第125話「黒衣の科学者」【挿絵あり】
無事にベリト監獄を抜け出したベルは、騎士団本部に戻っていた。
改稿(2020/02/23)
Episode 14: The Doctor In Black/黒衣の科学者
“ファウスト救出作戦”から数日が経ったある日の夜。エリクセスを見降ろす丘に、1つの影が佇んでいた。そこは、ベルが首都エリクセスに初めて来た時に立っていた丘。そこから見える夜のエリクセスは、いつもと変わらず美しく輝いていた。
その男は、ベルと同じく黒魔術士騎士団の騎士団着に身を包んでいる。彼の髪はベルと似た金色だが、身長はベルよりも小さかった。小高い丘に立っていれば、巨大な黒魔術士騎士団本部も、彼より小さく見える。
「あぁ、我が愛しき街よ。レオン様が帰って来たぞ」
彼は両手をいっぱいに広げてそう呟くと、満足したように街の方へと降りて行く。
この男の名はレオン。これまで姿を見せていなかった男レオンは、騎士団にどんな風を吹き込むのだろうか。
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それから数時間後、騎士団本部・談話室にはベルの姿があった。あれからベル、ロビン、ロコ、リリ、アレンは無事に監獄町ラビトニーから脱出し、首都エリクセスに戻っていた。作戦当時、ラビトニーは大混乱に陥っていたため、セルトリア王国とリミア連邦の関係に亀裂が生じる事もなかった。
侵蝕を第3段階まで進めて気絶していたベルも、今ではすっかり元気を取り戻していた。リミア連邦に拘束されていた人間にも、十分な休息は与えられない。ベルがこの場所に居るのは、当然次のミッションを騎士団長から受けるため。世界のために働く騎士団員は忙しいのだ。
「ベル君、大変だったね……」
「いや〜まさか騎士団に入ってからもリミアに狙われてるとは思ってませんでした」
真っ黒なソファーに腰掛けているベルの隣には、ナイトの姿があった。M-12の頂点に立つナイトは、当然ベルの身に起こった事を知っていた。久しぶりに訪れたゆっくりとした時間。それも束の間なのに変わりはないが、ベルは出来る限りリラックスしていた。
「そう言えば、あんな奴いたか……?」
しばらく視線を動かしていると、ベルは談話室の中に見知らぬ人物がいる事に気がつく。ベルは何度か談話室を訪れているが、1度も見た事のない顔がそこにはあった。
「あぁ、もしかしてレオンのことかい?」
「あの人レオンって言うんですか……」
ベルの知らないレオンと言う男の事を、ナイトはよく知っているようだ。
「ん?今私の話をしていなかったか、ディッセンバー」
「地獄耳かよ……」
ベルとナイトが話をしていると、少し離れた場所にいたはずのレオンがすぐに近寄って来た。その異常なまでの耳の良さを、ベルは気味悪がっていた。
2人の目の前に現れたレオンは、金髪と青い瞳が特徴的な青年だった。身長はベルより低いため、ベルよりも歳下にも見える。ただ、レオンはベルよりも落ち着いていて、大人の余裕を持っていた。
「あ、あぁ〜レオン!そうなんだ。ちょうど彼に君のことを話していたところなんだよ」
急に距離を詰めて来たレオンに、ナイトは苦笑いする。
「見ない顔だな……もしかしてお前が噂のファウストか。私はレオン・ハウゼント。騎士団の開発部門に関わる科学者だ。ここ数ヶ月はずっと本部を留守にしていた。知らないのも無理はない」
嵐の如く現れたレオンは手短に自己紹介を済ませる。長らく騎士団本部を離れていた彼にとって、これがベルとの初対面だった。本部を離れていたレオンにも、ベルの噂は届いていたのだ。
「…ハウゼント?ってことは、ジェイクさんの兄弟⁉︎」
アドフォードで共に戦ったジェイクに兄弟がいた事を、ベルは今の今まですっかり忘れていた。レオン・ハウゼントと言えば、炎に包まれたアドフォードを救った“消えゆく星の残り火”をジェイクに授けた人物だ。
「これはこれは失礼な小僧だ。人が自己紹介をしたら、自己紹介で返すべきだろう。これだから新入りは……」
「失礼しました。俺は新入りのベル・クイール・ファウストです」
ベルは若干レオンにムカつきながらも、手短に挨拶を済ませた。レオンは高飛車で高圧的。面倒見が良くて優しいジェイクとは、似ても似つかない。背は小さいのに、態度はその何倍も大きい。
「最初からそうしておけば良かったのだ。君の噂は聞いている。ディッセンバー、なぜブラック・サーティーンのような危険な存在を迎え入れた?お前はいつも、大きい問題のある奴を連れて来てばかりだな」
レオンは溜め息をついた。レオンが何か言葉を発する度に、ベルのストレスは溜まっていく。
「これはグレゴリオ様のご意思だ。僕が選んでるわけじゃない。それに、僕もブラック・サーティーンだけど?」
「エッヘン……聞くところによると、ファウスト君はまだまだ黒魔術士としての経験が浅いらしいな。そんなド素人をプロフェッショナルの集団である騎士団に招き入れるとは、どうかしている。それに、ブラック・サーティーンはいつ悪魔に身体を乗っ取られるか分からないだろう」
気まずそうに咳き込み、レオンはベルにまつわる話を続ける。レオンがベルのことを良く思っていないのは明白だった。
同様に、ベルもレオンのことを良く思っていない。初対面でも、ベルはレオンが人間関係を拗らせるタイプの人間である事を理解していた。
「ベル君はすでにアローシャの力のコントロールに成功している。その危険性はないよ」
「どうだか……もしも、悪魔の力がコントロールを外れて、暴走し始めたらどうするつもりだ」
レオンは常に懐疑的だ。人間に悪魔の力はコントロール出来ない。それが彼の基本的スタンスだった。科学者である彼は、常に最悪の可能性を考えて行動している。
「僕は数々の悪魔を見て来たけど、アローシャは他とは違う。彼はベルの身体を奪ったりはしないよ」
「なるほど……悪魔の言葉を鵜呑みにする馬鹿が、この世界のどこにいる?」
「あはは…確かにその通りだね……」
悪魔を信じるナイトを、レオンは馬鹿にした。彼の物言いは人の神経を逆撫でするものだが、言っている事は間違っていない。如何なる時も、悪魔の言葉は信用すべきではないのだから。
今は問題が無くても、アローシャの真意はまだ計り知れない。
「無意味な時間を過ごしてしまった。それでは、これで私は失礼させてもらう」
出会って間も無くレオンはベルたちの前を去って行った。別れの言葉さえも、ベルの神経を逆撫でする。頭の良いレオンは、自分が他人より偉いと勘違いしているのかもしれない。
「何なんですか、あの人」
「あははは……アイツはそういう奴なんだよ」
レオンが去ったのを確認すると、ベルはすぐにナイトに愚痴を言った。アイザック、ロビン、ジュディ。彼らとの出会いも決して気持ちの良いものではなかったが、レオンとの出会いは格別に悪いものだった。
「ディッセンバー!そういう奴とはどう言う事だ、そういう奴とは‼︎」
「あは、あははは……気にしない気にしない」
その直後、レオンはナイトの目前に戻って来た。やはり彼は地獄耳だ。
「ジェイクさんとは正反対の捻くれ者だって事だよ‼︎それにチビ‼︎」
「な、何だと‼︎断じて私はチビではないっ‼︎礼がなってなさ過ぎる!最近の若いのは上司に敬意も払えないのか‼︎」
笑って誤魔化すナイトに代わり、ベルは大声でレオンを侮辱した。そのひと言がレオンに火を付けた。ロビンに禁句があるように、レオンにも禁句があった。彼は背が低い事をかなり気にしているようだ。
「まぁまぁ…レオンも若いでしょ……」
「とにかく‼︎私はこの無礼千万な小僧が一刻も早く騎士団から抜ける事を願っている!」
これ以上ベルと同じ空間に居たくなかったレオンは、足早に談話室を後にした。ベルとレオンの相性は最悪だ。
「ったく、何なんだよ」
談話室を出て行ったレオンと、談話室内にいるベルはほぼ同時にそう言った。
「レオンはちょっと変わり者だから、あんまり気にしないで」
「あの人、ホントにジェイクさんと根本的に違いますよね。性格とか顔とか、身長とか‼︎」
本人が目の前に居なくても、ベルはレオンの悪口を言い続けていた。ベルは彼の振る舞いが相当気に入らなかったらしい。
「君はジェイクと知り合いだったね。レオンとジェイクは全てが違った。2人の性格が正反対になるもの必然だったのかもしれないね」
「それはどういう事ですか?」
「簡単に言えば、レオンは天才、ジェイクは凡才だったって話。レオンは物心ついた頃から研究と勉強漬けの日々を送っていた。彼は幼い頃から、魔法無しで黒魔術士と渡り合えるほどの技術力を持っていたんだ」
「黒魔術士騎士団って黒魔術士じゃないと所属出来ないんじゃないんですか?」
ナイトはまずレオンと言う男について説明し始めた。ナイトの話が本当ならば、レオンは黒魔術を使わずして、黒魔術士騎士団に所属している事になる。
「彼の場合は例外なんだ。この世界に存在する魔的な材料やエネルギーを使えば、契約をしなくても黒魔術に限りなく近い技を使う事が出来る。科学力さえあればね。彼はその類稀なる才能を買われて、幼いながらも騎士団に入ったんだ。黒魔術士じゃないから、最初は彼も他の団員から色々言われてたみたいだよ」
悪魔と契約せずに、人工的な手段で黒魔術を使う科学者。それがレオン・ハウゼントだった。異色な存在である彼は、当然周りから浮いていた時代もあった。
「そういう魔法の使い方もあるんですね…………でも、だからって俺に辛く当たるのはどうかと思います」
「ジェイクの名前を口にしたから、少し気が立ってたんだと思うよ。レオンは生まれながらの天才。どんなに努力して凄い事を成し遂げたって、それが当たり前。だけどジェイクは一生懸命勉強しているだけで褒めてもらえる。常に皆より優れたものを求められる。それが天才故の苦しみじゃないのかな。きっとそんな幼少期が、今の彼を作り上げているんだよ」
ナイトはレオンが捻くれるに至った経緯を軽く説明した。レオンは天性の天才で、ジェイクは努力の秀才。生まれ持ったものの違いが、共に育った兄弟の性格を大きく変えてしまった。
「あの人も、それなりに苦労してるんですね」
「そうだよ。口は悪いけど、彼はその技術力で騎士団に大きく貢献している。君が使っている飛空艇も、レオンの存在無しには完成しなかったんだ」
これまでベルが何度も乗って来た飛空艇も、レオンが開発に携わったものだった。きっと飛空艇以外にも、レオンは様々なものを開発しているのだろう。
「それはそうと、そろそろ時間だよ。グレゴリオ様がお待ちだ」
「あ、はい!」
ベルが騎士団本部を訪れているのは、グレゴリオから新たなミッションを受けるため。何もナイトと談笑するためにここにいるわけではない。
今度はどんなミッションが、ベルを待ち受けているのだろうか。そして、どんな人物がベルと組むのだろうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
第1章で登場したジェイクの兄レオン。第1章では名前だけ出ていたレオンの初登場回でした。天才で態度はデカいけどチビ。これからの彼の活躍をお楽しみに!
※挿絵の作画ミスが判明しました。レオンの左手は義手です。時間を見つけて描き直します。




