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第115話「落陽の憎しみ」(2)

 戦いの準備が出来ていたベルは、好戦的な笑みを浮かべて、再びジョーカーと視線を合わせようとする。

 ところが、あっと言う間にベルの首筋に黒いステッキが突き付けられた。


 もう1度そのステッキを良く見ると、それは鋭い刃を持つ剣へと姿を変えていた。復讐鬼ベンジャミン・カシリと戦った時のように、ベルは首筋に刃物を突き付けられている。


「勘違いしないでいただきたい。確かに私はブラック・サーティーンを手中に収めようとしているが、私の実力がブラック・サーティーンに劣るわけではない。私が契約した悪魔は、私の知る限り最強の能力を持っている」


「俺にハッタリは通用しねえ。大体何だよ、最強の能力って」


「何もせず、長い間牢屋で過ごして来た貴方には分からないでしょう。私が知る最強の力。それは、相手を欺く力」


「……は?お前本気で言ってんのか?」


 ジョーカーの言う“最強の能力”に、思わずベルは驚愕した。固唾を呑んで様子を見守っていたリリも、目を丸くしている。


「私は至って本気だ。覚えているだろう?なぜそこに倒れているクローバーが2つの黒魔術(グリモア)を使えたのか……貴方には分かりますか?」


「なぜって……一流の黒魔術士(グリゴリ)なら当然の事なんじゃないのか?」


「当然ではありません。契約により抱える代償を考えれば、強力な黒魔術(グリモア)を1人で2つも手に入れる事など、ほぼ不可能なのです」


「じゃあ何でだ……?」


 ジョーカー団長は突然クローバーの黒魔術(グリモア)について語り始めた。クローバーが2つの黒魔術(グリモア)を使う事と、相手を欺く力に何か関係があるのだろうか。


「私は人間のみならず、悪魔さえも欺く事が出来る。それが、私が契約した悪魔メフィスト・フェレスの力‼︎悪魔を欺けば、到底背負いきれないような代償を伴う力でさえ、手に入るのです‼︎」


「つまり……あなたが悪魔を騙して、クローバーに力を与えたって事?」


 相手を欺く力がなぜ最強なのか。ようやくその理由がジョーカー団長の口から明かされた。彼の言う“相手”とは人間に限った事ではなく、悪魔さえも含んでいた。

 黒魔術(グリモア)は悪魔との契約によって得られるもの。黒魔術(グリモア)の源であり、力を貸し出す側の悪魔を騙す事が出来れば、様々な種類の力を手に入れる事が出来るらしい。


「その通り!元々彼女は三位一体(シャムロック)の力しか持っていませんでしたが、私が予知能力を与え、ババ・ファンガスと言う存在を作り上げた。ベル・クイール・ファウスト。私がいれば、貴方はさらなる力を代償なしに得る事が出来る。悪い話ではないでしょう?」


 ジョーカー団長は無用な戦いは避け、平和的にベルを組織に招き入れたいのだろう。ジョーカーの力でクローバーが2つの黒魔術(グリモア)を手に入れたのだとすれば、他のサーカス団員も同じように複数の力を持っているのだろう。


「うるせぇな……俺が関わる悪魔はアローシャだけで十分だ。これ以上悪魔の力なんか要らねぇんだよ」


 ベルはジョーカーの申し出を改めて断った。代償を払わずに大きな力を手に入れる。こんな美味しい話は他には無いはずだが、ベルがそれに惹かれる事は無かった。

 憎き父親が全てを捨てて没頭していた悪魔の研究。そんなヨハンの愛するものを、ベルはどうしても好きになれなかった。


「魅力的な話だと思ったのですが……これ以上貴方を勧誘しても意味が無いようだ」


 ジョーカー団長は大きく溜め息をついた。これ以上勧誘を続けても、ベルがトランプ・サーカスに所属しない事は、誰の目から見ても明白だった。


「力を貸さないのなら……死んでしまえ」


 ジョーカー団長は目つきを鋭くする。

 その直後、ベルの視界を、無数のジョーカーが埋め尽くした。ベルが拳を構えた頃には、すでにベルの周りを10人のジョーカーが取り囲んでいた。


「クローバーと同じかよ」


「同じではない」


 10人に増えたジョーカーはそれぞれベルから片時も視線を外さず、常に攻撃のタイミングを狙っている。分身して人数を増やすその戦法が、ベルにはクローバーと同じに見えた。


「数は関係ねえ。どんだけ増えても、全部燃やせばいいんだろ」


 そう言いながら、ベルは両手に赤い炎を灯す。2戦続けて似たような戦法を使ってくる敵に、ベルは嫌気がさしていた。


「行くぜ‼︎」


 10人のジョーカーが一向に攻撃を仕掛けて来ない様子を見て、ベルは先行攻撃を仕掛けた。

 両手に灯した炎を使って、ベルは次々に10人のジョーカーを狙い撃ちした。その狙いは正確で、外れる事は無かった。10度放たれた業火は、それぞれジョーカー団長の姿をしっかり捉えていた。


「よし……」


 ベルは気を抜くことなく、10人のジョーカーの様子を見守っていた。確かに赤い炎は全てのジョーカーの体に命中し、その全てが燃え上がり始めている。クローバーのように、ジョーカーの能力もまた、分身を増やすだけのものだったのだろうか。


「…………?」


 だが、ジョーカーの言葉の通り、彼の能力はクローバーと同じでは無かった。ジョーカーの全ての分身はベルの炎によって燃え上がったと思われた。

 ところが、燃え上がる10人のジョーカーの身体をよく見てみると、真相は違った。ヨハン・ファウストの幻が現れた時と同じように、10人のジョーカーの身体は煙のように景色に溶け込んでしまった。ベルが燃やしたのでは無く、ジョーカーは自ら姿をくらませたのだ。


 ベルは10カ所に広げた炎を手元に引き戻す。

 そして改めて周りを見てみると、ジョーカーの姿はどこにも見当たらなかった。彼の能力はクローバーとは違う。さっきまでベルの瞳に映っていたのは、ただの分身ではない。


「……鏡?」


 ジョーカーの姿を見失ったベルは、しばらく大テント内を見回し、隅の方に見慣れない姿見がある事に気づく。ベルの記憶が正しければ、さっきまで大テントの中には鏡など1つも置いて無かったはずだ。


「ちょっとベル!」


 突如現れた姿見に興味を持ったベルは、まるで何かに取り憑かれたかのように近づいて行く。冷静に考えれば、この鏡はジョーカーが仕掛けた罠だと誰もが分かる。

 しかし、ベルは不思議な力に動かされていた。


「……⁉︎」


 大テントの片隅に立て掛けてある姿見を覗き込んだベルは、思わず言葉を失った。

 そこには、憎きヨハン・ファウストの姿があったのだ。これはただの姿見ではない。そんな事はベルにも分かっていた。

 鏡の中の父親を見つめるベルの顔は、次第に強張っていく。ヨハンの顔を見るだけで、少年の中に怒りがフツフツと沸き上がった。


「失せろ!」


 すでに怒りを抑えきれなくなったベルは、握りしめた右の拳で、姿見を殴りつけようとしていた。憎き父の姿を映す鏡など、2度と見たくはない。憎しみを宿したベルの拳が、今にも目の前の鏡を割ろうとしていた。


 悪魔の印を握りしめたその拳が憎き顔を砕こうとしたその時、ベルはピタリと動きを止めた。なぜかベルが鏡を割る事はなかった。鏡に映るヨハン・ファウストの顔を粉砕しようとしていたベルだったが、彼にはそれが出来なかった。


 姿見に映っていたヨハン・ファウストは、一瞬にしてベル・クイール・ファウストへと姿を変えていた。目の前にあるのは、さっきまで憎き存在を映す不思議な鏡だったが、今ではただの鏡となってしまった。


「どうした?さっさとこのサーカスごと燃やしちまえよ。ヴァルダーザの時みたいに」


 すると、突然鏡の中のベルが、現実のベルへと話しかけて来たではないか。鏡の中のベルは、本物のベルに非情な言葉を投げかける。


「せぇ……」


「何を躊躇(ためら)ってる?もうお前の人生はメチャクチャなんだ。今さら何人か殺したところで、お前の人生、変わりゃしねぇよ」


 鏡の中のベルは、普段のベルが絶対に口にしないような言葉を立て続けに投げかける。


「うるせぇっ‼︎」


 パリン…


 痺れを切らしたベルは、右の拳を再び握りしめて鏡を叩き割った。ジョーカーが見せる幻の全てが、ベルの苛立ちを募らせる。これはジョーカーが仕組んだものなのだろうか、それともベルの中に眠る悪の部分を投影したものなのだろうか。


「……⁉︎」


 ベルがふと前を見ると、そこにはさっき叩き割ったはずの姿見が、傷ひとつない状態で佇んでいた。常識を超えた出来事の連続に、ベルの頭はパンク寸前だった。常識はずれの事ばかり起きているため、ベルが見ているものはそのほとんどが幻だと思われるが、どこからどこまでが幻なのか、彼には判断出来なかった。


「調子に乗るな‼︎」


 次の瞬間、突然ベルの身体は後方に突き飛ばされる。ベルはわけも分からないまま飛ばされて、地に背をつけてしまう。

 その後、ベルが見上げたその先にいたのは、もう1人のベルだった。元通りになった鏡の中にいたもう1人のベルが、そこから飛び出して本物のベルを蹴り飛ばしたのだ。


「終わりだ。最後にもう1度だけチャンスをやろう。我々の仲間になる気はないか?」


 ベルを見下すもう1人のベルは、みるみるうちにジョーカー団長へと姿を変えた。

 そして、彼は最初の時と同じようにベルの首筋に剣を向けた。今度ジョーカー団長の勧誘を断れば、その刃がベルの首を切り裂く事になる。


「アビーちゃん?」


 その時、リリが突然大きな声を上げる。その声は一瞬だけジョーカーの気を引き、ベルに向けられた剣を握る手の力を、少しだけ弱まらせる。


 その一瞬の隙を逃さなかったベルは、カポエイラの要領で起き上がりながら、ジョーカー団長の身体を突き飛ばした。体勢を整えたベルは、大テントの中にアビーの姿を探す。


 誰よりも先にアビーを見つけたリリの視線を、ベルはたどった。

 リリが見つめる先は、大テントの入り口。確かにそこには車椅子に座ったアビーの姿がある。もちろん、その傍らにはダミアンの姿があった。


 地面に倒れたジョーカー団長も、そのままの体勢でサマーベル兄妹を見つめていた。大テントに現れたサマーベル兄妹。彼らもまた、ジョーカーが見せた幻なのかもしれない。

 ただ、そこにいるアビーとダミアンは何もせず佇んでいるだけだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


ベルを翻弄するジョーカー。そんなジョーカーに、ベルはヨハンの面影を重ねていた。


サマーベル兄妹は、この戦いにこれからどう関わって来るのでしょうか。


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