第130話「スノウ・クリフ」(2)【挿絵あり】
「そんなんで、閉じ込めたつもりかよ‼︎」
そして、ベルはそう叫びながらアローシャの業火の力を存分に解放する。その時のベルの言葉は、3日前にエルナが発したものと酷似していた。
アーチェス教会の礼拝堂でしたのと同じように、ベルは深紅の業火を解き放つ。ベルを中心にして、真っ赤な業火が放射状に広がる。炎はあっという間に広がり、スノウ・クリフの麓を全て包んでしまった。
生き残っていた18体の雪男は、1体残らず火だるまになり、力なく倒れ込んだ。もちろんベルを取り囲んでいた氷の壁も、綺麗さっぱり溶けて無くなった。これがブラック・サーティーンの実力だった。侵蝕を進めなくとも、ベルは十分に強力な黒魔術を使えるのだ。
アローシャの業火が駆け巡ると、周囲の景色は一変していた。分厚い雪に覆われていたスノウ・クリフは、真っ黒な岩肌へと姿を変えてしまったのだ。地獄の業火が、凍てつく雪景色を一瞬にして溶かした。
地獄の業火を受けた雪男たちは、その身体さえも燃え尽きてしまっていた。
真っ黒な岩肌に残っていたのは、雪男の無表情な顔と鎧だけ。そこには29の雪男の顔が、不気味に並んでいる。身体は燃え尽き、頭部だけ残っている事を考えると、雪男は単に無表情だったのではなく、仮面を被っていたのだろう。
「お前……」
しばらく辺りを見回すと、そこに雪男とは違う生物が佇んでいる事に、ベルは気づく。
ベル以外の人間はこの場を去り、雪男は全て焼かれてしまったはず。この場にベル以外が存在する事は不可能なはずだった。
「えへへへ……」
「リリ‼︎何でここに残ってんだよ⁉︎」
そこに佇んでいた人物の正体は、すでに帰ったはずのリリだった。確かに彼女はマックスと共にキーアッシュ村へ帰ったはずだったが、なぜかここにいる。
ベルは業火を放つ前、周りに雪男以外誰もいない事を確認していた。その時は確かに誰もいなかったはずだ。
「そこの岩陰に隠れてたのよ…」
「危ねぇだろ‼︎俺の炎で死んだらどうするつもりだったんだよ⁉︎」
ベルの業火は周囲一帯に広がり、雪も雪男も燃やし尽くしたが、運良く岩陰に隠れていたリリは業火の波を身体に受けずに済んだのだった。もし少しでもその場所を動いていたら、今頃彼女の命は無かったかもしれない。
「あらベル……もしかして、私のこと心配してくれてるの?」
「う、うるせぇ‼︎とにかく、馬鹿な事してんじゃねぇ。1人で帰すのも危険だ、俺から離れるんじゃないぞ」
「分かった…………」
リリがからかうようにそう言うと、ベルは必死で照れ隠しする。
そして、からかった張本人のリリも、なぜか頰を赤らめていた。2人が共に過ごし、共に戦った時間は決して短いものではない。2人の間には、確実に何か特別な感情が芽生え始めている。
ゴゴゴゴゴ………
2人の間にぎごちない沈黙が流れた後、再びあの音がスノウ・クリフに轟き始める。シルヴォが言っていたように、雪男は引っ切り無しに現れる。キーアッシュ村の人々が苦しめられている雪男の数は、29体だけではない。
ベルとリリが雪の頂の方を見上げていると、そこから雪男たちが続々と姿を現し始めていた。
だが、今回の彼らの動きは、これまでとは違っていた。普段なら雪の頂から飛び降りて来る雪男だが、今回は崖を伝ってゆっくりと降りて来ている。
「何で飛び降りて来ないの?」
「……もしかしてアイツら、雪のクッションがなきゃダメなんじゃないか?」
「そこは意外と慎重なのね…」
スノウ・クリフの麓の雪は、雪男にとって少なからずクッションの役割を果たしている。それがベルの見解だった。雪男が雪の頂から飛び降りるためのクッションは、もう存在していない。分厚い雪がなければ、彼らも飛び降りた時無事ではいられないのだろう。
「よし、今のうちに手を打ってやる!」
降りて来る雪男をしばらく眺めていたベルは、何か思いついたようにスノウ・クリフに近づいた。
ベルはスノウ・クリフの麓にしゃがみ込み、右手を岩肌につく。それから、少し移動してまた同じ事を繰り返している。リリは、不思議そうにその様子を観察していた。ベルの考えを知らないリリは、ただ黙って見ている事しか出来ない。
だが、その真相はすぐに明らかになった。ずっとその様子を観察していると、ベルが触れた場所が赤く光を放っているではないか。よく見てみると、赤く光る場所には、ベルの右掌にあるのと同じ魔法陣が施されていた。
ベルはアローシャの魔法陣を、スノウ・クリフの麓の至る所に施していた。一面に広がる黒い岩肌は、魔法陣によって所々赤く染め上げられている。その景色は、さながらマグマ地帯。それは、さっきまでここに広がっていた冷たい雪景色が、幻だと錯覚させるほどだった。
「リリ、絶対魔法陣に近づくんじゃねぇぞ。触ったら燃えちまう」
「わ、分かってるわよ!」
ベルが仕掛けたのは、業火のトラップだった。触れたり踏んだりすれば、たちまちアローシャの炎に包まれてしまう。他の黒魔術士と過ごしたりする中で、ベルは新しい技も身につけていたのだ。
そうしている間にも、崖を降りて来る雪男の大群はベルたちに近づいていた。
飛び降りるのより格段にスピードは遅いが、さっきの倍ほどの雪男がスノウ・クリフに降りようとしている。雪男に高度な知能がなければ、さっき仕掛けた罠で大多数を仕留める事が出来るが、それは彼らが実際に降りて来ないと分からない。
やがて雪男はスノウ・クリフの麓に到着する。麓に降り立った雪男たちは、仕掛けられた罠に気づく事もなくベルに向かって歩いて来る。
にやり。
その様子を見て、ベルは勝利を確信していた。彼らには罠を避けて歩くほどの知性はない。彼らの動きは直線的で、1度決めた進路を変える様子はまず見られない。
次の瞬間、先陣を切る雪男が魔法陣を踏んで、真っ赤な炎に包み込まれる。作戦は大成功だ。最初の雪男が罠に引っ掛かったのを皮切りに、後ろに続く雪男たちも次々と罠に掛かっていく。
最終的に、崖を伝って降りて来た雪男たちは、1体もベルに近づく事が出来ずに自滅してしまった。ベルの作戦が功を奏したのだ。
雪男の到着までラグが出来た事により、ベルは簡単に雪男を倒す事が出来るようになっていた。罠で自滅してくれるのなら、仲間への影響を考える必要はない。
「すごい…………雪男がこんなに馬鹿だったなんて…」
「おい……さりげなく俺を馬鹿にしてないか?」
「ちょっとベル‼︎休んでる暇ないよ!」
ベルが勝利の余韻に浸っていると、再び雪男が群れを成して襲い掛かろうとしていた。
この時、すでに雪男はスノウ・クリフの麓に足をつけようとしていた。今度は罠を仕掛ける時間はない。こうなれば、最初にやったように1体ずつ雪男を退治するのが1番安全な方法だ。
「キリがねぇな……」
ところが、ベルがすぐに動く事は無かった。雪の頂を見上げてみれば、そこからは引っ切り無しに雪男が出現し続けている。このまま地道に雪男を倒し続けても、雪の頂から無尽蔵に雪男は現れ続ける。
「どうすんの?…………えっ⁉︎ちょっと何するの?」
リリは出現し続ける雪男を見て、不安を抱いていた。
そして、次にベルが取った行動により、彼女はさらに取り乱してしまう。
「いいから黙ってろ!このままスノウ・クリフを登ってやる‼︎」
「嘘でしょ⁉︎ちょっと‼︎待ってよ〜っ‼︎」
ベルはリリを背負って、スノウ・クリフに向かって走っていた。
このまま雪男と戦ってもキリが無いと判断したベルは、思い切ってスノウ・クリフを登る事にしたのだ。
「ちょっとベル!スノウ・クリフを登るって……一体どうするの?」
ベルは一体どうやってスノウ・クリフを登ろうとしているのか。道具もなしに、垂直に近い崖を500メートルも登る事など到底不可能なはずだ。
「見てみろよ、あんなに足場があるじゃないか!」
「冗談でしょ……」
「冗談言う状況じゃねぇって分かってるだろ」
「うそ〜っ‼︎」
ベルが思いついた秘策。それは、降りて来る雪男の背を足場にして、スノウ・クリフを登ると言うものだった。
雪男は引っ切り無しに現れるため、常にスノウ・クリフには足場がある事になる。それは雪男を足場に出来ればの話なのだが。
「しっかり掴まってろよ‼︎」
「私が高所恐怖症って事、覚えてる〜⁉︎」
そしてベルはリリを背負ったまま、雪男の背中に飛び乗った。このまま雪男の背中を飛び移り、ベルはスノウ・クリフ制覇を目指す。ベルの背中に抱えられたリリは、悲鳴をあげていた。ルナトの崖を降りる時分かったように、彼女は高所恐怖症なのだ。
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ベルたちが到着した頃には、すでにキリアンの姿はなかった。ついにスノウ・クリフを登り始めたベルたち。
雪の頂で、彼らを待っているものとは!?




