表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/388

第127話「ヴィンター商会」(2)【挿絵あり】

「お、リリ!来てたのか!」


「あ、ベルも来てたんだ〜」


 キリアンと戯れている中、ベルはリリの姿を発見する。少し離れた所で様子を見ていたリリは、あからさまに作り笑いをしながら、ベルたちのいる方へ近寄って来る。


「ファウスト、何だこの女は?」


「え?あぁ、知り合いだよ。まさかミッション中に知り合いに会うなんて思ってなかったぜ」


「………………」


 疑いの目を向けるマックスに、ベルは咄嗟に嘘をついた。ベルは決して嘘をつくのが上手い方ではないのだが、マックスがそれ以上探りを入れる事はなかった。


「行くよ!ついて来て‼︎」


 わずかな沈黙の後、キリアンを先頭に、ベルたちはヴィンター商会を目指す。ヴィンター商会に着けば、凍てつく寒さも少しは和らぐだろう。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 数分後、ベルたちはようやく寒さから解放された。一際大きなヴィンター家にたどり着いたベルたちは、逃げ込むように室内に駆け込んでいた。ヴィンター家では、キリアンと同じく黒い髪の男女が待っていた。彼らが依頼主だろう。


「これはこれは、黒魔術士(グリゴリ)騎士団の方々ですね?」


「そのお嬢さんは、騎士団の方じゃないみたいだけど……」


 ワイルドな長髪に逞しい顔が覗くヴィンター氏と、長い髪を後ろでまとめたヴィンター夫人がベルたちを迎え入れる。


 室内の壁には、ベルたちが着ているのと全く同じ防寒着が、何着も吊り下げられていた。ベルたちが着用している防寒着は、ヴィンター商会から支給されたものだった。


黒魔術士(グリゴリ)騎士(ナイト)のマキシミリアン・ウェスカーマンです」


「ベル・クイール・ファウストです」


「私は……個人的にヴィンター商会を訪ねてみたかった者です」


 ベルたちが自己紹介すると、リリも流れで挨拶する。ベルとリリはたまたま目的地が同じだっただけ。そう言う事にしておいた方が、後々問題を招かずに済む。


「私はシルヴォ・ヴィンター。ヴィンター商会の経営者であり、そこにいるキリアンの父親でもある。私たちの依頼を受けていただき、本当にありがとうございます」


「私はケイトリ・ヴィンター。キリアンの母親です」


 ヴィンター商会は、ひとつの商業組織であり、家族でもあった。シルヴォの右目の辺りには何かで切られたような傷痕が残っている。その傷跡は、彼の力強い雰囲気を強調していた。

 ケイトリはキリッとした目をしていて、そこからはとても頼りになりそうな印象を受ける。


「ではさっそく、今回の依頼について詳しくお聞きしたいのですが」


「あぁ、もちろん。その話を始めるにあたり、まずはヴィンター商会と、由緒正しきサマーベル家との関係についてお話しなければなりません」


 マックスが切り出すと、ようやく今回の“雪男(イエティ)退治”についての話が始まる。


「サマーベル家と言えば、ロッテルバニアの広大な土地を所有している大地主。彼らが、今回の件とどう関係するんですか?」


 マックスはサマーベル家についての知識を持っていた。大抵のセルトリア国民は、サマーベルという名前を知っている。当然アビーとダミアンと面識のあるベルも知っている。


「ヴィンター家とサマーベル家には、長い付き合いがあります。サマーベル家の方々は、我々の友人であり、大事なお得意様でもある。つい最近の事なのですが、サマーベル家のご令嬢に悲劇が起こったんです」


 ヴィンター商会とサマーベル家の間には、深い関係があった。シルヴォの言う“サマーベル家のご令嬢”とは、恐らくアビーのことだ。彼女の身に何が起こったかは、ベルがよく知っている。


「2年前、サマーベル家はサマーベル邸に取り憑く悪魔に苦しんでいました。悪魔の暴走により、アビーお嬢様は両脚の自由を失ってしまった。騎士団の方々の助力もあり、悪魔の暴走は収束したかに思えましたが、実際はそうではありませんでした」


「と言いますと?」


 ここまでは、アビーとダミアンがトランプ・サーカスを訪れる前の話。サマーベル兄妹の事を何も知らないマックスは、真剣にその話を聞いていた。


「悪魔グラシャラボラスが鳴りを潜めていたのは、お嬢様がその悪魔と契約を交わしたからだったのです。身体を明け渡すと言う約束を……」


「それは……ブラック・サーティーンと同じ憑依(ポゼッション)の契約じゃないですか」


「その通り、つい最近お嬢様とグラシャラボラスの契約は、その時を迎えた。トランプ・サーカスを訪れていたお嬢様は、ついにグラシャラボラスに身体を乗っ取られてしまった。ですが、数日前に無事にこのロッテルバニアの地に戻って来られたのです」


 ここからがベルも知らない話。ダミアンとアビーは、無事にロッテルバニアの自宅に戻っていた。

 ところが、シルヴォの口ぶりからするに、まだ何か問題が残っているようだ。


「つまり……どういう事ですか?」


「当時、突然グラシャラボラスが静かになった事を、サマーベル夫妻は不審に思っていました。万が一に備え、祓魔薬(バスター・ポーション)を作って欲しいと我々は依頼を受けました」


祓魔薬(バスター・ポーション)と言えば、文字通り人間の身体から悪魔を祓う強力な薬。星の力を宿しているとも聞く。悪魔は星の力を感知する。そんなものを持っていても、警戒されて回避されてしまうだけなのでは?」


 アビーの身体からグラシャラボラスを追い払った祓魔薬(バスター・ポーション)。その秘密兵器を作ったのは、他でもないシルヴォたちだった。彼らがサマーベル夫妻に協力し、稀少な材料を集めて祓魔薬(バスター・ポーション)を作り上げたのだった。


「そこはサマーベル夫妻も、我々も考えていました。来るべき時まで、祓魔薬(バスター・ポーション)を未完成のままにしておいたのです」


「どういう……ことですか?」


「特別な容器を準備し、星の力特有の光を発さないように材料を分離しておいたんです。実際に使う時には、分けられた材料を混ぜて使う。ただ、それが仇となってしまったようで。長らく分離させていた事で、薬の効能が不完全になってしまった。我々が作った祓魔薬(バスター・ポーション)では、グラシャラボラスをアビーお嬢様の身体から完全に追い出す事が出来なかった……」


 祓魔薬(バスター・ポーション)の原料を分離させておくと言うのも、サマーベル夫妻とヴィンター夫妻が考えたものだった。確かに原料を分離させておく事で、あの時ダミアンはグラシャラボラスを油断させる事に成功した。

 しかし、それが祓魔薬(バスター・ポーション)を不完全なものにする原因となった。


「じゃあアビーはまだ……それは本当なんですか?」


「えぇ……ファウストさんは、お嬢様をご存知なんですか?」


「はい。ちょうどダミアンとアビーがトランプ・サーカスにいる時、俺もトランプ・サーカスで任務中だったんです。今アビーはどうしているんですか?」


 これまで黙って話を聞いていたベルが、初めて口を開く。その時、シルヴォもケイトリもマックスも、初めて、ベルがアビーと顔見知りである事を知る。


「グラシャラボラスから一時的に身体を奪われた事により、お嬢様は両脚の自由を取り戻しました。しかし、ロッテルバニアに戻ってからと言うもの、お嬢様は一向に目を覚まさないそうで。まだグラシャラボラスが彼女の身体に影響を及ぼしているのか、薬の不完全性が原因か分からないんです」


「そんな……」


 アビーの現状を聞いて、リリの顔は青ざめた。確かに彼女はダミアンとアビーを、ヴォルテールの民泊へと送り届けた。

 だが、未だにアビーが目覚めないままでいる事は、リリさえ知らなかった。


「そこで、お嬢様の目を覚ますために我々はスノウ・クリフの遥か先に咲くと言う幻の花を探す事にしたんです」


 ここで、ヴィンター夫妻の話がようやく騎士団長グレゴリオの話と繋がりを見せ始めた。スノウ・クリフの奥地に咲くと言う幻の花。

 そして、幻の花までの行く手を阻むのが、今回の討伐対象である雪男(イエティ)だ。


挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


いよいよロッテルバニアでの物語が本格的に始まりました。キーアッシュ村での物語は、サーカス編で登場したサマーベル兄妹の話とも繋がっています。次回は謎多き“幻の花”についてのお話です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ