第113話「筒の中身」(1)
黒魔術書を奪還したベルとジュディは、リリと合流するために大テントへ。
改稿(2020/10/21)
「黒魔術書が手に入ったから、ミッション完了ね」
「そうだな。後はリリ迎えに行くだけだ」
これで任務は達成された。後はリリと合流してトランプ・サーカスを去れば、万事上手く行く。
「問題になる前に、さっさと帰るよ!」
「うわっ‼︎」
再びジュディが激しい水流を巻き起こす。どこからともなく現れた水は、ベルの足元に流れ込んだ。1度は経験した事ではあったが、ベルはどうしてもこの水の乗り物に慣れないのだった。
水流に乗った2人の黒魔術士は、あっと言う間に大テントへと舞い戻った。
「マジか……もうこんなに並んでやがる」
「これはちょっと面倒ね」
2人が大テントに戻ると、そこには長蛇の列が出来ていた。サマーベル兄妹と初めて大テントに来た時のように、道化師が顧客対応に追われている。多くの客がひしめき合うこの状況で、リリの姿を見つけだす事は不可能に近かった。
「これどうすんだよ?」
「ウチらだったら並ばずに大テントに入る事は出来るけど、ジョーカー団長に遭遇するのは避けたいわね」
「何でだ?」
「何でって、ジョーカー団長に遭遇しちゃったら、黒魔術書返さなきゃでしょ?そんな事になったら、また振り出しじゃん」
「あ、そうか」
せっかく目的の黒魔術書を手にした2人は、ジョーカー団長に会うわけにはいかなかった。今ジョーカー団長と遭遇する事なくリリと合流出来れば、何の問題も無く、サーカスを去る事が出来る。
しかしながら、大テントの外でリリに会えない限り、それは叶わない。
「お!列が動き出したぞ」
「入場が始まったって事ね」
2人が話しているうちに、行列が動き始めた。列が動き始めたと言う事は、大テントへの入場が始まったと言う事。サマーベル兄妹とリリは、列の先頭付近にいる。こうなってしまっては、ショーが終わるまで2人はリリと合流する事が出来ない。
「これは……ショーが終わるまで待つしかないね」
「マジかよ⁉︎」
「仕方ないでしょ。取り敢えずここを離れるよ」
状況を把握した2人は、渋々大テントのショーが終わるのを待つ事にした。
目的を果たした2人は、安全にサーカスを去るために時間を潰さなければならない。それも、黒魔術書が盗まれた事を知っているサーカス団員と遭遇せずに。
ベルとジュディは大テントの前を離れ、緑色の小さなテントの陰に移動していた。
「出来るだけ人目につかない所で、時間を潰す。ウチらに出来るのはそれだけ」
「つまんね〜」
ショーが終わるまで、2人には退屈な時間が待っている。目的を果たした今、2人には何もすべき事が無い。かと言って、サーカスの人間と遭遇して余計なトラブルを起こすような事もすべきでも無い。2人に出来るのは、物陰でじっとしている事だけだった。
「そう言えば、コイツの中身確認してなかったな……」
「そう言えばそうだった。退屈だから確認してよ」
何もする事がなくなって初めて、2人はまだ筒の中身を確認していなかった事に気付く。2人ともロビンそっくりに変身していた正体不明の泥棒に遭遇し、気が動転していたのかもしれない。
時間を持て余したベルは、丁寧にゆっくりと金属の筒の蓋を開ける。蓋を開けたベルは、筒を逆さにして何度か振ってみた。
「ん?」
ところが、筒の中から何か出てくる事ははかった。
「ちょっと貸して!」
異変に気づいたジュディはベルの手から筒を奪い、その中を覗いた。それから、彼女はベルと同じように筒を振ったり、中に指を突っ込んだりして黒魔術書を取り出そうとする。
「ダメだ……何も出てこない」
「そもそも、その中に黒魔術書入ってんのか?」
ジュディは何度も挑戦したが、筒の中から黒魔術書を取り出す事は出来なかった。
「覗いてみた感じ、中には何も無かったけど、魔法で見えなくなってるのかも」
「本当にそうか?最初っから筒の中身は空っぽなんじゃないか?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
筒の中を覗いたジュディは、黒魔術書を発見する事が出来なかった。
だが、ついさっき遭遇したロビンが偽物だったように、目に見えるものをそのまま受け取るべきではない。懐疑的なベルに反発するように、ジュディは再び筒の中を覗き込んだり、指を突っ込んだりした。
「…………」
「……………………」
「……そんなわけ、あるかも」
しばらく黙り込んで黒魔術書を探していたジュディだったが、彼女の顔は次第に青ざめて行った。
「だぁーっ!どうすんだよ‼︎俺たちが追いかけてたのは囮で、本物の泥棒はもうとっくに逃げ切っちまってんじゃないのか?」
ベルの悪い予感は的中した。黒魔術書が筒の中に入っていなかったと言う事は、黒魔術書泥棒は未だ野放しのままだと言う事。
もしかしたら、ロビンの姿をしていたあの怪物は、犯人が残した囮だったのかもしれない。
「ちょっと待って。もう1回探してみる」
そう言ってジュディは再び目を瞑った。彼女の持つオーブ感知能力を使って、黒魔術書の位置を確かめるつもりだ。もしもまだ犯人が野放しにされているのであれば、ベルとジュディが責任を問われる事となる。
ベルは、ジュディの様子を固唾を呑んで見守っている。
「黒魔術書は…………」
「黒魔術書は?」
「ここには無い!」
「はぁ⁉︎振り出しじゃんか!」
「黒魔術書は筒の中に入ってない。サーカスの中にも、黒魔術書が引き寄せる独特のオーブは感じ取れないね……」
一縷の望みを残していた黒魔術書探しだったが、それさえも潰えてしまう。ジュディはしばらく目を瞑って黒魔術書が引き寄せるオーブの痕跡をたどっていた。
しかし、それは霊魂の黒魔術書が、筒の中に入っていない事を証明するだけだった。
「もしかして……黒魔術書は最初から盗まれてなかったんじゃないか?」
「はぁ?アンタ何を根拠にそんな事言ってるの?」
「いや……なんかそんな気がしただけ」
「そんな根拠の無い事言わないで!」
状況が一転し、ベルはとんでもない理論を展開する。黒魔術書が見つからなかったのならば、最初から黒魔術書は盗み出されていなかったのではないか。ただ、それは何の根拠も無いベルの希望だった。
「だって……もし黒魔術書が本当に盗み出されて、俺たちが犯人取り逃がしたんなら、俺たちの責任になるんだぜ?」
「それは……そうだけど。もしベルの言う通りだとして、ジョーカー団長がウチらに嘘つく必要がどこにあるわけ?」
「そりゃあ…………知らねぇよ!」
「知らないなら適当な事抜かすな!」
もしベルの言う通りトランプ・サーカス所有の黒魔術書が盗み出されていなかったとして、なぜジョーカー団長がベルたちに嘘をつく必要があるのか。考えれば考えるほどベルたちが泥棒が逃してしまった可能性が高まって来る。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
取り返した筒の中に、黒魔術書は入っていなかった!?




