第131話「雪男の真実」(1)
ついにスノウ・クリフを登り始めたベルとリリ。スノウ・クリフの頂上で彼らが見つけたものは…
改稿(2020/10/29)
「ひぃぃぃぃ〜‼︎」
「黙って掴まってろ!落ちても拾ってやれないからな‼︎」
リリを背負ったまま、ベルはスノウ・クリフを登っていた。普通の人間なら、人を背負って500メートルもの壁を登る事は不可能だ。ベルは片手でリリをしっかりと背中に抑え、魔法陣を用いたバーニング・ショットで、自身の身体に浮力を与えていた。
ベルの身体能力だけでは、当然スノウ・クリフを登る事は出来ない。ルナトで月の塔の頂上から落ちそうになった時の技を、ベルは流用していた。
バーニング・ショットの勢いを利用して、ベルは次々と雪男の背中を飛び移って行く。
そして高い場所に登れば登るほど、リリは正気を失って行く。
登っている最中に雪男がベルたちの行く手を阻む事もあったが、その心配は無用だった。雪男は人間ほど高い知能を持っていないし、仮に攻撃されても移動の際に使うバーニング・ショットだけでベルは十分に対応出来ている。
ベルとリリが雪の頂に到達するまでには、それほど時間は掛からなかった。バーニング・ショットで飛ぶようにスノウ・クリフを登ったベルは、まだ誰も見た事のない雪の頂の景色を目撃する事になる。
「ここが……雪の頂なのか?」
前人未到の雪の頂を見たベルは、大した感情を抱いていなかった。
と言うのも、雪の頂とされるこの場所は、スノウ・クリフの麓の景色と何ら変わりが無い。ただ一面に雪景色が広がっているだけで、月の花らしき植物も見当たらなかった。
「ふぁわぁぁぁ……」
リリもベルと共に雪の頂に到達したのだが、放心状態に陥っている彼女はまともにその景色を見る事が出来なかった。今にでも嘔吐してしまいそうなほど、彼女の顔は青ざめている。
「おいリリ、見てみろ」
周囲を見回してみると、一面の雪景色は、さらに標高が高い場所へと続いているようにも見えた。ここは雪の頂ではなかったとでも言うのだろうか。
これまでヴィンター商会やベルたちが雪の頂と思い込んでいた場所は、ただの通過点に過ぎない可能性が出て来た。
「ふぇ?」
「ふぇ?じゃねぇよ、しっかりしろ‼︎」
リリは未だに魂が抜けたかのような表情を浮かべている。今の彼女は完全に思考を停止させてしまっている。彼女が動き出すまでには、しばらく時間が掛かりそうだ。
「ったく……」
ベルはリリとの対話を諦め、彼女の魂が戻って来るまで待つ事にした。このまま脱け殻状態のリリを連れて進んでも、厄介ごとが増えるだけなのは目に見えていた。彼女が回復するまでの間、ベルは辺りの様子に視線を移すのだった。
「…………何だ?」
しばらく本当の雪の頂へと続く雪原を見ていたベルは、白い景色の中に黒い塊が見える事に気がついた。スノウ・クリフの上には雪男以外の生物がいる。
リリの体調が治っていくにつれて、黒い塊の正体も明らかになって来る。ベルの視界に現れたのは、エルナが召喚していた地獄犬のブレイズだった。当然ベルがブレイズを見るのはこれが初めて。
しかし、その上に乗っている人物が、ベルの警戒心を解く事となる。
「キリアン⁉︎」
地獄犬ブレイズの背中に乗っているのは、行方不明のキリアン・ヴィンターだった。どうやら、彼は雪男に連れ去られてしまったわけではないらしい。
「あ、騎士団の人‼︎」
「俺の名前は騎士団の人じゃねぇ、ベルだ‼︎」
ベルの姿を見つけたキリアンは、嬉しそうな笑顔を浮かべる。エルナの居所は未だ分からないままだが、キリアンは無事だった。
「お前、どうやってスノウ・クリフを登ったんだ?」
キリアンの姿を目の当たりにして、ベルが真っ先に抱いた疑問はそれだった。小さな少年が、一体どうやって雪男の待ち構える巨大な崖を登ったと言うのだろうか。
「これを使ったんだ!」
「何だ……それ?」
キリアンは自慢げに、背中に背負っていた道具をベルに見せる。それは、何やらガスタンクのような物が2つ並んだ装置だった。大きさはキリアンの身長の半分くらいで、とても重そうに見える。そんな重量級の機械を使って、キリアンはなぜスノウ・クリフを登る事が出来たのか。
「これはジェットパック!中に入った燃料を燃やして、空を飛べるんだ‼︎」
「そんなもん持ってるんだったら、何でお前のパパとママは今まで使わなかったんだ?」
キリアンが背負っていたのは、人間の飛行を可能にするジェットパックだった。彼がスノウ・クリフを登った理由は分かったが、それはまたベルの中の疑問を膨らませる原因になった。
「これ、1個しかないんだ。パパもこれを1回試したんだけど、大人じゃ身体が重すぎてスノウ・クリフの上まで飛べなかったんだよ」
「なるほど……」
ジェットパックは貴重な装置だった。世界中と貿易をしているヴィンター商会でさえ、たった1つしか所有していないのだから。もちろんシルヴォもジェットパックを使ってスノウ・クリフ突破を試みていたが、体重の重い大人には不可能だった。
「そんな事より俺、雪男の巣を見つけたんだ!きっとあそこに姉ちゃんがいる‼︎」
「ちょっと待って……君が今乗ってる乗って、地獄犬ヘルハウンドよね?それってエルナちゃんの召喚獣じゃないの?」
キリアンが雪男の巣を見つけた事は驚きだが、リリが1番気になっていたのは、キリアンがブレイズと一緒にいる事だった。ブレイズはエルナにしか召喚出来ないはず。
だが、確かにキリアンはブレイズの背中に乗っている。
「うん、コイツは姉ちゃんのブレイズだ。ブレイズは雪男の巣から俺を探しに来たんだ。きっと姉ちゃんがブレイズに、家族を呼びに行かせたんだ!姉ちゃんは絶対生きてるし、雪男の巣にいる!」
何よりもキリアンとブレイズが一緒にいる事が、彼の発言を裏付けていた。彼の考えが正しければ、全てに説明がつく。
きっとエルナは生きていて、家族を雪男の巣に導こうとしている。恐らく彼女も、1人では行動を起こす事が出来ないのだろう。
「俺たちの任務は、雪男を1匹残らずぶっ殺す事だ。キリアン、雪男の巣に案内してくれ‼︎」
「分かった!ついて来て‼︎」
こうして、ベルたちは雪男の巣窟へと向かう事になった。キリアンを乗せたブレイズを先頭に、一行は進む。無事に巣へたどり着いて、雪男を全て燃やしてしまえば、ベルとマックスの任務は達成される。
それから30分ほどして、ベルたちは目的地に到達した。
「ここが雪男の巣か……」
ベルたちの前には、真っ白な洞窟があった。キリアンによると、ここが雪男の巣であるらしい。彼の言う事が正しければ、おびただしい数の雪男が、洞窟の先に潜んでいる事になる。
「よっしゃ、まとめて片付けてやる‼︎」
「ベル!エルナちゃんが中にいる事、忘れないでね」
やる気満々で雪の洞窟の中へ進もうとするベルに、リリが声を掛ける。アローシャの業火を使えば、雪男を一網打尽にする事は出来るかもしれないが、中にエルナがいるとそれが出来ない。
「……分かってるよ!雪男退治する前にエルナを見つける!」
「私が言うまで絶対忘れてたでしょ……」
「うるせぇ‼︎」
ベルはゆっくりと雪の洞窟の中へと足を踏み入れる。広い洞窟の中にはベルの足音だけが響き渡る。
それは、まるで洞窟の中には何も居ないかのようでもあった。この先には雪男が待ち受けているはずなのに、不気味な静けさが洞窟を支配していた。
ゴゴゴゴゴゴ……
しかし数分もすると、聞き覚えのある音が洞窟内に響き始める。キリアンの見立ては間違っていなかったのだ。
侵入者に気づいた雪男たちが、ベルを狙って一斉に動き始めたのだろう。ベルはすぐ右手に炎を灯し、臨戦態勢に入った。
「アイツの言う通りだな」
そして間も無く雪男たちがベルの目前に姿を現す。ベルはもう彼らを倒す準備が出来ているが、近くにエルナがいる可能性を忘れてはならない。
「お前らなんか、俺の敵じゃねぇ」
敵の姿が見えた途端、ベルは微笑して走り出す。
あっという間に距離を詰めたベルは、スノウ・クリフでしたのと同じように、炎の拳で次々と雪男を殴り始める。殴られた雪男は為す術もなく、その場に倒れ込んだ。
1体ずつ、目の前にいるのが雪男である事を確認してから攻撃していけば、まずエルナを巻き添いにする事はない。ベルは1体ずつ確実に雪男の数を減らしていた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
ところが、それでも雪男の数は一向に減る事はなかった。それどころか、洞窟の奥から雪男の数は際限なく増え続ける。このまま1体ずつ殴り続けても、雪男を全て片付ける事は難しそうだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
キリアンは無事だった。キリアンの導きで、ついにベルたちは雪男の巣にたどり着いた。ベルは雪男を殲滅し、エルナを助け出すことが出来るのか!?




