第129話「黒犬と白雪」(2)【挿絵あり】
ついにエルナが1体の雪男の目前に迫ると、その雪男は巨大な2つの拳を白い大地に打ち付ける。
すると、雪の大地の中から角張った長方形の氷塊が出現し、エルナの行く手を阻んだ。
ジュゥゥゥゥ……
しかし分厚い氷の壁が、エルナとブレイズの障害になる事はなかった。
ブレイズの炎の息で瞬時に熱せられた氷の壁は、エルナの刀によっていとも簡単に粉砕されてしまう。後は雪男にトドメを刺すのみ。エルナとブレイズは、今にも雪男に襲い掛かろうとしていた。
「どけーっ‼︎」
ブレイズが吐き出す炎を再び浴びた刀を構え、エルナは突進する。刃は燃え盛る炎を纏い、雪男の命を狙う。間も無く、炎の刃が真っ白な雪男の身体を貫いた。
熱せられた刃は、鎧ごと雪男の身体を斬り裂いた。刀身で燃え盛っていた炎は、たちまち雪男の身体に燃え移る。
そして、雪男は一瞬にして火だるまになってしまった。エルナは強かった。この調子であれば、彼女は雪男を蹴散らしてスノウ・クリフを登る事が出来そうだ。
「…………?」
だが、エルナは得体の知れない違和感を抱いていた。ブレイズの炎で身を焼かれている雪男は、一切声を上げないのだ。
普通の獣なら、炎に包まれれば苦痛に満ちた声を上げるはず。まさか、炎が雪男に効いていないとでも言うのか。エルナは固唾を呑んで、燃え盛る雪男を見つめていた。
「脅かさないでよね…残りは4体!」
結果的にそれはエルナの考え過ぎだった。炎に包まれた雪男は力なく倒れ、動かなくなってしまった。
今度は、その代わりに残った4体の雪男が一斉に襲い掛かって来る。
残された4体の雪男は、エルナとブレイズを囲むように四方から迫っていた。
エルナの目前まで近づいて来た4体の雪男は、最初の1体がやったのと同じように拳を振り下ろして、氷の壁を出現させる。
四方から出現した巨大な氷の壁は、エルナとブレイズを閉じ込める。5メートルほどはあろうかと言う巨大な氷の壁が、エルナを囲んでしまった。
雪男はエルナの隙を見逃さなかった。まんまと閉じ込められてしまったエルナは、わずかな時間目を瞑った。
「こんなものでアタシを閉じ込めておけるって思った?」
刹那、パッと目を開いたエルナはブレイズの背から飛び降りて、刀を構えたまま横に1回転する。その様子を上から見ると、エルナの身体を中心として、真っ赤な円が描かれたようにも見えた。
炎をまとった刃は、一瞬にして4枚の氷の壁を斬り裂く。炎の斬撃を受けた氷の壁は、瞬く間に崩れ去った。大きな音を立てて崩れ去った氷の壁は粉々になり、エルナは視界を取り戻す。
壁が消え去ると、周囲にはまだ4体の雪男の姿があった。
「一気に片付けるよ‼︎」
笑みを浮かべたエルナは、再びブレイズの背に乗って足元の氷塊を飛び越えながら、待ち受ける雪男たちに襲い掛かって行く。
雪男と違って機動力のあるブレイズは、氷の猛攻を華麗に避けながらあっという間に1体の雪男に近づいて行く。
ボウッ……
そして、ブレイズの背に乗ったエルナが、雪男に炎の斬撃を与える。炎の刃を受けた雪男は最初の1体と同じように燃え上がり、その場に倒れた。
「あと3体!」
勢いに乗ったエルナはさっきと同じ要領で、続け様に2体の雪男を火だるまにする。雪男との戦いに慣れたのか、この頃になるとエルナの表情には余裕さえ感じられた。あと1体で、彼女の行く手を阻む敵はいなくなる。
「残すは1体‼︎」
すでに4体の雪男を倒したエルナは、残された1体の雪男に狙いを定めていた。余裕の笑みを浮かべたエルナは、ブレイズの背に乗って雪男との距離を詰める。
あっという間に雪男の目前まで迫ったエルナは、これまでと同じように炎の刃を振りかざす。
「⁉︎」
ところが、その一撃は雪男に避けられてしまった。これまでとは違う雪男の動きに、エルナは驚きを隠せない。目の前にいる雪男は、他の雪男たちの戦闘を見て学習したとでも言うのだろうか。
「ヤバい…‼︎」
もちろん雪男はエルナが見せた隙を見逃さなかった。
彼女の攻撃を回避した雪男は、ほとんど彼女に触れそうな距離から氷の礫をぶつけようとする。至近距離で氷の礫を受ければ、タダでは済まない。炎の刃で応戦する事は出来たはずだが、エルナはパニックに陥っていた。
「ガウッ‼︎」
その時、絶体絶命のエルナを救ったのは、他でもないブレイズだった。
背に乗る主人の異変を察知したブレイズは、大きな口を開けて、ありったけの炎を雪男に向けてぶち撒けた。多量の炎を浴びた雪男は、言うまでもなく火だるまになる。
「ブレイズ、ありがとう‼︎」
エルナは背中に乗ったまま、ブレイズを抱き締める。ブレイズは主人に忠実な召喚獣だ。背中に乗せたり、魔法を貸したりするだけではなく、時には主人のピンチも救う。
「よし、あとはスノウ・クリフを登るだけね。ブレイズ、お疲れ様」
やがてエルナはブレイズの背を降りて、右手首に嵌めていた“主従の輪”を外して、左手首に嵌め直す。最初に嵌めていた方から、別の手首に嵌め直す。これが主従の輪の召喚キャンセル方法だ。
ブレイズが光と共に消えたのを確認すると、エルナは腰に下げたポーチからピッケルを取り出した。
そして、彼女は右手に刀、左手にピッケルを持った。ブレイズの召喚がキャンセルされた今、刀身を覆っていた炎は消えている。
「待っててお嬢。アタシが月の花を取って来るからね!」
後は刀とピッケルを使って、果てしないスノウ・クリフを登るだけ。襲い掛かって来た雪男を見事に倒したエルナは、安心してスノウ・クリフに近づく。
ゴゴゴゴゴ……
「何⁉︎」
今にもスノウ・クリフを登ろうとしていたエルナは、突然聞こえて来た轟音に身構える。
さっき雪男が現れた時とは比べ物にならないほどの音と地響きを、エルナは感じていた。轟音が響くだけでなく、周囲は大きく揺れている。
スノウ・クリフは全体が大きく揺れていて、頂上に積もった雪が次々と500メートル下のエルナの近くに落ちて来る。
ドスン!ドスン!ドスン!ドスン‼︎
次の瞬間、初めて雪男が現れたのと全く同じ音が、エルナの耳に届いた。ただ、最初と違うのは、その音が鳴り止まない事だった。前回は5回しか聞こえなかったその音は、何度も何度もエルナの耳に届いていた。
「……いくら増えても、アタシは止められない‼︎」
しばらくして音が止むと、エルナは周囲を見回した。そこにいたのは、29体もの雪男だった。だが、さっきの戦いで自信をつけていたエルナは、好戦的な笑みを浮かべている。彼女は再び主従の輪を白い大地に置くと、ブレイズを召喚する準備をした。
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1人で雪男に立ち向かったエルナ。29体の雪男に囲まれた後、彼女はどうなってしまったのか。なぜ帰って来ないのか。真相はまだ闇の中です。




