第20話「炭鉱長」【挿絵あり】
ベルとセドナは、炭鉱の最深部を目指す。
それから間も無く、2人がいる空間には、さらに冷たい空気が流れ始めた。まるで、一瞬にして違う空間に来てしまったかのように、これまでとは異なる雰囲気がこの場を支配している。
すでにゴーストは現れているが、何かが違う。この期に及んで、まだ何かこの暗闇に潜んでいるとでも言うのだろうか。
ベルが大きく息を吸い込んだその瞬間、2人の目の前にゴーストが現れた。今までのゴーストとは様子が違う。言葉で表すのは難しいが、何と言うかはっきりしていた。
ゴーストと言えば、ぼんやり後ろの風景が透けて見えるような存在だ。
ところが、今目の前にいる“彼”はまるで霊体ではないとでも言うかのように、その姿がはっきりしている。後ろの風景が透けて見えることもない。
しかしながら、彼は人間ではない。突如として現れ、白く鈍い光を全身から放っているのだから。
“彼”は無言のまま、セドナに襲い掛かる。そこはセドナも黙っていない。即座にライフル銃を構えると、躊躇なく彼に向かって霊弾を放った。
すると、彼は今までのゴーストたちと同じように消えてしまった。
「やったのか?」
明らかに今までのゴーストと違う“彼”は、きっとゴーストの親玉なのだろう。親玉を倒せば全てが終わる。誰にでも分かる事だ。
「いいえ」
どうやらベルの期待は、ただの幻想だったようだ。セドナは“彼”の、今までのゴーストとは違う動きを見抜いていた。
「私が消したんじゃなくて、自分から消えたの」
“彼”は、セドナが放った霊弾が接触する直前に、自ら姿を眩ませた。今まで彼らの前に現れたゴーストには、こんな芸当は出来なかった。明らかに他のゴーストとは格が違う。
「そんなのアリかよ」
ベルは思わず声を漏らす。ただでさえオーブガンでしか攻撃出来ない相手である上に、自由自在に姿を眩ませると来た。
「“彼”はまだ生きてる」
「生きてる?ゴーストなのに?」
ベルはからかうように言った。
「言葉が見つからなかっただけよ」
その言葉にセドナは恥ずかしそうに俯く。
今は“彼”に対処することで手一杯だ。揚げ足を取ってくる少年にいちいち請け合っている余裕はない。
そうしている時、再び“彼”が現れた。今度はセドナの真後ろだ。長年のゴースト退治で感覚を研ぎ澄まされた彼女は、間髪入れずに振り返って霊弾を放った。
しかし、これも失敗に終わった。霊弾が当たる前にどうしても逃げられてしまう。
「見えるものに反応するから失敗するんじゃないか?」
ベルは彼なりに考えを巡らせていた。セドナにはベルが言おうとしている事が何となく分かっていた。
「相手が予測出来ない動きをするなら、俺たちも予測出来ない動きをすればいい」
足りない脳みそにしては、よく出来た理論だった。目に映るものに反応して行動していては遅すぎる。あらかじめこちらが予想をつけて行動するか、相手にとって全く想像出来ないような行動を取ればいいのだ。
作戦を声に出して話していては、どこで聞かれるか分からない。どれだけ小声で話そうと、すぐ傍に隠れられていては意味がない。ベルは必死に目を動かして彼女に何かを伝えようとしている。
ベルの目配せは、彼女には全く伝わっていなかった。これでは埒が明かない。
セドナがそう思った時、再び“彼”が姿を現した。
次の瞬間、ベルはセドナの予想外の行動に出た。何と、“彼”に向かって発砲したのだ。もちろん“彼”は逃げた。あれほど見えるものに反応していては意味がないと言っていたのに、行動が矛盾している。
だが、そこにはベルの作戦があった。呆れかけたセドナは、ベルの考えていた事を雷に打たれたかのように思い知った。
全てを理解した彼女はベルと背中を合わせ、さっきベルが発砲したのとは真逆の方に発砲した。ベルが発砲してからセドナが発砲するまで、その間1秒ほど。
“彼”にとって予想外だったベルたちの行動は、見事結果を残した。セドナが放った霊弾は、霊体に直撃した。ゴーストは空気に溶け込むように消えていく。
ところが、その霊体の後ろに“彼”がいた。 “彼”は他のゴーストを盾にして、自分の身を護ったのだった。そんな事をされては、本当に為す術がない。
“彼”は特殊な動きをするだけでなく、頭まで冴えている。決着は付くにしても、長期戦になる事は確実だった。
「嘘だろ」
ベルは呆気に取られていた。せっかく思いついた完璧だと思っていた作戦は、全く意味をなさなかった。セドナも彼の意思を汲み取り、全てが上手く行っていたはずだった。
その後、ベルはさらに呆気に取られることになる。2人を取り囲むように、ゴーストが湧き出したのだ。それも、先ほどまでとは比べ物にならないほど。一体この洞窟には、どれほど無念の魂が残されているのだろうか。
こうなっては、収集が付かない。ゴーストハンターである彼女でさえ、このような状況に陥ったのは初めての事だった。
消せども消せども、ゴーストは無尽蔵に湧いて来る。圧倒的な絶望を前にして、セドナの思考回路は停止する。それはベルも同じだった。2人とも考える事を放棄していた。
彼女の顔には一切の表情も浮かんでいない。頭の中が真っ白になったのだ。
そして静寂が2人を包む。しばしの沈黙を破ったのは“彼”だった。そう、他のゴーストたちとは何か違うあの“彼”だった。
“彼”は2人の前に1歩踏み出すと、口を開いた。
「お前たちはゴーファーの遣いか?」
その言葉にベルとセドナを目を見合わせた。ここにいるゴーストたちは、彼らがゴーファーと関係のある人物だと信じて疑わないようだ。
「……違います。私たちは彼とは全く関係ありません」
セドナがすぐさま“彼”の推測を否定した。そんな彼女の様子を、“彼”は興味深そうに見つめている。
「ほう。では、何だってこれほど俺たちに危害を加える?何人の同志が無念の死を遂げたと思う?」
どうやら“彼”は仲間たちを“殺された”事に対して怒っているらしい。それは当たり前の事だった。突然縄張りに侵入され、仲間を殺されて怒らない者はいない。
「確かに私たちは、多くの“ゴースト”を殺しました。でも、それはあなた方が町で暴れたからです!」
セドナは自分の非を認めた直後に反論した。もし昨日の夜、ゴーストが町に出現していなければ、暴れていなければ、彼女たちがこの薄暗くて気味の悪いトンネルに来る事もなかったはずだ。
「それでは答えとして、まだ不十分だ」
“彼”は不満そうな顔を見せる。さっきから、“彼”は延々と質問を続けるばかり。
「自分たちが何者なのか名乗らないまま、質問攻めなんて失礼だとは思いませんか?」
セドナは至って冷静に返事をする。圧倒的不利な状況で、弱腰になるわけにはいかない。
そんな彼女を見て、“彼”は呆れたように首を振った。
「今やお前たちは囚われの身だ。黙って質問に答えろ。余計な事は考えなくていい」
ベルとセドナは、ゴーストに捕らえられた囚人。四方八方逃げ場の無いこの場において、今は“彼”の言う事を聞かざるを得ない。
「その前に、せめてあなた方が何者なのかだけ教えてください」
彼女は強気な姿勢を崩さない。 このまま“彼”の言う事にただ従っているだけでは、状況は何も変わらない。
その言葉を聞いた“彼”は、一旦口を開き、何か言おうとするが、すぐにそれを閉じた。それからしばらくベルとセドナを見つめた後、周囲のゴーストを見回した。
「いいだろう……俺たちは昔、アドフォードが採鉱業で財を成していた頃ここで働いていた炭鉱夫だ。俺はここの炭鉱長だった」
ようやく“彼”は正体を明かす。セドナの思った通り、彼らは採鉱業全盛期の炭鉱夫だった。
だが、それが分かったからと言って、何か変わるわけでもなかった。未だに、彼らが町に出現し、暴れ出した理由は明らかになっていないのだ。
「やっぱりそうでしたか……私たちは昨日現れたゴーストたちが炭鉱夫だと予想し、その理由を突き止めるためにここに来たんです。あなた方から襲って来たんですから、抵抗されて当然です」
セドナは、計画的に自分の話を聞いてもらえる状況を作り出した。これで、ようやく炭鉱長は冷静に彼女の言葉を聞き、判断できるはずだ。この言葉を聞いた炭鉱長は1度セドナと目を合わせると、申し訳なさそうに目線を下げた。
「すると、本当にゴーファーとは関係がないと言う事か……」
炭鉱長は何やら大きな勘違いをしていたようだ。彼らは2人がゴーファーと関係していると信じ込んでいた。
「それは申し訳ない事をした……俺たちは少しばかり頭に“血”が上りすぎていたようだ」
炭鉱長のその言葉に、ベルは一瞬口許を弛めた。幽霊に血などあるはずがないのだから。それに比べ、セドナはその言葉の違和感を気にする事なく、会話を進めていた。
状況は完全に変わった。囚人だったセドナとベルは、一瞬にして炭鉱夫たちと対等な関係になったのだ。
「なぜ、そこまで“ゴーファー”にこだわるんですか?」
セドナはずっと知りたかった疑問を投げかけた。この誰も近寄りたがらない薄暗い幽霊の巣窟に来た理由は、ただそれだけだ。なぜ彼らはここまで、“ゴーファー”という人物に執着するのだろうか。
おそらく、彼らがこの世に形を留めている理由はそこにある。
「それには、ワケがある……」
炭鉱長は神妙な面持ちで口を開く。これからついに語られる。セドナが待ち望んだその答えが。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
炭鉱長はベルとセドナに何を話すのか。死んでもなお炭鉱夫たちが、この町に存在し続ける理由とは……?




