第130話「スノウ・クリフ」(1)
キリアンを追ってスノウ・クリフへ向かうベルたち。彼らは無事にキリアンを救う事が出来るのか!?
改稿(2020/10/29)
それから3日経っても、エルナは未だに家族のもとに帰っていない。
あの日エルナは5体の雪男を倒し、その後29体の雪男に囲まれた。彼女の身に起きた事は、彼女自身と雪男にしか分からない。
彼女がまだ生きているのなら、スノウ・クリフの先にいるはず。これだけは、誰にでも分かっていた。
行方不明になったエルナを探すため、キリアンは彼女と同じように両親の目を盗んで家を抜け出した。キリアンは姉と同じ間違いを犯そうとしていた。
エルナが1人でスノウ・クリフに向かった時と唯一違うのは、ヴィンター夫妻がいち早くキリアンが消えた事に気づいた事。急いでスノウ・クリフに向かえば、キリアンを連れ戻せる可能性は十分にある。
シルヴォとケイトリは、無我夢中でスノウ・クリフを目指していた。
彼らをスノウ・クリフまで連れて行くのは、大きな白狼。地獄犬ヘルハウンドのように、白狼たちはシルヴォたちを背に乗せていた。白狼は全部で5匹。それぞれ、シルヴォ、ケイトリ、ベル、マックス、リリが乗っている。リリが戦力にならない事は明白だったが、1人で残る事を避けたかった彼女はベルたちについて来ていた。
「⁉︎」
一行が間も無くスノウ・クリフに到着しようとしていた時、1匹の白狼がこちらに向かって走って来た。その姿を確認したシルヴォたちは、咄嗟に足を止める。突然現れた白狼は、スノウ・クリフの方からやって来たようだ。
「キリアンに何かあったんじゃ……」
「縁起でもない‼︎急ぐぞ‼︎」
目の前に現れたのは、シルヴォたちを乗せているのと同じ白狼。それがキリアンを乗せていた白狼だと確信したケイトリは、最悪の可能性を考える。軽く放心状態に陥っていたケイトリを見て、シルヴォはその最悪の可能性を否定した。
一抹の不安を抱きながら、シルヴォたちはスノウ・クリフへと突き進む。事は一刻を争う。白狼が彼を背に乗せていないと言う事は、少なからず彼に何らかの異変が起こったと言う事だ。
「キリアン⁉︎」
「どこだ⁉︎」
ようやくスノウ・クリフに到着したヴィンター夫妻は、逸る気持ちを抑えながら息子の姿を探す。
ところが、白狼から降りてどれだけ辺りを見回してもキリアンの姿はなかった。キリアンの姿どころか、雪男の姿すら見当たらない。
「何か変じゃないですか?」
「静か過ぎる……」
リリも、マックスもスノウ・クリフを覆う異様な雰囲気を感じ取っていた。
雪男は、スノウ・クリフを登ろうとする者の行く手を阻む。当然キリアンもスノウ・クリフを登ろうとしていたはずなのだが、争った形跡はどこにもない。
キリアンの足跡も、雪男の巨大な足跡も周囲には存在しなかった。あるのは、ただひたすらに真っ白な雪景色と、高く聳えるスノウ・クリフだけ。他には何も無い。吹き荒ぶ雪が、足跡さえも消してしまったのだろうか。
「キリアン……一体どこに行ってしまったの…」
「こんな短時間で居なくなるなんて…」
ケイトリは雪の上に、膝から崩れる。この状況と妻の様子を見て、シルヴォさえも正気ではいられなくなっていた。2人とも無力感に苛まれ、放心状態になっている。たった数日の間に子どもが2人も行方不明になったのだ、無理もない。
ゴゴゴゴゴ……
そんな中、エルナが聞いたのと同じ轟音がスノウ・クリフの麓に響く。やはり、スノウ・クリフに近づけば雪男は現れる。
白い怪物の襲来に備え、ベルたちは白狼から降りて身構える。
一方、無力感に苛まれているヴィンター夫妻は、その場から動く事が出来ずにいた。この状況でまともに戦えるのは、ベルとマックスの2人のみ。騎士団に所属しているくらいだから実力はあるのだろうが、マックスの能力は未知数だ。
……ドスン!ドスン!ドスン!
しばらくするとスノウ・クリフの頂上から、巨大な雪男たちが次々と飛び降りて来た。ベルたちの視界は、あっという間に白い怪物たちによって覆われてしまった。
鬼のように恐ろしい顔をした怪物たちが、ゆっくりとベルたちに近づいて来る。この時現れたのは、エルナの時と同じ29体の雪男だった。
「あれが雪男だな」
標的の姿を確認すると、ベルはすぐに右手に炎を灯した。騎士団に入ってから戦闘経験を重ねた彼は、余裕の笑みを浮かべていた。
ドドドドド…‼︎
ベルが攻撃態勢に入ったのを確認した雪男たちは、一斉に動き出す。踏み出される巨大な足は、周囲に振動を与えていた。
「ひぃぃぃ‼︎」
集団で襲い掛かって来る雪男を見て、リリはすぐさまベルの後ろに身を隠した。こんな状況に直面すれば、普通の人間なら恐れをなして走り去ってしまうところだ。
「くらえ‼︎」
リリと違い戦う気満々のベルは、右手に灯した炎を雪男の方へ投げ飛ばす。
すると、真っ赤な業火は先陣を切る雪男の身体にクリーンヒットした。直撃した炎は、真っ白な雪男の身体を真っ赤に染め上げた。
「何だ、弱っちいじゃん」
一瞬で雪男を1体仕留めたベルは、拍子抜けしてしまう。エルナは雪男との戦いに多少苦戦していたが、彼女はブラック・サーティーンではないのだ。
そうしている間にも、残る29体の雪男はベルとの距離を詰めて来る。
今度は両手に炎を灯し、ベルは迫って来る雪男に立ち向かう。1体目の雪男を中距離戦で仕留めたベルは、近距離戦法に切り替えていた。
「おーりゃーっ‼︎」
2つの炎の拳を構えたベルは、次々と雪男たちに殴り掛かる。一気に片付けるのではなく、彼は1体1体 雪男を攻撃していた。広範囲に炎を放って雪男の群れを一掃する事も出来るが、そんな事をしてしまえばシルヴォたちが危険に晒されてしまう。
「まだこんなに残ってんのか…」
一旦攻撃の手を休めたベルは、残る雪男の数を確認する。爽快に彼は何体も殴ったつもりだったが、周囲にはまだ20体以上の雪男が残っている。これまでにベルが倒した雪男は、6体だった。
“あの老け顔、何してんだ…?”
雪男との戦闘の最中、ベルはマックスの姿が見当たらない事に気づいた。討伐対象が目の前にいると言うのに、なぜマックスは戦っていないのか。ベルは不審に思って、マックスの姿を探す。
すると、マックスの姿はヴィンター夫妻の傍にあった。
無力感に苛まれたヴィンター夫妻は、立ち上がる事が出来ずにその場で座り込んでいる。そんな2人に危害が及ばないように、マックスは彼らの傍についているのだ。マックスに怒鳴ろうと思っていたベルだったが、その姿を見るとたちまち怒りは収まった。
そしてベルは自分の背後にいるリリの姿を見る。スノウ・クリフの麓にいて、まともに戦っているのはベルただ1人。他の人間は、とてもではないが戦える状態ではない。
「おいマックス‼︎シルヴォさんとケイトリさんとリリを連れて、一旦村に帰ってくれ‼︎」
「だが!」
「お前らがいる方が逆に邪魔なんだ。俺の黒魔術が十分に発揮出来ないからな!」
周囲の状況を見て、ベルは1人で戦うと言う作戦を取ろうとしていた。確かに、周りに人がいなければアローシャの炎を気兼ねなく存分に使う事が出来る。ベルが戦いやすいだけでなく、それが最善策でもあった。
「……分かった。ここは最強のブラック・サーティーン様に任せるとしようじゃないか。ヴィンター家の子どもたちを、ちゃんと連れ帰って来るんだぞ」
「分かってるさ‼︎」
分別のあるマックスは、ベルの提案をすぐに呑んだ。そうするのが1番良いと、彼も分かっているのだろう。ベルが気兼ねなく暴れられるように、マックスは1人ずつヴィンター夫妻の肩を支えて、白狼の背中に乗せ始める。
話し合っている最中も、雪男は待ってはくれない。マックスがヴィンター夫妻とリリを連れ帰る準備が整うまで、ベルは炎の拳で雪男に応戦していた。
「ファウストさんよぉ‼︎準備は整ったぜ!」
ベルが雪男を新たに5体ほど倒した頃、マックスの準備が整った。ベルが振り返ると、そこには4匹の白狼が並んでいた。彼らの背中には、それぞれシルヴォ、ケイトリ、マックス、リリが乗っている。
「気をつけて帰れよ‼︎こっちは俺に任せとけ‼︎」
「任せたぞ‼︎」
マックスを先頭に、4体の白狼がスノウ・クリフの麓を去って行く。
これで、この場所に残されたのはベル1人だけになった。周囲に人がいなければ、手加減も気遣いも無しに、地獄の業火の威力を発揮する事が出来る。
「さぁ〜て、暴れるか…」
マックスたちの姿が見えなくなった事を確認したベルは、大きく深呼吸して力を解放する準備をする。
そうしている間も雪男はお構いなしに迫って来るが、ベルは目を瞑る余裕まで見せていた。
雪男は、ベルを囲むように四方からジリジリと迫って来る。残り数メートルまで近づくと、雪男たちは立ち止まり、両手を勢い良く振り下ろした。
すると、雪男たちはエルナと戦った時と同じように、氷の壁を次々出現させた。あっという間にベルの視界は塞がれ、冷たい氷の中に閉じ込められてしまう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
周りへの配慮の必要が無くなったベルは、遠慮なく炎の魔法を爆発させる!!




