第119話「凍える狂気」(2)【挿絵あり】
「……………」
ところが、しばらく待ってみても何か起こる様子は一向に無い。無言で待っているエースを見て、ベルも取り敢えず何か起こるのを待っていた。
「貴様、団長に何かしたか?」
そして、しばらく続いた沈黙をエースが破る。どうやら、何らかの理由で彼は雷の黒魔術が使えなくなってしまったらしい。
「別に俺は何もしてねぇよ。お前が2つ自然使えたのは幻だったんじゃないの?」
エースが複数の黒魔術を使えない原因に、ベルは心当たりがあった。クローバーはジョーカーの力を借りて複数の黒魔術を手に入れた。
複数の黒魔術を手にするには、ジョーカーの存在が不可欠。ジョーカー亡き今、サーカス団員が追加で獲得した黒魔術の契約は、おそらく帳消しになっているのだろう。
「まあ良い。貴様を倒すのに、黒魔術は2種類もいらない。ひとつだけで十分だ」
「随分と余裕だな」
氷は炎に溶かされる。エース・ド・スペードの攻撃はどれもベルに無効化されるはずだが、彼は余裕を見せている。もちろん勝つつもりしかないベルも、余裕綽々だ。
「慢心は破滅を招くぞ」
エースは腰に下げた黒い棒状の物を取り外すと、まるで剣を構えるかの如くそれを握った。
すると瞬く間に黒い棒の先端が白く光り出し、その白い光が刃を象った。白い刃の向こうには、景色が透けて見えている。彼の能力から察するに、それは冷気で作られた刃なのだろう。
「少なくとも、お前には破滅させられねえよ!」
エースに応えるかのように、ベルも右手に炎を灯す。エースは冷気を一定の形に保ち、武器として使っているが、ベルにはまだそれが出来てはいない。この時点でエースとベルの経験の差が感じられるが、ベル自身は全くそれに気づいていなかった。
「凍えろ‼︎」
エースは間髪入れず、ベルに冷気の刃を振りかざす。対するベルは、反射的に炎をまとった右手を突き出した。
ジュゥゥゥゥ……
すると、冷気の刃はたちまち蒸発してしまった。ベルの思っていた通り、エースの冷気ではアローシャの業火に敵わなかったらしい。満を持して登場したエースだったが、この戦いは簡単に決着がついてしまいそうだ。
「へっ‼︎お前の黒魔術は所詮その程度って事だ!」
「………………」
「悔しくて言葉も出ないか?」
ベルの言葉が図星だったのか、エースは黙り込んでしまった。エースの沈黙が、さらにベルに自信を与える。
「馬鹿が。足元を良く見てみろ」
「⁉︎」
しかし、エースは敗北を悟って黙り込んだのではなかった。むしろ、戦闘経験の浅いベルを心の中で嘲笑っていたのだ。
ベルが視線を落とすと、いつのまにか自身の足元が氷によって固められている事に気がついた。ベルが冷気の剣に気を取られているうちに、エースはベルの足元を凍らせたのだ。
“慢心は破滅を招く”
エースの言葉は、決してハッタリなどではなかった。黒魔術が劣っていても、戦闘経験がその差を埋める。ベルと違い、エースは戦いの極意を心得ている。
「視界を広げて、出来るだけ死角を無くす。戦闘の基本だ」
「偉そうに説教すんじゃねえよ」
ベルはエースに吠えながら、足元の氷を溶かした。ベルの足元は完全に氷結させられていたが、アローシャの業火を以てすれば、簡単に溶かす事が出来る。
「もう同じ手は食わねぇ‼︎」
足の自由を取り戻したベルは、すぐさま右掌に灯した炎で、エースに反撃しようとする。ベルにはまだまだ実戦経験が足りないが、戦いの度に確実に彼は成長している。いつも突拍子も無い戦法で危機を脱するベルであれば、この戦いに勝利する可能性は大いにある。
「⁉︎」
ところがその直後、エースはベルを横目に通り過ぎて行った。何が起きたのか理解出来ていなかったベルは、少し遅れて後ろを振り返る。
すると、そこには座り込んだジュディの姿があった。エースの攻撃対象は、ベルだけではない。弱っているジュディはベルにとっての弱点に成り得る。狙われているジュディは、到底戦える状態ではない。
「単純だな」
ベルが気づいた頃には、すでにエースは冷気の刃をジュディに振りかざそうとしていた。戦闘のプロは、2度と同じ手を使わない。ベルがひとつ学んでも、エースは別の戦法で隙を突いて来る。
「くっ……間に合え‼︎」
これまでのベルであれば思考停止していた所だが、彼も確実に成長していた。冷気の刃が振り下ろされる瞬間、そこに向かってベルは咄嗟に炎を飛ばした。それは一か八かの賭けだった。
「少しはやるようだな」
幸い、エースの容赦無い攻撃がジュディに当たる事はなかった。ジュディの体にぶつかる前に、冷気の刃を打ち消す事に成功したのだ。
「卑怯な手使って恥ずかしくねぇか?」
「俺たちから黒魔術書を盗み出そうとしていた奴に言われたくないな。それに、元々お前は指名手配犯だ。手段を問う必要は無い」
「それは……そもそもお前らが俺たちをハメたんだろが‼︎」
エース・ド・スペードは冷徹な処刑人だった。ベルとジュディは罠におびき寄せられたネズミ。最初から、トランプ・サーカスはベルを仲間に入れるために罠を仕掛けていた。それを断ったベルは、サーカスの黒魔術士たちと衝突する運命なのだ。
「罠に引っ掛かるのが悪い。天下の黒魔術士騎士団が、こうも間抜けとは」
「何ィ⁉︎」
「貴様には負ける気がしないな‼︎」
「言ってろクズ野郎‼︎」
ベルはエースの挑発に乗って、全身を真っ赤な業火で包み込む。その際、ベルはジュディの身体ごと炎で包み、完璧な防壁を創り上げた。こうしておけば、どの方向から氷の黒魔術が飛んで来ても対処出来る。
「さっきの言葉そのまま返してやるよ。お前には負ける気がしねぇ‼︎」
無敵の炎の鎧をまとったベルは、エースを挑発した。これまでも、冷気の刃は炎に触れると蒸発していた。彼が同じ黒魔術しか使えないとすれば、ベルの勝利は確実だ。
「ふざけるな‼︎」
炎をまとったベルに臆する事なく、エースは冷気の刃で猛攻を仕掛ける。彼は冷気の刃を絶え間無く振り下ろし、休む事なくベルに攻撃を与え続ける。ベルに守られているジュディは、後ろからその様子を観察していた。
「無駄だって分かんねぇのか?」
同じ事を繰り返すエースに、ベルは呆れ果てていた。エースに勝ち目が無い事は、誰の目から見ても明白だ。これ以上続けたところで、エースがベルに勝つ事はまず無いだろう。
「甘く見積もり過ぎだ。俺が本気を出していたとでも思っていたのか?」
しかし、勝ち目が無いはずのエースはこの期に及んで余裕を見せていた。ジョーカー亡き今、エースは1種の黒魔術しか使えないはず。どんな隠し球であろうと、氷の魔法ではベルには勝てないはずだ。
「……?」
キュイーン‼︎
ベルが相手の出方を伺っていると、エースはベルトのバックルを回転させた。
すると、甲高い機械音が周囲に響き、エースの鎧の随所に見られる青白いパーツが、より一層輝きを増した。ベルトの機構は、ある種のリミッターのようなものなのかもしれない。
「この鎧は俺の黒魔術を飛躍させる。属性なんぞ関係ない。冷気の真髄を、貴様に見せてやろう」
そう言いながら、エースは再び冷気の刃を構えた。その時、炎に包まれたベルでさえ、周囲の気温が低下するのを感じていた。
エースの言葉の通り、確かに鎧に仕組まれた機構は、氷の黒魔術をパワーアップさせている。
冷気の刃が直接触れているわけではないのに、彼らの周囲の地面には霜が降りていた。触れる事なく、徐々に周囲が凍り始めているのだ。
「どんだけ強くなっても氷は氷だ。どんな攻撃して来ても、俺が全部溶かしてやる‼︎」
「ほざけ」
ベルが余裕をかましていると、さっそくエースは攻撃を再開した。彼はこれまでと変わらず、冷気の刃をベルに向かって振り下ろす。パワーアップしても、攻撃方法はワンパターンだ。
振り下ろされた冷気の刃を、ベルは炎の右手で掴む。アローシャの業火に触れた冷気は、これまでと同様に蒸発してしまうはずだ。
「⁉︎」
ところが次の瞬間、ベルは言葉を失う事になる。冷気が蒸発するどころか、炎に包まれたベルの右手の方が凍り始めたのだ。自然の摂理を超越した現象が、今まさに起こっていた。これこそが黒魔術の真髄。魔法に常識は通用しないのだ。
「これが俺の黒魔術だ」
白い刃を掴んだベルの右手はみるみるうちに凍っていく。この手を離さなければ、いずれはベルもあの時のジュディのように全身氷漬けにされてしまうだろう。
ベルは必死に右手を離そうとするが、どれだけ力を入れても、凍った右手はビクともしない。
「クソッ‼︎」
“慢心は破滅を招く”
まさに、エースの言葉通りの展開になって来た。炎が氷に負けるわけがない。そう慢心していたベルは、窮地に立たされてしまった。アローシャの業火が通用しないとなれば、ベルに勝ち目はない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
エースは冷気の刃でベルを追い詰めます。果たして、ベルに勝機はあるのか!?




