第121話「めくられたカード」(1)
イロージョンを進めた反動により倒れたベル。絶体絶命の状況を、彼らはどう切り抜けるのか⁉︎
改稿(2020/10/26)
「大丈夫⁉︎」
突如倒れ込んだベルのもとに、ジュディが駆け寄る。アローシャの言う通り、今のベルの身体には、想像を絶するほどの負荷が掛かっていた。
「ゼェゼェ…………あぁ。何とか大丈夫だ」
“これが、侵蝕を一瞬でも進めた代償だ。今後 侵蝕を進める時は、しっかりと考える事だな”
ベルは、辛うじて意識を保っていた。
「……で、これからどうする?」
「黒魔術書ゲットは難しそうだから、さっさと帰ろう。あれ?お嬢ちゃんは?」
ベルは身体の痛みに耐えながら、ジュディとの会話を続ける。
「………リリは今アビーとダミアンを安全な場所に連れて行ってる。アイツと合流したら、さっさとここを出よう」
「なるほどね……取り敢えずサーカスの奴らに見つからないようにしないと、また面倒な事になっちゃうよ。今のアンタじゃ、すぐ死んじゃいそう」
「黙れお団子……でも、あのライオン野郎も、ハートの女王もまだ残ってるからな」
この状況では、もはや黒魔術書を盗み出して騎士団に持ち帰る事はほぼ不可能だった。ジャック・ダイヤモンドやクイーン・ハートであれば、黒魔術書の所在を知っているかもしれないが、わざわざ未知の敵と遭遇する必要はどこにもない。
ベルの体力が大幅に削られている今、サーカス団員と遭遇する事は避けるべきだった。新たに敵に遭遇してしまえば、今度はジュディがベルを護りながら戦う事になる。騎士団長に言い渡された任務であれ、時には諦めも肝心だ。
「ほら、とりまここから離れるよ!立って!」
跪いているベルに向かって、ジュディは右手を伸ばす。ベルはすぐにジュディの手を取った。こんな状況では、いがみ合っている暇は無い。とにかく一刻も早くサーカスを出なければ、安全の保証は無いのだ。
ドサッ……
ところが、ジュディの手を掴んだはずのベルはその場に倒れ込んでしまった。
「ベル‼︎」
ベルの異変に気づいたジュディは、すぐに屈んで様子を見る。侵蝕による負荷は、まさにベルの想像を超えるものだった。動く事すらままならない。このままでは、サーカス団員に見つかってしまう。
「起きなさい‼︎」
完全にダウンしてしまったベルを見ても、ジュディが容赦する事はなかった。なんと、彼女はベルに向かって水の黒魔術を発動したのだ。凍れる夜に、大量の水がベルに降り注ぐ。
バシャン……‼︎
「…………」
「チッ……このまま移動するよ‼︎」
しかし、それでもベルが目を覚ます事はなかった。それは、ベルの体力がとっくに限界を迎えている事を証明していた。
もはやベルは自分で身体を動かす事が出来ない。それを理解したジュディは発生させた水を利用して、ベルの身体を動かそうとする。
大量の水は、そのままベルの身体を浮かび上がらせ、移動させた。水を操るジュディは、いつもの様に水流に乗ってサーカスの敷地外を目指している。水流に運ばれている間も、ベルが目を覚ます事は一向になかった。
「マズいね……これじゃ外までもたない」
高速でサーカス内を移動するジュディの顔は段々と険しくなって行った。恐らく、彼女の魔力が底を突こうとしているのだろう。
ブラック・サーティーンと違い、普通の黒魔術士の魔力は限られている。今回の任務ですでに大量の水を使っていたジュディには、もうほとんど魔力は残されていなかった。
「ここらで一旦立て直すか……」
しばらく移動している間に、ジュディは隠れ場所を探していた。周囲を高いテントに囲まれた場所なら、少しばかり時間稼ぎが出来るはずだ。そう考えたジュディは水流の魔法を解き、その場に着地した。意識のないベルは、そのまま勢い良く地面に倒れ込んだ。
「痛ってぇ‼︎」
その衝撃で、ベルがようやく目を覚ます。連れて逃げる相手に意識があるのと無いのとでは、大違いだ。ボロボロであれ、ベルはブラック・サーティーン。意識さえあれば、ここから脱出出来る可能性も高くなって来る。
「やっと起きた!とにかく、さっさとここから出るよ!走れる?」
「走れるわけねぇだろ、少し動いただけで全身が燃えるみたいに痛てぇ…」
ベルの目覚めを知ったジュディは、これまでに無いほど嬉しそうな顔をする。
しかし、ベルが目覚めても状況はほとんど変わらなかった。侵蝕を進めた代償は大きい。意識はあっても、ベルはまだ思い通りに身体を動かす事が出来ないでいた。
「騎士団の奴らを追え‼︎」
そんな中、サーカスのどこかから声が聞こえて来た。トランプ・サーカス団員が、ベルとジュディの事を血眼になって探しているのだ。
「どうすんのよ……」
ジュディは焦っていた。早くサーカスの敷地を出て、リリと合流しなければ取り返しのつかない事態になりかねない。ベルは身体を動かせず、ジュディはほとんど魔力を使い切ってしまっている。今の2人には勝ち目は無い。
「あ‼︎」
「ビックリした!何なの?」
その時、ベルが突然声を上げた。何かを思い出したような顔をしているベルを見て、ジュディは不思議そうな表情を浮かべていた。
「これ持ってたの忘れてたぜ」
ベルはそう言いながら、懐に手を突っ込む。
「何それ?」
「星空の雫だ。これさえありゃ走って逃げ切れる!」
懐からベルが取り出したのは、謎の老人ブルーセから貰った星空の雫だった。残量はかなり少ないが、それでも全快するには十分な量が残っている。これさえあれば、状況は一変する。ベルがいつも通りの状態に戻れば、難なくここから脱出出来るはずだ。
「星空の雫?何でそんなもん持ってるの?」
「今説明してる場合じゃないだろ?さっさと逃げるぞ‼︎」
ジュディが驚いているうちに、ベルは星空の雫を数滴喉に垂らして回復した。青い光に包まれたベルは、エースと戦う前の元気な姿に戻っていた。もうベルが、ジュディの足手まといになる事は無い。
「仕切るのはウチ!さっさと行くよ‼︎」
「可愛くねーな」
「うるさいわね、可愛くなくて結構!」
ベルとジュディは、いつものように言い合いをしながらトランプ・サーカスの敷地外を目指す。目的の黒魔術書を手に入れられなかっただけでなく、数々の困難に苛まれた今回のミッション。
しかし、結果はどうであれ、ベルにとっては少なからず収穫はあった。侵蝕は、上手くコントロールすれば、ベルにとって大きな力となるはずだ。
後はサーカス団員に見つからず、リリと無事合流出来れば良い。生きて帰らなければ、ベルとジュディに明日は無い。ミッションに失敗しても生きていれば、またやり直す事が出来る。
「いたぞ‼︎あそこだ‼︎」
「逃すんじゃないぞ‼︎」
「捕らえろーっ‼︎」
2人が走り始めて30分も経たないうちに、近くからそんな声が聞こえて来る。すぐそこまでサーカス団員が迫っているのだ。
「もう来たのかよ、早過ぎるだろ」
「とにかく走り続けるよ‼︎」
2人は脚を動かす速度を上げる。ベルが全快したとは言え、ジュディの魔力はまだ回復していない。黒魔術士騎士が2人いても、片方が片方を護りながら戦えば、戦力は半減する。ベルとジュディは敵の姿を確認する事もなく、ただひたすら走り続けた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
迫るサーカス団員。回復したベルはジュディと共に、サーカスの外へと全力で走る!!




