第121話「めくられたカード」(2)【挿絵あり】
「ゲッ……ライオンもクローバーも居やがる‼︎」
「それだけじゃないよ、ほら‼︎」
走りながら後方を振り返ったベルは、追手の姿を目の当たりにした。ベルたちを追って来るのは、巨大なライオンと化したジャック・ダイヤモンドと、全快した3人のクローバーだった。
「⁉︎」
そしてジュディが指差す上空を見上げてみれば、そこには上空を漂うロブの姿があった。ウォーエイプと遭遇した時のように風船巨人となったロブは、ジャック・ダイヤモンドと鎖で繋がれていた。
「ロブ?なんだよアイツ‼︎」
「結局サーカスの奴らは皆敵だって事でしょ!」
1度は共に戦ったロブが、ベルたちに迫っている。あまりにも巨大なその身体は、今すぐにでもベルとジュディに触れてしまいそうだ。
ロブも、クローバーも、1人ひとりの実力は大した事がなくても、束になれば話は違う。加えて、彼らの中にはジャック・ダイヤモンドがいる。1度も手合わせをした事のない彼の実力は未知数だ。
「ヤバい……」
ベルたちとサーカス団員との距離は、どんどん縮まっていく。ベルとジュディは自分の脚で走っているが、ロブは空を飛び、ライオンとなったジャック・ダイヤモンドは猛スピードで駆けてくる。このままでは、追いつかれるのも時間の問題だった。
「あれ?そう言えばあのクイーン・ハートって奴はどこにいるんだ?」
窮地に追いやられたベルの脳裏には、そんな疑問が浮かんでいた。ベルが大テントのショーを観た時、ステージではクイーン・ハートとジャック・ダイヤモンドが共にパフォーマンスを行っていた。それなのに、ベルはショー以外では1度も彼女の姿を見かけていない。
ベルたちが窮地に追いやられているのと同じように、トランプ・サーカスだって窮地に追いやられている。P.T.ジョーカーと言う団長を失ったのだから。
サーカス団員は、ジョーカー団長の仇を討つためにベルたちを追いかけているはずだ。ならば、なぜクイーン・ハートはこの期に及んで姿を現さないのだろうか。彼女もまた、ジョーカー団長が作り出した幻だったとでも言うのか。
ドンッ‼︎
その時、突然鈍い音が響き、ベルが力無く倒れ込んだ。何者かによる一撃を受けたベルは、一瞬で気を失ってしまった。まだクローバーも、ジャック・ダイヤモンドも、ロブもベルに追い付いてはいない。だとすれば、ベルを攻撃したのは一体誰なのか。
「⁉︎」
ちょうどその時、ベルたちと合流するためにサーカスに戻って来ていたリリは、物陰からその様子を目撃していた。信じ難いその光景を目の当たりにしたリリは、言葉を失った。彼女は、ベルを気絶させた張本人の姿を見逃さなかった。
気絶して地面に倒れたベルの傍には、ジュディがいる。ベルを気絶させたのは、他でもないジュディだった。彼女は走っている最中、背後からベルの延髄を手刀で打ったのだ。背後から裏切りの一撃を受けたベルは、為す術もなく気を失ってしまった。
その様子を見ていたサーカス団員たちは、一斉に動きを止める。
「クイーン・ハートはウチ……って言っても聞こえてないか」
“嘘でしょ……⁉︎”
その時、ジュディの口から衝撃的な真実が明かされた。これまで一向に姿を見せなかったクイーン・ハートの正体は、ずっと一緒に行動して来たジュディ・アージンだった。
トランプ・サーカスには、黒魔術士騎士団のメンバーがいる。この任務が始まる前、騎士団長グレゴリオも言っていた事だ。つい最近では、ジョーカーもトランプ・サーカスに所属する騎士団員がいると明言していた。
ジュディは、ずっと仲間のフリをしてベルを欺いて来た。その事実がリリには信じられなかった。と言うのも、リリはある種の尊敬の念を、ジュディに抱いていたのだ。尊敬していた女騎士は、正体を隠した冷酷な女王だったのだ。
今すぐにでもベルを救い出したい。リリはそんな想いを抱いていたが、彼女は身の程をわきまえていた。今ジュディの前に飛び出したところで、状況は悪化するのみ。
「クイーン。仕留めるのが少し遅かったのではないか?」
そうしている間に、ベルの業火に倒れたはずのエース・ド・スペードが姿を現した。彼は確かに炎に包まれ、意識を失っていたはず。恐らく何らかの方法で回復したのだろう。他のサーカス団員に遅れて合流した彼が、最初に口を開いた。
「これからも関わる事になるだろうし、正体がバレるのは避けたかったの」
「勝手な事を‼︎お前が早く手を下さないから、トランプ・サーカスは随分と掻き乱されたぞ」
「うるさいわね。猫は黙ってなさい。アンタだって今回ほとんど何にもしてないじゃない」
「俺は猫じゃない、ライオンだ‼︎」
個人的な都合で正体を隠し続けていたジュディに、ジャック・ダイヤモンドが吠える。
今になって振り返ってみれば、これまでの不自然な点は全て説明がつく。ジュディが同時に別の場所に存在していたり、肝心な時にいなかったりしたのは、彼女がサーカス団員であったから。
彼女はクローバーと協力し、巧みにベルたちを騙していた。つまり、最初にベルがショーを観ていた時傍にいたのは、ジュディではなくクローバーだったと言う事になる。
そして、彼女は捕まったフリをして、ベルをエースの元へと誘き寄せたのだ。
「ベル・クイール・ファウスト。やはりコイツは厄介だ」
「アンタが考えてるのは金の事だけでしょ、バウンティ・ハンター」
「金の事だけでは無い。確かにコイツをラビトニーにぶち込めば、賞金はたんまり貰えるが」
「言ってな。どうせアンタは金の事しか考えてないの」
エースはベルを再びラビトニーの監獄に戻そうとしていた。エース・ド・スペードは賞金稼ぎとしての顔を持っていた。騎士団に入って逃げる必要が無くなったはずのベルだったが、ブラック・サーティーンである以上、彼はいつまでも追われる運命だ。
「冷凍してラビトニーまで運ぶ。お前は騎士団と問題を起こさないように対処してくれ」
「ちょっと待って。これがあると面倒よ」
ベルを凍らせようとしたエースを、ジュディが制止する。彼女はベルが強力なアイテムを所持している事を忘れていなかった。
彼女はベルの懐に手を入れると、星空の雫が入った瓶を取り出した。続いて、ベルトのバックルになっている騎士団証を取り外す。
星空の雫も、騎士団証もベルを助ける強力なアイテムだった。星空の雫が入った瓶はほとんど空だが、辛うじてあと1度回復に使える可能性がある。
「これで良し」
ジュディがそう言うと、エースは冷気の刃で一気にベルの身体を凍らせた。その姿は、ベルがジュディを発見した時と全く同じようなものだった。ベルは気絶した上に氷漬けにされ、完全に身動きが取れない状態になってしまった。
“どうしよう……ベルが連れて行かれちゃう”
その頃、リリは未だに物陰に隠れてその様子を見ていた。一刻も早くベルを助け出したい彼女だったが、黒魔術を使えない彼女にはどうする事も出来ない。
今ベルを助けに向かえば、ジュディ、エース、ジャック・ダイヤモンド、ロブ、クローバーに取り囲まれてしまう。
リリは、自分の無力さを痛感して、何度も地面に拳をぶつけていた。今敵の前に姿を晒せば、殺されてしまう可能性だってある。殺されなくても、ベルと同じく牢屋に入れられる可能性もある。
「そこの風船男!俺をラビトニーまで飛ばせ」
「分かったヨ!」
エースがそう言うと、どこからともなく現れた風船が、彼のもとへと舞い降りて来た。その風船には、“To Labytonie(ラビトニー行)”と記されたタグが結び付けられていた。
エースは、その風船から垂れている紐を掴んだ。
すると、その風船はみるみるうちに浮かび上がり、風に乗ってベルを抱えたエースを移動させ始めた。凍ったベルの姿は、どんどん小さくなっていく。このまま彼はラビトニーの監獄に逆戻りしてしまうのだろうか。
連れ去られて行くベルの姿を、リリはただ見ている事しか出来なかった。
「……………」
リリはこのまま沈黙を貫き、この場をやり過ごす事にした。黒魔術を使えない彼女に出来るのは、今の出来事を騎士団の仲間に伝える事。
リリはサーカス団員がその場を離れるのを待ち、急いでエリクセスを目指した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ついにサーカス編がクライマックスに突入!そして、今回でトランプ・サーカスでの戦いは終了です。次回から舞台は変わりますが、まだサーカス編です。




