第119話「凍える狂気」(1)
戦いがひと段落したベルはジュディを探す事に…
敵だらけのサーカスで、次にベルを待ち受けていたものとは!?
改稿(2020/10/24)
Episode 12 :The Cards Faced Up On The Table/めくられたカード
激しい戦いが終わった大テントの中は、静寂に包まれていた。涙ながらに抱きしめ合う兄妹の姿を、ベルとリリは微笑みながら見守っていた。サマーベル兄妹は、2年間続いた苦しみからようやく解放されたのだ。
「……ダミアン、お前がさっき使ってたのって一体何なんだ?」
「ちょっと‼︎それ今聞く⁉︎」
長らく戦いを見てきてベルがずっと気になっていたのは、祓魔薬だった。ただ、それはようやく長い苦しみから解放された兄妹に掛ける言葉には相応しく無かった。空気を読めないベルの発言に、リリは頰を膨らませている。
「……これですか?これは祓魔薬です。月夜草、夕陽葉、バンダースナッチの牙……他にも色んな珍しい材料を調合して作る対悪魔用の薬です」
「凄いんだな、それ。なんか良く分かんないけど……」
ダミアンの説明を聞いたベルは、ぽかんと口を開けていた。祓魔薬は、世界中の珍しい魔的材料を調合して作られる薬。それも、ついさっきその効果が証明されたばかりの折り紙付きだ。
“小僧、そんなもので私を追い出そうとするんじゃないぞ?”
祓魔薬を目の当たりにしたアローシャは、自分の身の心配をしていた。祓魔薬を使えば、ベルの身体からアローシャを出す事も可能なのだろうか。
「あのさ、それって少し貰えたりするかな?」
“おい‼︎”
アローシャの心配をよそに、ベルはわざとらしくダミアンにそう聞いた。
「残念ですが、祓魔薬はとても稀少な薬で、材料は世界中を飛び回っても中々手に入らないものばかり。少量作り出すのも、かなり難しいんです。僕が持っているものは使ってしまったので、もうありません」
「そうか……」
ダミアンの説明を聞いて、ベルは心から残念そうな顔をした。人間に憑依した悪魔を追い払うほどの力を持つ薬。故に、それを作るには想像を超える労力と運が必要だった。
「ベル……今そんな話してる場合じゃないでしょ」
「気になったんだから仕方無いだろ?」
「そんな事より‼︎早く2人を安全な所に避難させないと。まだサーカスの人たちが狙ってるかもしれないでしょ?」
「確かに……」
クローバーとの戦い、そしてジョーカーとの戦いは終わったが、まだまだトランプ・サーカスには団員が大勢いる。一刻も早く、本当に無力になってしまったサマーベル兄妹を安全な所へ避難させる必要がある。
「そうだ‼︎ベルはジュディさんを探して!私はアビーちゃんとダミアン君を避難させるから」
「大丈夫か?」
「大丈夫。魔法は使えないけど、私だっていっぱいピンチを乗り越えて来たんだから!」
「……分かった。無理すんじゃねぇぞ」
「分かってる。ベルだって無理しないでよね。ジュディさんと合流したら、早くここから離れましょう!」
逃亡の旅を続ける中で、リリは以前より確実に逞しくなっていた。ここではベルではなく、リリが指揮を取っている。リリとベル。どちらにも、どんな脅威が待ち受けているか分からない。
「さぁアビーちゃん、ダミアン君。行きましょう」
リリは2人の顔を見てそう言うと、アビーの肩を担いで彼女を車椅子に座らせた。
そして3人は急いで大テントを後にする。それに続くようにベルも大テントを出て、ジュディの行方を探すのだった。
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大テントを後にしたベルは、敷地内に並ぶテントに身を隠しながら、ジュディの行方を探していた。少なくとも、ベルが大テントにたどり着いた時には、ジュディはクローバーと入れ替わっていた。ずっと一緒にいたベルでさえも、いつ彼女とクローバーが入れ替わる隙があったのか全く分かっていない。
「あのお団子、どこ行きやがった……」
ベルは小言を言いながら、サーカスのあらゆる場所に視線を動かしていた。
この時ベルは、偽物のロビンと出会った場所にいた。青いテントの陰から、ベルはジュディの姿を捜索している。
ロビンに変身していた時、クローバーは獣化の能力を使う事は出来なかった。つまり、クローバーは変身は出来ても、変身した者が使う能力まで手に入れるわけではないと言う事。
そしてそれは、偽のロビンと遭遇した時のジュディが本物であった事を証明していた。
「…………」
ベルはテントの側面を沿うように移動し、敷地内を隈なく捜索しようと試みる。ジュディが任務を放棄してトランプ・サーカスを離れると言うのは、まずあり得ない。もしかしたら、彼女のなりの考えがあって故意にベルの元を離れた可能性もあった。
「何だ?」
テントの角を曲がった時、ベルはその先にあるものを発見した。何かを発見したベルは、急いでそこに駆けつける。周りの目も気にせずに。
ベルが駆け付けた先にあったのは、2メートル四方はあろうかと言う大きな氷塊だった。その氷塊は、サーカスにはとても不釣り合いなものだった。氷塊は彫刻のように形が整えられているわけではなく、無骨なままだった。
「ジュディ⁉︎」
ベルはその氷塊の中にジュディの姿を発見する。彼女は何らかの考えがあってベルの元を離れたわけではなく、何者かによって捕らえられていたのだった。完全に氷の中に閉じ込められてしまったジュディは、瞬きひとつ出来ない。
「あんなに偉そうにしてやがったのに、あっさり捕まってやんの‼︎」
氷塊の中に閉じ込められたジュディを、ベルはにやにやしながらしばらく見つめた。ずっとジュディから見下されて来たベルは、ほんの少しの間、優越感に浸っていた。
「……さてと、助けてやるか」
しばし優越感に浸っていたベルは、ゆっくりと右掌の印を氷へと向ける。全てを燃やし尽くすアローシャの業火であれば、大きな氷塊でもあっと言う間に溶かす事が出来るはずだ。
ボオォォォォ…
ベルが炎の印から小さな業火を出すと、それは瞬く間に氷塊全体に広がった。赤く染まった氷塊はみるみるうちに小さくなり、凍ったジュディを溶かしていく。
氷はてっぺんから溶けていき、やがてジュディの足元を固めていた氷までもが、消えて無くなった。
「寒っ‼︎」
氷塊から解放された直後、ジュディが発した第一声。それは本来、氷の中で彼女が1番言いたかった言葉だった。どれくらいの時間彼女が氷漬けになっていたのかは分からないが、彼女の身体は芯から冷えきっているはずだ。
「ほらよ」
ようやく解放されたジュディに、ベルは右掌を近づけた。天を仰ぐ右掌には、小さい業火が揺らめいている。ベルの炎の黒魔術は、即席の暖房の役割も果たせるらしい。
それに気づいたジュディはすぐに両手を炎に近づける。そんな彼女の身体は、絶え間無く震えていた。弱々しいジュディの姿を見て、ベルは複雑な感情を抱いていた。
「おや、お前はブラック・サーティーンのファウストではないか」
その時、何者かの声がベルの耳に届く。トランプ・サーカスでの戦いは、まだまだ終わっていない。新たに現れたのは、一体どんな敵なのだろうか。
「お前は……」
「俺はエース・ド・スペード。どうやらお前は、我々の仲間になるつもりは無いらしいな」
目の前に現れた新たな敵に、ベルは見覚えがあった。エース・ド・スペードは、大テントのショーで黒魔術パフォーマンスを披露していた男だ。
「仲間になるわけないだろ?」
「よろしい。ならば殺してやる」
ベルの意思を確認したエースは、殺意を剥き出しにする。黒っぽいペイントで彼の瞳は強調され、不気味さを醸し出していた。
「殺す?氷の黒魔術で俺に勝てるわけねぇだろ!殺すどころか、お前が降参するのがオチだぜ」
ベルは高を括っていた。氷の黒魔術士は炎の黒魔術士には敵わない。それは誰にでも分かる事だった。
だが、光るパーツのついた重厚な鎧に身を包んだエースは、只ならぬ雰囲気を漂わせている。
「俺が使うのは氷の黒魔術だけではない。侮るなよ」
「あ〜……そう言えば、なんか雷も使ってたな」
エースの黒魔術は1種類だけではない。ベルはそれを思い出すが、怯む様子は見せなかった。
「良いだろう。まず感電させてから、氷漬けにしてやる」
そう言いながら、エースは右掌を天に掲げた。これから大テントのショーの時と同様に、雷を落とそうと言うのだろうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
囚われていたジュディと、ついに現れたエース。凍える狂気が、ベルに迫る!!




