第19話「心霊洞窟」【挿絵あり】
炭鉱の洞窟を訪れるベルとセドナ。その暗闇で彼らを待つのは……
改稿中(2020/06/10)
翌朝、眠たい身体を無理やり起こし、ベルは気怠そうに赤い壁の麓にたどり着いていた。
「ふぁ〜……」
あくびをしながら、目を薄っすらと開けて、ベルは力なく歩いている。
赤い壁の麓、炭鉱の洞窟の入り口に目を向けてみると、そこにはすでにセドナがいた。
彼女は壁に寄りかかり、腕を組んでいる。ベルの到着に気づくと、彼女は無言のままベルを見つめた。
「ようやく来たわね」
ベルが目の前まで来ると、セドナは口を開いた。
「ほら、持っておきなさい」
セドナは、その右手に握っていたハンドガンをベルに渡す。
「ん?何だこれ?」
「見れば分かるでしょ。ハンドガンよ」
「魔法使いに、銃は必要ないだろ」
ベルは魔法もろくに使えないくせに、意地を張っている。
「私はアンタを知ってるの。これはアンタに必要になる。それもただの銃じゃなくて、オーブ・ガンよ」
初めて会った時から彼女が繰り返す、“ベルのことを知っている”という言葉。一体彼女はベルの何を知っていると言うのだろうか。セドナのことを知らないベルは、違和感を感じていた。
「あ、ありがとう……」
ベルは戸惑いながらもハンドガンを受け取った。これからゴーストと直面する彼にとっては、必要な代物だろう。
「昨日ロックを暴れさせたゴーストたちは、きっとこの奥にいる」
洞窟には一定間隔で灯りがあるものの、その奥は一切見通せない闇だった。ベルもセドナの見つめる方に目線を向けると、固唾を呑んだ。
「さあ、行くわよ」
普通の女の子であれば恐れをなしてしまうような雰囲気に包まれたこの状況でも、セドナの目はしっかりと闇の先にあるものを見据えていた。
その言葉を皮切りに、2人は暗く深い闇に向かって足を進める。
先が見えない真っ暗闇に向かって行く事は、人を恐怖に陥れる。流れでセドナに付き合っているベルだが、本当はここから逃げ出したいと思っていた。
前に進まなければいけない。分かっていても、自ずと足取りは重くなる。
「遅いわよ」
目の前に待ち受ける恐怖を物ともせず前に突き進むセドナは、自分より遅れているベルを振り返った。
「……なあ」
ベルは足を止め、セドナに声をかける。
「何よ」
それに合わせて彼女も足を止める。
「俺のことを知ってるって言ってたよな?」
ベルは自分の抱く恐怖心を少しでも紛らわせるために、会話をしようとしている。
「何で今そんな話するのかしら」
セドナにとってベルの恐怖心など、どうでも良かった。そんな事よりも、さっさと奥に進んでゴースト退治をしたい。それが彼女の本心だ。
「俺は知らないのに、知ってるって言われて気にならないわけないだろ!」
ベルは大きな声を出す。もちろん、それは恐怖を振り払うための行為だった。
「それ、今答えなきゃダメかしら?」
セドナは目を閉じて、溜め息をついた。
「………」
「はい。時間の無駄よ。その話はまた今度」
セドナはこの場を仕切り直し、再び歩みを進めた。
「はぁ〜……」
幽霊が待ち受けているであろうこの先に進まなければならない事に対して、ベルは大きな溜め息をついた。これでも彼の目的は達成されたのだ。別にセドナに答えを求めていたわけではない。ただ気を紛らわせたかっただけだ。
進めば進むほど、灯りの数は減っていく。それに伴い、徐々に洞窟を闇が支配していく。何も見えない。それだけで人は恐怖を抱く。ベルの鼓動は速くなっていった。
やがて、2人を闇が包む。本当に何も見えなくなってしまった。ベルは耐え切れなくなり、魔法陣を空中で展開させた。
右の掌を上に向けた状態で、松明代わりに炎を灯したのだ。
その明かりにセドナは一瞬振り向く。
そして、何も言わずに歩みを続ける。ベルの炎のおかげで周りに何があるのか把握出来るが、景色はほとんど変わらない。ひたすら続く闇は、この洞窟が永遠に続いてるのではないかと錯覚させる。
聞こえるのは2人の足音、そして炎の燃える音だけ。
他には何も聞こえない。この静けさも、ベルの恐怖心を掻き立てる。炎の音が聞こえるだけでも、ベルには救いとなった。ほぼ確実に、この先に幽霊が待ち構えている。そんな事は分かり切っている。
しかし、未だに彼らは姿を現わさない。静寂と暗闇だけがベルを包み込む。こんな場所にずっといると、おかしくなってしまいそうだ。ベルがそう思っていた時。
「ひっ!」
目の前に青白い光が飛び込んできた。
思わずベルは声をあげる。突然の出来事に、ベルは腰を抜かしてしまった。
その声にセドナが振り向くと、そこには昨日と同じ姿をしたゴーストが確かに存在していた。
「出たわね」
セドナは背負っていた2丁のライフルのうち、1丁を取り出して狙いを定める。
間髪入れず、ゴーストはセドナに向かって飛びかかった。
「ゴーファーァァ‼︎」
そのゴーストはゴーファーの名前を口にし、おどろおどろしい顔で襲い掛かる。
刹那、セドナが引き金を引いた。飛び出したオーブ弾は、目の前の霊体を突き抜ける。
すると、ゴーストの身体の弾が通った所に、丸い穴が開いた。それから、彼は煙のように消えて行った。ゴースト退治に慣れている彼女にとって、こんなのは大した事ではない。
「これで終わり?」
ベルは目の前でゴーストが消えたのを確認すると、ぎこちない笑顔でセドナに聞く。
「分からないわ。昨日3体いたから、この中にどれだけいるか分からない。先に進みましょう」
セドナは、地面に座り込んでいるベルのことなど構いもせずに、歩みを進める。
「………」
ベルは魂の抜けたような表情をし、目の前を行くセドナを眺めている。
「何ゴースト化してるの!さっさと立つ!」
ベルがついて来ないことに気付いたセドナは、振り返って腑抜けたベルに喝を入れる。
魂の抜けたような顔をしたまま、ベルは弱々しく立ち上がった。ゆっくりとセドナの後をついていくベルだが、その姿はまるでゴーストのよう。のろのろと、何も言わずに機械的に歩いている。もちろんセドナはそんな事など気にも留めずに、勇ましく歩いている。
それからと言うもの、ゴーストの出現はない。2人はただひたすら歩く。一体この洞窟はどれほど長いのだろうか。入ってからかなり歩いてきた気がする。
「あなたの言う通り、ここにいるゴーストはあれだけだったのかもしれないわね」
「あ、あぁ」
ベルはその言葉で魂を取り戻した。死んだような顔をしていた彼は、ようやくまともな顔になった。あれで終わりにして欲しい。ベルは心からそう願っている。
「そりゃ好都合じゃないか。用が済んだなら、さっさと戻ろう」
ベルは帰る気満々だ。こんな場所からは、さっさと抜け出したい。誰だってそう思う。セドナが例外なだけだ。
ベルは、いつの間にかセドナに対して敬語を使うのをやめていた。彼女はどうやら知り合いであるようだし、いいように使われて、敬語など使っていられなくなったのだ。
「戻るわけないでしょ。まだ奥まで行ってないわ。最深部まで確認するまで帰らないわよ」
セドナの返事は、ベルの期待していたものとは違った。それもそうだ。彼女が簡単にベルの提案を呑むわけがない。
「だよな~……」
ベルは落胆する。ここまで来て、期待している返答があるはずもない。それは彼も理解していた。仕方なく、浮かない気持ちでベルは前に進む。
やがて、2人の目の前に飛び込んで来たのは、開けた空間だった。
今まで細長い一本道がずっと続いていただけだった。一本道は人が2、3人すれ違うことが出来るほどの幅だったが、この場所は20人以上でも入る事が出来そうな広さだった。今までとは明らかに雰囲気が違う。
「………」
何かが来る。セドナはそう思っていた。今までと違う場所に来て、変化がないわけはない。
「…………」
ベルも、何かがやってくるのを待ち構えていた。2人が歩みを止めた今、聞こえてくるのは、ベルの手の平で燃える炎の音だけだった。
傍で炎が燃えているのにも関わらず、洞窟の中は心なしか寒く感じられた。
それから、悪寒がするほど一瞬だけ気温が下がった。思わず鳥肌が立つ。
それに呼応するかのように、2人の周りに数体のゴーストが現れた。
「やっぱりいたわ。1人だけなはずないもの」
セドナは笑みを浮かべる。彼女はこんな展開を待ち望んでいた。
「……」
「許さん」
「ゴーファー……」
「俺たちの縄張りに入ってくるんじゃない」
出現したゴーストたちは次々とそのような声を上げ、2人に近づいて来る。その様子を見たベルは、思わず後ずさりした。
「大人しく消えな!」
セドナはいつもの如くライフルを構えると、息つく間もなく連続で引き金を引いた。
銃口から放たれた弾は見事にゴーストたちを捉え、跡形もなく消し去ってしまった。
彼女がいれば心強い。ベルはそう思った。どれだけゴーストが現れようが、この霊猟家がいとも簡単に退治してくれる。
安心したのも束の間、今度はさっきの倍以上の数のゴーストが出現していた。2人は取り囲まれている。
ここはゴーストの巣窟だったのだ。そこからは炭鉱夫たちの想いの強さが伺える。これほどまでに大勢のゴーストが現れる場所は珍しかった。
この洞窟には、彼らの強い想いが残されている。大勢の未練が、この場所には残っているのだ。それが何なのかは、ゴーストたちにしか分からない。
「黙って見てないで、あなたも手伝って!」
ゴースト退治に慣れているはずの彼女でさえ、焦りの表情を見せ始めていた。
「お、おう!」
ベルは次々と現れるゴーストに圧倒され、思わず口を開けたまま突っ立っていた。自分たちが危機的状況下に置かれている事を、彼は改めて把握した。
それから、ポケットに忍ばせておいたオーブガンを取り出し、しっかりと握る。
次々とゴーストを消し去って行くセドナに比べ、ベルは1人のゴーストに照準を合わせるのにさえ手間取っていた。足のないゴーストは、自由自在に動き回る。屋台の射的とはわけが違う。
額に汗を滲ませながら、ようやくベルは1人のゴーストにターゲットを定めた。そのまま人差し指に力を入れ、引き金を引く。
カチッと音を発したハンド・オーブガンの銃口からは、なぜか何も発射されなかった。
ゴースト退治に集中しながらも、ベルの様子にも気を配っていたセドナは、聞きなれない音に振り向いた。彼女はその瞬間を見たわけではなかったが、ベルの呆気にとられた表情と、彼の目の前に迫っているゴーストを見れば、状況は明らかだった。彼は拳銃の扱い方を知らないのだ。
「何やってるの!引き金を引く前に、この撃鉄を起こすの!」
セドナは一瞬彼に呆れつつ、ジェスチャーを交えてオーブガンの使い方を教える。ベルが銃の使い方も知らないとは、彼女も思っていなかった。
間違いを正されたベルは、恥ずかしそうに苦笑いした。彼が銃の扱いを知らないのも無理はない。長い間、鉄格子の中で過ごして来たのだから。
手にした武器の扱い方を理解したベルは、狙いを定めて、ゴーストを1人綺麗に消し去った。
その瞬間、彼の口許が微かに弛んだ。彼にとって、幼少時代は失われたようなもの。まだまだ子どもなのだ。
やがてコツを掴んだベルは、セドナほどではないが、次々とゴーストを消し去っていった。ベルの成長もあり、ゴーストの数は次第に少なり、やがてほとんどその姿は見当たらなくなった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
オーブガンを使って、順調にゴーストを退治するベルとセドナ。このレッド・ウォール炭鉱の中で、2人は突如炭鉱夫のゴーストたちが暴れ出すようになった理由を突き止めることが出来るのか!?




