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第124話「ブレイキング・アウト」(3)【挿絵あり】

 室内には司令官がいるだけでなく、ラビトニーのあらゆる設備を動かすスイッチやコントロール・パネルが所狭しと並んでいる。数多くの機材が並ぶこの部屋では、その弊害として、多くの死角が生まれていた。


「報告ご苦労。全員持ち場に戻ってくれたまえ……?」


 全ての報告を聞き終えたマリウスは、司令室に入って来た兵士1人ひとりの顔を確認していた。マリウスは他の兵士とは違い、バービンスキー隊の様子がおかしい事に勘付いていた。


「バービンスキー大尉。バービンスキー隊はお前を含めて、22名ではなかったか?」


「とんでもございません!本日のバービンスキー隊は総勢20名です」


「なるほど……」


 この時、すでにロコとリリは隊列から姿を消していた。恐らく、司令室内に多く存在する死角に身を隠したのだろう。


 やがてバービンスキー隊は出て行き、司令室にはマリウス中佐とロコとリリだけが残った。キュリアス・システムを停止するには、ロコとリリにとってマリウスの存在は邪魔だった。

 マリウスは、正体不明の人間が司令室に身を隠している事を知っている。


「……………」


 リリは入り口から離れた窓際に座り込んで、息を潜めていた。窓際には1.5メートルほどの高さの機材が2つ並んでおり、その隙間にリリは身を隠していた。マリウスの立っている場所からは死角になっているが、部屋中を探し回られたら見つかってしまう。


“あのオルセン中佐とか言う人……あの人がいると、システムのスイッチも見つけられない…”


 一方ロコは出入り口付近に置いてある2メートル大のコントロール・パネルと、壁の隙間に身を潜めていた。キュリアス・システムを停止させるスイッチを早急に探し出さなければならないが、マリウスがいる限り下手に動く事は出来ない。


 ガコン!


 その時、司令室中に大きな物音が響き渡る。この部屋に何者かが侵入していると言うマリウスの疑念は、ついに確信へと変わった。

 音を立てたのはリリだった。狭い場所で体勢を整える拍子に、リリはついうっかり機材に備え付けられたスイッチに触れてしまったのだ。


 ピッ…


 そして、それに合わせるように司令室の入り口の扉が開いた。どうやら、リリが誤って押してしまったのは、ロックされた扉を強制的に開くためのものだったようだ。

 これで、いざと言う時逃走しやすくなったが、マリウスはリリの居場所を把握してしまった。彼女は取り返しのつかない過ちを犯してしまったのだ。


「どうやらドブネズミが迷い込んでしまったようだ」


 マリウスは迷う事無く、リリの隠れている方へと近づいて来る。万事休す。魔法も使えないリリは、抵抗する事も出来なければ、動く事も出来ない。ファウスト救出作戦は失敗に終わってしまうのか。


「………?」


 リリが絶望に打ちひしがれていた時、突然彼女の視界に何かが飛び込んで来る。


“クマ?”


 その時彼女が見たものは、決してこの場に存在するはずのないものだった。ピンク色の小さなテディベアのような生き物が、司令室内を徘徊している。一体この生き物はどこから現れたのか。


 ピンクのテディベアの出所は、すぐに明らかになった。死角に隠れたまま、ロコが何やら光るピンク色の液体がついた筆を振り回している。辛うじて、リリの隠れている場所から、その様子を見る事が出来た。


 筆から光る液体が飛び散ると、そこからさっきと同じようなテディベアが姿を現した。

 別の場所に飛び散った液体からは、小さなピンクのウサギが出現していた。

 ロコは黒魔術(グリモア)を使って、可愛い動物たちを召喚していた。


挿絵(By みてみん)


 ロコが呼び出した小さな動物たちは、しばらく司令室内を徘徊していた。

 隠れているリリを捕らえる事しか考えていなかったマリウスは、その存在にすぐには気づかなかった。だが、進行方向にピンクのテディベアが現れると、マリウスはようやく司令室内に起こっている異変に気がつく。


 マリウスに存在を認知された小さな動物たちは、一斉に入り口の方へと歩き出す。さっきまでバラバラに行動していた小さな動物たちは列を成し、バービンスキー隊のように司令室を出て行こうとしていた。


「一体何が起きているんだ……」


 突如現れた不思議な生物に疑問を抱きながらも、マリウスは彼らの後を追って司令室を後にする。一見子ども騙しのような作戦だったが、マリウスはロコの思惑通りに動いていた。


「さあリリさん!今のうちに探しますよ‼︎」


「は、はい‼︎」


 マリウスが出て行ったのを確認すると、すぐさまロコとリリはキュリアス・システムのスイッチ捜索を始める。

 敵は一旦出て行ったが、すぐに戻って来る可能性も十分にある。2人は一刻も早くスイッチを見つけなくてはならなかった。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 ベリト監獄では、ベルが選択を迫られていた。今すぐに侵蝕(イロージョン)を進めてここを突破するか、それとも1年前と同じように監獄の中で静かに過ごすか。

 侵蝕(イロージョン)を第3段階まで進めればこの独房を抜け出す事が出来るかもしれないが、3分後には身動きが取れないほどの反動が来る。そうなれば、一旦脱出したとしても、また牢屋に逆戻りだ。


“どうする小僧?侵蝕(イロージョン)を進めるなら、あの氷使いが居ない今しか無いぞ”


 ロビンたちがこちらへ向かっている事をベルは知らないが、これはまたとない好機だった。リリたちがキュリアス・システムを停止させ、ロビンが近くまで来ていれば、ベルは確実にこの牢獄を抜け出す事が出来る。


「……やってやる!3分あれば十分だ」


 散々悩んだベルは、意を決していた。

 侵蝕(イロージョン)を進める事によって脱獄出来る可能性は高くなるが、問題は制限時間の3分以内に全ての条件が整うかどうか。3分以内にキュリアス・システムを停止させ、ロビンたちがすぐそこまで近づいていれば、作戦は上手く行く。


“承知した”


 アローシャがそう言うと、ベルはエースと戦った時のように、全身を渦巻く業火に包まれた。

 しかし、業火の勢いはあの時の比ではなかった。ベルを包む真っ赤な業火は、独房を隅から隅まで覆い尽くすほど膨れ上がり、やがて鉄格子の外にまで溢れ出した。


 それと同時に、ベリト監獄の外でも異変が起きつつあった。この頃すでに陽は落ちていて、監獄内の照明と夜空に浮かぶ月だけが辺りを照らしていた。監獄町を照らす月は、すぐさま分厚い雲に顔を隠された。


 そして、ベルが侵蝕(イロージョン)を第3段階へと進めたのと同時に、姿を変えた月が雲の中から顔を出す。


 暗雲の中から姿を現したのは、夜空に溶け込むように真っ黒に染まった月だった。周囲の人間は、しばらくブラック・ムーンの出現に気づかなかった。

 しばらくすると、次々と兵士たちは黒い月の出現に気づき始め、ラビトニーはたちまち大混乱に陥った。


 慌ただしく人の行き交う第4地区の中で、ロビンもまたブラック・ムーンの出現に目を奪われていた。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 ロコとリリは血眼になってキュリアス・システムのスイッチを探していた。

 ただ、どのコントロール・パネルも似たようなものばかりで、そこから目当てのものを探し出すのに、2人は苦労していた。

 どのパネルもほとんど同じ構造をしているため、簡単には目的のパネルを探し出す事は出来ない。


「リリさん、あの動物さんたちに稼げる時間は限られています。急ぎましょう‼︎」


「分かってます!手分けして探しましょう!」


 ロコもリリも、焦りを感じていた。マリウスが司令室に戻って来るのは時間の問題。彼が帰ってくる前にキュリアス・システムを停止させ、この部屋を出る必要がある。


「キュア……アス?」


 ひと通りコントロール・パネルを探し回って、リリはそのうちの1つに注目していた。これまで見た事のない言葉に、リリは首を傾げている。


「リリさん!それです‼︎」


「え?これってキュア・アスじゃないんですか?」


「いいえ、キュリアスはCUREUSと表記するんです。それがキュリアス・システムのコントロール・パネルですよ‼︎」


「へ〜‼︎」


 本人は気づいていなかったが、リリが見つけたものこそ、キュリアス・システム用のコントロール・パネルだった。目の前にあるパネルのスイッチを切れば、第4地区を覆うキュリアスの障壁が全て消える。


「よぉ〜し!スイッチ、オフ‼︎」


 ついにファウスト救出作戦の要である、“キュリアス・システムの停止”が完了した。

 奇しくも、ベルが侵蝕(イロージョン)を第3段階へと進めた直後に、キュリアス・システムは停止した。


 ロコが呼び出した動物たちを追い掛けていたマリウスは、すでに司令室へ戻ろうとしていた。ロコが呼び出す小さな動物1匹1匹には、それほどの魔力は無いのかもしれない。


 ロコとリリがキュリアス・システムのスイッチを切る頃には、マリウスは司令室に戻っているはずだったが、ラビトニー全体を覆っている混乱が彼を足止めしていた。


 夜空に出現したブラック・ムーンに、誰もが恐れをなしていたのだ。


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 侵蝕(イロージョン)を第3段階まで進め、未だ渦巻く業火に包まれたままのベル。


 この頃になると、騒ぎを聞きつけ、先ほどベルにキュリアスの雷撃を浴びせた看守が再び姿を現していた。


「調子に乗るなと言ったはずだ。どんな黒魔術(グリモア)も、ベリト監獄には通用せん!」


 看守は雷撃を発生させるキュリアス兵器を使い、再びベルを鎮めようとする。彼が持っている棒状の兵器自体にはキュリアスの力が宿っているが、ベリト監獄を覆っていたキュリアス障壁が消え去った今、その兵器に先ほどまでの威力は無いはずだ。


「お前こそ、そんな道具に頼ってちゃ俺は捕まえられねえぜ‼︎」


 その言葉を合図に、ベルを包んでいた真っ赤な業火はさらに膨れ上がる。キュリアスの力を失った周囲の壁は、いとも簡単にベルの業火に吹き飛ばされて行った。

 溢れんばかりの業火は瞬く間に広がり、周囲を赤く染めて行く。そんな炎の中心にいるベルの全身も、赤く染まっていた。


 今にも雷撃を放とうとしていた看守も、為す術も無く真っ赤な炎に包まれてしまった。


 ドーン‼︎


 耳をつんざくように大きな音を立てて、重厚なベリト監獄は崩壊する。

 ブラック・サーティーン用に特別に強化された監獄を以てしても、侵蝕(イロージョン)を第3段階まで進めた黒魔術士(グリゴリ)を留めておく事は出来なかった。


「やりやがった……恐ろしい奴め」


 ロビンはベリト監獄崩壊の様子を、すぐ近くで目撃していた。ブラック・ムーンが出現し、最高峰のセキュリティを誇るベリト監獄が崩壊した。第4地区にいた兵士たちの間には、抑えようの無い大混乱が広がっていた。


 今が好機。そう確信したロビンは瞬時にホルサントに変身し、アレンを背に乗せてベリト監獄へ向かった。念には念を入れ、ロビンは全身を青い光で包んでいる。周囲が混乱しているとは言え、誰かに正体を知られる可能性はゼロではない。


「僕飛んでる〜っ‼︎」


 ロビンはすぐさま崩壊したベリト監獄に降り立ち、床に倒れ込んだベルを発見する。ロビンは鳥に変身したまま、頭を使ってベルを背中に乗せた。ロビンによって投げ飛ばされたベルは、アレンの目の前に着地した。


「お兄ちゃん!……寝てるの?」


「しっかり掴まっていろ‼︎」


 ベルは気を失ったままだが、ロビンはお構い無しにベリト監獄を飛び立つ。

 飛び立ったロビンは、壁外で待っているロコとリリを拾いに行った。大混乱に陥っている監獄町から抜け出すのは、そう難しくはないだろう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


今回で長かったサーカス編も終了です!!


次回からは第3章の締め括りとなるロッテルバニア編が始まります!この季節にピッタリの、雪山での物語です!

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