?」
「アタシだって雪男になって何回か外に出たのよ!今進んでる道以外に、高い場所に行ける道はないの。この道を進めば、雪の頂にたどり着けるはずなの!」
エルナでさえ雪の頂の場所を知らなかった。
しかし、今ここにいるメンバーの中で1番 雪の頂に詳しいのもまた、彼女だった。ここはスノウ・クリフの上での生活が1番長い彼女に従うべきだ。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
その時、ベルたちの耳には“あの音”が微かに聞こえ始めていた。
「悩んでる暇はない!行くぞ‼︎」
雪男が迫っている事を確信したベルは、すぐさま走り出した。本当ならベルは今頃何か妙案を思い付いていたはずだったが、そのための時間はエルナとの会話に使われた。
雪男の巣から逃げる時のように、ベルは走っている。リリやキリアンも、ベルに続いて走り始める。エルナは彼らに遅れて走り始めた。少しでも追手を撹乱するために、雪男を脱ぎ捨てたからだ。
「一体どうなってんだ⁉︎」
何度も後方を確認しながら走っていたベルは、さっきまでは見えなかった他の雪男の姿が見える事に気がついた。ベルたちの方が速いはずなのに、雪男の大群は着実にベルたちとの距離を詰めていた。
「追いつかれる前に月の花を手に入れればこっちのものよ!急ぎましょう‼︎」
「あぁ、分かってるさ!」
最後尾にいたはずのエルナは、この時ベルたちの目の前を走っていた。キリアンと共に地獄犬ブレイズの背に乗り、彼女は誰よりも先に進んでいる。最初はベルが皆を引っ張るような形だったが、今ではすっかりエルナがこのグループのリーダーのように感じられる。
地獄犬の背に乗ったヴィンター姉弟が、ベルたちを雪の頂に導いて行く。
だが、時間が経過するほどに彼らと雪男の大群との距離は次第に狭まっていた。黒魔術兵器 雪男には、まだ隠された性能があるとでも言うのだろうか。
雪男に追いかけられながらも、一行は標高の高い場所を登り続けた。極寒の地ロッテルバニア。そこには真っ白で、天まで届きそうな山々が連なっている。
その中で最も高い頂に、ベルたちは登り詰めようとしていた。
ベルたちが目指すのは、未だかつて誰も見た事のない高み。伝説によれば、そこに月の花が存在すると言われているが、その真相は定かではない。
加えて、彼らはキーアッシュ村に一旦戻って体勢を立て直す事も出来なかった。後ろから迫って来ているのは、これまでの比ではないほど数の多い雪男の大群。リリたちに危害を加えずにその全てを退治するのは、今のベルにとって不可能に近かったのだ。
「……問題発生よ」
未だ先の見えない高みを登り続けていると、先頭を進むブレイズが脚を止める。エルナとキリアンを乗せているブレイズは炎の息を漏らしながら、何かを警戒している。
この時、ベルたちは周囲の気温がぐっと下がった事を実感していた。分厚い防寒着に身を包んでいても、この寒さは身に堪える。
そして、それは彼らがさらなる高みに到達した事を、同時に意味していた。
「どうした?」
彼らよりもだいぶ後ろにいるベルたちには、そこで何が起こっているのか分からないでいる。一体エルナとキリアンは何を見たのだろうか。
「嘘だろ…?」
「そんな…何で雪男が……」
しかし、1分もしないうちに、ベルたちもその“問題”を目の当たりにする事になった。
その問題の正体は、雪男だった。雪男の大群は彼らの後ろから迫っていたはずだったが、今確かに彼らの行く手を塞いでいる。
「スノウ・クリフの時と同じ……」
「やっぱり雪男に命令を出している人間は、他の人が月の花に近づかないようにしてるんだわ…」
「って事は…もうその人が月の花取っちゃってるんじゃないの…?」
ここで、1つの可能性が濃厚になって来た。
雪男を動かしている人物は、月の花を手に入れようとしているか、すでに所有している。もしそうだとすれば、ベルたちは無駄足を踏む事になる。
「いいえ……もし雪の頂にもう月の花がないのなら、雪男は近づく人間を妨害しないはず。きっとこの先に月の花はあるわ‼︎」
「なるほど、確かにそうだな!そうとなれば、さっさと雪男をぶっ飛ばさねえと‼︎」
この絶望的な状況でも、エルナは希望を捨ててはいなかった。
彼女の言う通り、もしも雪の頂に月の花がないのだとすれば、ベルたちは雪男の妨害を受ける必要がない事になる。
「あなたは炎の黒魔術士よね?アタシと一緒に、奴らを一気に蹴散らしましょう‼︎」
「やってやろうぜ‼氷の黒魔術なんか目じゃないぜ!」
アローシャの業火を使うベルがいるだけでも十分だが、地獄犬ブレイズとエルナのサポートは雪男との戦いをさらにスムーズに運んでくれるはずだ。
「俺もやってやる‼︎」
「アンタは氷の黒魔術しか使えないでしょ?」
「姉ちゃん、目には目をって知ってる?氷には氷で対抗するんだ‼︎」
キリアンも雪男退治に名乗りを上げる。しかし、彼が使うのは氷の黒魔術。エルナは彼が戦力になるとは思っていなかったが、キリアン本人はやる気満々だった。
「…分かったわよ。それじゃ、行くわよ‼︎」
「あ、皆ちょっと待ってよ〜」
エルナはこの場を取り仕切っていた。彼女の号令の元、雪男討伐隊が動き出す。戦闘能力がほとんどないリリは、慌てて彼らについて行くのだった。
おびただしい数の雪男が待ち受けていたのは、これまでにない開けた空間だった。ざっと確認しただけで、その開けた空間を囲む雪男は100体以上は存在している。
大量の雪男で隠されてはいるが、その先が急斜面になっている事はベルたちがいる場所からでも確認出来た。
きっと、その先に雪の頂が待っているはずだ。この先に雪の頂があるのだと考えれば、雪男たちがこれまでと違う動きを見せたのにも納得出来る。
「全部焼き切ってあげる‼︎」
「氷には氷を‼︎」
「行くぜーっ‼︎」
「わ〜っ!」
待ち構える雪男の群れに、ベルたちは一斉に駆けて行く。ブレイズは炎の息を吐き、エルナは炎の刃を構え、キリアンは氷の魔法陣を生成し、ベルは右手に真っ赤な炎を灯している。
そして、リリは彼らから離れないように必死に走っていた。
ベルたちの明らかな敵意を察知した雪男たちも、少し遅れて走り始める。
100体を超える雪男が一斉に動き出せば、辺りはまるで地震が起きた時のように激しく揺れる。だが、ベルたちはそんな事に一切動じる様子を見せなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
際限なく現れる雪男に、ベルたちは力を合わせて挑む!!




