第116話「災厄の目醒め」(1)
ベル、リリ、ジョーカー、そしてサマーベル兄妹。彼らが揃った時、ついに災厄が目を覚ます…
改稿(2020/10/23)
「アビーちゃん、ダミアン君。待っててって言ったでしょ?」
サマーベル兄妹の姿を確認したリリは、困り顔でそう言った。ショーが終わり、大テントを出た3人は外でベルとジュディの帰りを待っていた。ベルとジュディが大テントに入って行くのを目撃したリリは、サマーベル兄妹にそこで待っているように指示していたはずだったのだが…
「……すみません。アビーがどうしても行くと聞かなかったんです」
リリの顔を見たダミアンは、苦笑いする。彼はリリの言いつけ通りに大テントの外で待とうとしたようだが、アビーが大テント内に行きたがったと言う。アビーはダミアンが言ったようにわがままでは無いはずだが…
「本当なの?アビーちゃん」
こくり。
リリに顔を覗かれたアビーは、静かに頷いた。ベルやリリ、ジュディたちと出会ってアビーは明るさを取り戻したはず…だったが、今の彼女は再び暗い表情になっていた。それは、この日の午前の彼女の顔とは全く違うものだった。
「それで、2人はいつからそこにいたの?」
「30分前くらいです。本当はすぐにベルさんとリリさんに声を掛けるつもりだったんですが、何か凄い事になっていたようなので」
「そんなに前から……」
サマーベル兄妹は、約30分前から大テントの入り口に立っていた。30分前と言えば、ちょうどベルがヨハン・ファウストの幻と対峙していた頃だ。大テント内で繰り広げられていた戦いを、2人は目撃していた。
「一体何があったんですか?なぜベルさんがジョーカー団長と戦ってるんですか?」
「…………………」
当然ダミアンには、ベルがジョーカー団長と戦っている理由が分からなかった。不安を感じたのか、ダミアンは胸元に右手を当てている。その手は、何かを掴んでいるかのようにも見えた。
そして、彼の隣にいるアビーは虚ろな目でどこかを見つめていた。
「コイツ、俺を誘き寄せるために騎士団に嘘の依頼をしてきやがったんだ」
「ベルさんを誘き寄せる……?」
「あ〜あのぉ〜、あれよ!トランプ・サーカスは騎士団の敵だったのよ!」
「そうそう‼︎そうなんだ!俺はコイツを倒さなきゃならねぇ。」
「敵……ですか」
ダミアンに分かりやすいように、リリが簡単に事態を説明した。ベルがダミアンに断片的な情報しか与えていなかったため、ダミアンは混乱する事になったのだ。
リリは、ダミアンにでも分かりやすいように、くだいて説明した。
「サーカスに害をもたらす子どもが、なぜここにいる?」
これまで黙っていたジョーカーが突然口を開いた。彼は先ほどベルに蹴飛ばされて倒れていたが、今では何事も無かったかのように立っている。
「何でそんな話を蒸し返すの?もうアビーちゃんたちがサーカスに無害だって事は分かったでしょ?」
未だにクローバーの予言を引きずっているジョーカーに、リリは苛立ちを隠せなかった。トランプ・サーカスも、サマーベル兄妹が敷地内にいる事にはもう慣れたはず。
それでも、支配人であるジョーカーはまだサマーベル兄妹を危険視していた。
「そう言えばあなた方は、この子どもたちと行動していたのでしたね。だが、それだけでは何の証明にもなっていない。あなた方と行動している時には何も起こらなかった。ただそれだけだ」
「ぐぬぬ……こんな時ジュディさんがいれば」
感情的に訴えかけるリリに対し、ジョーカーは至って冷静に振舞っていた。リリは事実を述べているだけだが、ジョーカー団長の言葉もまた、真実だった。サマーベル兄妹は本当に無害なのかもしれないし、まだ行動を起こしていないだけの事なのかもしれない。
「コイツらが何をするってんだ?害をもたらすって?笑わせんじゃねぇよ」
この時はベルもリリに賛同していた。常識的に考えて、幼い子ども2人が黒魔術士の集団に危害を加える事が出来るはずはない。ましてや、2人は悪魔と関わる事さえ毛嫌いするような人間だ。
「これまでクローバーの予知能力は、サーカスにとっての警報装置として良く働いて来た。この子どもたちが結果的にトランプ・サーカスに危害を加えなかったとしても、彼らには必ず何かある。クローバーはそれを予知していたのだ」
「僕たちは何があろうと悪魔とは関わらない‼︎僕たちに魔法の力なんてない!言い掛かりはやめて下さい‼︎」
ジョーカーは、暗にサマーベル兄妹には何かしら黒魔術の力があると言っていた。そんな筈は無い。そう思ったダミアンは、激しく抗議する。
2年前、サマーベル家は悪魔によって恐怖のどん底に叩き落とされた。そんな彼らが、悪魔と関わりを持つはずはない。
「否定したければするが良い。だが、その娘を見てみろ。さっそく変化が起こっているようだ」
「何⁉︎」
しかし、ジョーカー団長はアビーに起きた小さな変化を見逃さなかった。うすら笑みを浮かべてジョーカーが指差す方向を、ベルは半信半疑で見やる。
「………………」
そこにいたアビーは、リリが最初に出会った時と同じように、浮かない顔をして俯いていた。確かに今朝までベルたちが一緒に行動していたアビーとは少し違うが、何も不思議な事ではない。
「何も変わって……」
さっきのジョーカーの言葉が嘘だと思ったベルは、彼のいる方を振り返ろうとするが、突然振り返るのを止めた。
その原因は、ベルの視界に映る1人の少女にあった。
1度ジョーカーへと動かそうとした視線を、ベルはアビーへ戻す。
すると、彼女の身には明らかな変化が起き始めていた。彼女の身体が小刻みに震えているのだ。人間は風邪を引いたり、寒気を感じたり、激しい怒りを感じた時に震えたりする。ただ、その揺れ方は常軌を逸したものだった。
アビーの震えは、次第に激しさを増していく。
やがて、彼女は激しく頭を振り始めた。彼女は赤い髪の毛を振り乱す。突然様子が急変したアビーを見て、ダミアン、ベル、そしてリリの不安が募っていく。
「アビー⁉︎」
これまでと明らかに様子が違う妹を見て、ダミアンは再び自分の胸に右手を当てていた。これは彼が自身を落ち着かせるための術なのだろうか。
「⁉︎」
次の瞬間、この場にいる誰もが目を疑う事になる。
何と、アビーが車椅子から立ち上がったのだ。2年前の出来事により、アビーは両脚の自由を完全に失ってしまった。それは、ダミアンをはじめ、ベルもリリも深く理解していた。
もう2度と自分の脚で歩けないはずの少女が、しっかりと2本の脚で立っている。
「アビーが……立った」
この時、ダミアンは実に複雑な感情を抱いていた。これまでずっと車椅子生活を送ってきた妹が自分の脚で立ち上がった。喜ぶべき事なのだが、今この状況を考えると、ダミアンはそれを手放しで喜ぶ事が出来ないでいた。
アビーが自分の脚で立ち上がったのには、喜ばしくない理由がある。兄はそれを直感的に理解していた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
アビーに起こり始める変化。アビーの身に一体何が起きているのか!?




