第124話「ブレイキング・アウト」(2)
それからしばらくして、ロコとリリは司令部の入り口付近まで来ていた。リミア連邦軍兵士に成り切っている2人は平然を装っていたが、内心は違った。正体がバレないように敵地に潜入する緊張感は、計り知れない。
リリはついすれ違う兵士たちに目を泳がせそうになってしまうが、必死にそれを堪えて前だけを向いて歩く。先行きが不安になるスタートだ。
かつてアローシャとベルゼバブが、ヘルズ少佐と激しい戦闘を繰り広げた場所を通り過ぎ、2人は司令部の入り口に立つ。
ロコとリリの前に立ちはだかる扉は、無骨な鉄板のようだった。その扉は非常にシンプルだが、重厚さを醸し出している。
扉にID用のセンサーが取り付けられている事に気付いたロコは、ポケットからIDカードを取り出し、センサーにかざす。
ピッ…
すると、小さな機械音を発して、扉が重々しく開いた。司令部の扉はスライド式だった。扉が完全に開くのを待ち、ロコとリリは司令部内に侵入する。扉の開閉はあまりにもゆっくりだったため、リリまでIDカードを持っている必要はなかった。
白1色でまとめ上げられた司令部内は、どこか冷たさを感じさせる。壁も床も天井も、全てが白い。見渡す限り白が続いているため、ずっとこの中を歩いていると迷ってしまいそうだ。
「あ…」
その時、リリは近くにフロアマップがある事に気づいた。マップが無ければ、確実に司令室にたどり着く事は出来ない。彼女はロコの手を引いて、すぐにフロアマップを確認しに向かう。
「司令部は5階建てで、司令室は、最上階の突き当たりにあるみたいですね」
「じゃあこのまま突き当たりまで行って、ずっと階段を上がれば良いんですね!」
一見すると分かりにくい司令部内も、フロアマップを見れば一目瞭然。ただ同じ景色が続いているだけで、司令部内の構造は決して複雑なものでは無かった。
「それじゃリリさん、さっそく司令室へ向かいましょう!」
ロコは満面の笑みで、右手を突き上げながらそう言った。潜入中は決して目立つような動きを見せてはならないのだが、彼女の姿は確実に目立っていた。
「あのロコさん……目立ってます……」
「あ……あははは」
リリの耳打ちで、ロコはようやく自分が目立っている事に気付いた。少々天然な彼女は、潜入任務には向いていない。彼女の天然のせいで、周囲の兵士たちは、確実に彼女たちを不審に思っている事だろう。
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一方、ロビンはアレンと一緒にベリト監獄を目指していた。この時彼らは司令部のある第1地区から第2地区へと渡るためのゲートに差し掛かっていた。ベリト監獄へ近づくための最初の壁だ。
「いいか少年、ゲートを通るにはIDカードが不可欠だ……」
アレンに話しかけているつもりだったロビンは、その途中で彼の姿が無い事に気がついた。無力な子どもをたった1人で行動させるわけには行かない。アレンを見失ったロビンは、焦りを隠せずにいた。
「どこ行った……」
最初からこうなる事は分かっていたはずだが、ロビンはアレンと組んだ事を後悔した。無邪気な子どもは1番手に負えない。大人と違い、子どもは予想外の行動を取るものなのだから。
動物の扱いが上手いロビンでも、相手が人間の子どもとなれば、話は別だ。
「いつの間に‼︎」
しばらく周囲を見回していると、ロビンはようやくアレンの姿を発見する。何と、すでにアレンは第2地区へのゲートを抜けた先を歩いていた。IDカードを持っていない彼がゲートを通る事は出来ないはずなのに、アレンは確かにゲートの先をフラフラと歩いていた。
「……………」
取り乱したロビンは一旦呼吸を整え、第2地区へのゲートを潜る。予想外なだけでは無く、不可解な出来事も巻き起こすアレン。無事にゲートを通り抜けたロビンは、大きな溜め息をつくのだった。
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時を同じくして、ロコとリリは司令部5階へ到達していた。階段を上がった先には、すぐ司令室が待ち構えている。司令室へと通じる扉もまた真っ白で、その傍にはIDカード用のセンサーが取り付けられている。司令室のどこかに、キュリアス・システムを停止させるためのスイッチがある。
「いよいよ司令室ですね……」
「さっさと中に入ってキュリアス・システムを停止させましょう!」
ロコとリリの使命は、第4地区ベリト監獄に張り巡らされたキュリアスの障壁を取り除く事。ベルを救い出せるかどうかは、彼女たちに掛かっている。システムを停止させなければ、ベリト監獄へたどり着いてもロビンは何も出来ない。
ビーッ…
ロコがセンサーにIDカードをかざすと、先ほどとは違う音が鳴り響いた。それから、センサー上部にある電子モニターに“No Authority. Access Canceled (権限がありません。司令室へのアクセスを拒否しました)”と表示された。
「権限が無い……?」
「雑兵のIDカードには、司令室へのアクセス権が無いと言う事ですね」
「じゃあどうすれば?」
ロビンが襲った2人の兵士は雑兵。彼らには司令室へ入る権限が無かった。司令室へ入るためには、ある程度の権限を持った兵士のIDカードが必要だったのだ。
「どうにかして、お偉いさんのIDカードを盗むしかないですね……」
「でもどうやって?」
この先に進むためには、今持っているのとは別のIDカードが不可欠。司令室に入るためには、ロビンがやったように、他の兵士から新たにIDカードを盗む必要がある。
「一旦ここを移動しましょう」
「あ、ロコさんちょっと待って。あれ!」
ロコがその場を去ろうとしたその時、リリが何かを発見する。その何かの様子を見るために、2人は物陰に身を隠した。
リリが指差した先には、列を成して司令室へ近付いて来る20名の兵士がいた。司令室にいる司令官に報告でも行うのだろうか。
青い軍服に身を包んだ兵士たちは、2列に並んだまま、司令室の扉の前で一斉に立ち止まった。
「リリさん、これはチャンスです!」
「え?」
「あの列に並んでいれば、司令室に入れますよ!」
その光景を見たロコは、目を輝かせていた。司令室の前にいる兵士たちは、今から確実に司令室の中へ入る。それは、誰の目から見ても明白だった。
ピッ…
列の先頭にいる兵士がセンサーにIDカードをかざすと、扉は先ほどとは違う音を発して開いた。
そして、兵士たちは続々と司令室の中へと入って行く。
「行きましょうリリさん‼︎」
「え、はい!」
この好機を逃さないためにも、ロコはリリの手を掴んで列の最後尾に並んだ。元々最後尾にいた兵士たちが、後ろについたロコとリリに気づく気配はなかった。司令室へ入るのに緊張しているのか、はたまた単純に鈍感なだけなのか。
兵士たちの流れに乗り、ロコとリリも無事に司令室へ侵入する事が出来た。司令室へ入ると、兵士たちは扉の前でしたように、一斉に立ち止まった。
そして、彼らは一斉に右を向いた。ロコとリリも不自然に思われないように、慌てて立ち止まって右を向く。
「ルドルフ・バービンスキー大尉。第4地区の現状報告に参りました」
「バービンスキー大尉。さっそく報告を始めてくれ」
兵士たちの先頭に立っていたバービンスキー大尉は右へ1歩出て、その先にいる人物へ敬礼する。司令室には監獄町ラビトニーの司令官がいて、兵士たちは上司に報告を行うために、この場所を訪れていた。
「………⁉︎」
リリは視線だけを動かして司令官の姿を目の当たりにした。その姿を見たリリは、思わず言葉を失ってしまう。司令官の正体はリリにとって衝撃的だったが、この場では大きな声を出す事も、ロコと話す事も許されない。
司令官として司令室にいたのは、エース・ド・スペードこと、マリウス・オルセンだった。部屋と同じく白でまとめ上げられた無機質なテーブルに、彼は肘をついていた。
ミッチェル・ヘルズ少佐亡き今、監獄町ラビトニーを任せられたのはマリウスだった。リリは、彼がベルを連れ去った瞬間を目撃していた。
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同じ頃、ロビンとアレンは第3地区と第4地区の境界に差し掛かっていた。2人1組で行動を始めてから、ロビンはアレンに振り回されてばかり。今のロビンはアレンに手一杯で、ベルの事を考えている余裕は無かった。
「………………」
この頃になると、周囲の視線がこれまでとは違っている事にロビンは気づいていた。最初は何とかやり過ごせていたが、やはり無理があったのだ。
変装しているとは言え、アレンほど幼い連邦軍兵士が存在するはずがない。確かに軍服はぴったりだったが、アレンはどこからどう見ても子どもだ。
兵士たちの視線を、ロビンは痛いほど感じていた。少しでも変な動きを見せれば、周りの兵士たちが一斉に襲い掛かって来るかもしれない。ロビンは必死にアイデアを絞り出そうとしていた。
「パラディめ……」
意を決したロビンは、前を歩いていたアレンを抱え上げて、全力で走り始めた。
ロビンの頭の中には、もはや“隠密”の2文字は無かった。隠密に行動したくても、アレンが一緒ならそれは叶わない。ロコに毒を吐きつつ、ロビンは第4地区へのゲート突破を目指す。
突然走り出したロビンを見て、周囲で警戒していた兵士たちが一斉に動き出す。兵士たちに捕まってしまえば、正体がバレてしまう。ベル1人を取り戻すために、戦争を巻き起こしてしまうのは最も避けるべき事だった。
ロビンは一心不乱に走り、ゲートの強行突破を試みる。
ところが兵士たちはロビンを逃すまいと、次々と迫って来ていた。後ろから兵士たちが迫っているだけでなく、ゲート付近にも門番の役割を担う兵士が4人。まさに板挟み状態だ。
「どけーっ‼︎」
何かが吹っ切れたロビンは、左脚を軸にして豪快に回し蹴りを繰り出した。振り回された右脚は次々と兵士たちをなぎ倒し、あっと言う間にゲートの前を綺麗に一掃してしまった。ロビンが脚を振り回している間は、後ろから迫る兵士たちも近づけなかった。
ピッ…
そしてロビンは立ち止まる事なく、第4地区への侵入を果たした。ベリト監獄のある第4地区へ到達しても、追手が消える事はない。ロビンはアレンを抱えたまま、ひたすら走り続けた。
「わ〜!楽しい‼︎」
ロビンに抱えられたアレンは、この状況を楽しんでいた。決して楽しくはない緊迫した状況なのに、アレンは無邪気な笑顔を振りまいている。
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第1地区司令室では、未だにロコとリリは兵士の列に並んだままだった。ようやくバービンスキー大尉がオルセン中佐への報告を終え、これから兵士たちはこの部屋を出て行く。せっかく司令室への侵入を果たしたロコとリリは、そう簡単に出て行くわけには行かない。
“何とかしてここに残らないと……”
リリは司令室の中を見回しながら、どうにかしてここに残る方法を考えていた。司令室は監獄町ラビトニーの設備をコントロールするための部屋でもある。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
何とか司令室に潜入したロコとリリ。かなり危ういこの作戦で、2人はキュリアス・システムを止められるのか!?




