第18話「暴走の真相」【挿絵あり】
ロックたちの身に、一体何が起こったのか…
改稿(2020/07/27)
「なんでそんなことが分かるんですか?」
リリは魔法についての知識も浅いが、幽霊についてもあまり知らない。当然霊感もなかった。
「ゴーストって言うのはね、オーブの別形態なの。そのオーブの生前の持ち主が強い思念を残したとき、オーブはゴーストになるのよ。そして、ゴーストは人間の身体に憑依する事が出来る。人間が突然別人のような振舞いをする時は、まずゴーストだと疑った方がいいわ」
人間の身体に乗り移れるのは、悪魔だけではないと言うことだ。
「なるほど……」
「それでも、確証はあるんですか?」
「すぐに分かるわ」
セドナはそう言うと、ロックに銃の標準を合わせ始めた。
「おいおい、まさか殺すのか?」
ベルはセドナの行動に驚いている。確かに狙われているのは、殺されてもおかしくはない極悪人だが、彼女がわざわざ手を汚す必要はどこにもない。
「馬鹿ね。殺すわけないでしょ」
「銃で狙ってるじゃん」
セドナの言動は完全に矛盾している。銃口を向けているのに、殺そうとしていないとはどういう事だろうか。
「これはタダの銃じゃないの。オーブ・ガンよ」
「オーブ・ガン?」
「実体を持たないオーブ弾を撃つための銃なの。これを使えばゴーストだけを殺せる」
オーブ・ガン。それは、霊猟家である彼女特有の武器だった。オーブ・ガンを使えば、たとえ人間に憑依していようが、中にいるゴーストだけにダメージを与える事が出来る。
「へ~!」
ベルはこの状況を打開する便利な道具に、素直に感心していた。
バン!バン!バン!
その直後、ライフルを構えていたセドナは次々とロックたちに向かって発砲した。
彼女は流れるように素早く、それでいて、とても正確に3人の身体を捉えていた。これが実弾であれば、彼女は立派な殺し屋だ。
「うっ……何だこれは?」
ロックは自分の身体に起こった異変を感じ取り、うろたえている。
すぐさま、ロック、シザーズ、パーの身体から、幽かに光る人型の魂が抜け出し始める。その姿は、ベルとジェイクとセドナとハメルには見えているが、リリには見えていない。
3人の身体から抜け出したそれは、ぼんやりとした人型になった。これがゴーストなのだろう。
「ほら。私の言ったとおりだった」
セドナは自慢げに胸を張っている。彼女の言う通り、ロックたちを豹変させたのは、正体不明のゴーストだったのだ。
彼らは徐々にその姿をはっきりとさせて行き、かつてアドフォードで盛んだった採鉱業に携わっていた炭鉱夫の姿へと変わっていった。
「くそっ!ゴーファー‼︎」
ロックに憑依していた炭鉱夫がそう叫ぶと、やがて3人のゴーストは空気に溶け込むように、その姿を消してしまった。
「あれは……」
ハメルは、炭鉱夫のゴーストを見て考え込む。
「あの服装。写真で見た事があります。最も採鉱業が盛んだったころの炭鉱夫ですね」
ジェイクはその姿に見覚えがあった。それは、何十年も前にアドフォードの炭鉱で働いていた炭鉱夫のゴーストだった。
「……ゴーファー」
セドナは炭鉱夫が口にしていた言葉を繰り返す。
「どうした?」
ハメルは悩まし気な顔をしているセドナの顔を覗き込む。
「何か嫌な予感がするわ。炭鉱夫たちのゴーストが暴れ始めたのなら、1度炭鉱に行った方がいいかもしれない」
セドナの勘が、ゴーストとなった炭鉱夫は他にも存在すると訴えかけている。
「ちょっと待ってよ!皆何の話してるの?」
リリは1人だけ置いてけぼりにされて、頬を膨らませている。
「ゴーストが見えてなくても、今の話聞いてれば大体分かるでしょ」
「……確かに」
リリは恥ずかしそうに俯いた。
「…………」
その直後、ひとつの目線がベルに向けられる。セドナだ。
「な、何だよ」
ベルは良からぬ意図を感じる視線から、目を逸らした。
「さて問題です。どうしてアンタはここに、堂々と立っていられるのでしょうか?」
セドナは急に、今まで見せたこともないような笑顔を作り、明るい声でそう言った。
「………」
「マジかよ」
ベルは呆れていた。リリと言い、セドナと言い。どいつもこいつも、何かをしてもらうために恩を売る奴しかいないのだろうか。
「分かったようね。私がいなければ、今あなたはここにいないのよ。だから、炭鉱について来なさい」
セドナはいつもの表情に戻ると、要件を言った。彼女は最初から、どこかでベルを利用するために、助けていたに過ぎなかったのだ。
「分かったよ」
ベルはセドナの申し出をしぶしぶ受け入れる。この時、ベルに断る権利はなかった。
「明日の朝、炭鉱の入り口に集合よ。道はそのお医者さんにでも聞きなさい」
セドナは時間と場所を指定すると、ハメルと共にロックたちを引きずりながら去って行った。ようやく悪名高い3人組が、保安官事務所の牢屋に入れられるのだ。
「……随分と強引ですね。今日はもう遅いですから、帰りましょう」
その様子を見ていたジェイクは苦笑いしている。
それから間も無く、ジェイクを先頭に、一行はハウゼント医院へと帰った。
ジェイクたちがハウゼント医院に到着すると、ロックに襲われた青年たちがすぐに出てきた。彼らは騒ぎが収まったことを知ると一礼して帰って行った。
ジェイクが扉を開けて電気を点けると、そこには未だに寝ているアレンの姿があった。
「どんだけ寝るんだ、アイツ」
「寝る子は育つって言いますし、いいじゃないですか」
ベルとは対照的に、ジェイクはアレンの寝姿に癒されていた。
「それにしても、ゴーストが人間の人格を乗っ取って暴れまわるって怖いですね」
リリは今日の事件を振り返り、身震いした。
「ゴーストが人間に乗り移る事は知っていましたが、実際に見たのは今日が初めてでした。乗り移られた人間からすれば、たまったものじゃありませんね」
ジェイクでさえ、ゴーストに憑依された人間を初めて見たと言う。ゴーストの憑依は、頻繁に起きる現象ではないようだ。
「でも、今回は乗り移られた人間がそもそもクズ野郎だったから、本人の尊厳には影響ありませんけど」
何度も罪を犯し、町民から恐れられている男が町で暴れまわったからと言って、彼に対する評判がこれまでと変わる事はないだろう。
「それもそうですが……自分の意思と関係なく、自分の知らない自分が勝手に行動するのは、本人にとってはとても恐ろしい事だと思いますよ」
ジェイクはベルの意見に共感しつつも、憑依された側の人間の気持ちを考えていた。
「………」
その言葉を聞いたベルは、何も言う事が出来なかった。それはまさに、自分が経験している事だったから。違うのは、憑依するのが悪魔だったか、ゴーストだったか。ただ、それだけ。憑依された側からすれば、そこに大差はない。それはとてつもなく恐ろしい事なのだ。
「どうかしましたか?」
黙り込んでいるベルを見て、ジェイクは声をかける。
「あ、いえ。何でもありません。そういえばジェイクさん。炭鉱ってどこにあるんですか?」
ベルは平静を装い、話題を変えた。本当はとても動揺しているのだ。
「炭鉱は首都方面の町はずれです。名前にあるように、赤い壁を目印に進んで行けば、その麓が炭鉱です」
ジェイクは動揺を隠すベルを気にする事もなく、質問に答えた。
「ベルさんは朝も早いですし、もう寝ましょうか」
また夜が更ける。今日の騒ぎが嘘のように、アドフォードの町は静まり返っていた。町中の明かりは消えていて、真っ暗な闇に包まれている。
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気温の下がる夜中に、外を出歩く者はいなかった。そこにあったのは、怪しく光るゴーストの姿。
そして、ひとつの人影が現れる。暗くてよく見えないが、長いコートのようなものに身を包んだ彼は、ゴーストを引き連れているかのようにも見えた。
そんな彼の顔は、ドクロのような形をしたヘルメットに隠されていた。




