第112話「泥棒」(1)
黒魔術書泥棒はどこだ?ベルとジュディがたどり着いた泥棒の正体とは…⁉︎
改稿(2020/10/21)
「チャンスってどういう事だよ?」
「今ここで話すわけないでしょ」
ベルにはジュディの考えが想像もつかなかったが、彼女がそれをこの場でベルに教える事は無かった。ジュディは用心深かった。
「どうされましたか?」
「何でもありませ〜ん!」
ベルとジュディの様子を怪しんでいるジョーカー団長に、ジュディは無理矢理笑顔を作って見せた。彼女の作り笑いは、ひと目で嘘だと分かる。
「そうですか……それでは、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん!ウチら黒魔術士騎士団にお任せを‼︎」
「これは頼もしい。それでは、お願いしましたよ」
そう言って、ジョーカー団長は大テントの中へと戻って行った。ジュディは胸を張って二つ返事でジョーカー団長の依頼を引き受けたが、本当に彼女には何か良い考えがあるのだろうか。
「で、どうすんだよ?手掛かりもほとんど無いし、多分もうこのサーカスに泥棒は居ないぜ?」
ベルは、この状況を不安視していた。貴重な黒魔術書を盗み出しておいて、平然とした顔でサーカス敷地内に犯人が残っているはずは無い。
「そんなの分からないじゃない?黒魔術書ってのはね、古いオーブを引き寄せる性質を持ってるの。だから、それを探せば楽勝よ」
ジュディはこれまでに見せた事の無いような笑顔で、ベルを見つめている。どうやら彼女は、ベルよりも黒魔術書に関する知識を持っているようだ。
「分かった。それは一旦置いといて、チャンスかもしれないってどう言う事だよ?」
「もしウチらが黒魔術書泥棒の犯人を捕まえる事が出来たら……」
「出来たら?」
「そのまま黒魔術書を持ってここから逃げちゃえばいいのよ!」
ズコーッ!
ジュディの何のひねりも無い作戦を聞いたベルは、思わずズッコケてしまった。あの時は神妙な面持ちでベルに話していたジュディだったが、彼女の思考は実に単純なものだった。何か突飛な奇策に出るわけでは無く、犯人を見つけたらそのままこの場を去る。実に単純ではあるが、合理的な考えだ。
「あのぉ〜……ベルたちに仕事が入ったのは分かったんだけど、この子たちどうするの?」
ここで、黙って一部始終を見ていたリリが口を開いた。彼女の言う通り、今日ジョーカー団長が現れるまでは、ベルたちはサマーベル兄妹と共に大テントのショーを観る予定だった。ただ、今は状況が違う。
「もう入れる事が決まったんだ。大丈夫だろ」
「よくそんな無責任な事が言えるわね!変な言い掛かりつけて来る人がいないとは限らないんだから、2人に付いてあげないと!」
いつものように無責任な発言をするベルに、リリは大きな声で反論する。サーカスの団員たちも、最初よりはサマーベル兄妹を受け入れているように見える。だが中には門番の道化師のように、頭が固い人間がいても何ら不思議では無い。
「うるせーな……だったらお前が一緒にいてやれば良いだろ?」
「え?……………それは、そうね」
いつものように口うるさく反論して来るリリに、ベルは溜め息をつきながら提案した。それを聞いたリリは一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、次第にベルの言葉を呑み込み、その意見に賛同した。
「よし!決まりだ。お前はアビーとダミアンと一緒に、そこで並んでろ」
「リリさんが一緒に居て下さるなら、退屈しません!」
ベルは半ば強引にリリの行動を決めた。リリは少々困惑していたが、アビーは彼女と一緒に居られる事を喜んでいる。
「……分かったわよ。私が2人と一緒にいるから、ベルはちゃんと黒魔術書泥棒見つけてね」
ベルの言いなりになっている事に少しばかり納得がいかないリリだったが、今取れる手段はそれしか無かった。表向きは、ベルとジュディはサーカスの安全を守るためにここに来ている。ジョーカー団長の頼みを無視するわけにはいかない。
「そんじゃ、行くぞジュディ!」
「調子乗んじゃないよ。リーダーはウチ。アンタはただの新人」
「新人扱いすんじゃねえ‼︎俺は最強のブラック・サーティーンだぞ!」
ようやく黒魔術書泥棒探しに出発しようとしていたベルとジュディだったが、どうしても2人は反発し合ってしまう。
「ブラック・サーティーンだからって最強ってわけじゃないし。大体アンタは戦い方も黒魔術の使い方も分かってない!」
「うるせえ!少なくともお前よりは強えぇ‼︎」
ブラック・サーティーンである事をアピールするベルだが、ジュディに言わせれば、必ずしもそれが最強に繋がるわけではない。ベルにはアローシャの力が眠っているが、彼はまだそれを十分に使いこなせていない。
「ウォーエイプに攻撃が通用しなかったのは、どこのどいつだったっけ?」
「………っせーな‼︎そんな事はどうでも良いから、さっさと黒魔術書探せよ!」
痛い所を突かれたベルには、言い返す言葉が無かった。
「………………」
ジュディはベルに言い返す事もなく、目を瞑って黙り込んだ。普段とは様子の違うジュディを、ベルは凝視している。
「何してんだ?」
ベルは少し心配そうにジュディを見つめている。彼の言葉が彼女を傷つけたわけではない事はベルも分かってはいたが、突然ジュディは意識を外界から遮断してしまった。
「見つけた!」
「⁉︎」
しばらく黙り込んでいたジュディだったが、唐突に大きな声を出した。それに驚いたベルは、思わず飛びのいてしまう。
「見つけたって……もう黒魔術書の場所が分かったのか⁉︎」
「そうよ。ウチのこと、ナメないでくれる?」
ジュディの能力は、水の黒魔術だけではなかった。彼女は強力な自然の黒魔術の他に、離れたオーブを感知する能力も持っているようだ。
「てか、黒魔術書の場所が探せるんなら、最初っからそうすれば良かったんじゃないか?」
黒魔術書が古いオーブを引き寄せる性質を持っていると言う事、そしてジュディが離れたオーブを感知する能力を持っている事。
それが分かった今、なぜジュディは最初から黒魔術書を探そうとしなかったのだろうか。そんな疑問がベルの脳裏に浮かんだ。
「今までは探しても全然場所が分からなかったの。多分探しても見つからないように隠してたんだろうけど、泥棒に盗み出された今なら、場所が分かるって事」
ジュディはトランプ・サーカスを訪れた時から、すでに黒魔術書の捜索を試みていた。
しかし、黒魔術書の中でも価値の高い霊魂の黒魔術書を、サーカスは厳重に保管しいていたようだ。ジュディでも探し当てられなかった黒魔術書の場所を割り出し、見事に盗み出した犯人は一体何者なのだろうか。
「それで、黒魔術書はどこなんだ?」
「幸い、まだサーカスの中に泥棒はいるっぽい。でも、サーカスの端の方にいるみたいだから、早く行かないと逃しちゃうよ」
「マジか‼︎ならさっさと行くぞ!」
ジュディによると、肝心の黒魔術書泥棒は、幸運にもまだサーカスの敷地内に居ると言う。
ところが、泥棒はすでにサーカス敷地外に近づいている。ぐずぐずしていると、泥棒に逃げられてしまいかねない。
「言われなくても行くわよ!急ぐよ‼︎」
「よっしゃ‼︎」
事の緊急性を理解したベルは、さっそく全速力で走り始めた。アローシャの業火の様々な使い方を日々勉強中のベルだが、移動速度を上げる方法は知らなかった。
「うわっ⁉︎」
その直後、ベルは突然身体の自由を奪われる。一瞬のうちにベルの足元には、激しい水流が出現していた。ベルはその水流によって、無理矢理移動させられている。
「走ってて間に合うわけないから。ウチが連れて行くから、黙ってな」
ベルがふと視線を上げると、そこには優雅に波に乗るジュディの姿があった。ベルと違って、ジュディは自身の黒魔術の可能性を知り尽くし、完全に自分のものにしている。
「お前、こんな事も出来るのか⁉︎」
「言ったよね?水は柔軟なの。だから、大抵の事は出来るの」
自在に形を変えるジュディの水に、ベルはただただ驚く事しか出来なかった。これまでもベルはジュディの黒魔術に驚かされてばかりだが、ジュディの水は乗り物代わりにもなる応用の効く魔法だった。
それからベルとジュディは、波に乗ってサーカスの敷地内を縦横無尽に移動した。その移動速度は人間の足より遥かに速い。黒魔術書泥棒が特殊な移動手段を持っていない限り、確実に追いつく事が出来るだろう。
「……………」
ジュディは高い場所から、サーカスの至る所に注意を払っていた。
一方のベルは、低い位置からテントの中や周辺を覗くようにしている。2人はあっと言う間にサーカスの端の方にたどり着き、しばらく水流に乗ったまま泥棒を探していた。
「よし!そろそろ降りるよ!」
「おう!……うおぉあぁ‼︎」
感知した黒魔術書の位置に近づいたのだろうか、ジュディは突然水流の黒魔術を解除した。心の準備が出来ていなかったベルは、水の足場を失ってすぐ、地面に激突してしまう。ロビンと言いジュディと言い、騎士団の先輩はベルを雑に扱う傾向があるようだ。
「何ボサッとしてんの。さっさと立つ!」
「……テメェなぁ。いい加減に」
「あぁ‼︎」
サディスティックなジュディの態度に業を煮やしたベルは爆発寸前だったが、その瞬間ジュディが大声を上げる。どうやら彼女は何かを見つけたようだ。
「何だよ、うるせぇな‼︎」
「ほらあっち見て!」
「ん?」
ベルがジュディの指差す方を見ると、何者かがテントの合間を駆け抜けて行く姿が見えた。その姿が見えたのは一瞬だったが、確かにジョーカー団長から聞いた泥棒の特徴に合致しているような気が、ベルにはしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
始まった泥棒探し。さっそく泥棒を発見したベルたちは、見事捕まえられるのか!?




