第111話「サーカスの黒魔術書」(1)
アビーの1番の願いが判明してから1夜。ベルたちは、再びサマーベル兄妹を大テントに連れて行く……
改稿(2020/10/20)
Episode 10: Shamrock/シャムロック
その日の夜。ベルがネクロマンサーと対峙した湖畔の森で、力なく歩く者がいた。彼の頭には、まるで生い茂る葉のようなボサボサの髪の毛が生えている。その頭髪は、湖畔の森に完全に溶け込んでいて、まるで小さな木が独りでに動いているかのようにも見えた。
この人物の正体はロブ。背の低さもあって、ロブは完全に森の一部と化していた。森の中で彼を探すのは、至難の業だろう。
この日の午前、ロブはウォーエイプの襲撃を受け、サーカスの敷地外の湖畔の森まで飛ばされていた。サマーベル兄妹やリリを守ろうとしていたロブだったが、結局無様に飛ばされただけ。ロブは大きな溜め息を吐きながら、トボトボ歩いていた。小さな身体に秘められた力を披露したのに、彼は猛獣ウォーエイプの前では無力だった。
「失望しましたよ、バルーンマン」
そんな時、ロブの耳に誰かの声が届く。景色に溶け込んだロブを誰かが見つけたのだ。その口振りから、声の主はサーカスの関係者である事が予測出来る。
「申し訳ありません……探しに来て下さったんですか?」
「はい……馬鹿なあなたには、私が直接教えて差し上げないといけませんから」
ロブは晴れやかな表情で声のする方を振り返ったが、声の主は冷徹な言葉を返した。
「………⁉︎」
その直後、ロブは一瞬にして窮地に立たされる。声の主は、口を閉じた直後にロブに攻撃を仕掛けて来たのだ。
さっきまで周囲には草木しか存在していなかったが、瞬く間にロブの周囲を無数の針が囲んだ。全方位から、細く長い針がロブを狙ったまま動きを止めている。
この状況では、ロブが風船巨人になって、反撃する事は出来ない。少しでも身体を膨らませてしまえば、鋭い針が突き刺さってしまうだろう。
「動けないだろう?あなたには身体で分かって貰わないとね」
声の主が狂気の笑みを浮かべている事は、直接顔を見ていないロブにも容易に想像出来た。声の主は暴力によって、ロブを服従させようとしている。恐怖による支配だ。
「‼︎」
ロブは、強く目を瞑った。抵抗の余地が無いこの状況では、凄惨な光景から目を逸らす事しか出来ない。
「あなたは本当に馬鹿なんですねぇ。私はあなたを傷つけたりはしない。大切なパフォーマーですから。この針は、あなたが変な考えを持たないように見せたまでです」
声の主は、怯えるロブを見て高笑いした。ロブのことをパフォーマーと呼ぶ。やはり、彼はサーカスの人間で間違い無い。ロブは身体を刺されなかった事に安堵するが、声の主への恐怖は増すばかりだった。
「黙って我々に従いなさい。ホワイトの二の舞になりたくなければね」
「…………」
謎の人物の言葉を聞いたロブは、驚いたような、恐れ慄いたような顔をした。その顔には怒りが滲んでいるようにも見える。ホワイトとは誰のことなのだろうか。ロブはホワイトという人物に対して、何か特別な感情を抱いているようだ。
「分かればよろしい」
この言葉を最後に、謎の人物が声を発する事はなくなった。どうやら、湖畔の森から姿を消したようだ。
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一夜明け、ベルたちは昨日と同じように、トランプ・サーカスの入り口の前に立っていた。彼らの傍にはサマーベル兄妹もいる。サマーベル兄妹の表情は、心なしかこれまでよりも明るく見えた。
「ババ様はあんな事言っていたが、まだ何も起きてないじゃないか。ババ様はあの子どもたちに、今すぐ帰れ!って言ったんだよな?」
「血迷ったか?ババ様の予言の力をお前も知ってるだろう?それに、まだババ様の予言から2日しか経ってない。まだ安心は出来ないぞ」
「でも、あの子どもたちには騎士団もついているんだぞ?何かが起こるとは到底思えないな」
「今は何も起こってないとしてもな!これから何があるか分からないんだぞ?」
サーカスの入り口では、昨日の門番たちが何やら言い争っている。ベルたちの、サマーベル兄妹と行動を共にするという選択は、確実に良い影響をもたらしているようだ。ババ・ファンガスが、なぜアビーたちに今すぐ帰れと言ったのか。
「よっしゃ!今日こそお前らと一緒に大テントに入ってやる!」
ベルがそう言うと、一行は一斉に歩き出した。サマーベル兄妹は、今日ショーを観る事が出来なければ、ヴォルテールを離れる。実質、今日がラストチャンスだ。
「よぉ!もちろん、今日も入れてくれるよな?」
門番の道化師たちに間近まで近づいたベルの態度は、実に馴れ馴れしいものだった。明らかに礼を弁えていないベルの態度を見て、道化師たちは眉をひそめる。
「昨日は通してしまいましたが、今日はそうは行きません。ババ様の予言により、その子どもたちはサーカスに入るべきではありません!」
さっきババ・ファンガスの予言を信じる旨の発言をしていた道化師が、ベルに対して反抗的な態度を取った。
彼らは昨日ベルたちの勢いに押し負けてしまったが、今日は違う。ババ・ファンガスに絶対的な信頼を置く彼は、今日と言う今日はサマーベル兄妹の入場を阻止するつもりだ。
「アンタ、まだそんなフザけた事言ってんの?ウチらが昨日1日この子たちと一緒にいて、何も起こらなかっただろ?昨日何も無かったんだから、今日何か起こるわけ無いっつーの!」
痺れを切らしたジュディが怒りに任せてそう言った。彼女の発言は正論だった。アビーたちは、昨日と今日で何か変わったわけでは無い。変わったと言えば、少し前向きになったと言う事くらいだろう。
自由に動けない車椅子の少女に、彼女に付きっ切りの優しい兄。彼らがサーカスに対して何かするはずは無い。
「何も起こらなかった?昨日はウォーエイプが脱走したじゃないですか。今までそんな事は無かった。その子どもたちがサーカスに来るまでは!」
ジュディに対し、道化師は意見する。確かに昨日猛獣であるウォーエイプが脱走したが、それとサマーベル兄妹は全く関係が無い。ババ・ファンガスを信じて疑わないこの道化師は、理由をこじつけようとしていた。
「馬鹿じゃない⁉︎そんなの何も関係ないじゃない!ウォーエイプが脱走したのは、あなたたちサーカスのせいでしょ?」
ジュディに同調したリリもまた、ババ・ファンガスを信じて疑わない道化師に抗議した。彼女の言う通り、ウォーエイプ脱走事件とサマーベル兄妹との関連は、単なるこじつけだ。
「見苦しいぞ。実際この子どもたちが来てから何か起こっているわけでは無い。大切なお客様を拒絶する理由は、どこにも見当たらないと思うが」
ここで思わぬ助け舟を出したのは、もう1人の道化師だった。頑なにアビーたちを入場させまいとする道化師より、彼の方が多少は話が分かるようだ。
「そう言う事だ。ありがとな!」
もう1人の道化師の話を聞いた途端、ベルは仲間を連れてあっさりとサーカス敷地内に足を踏み入れた。その際ベルは頭が固い方の道化師の肩に手を置き、何とも意地の悪い表情を浮かべた。
「……………」
入場を許してしまった以上、門番の道化師にはもう出来る事は無い。今日こそサマーベル兄妹の入場を阻止しようとしていた方の道化師は、大きな溜め息をついた。
「お前ら、今日はもう寄り道しないからな。小ちゃいピエロとか見ても、近寄るんじゃねえぞ」
ベルはすっかりサマーベル兄妹の保護者を気取っていた。騎士団において、ジュディの方がベルより遥かに先輩なのに、なぜだかベルがこの場を仕切っている。
「…………!」
その直後、アビーは何かを発見するが、それをベルたちに伝える事は無かった。
しかし、アビーが視線を一点に集中して動かさないため、嫌でもベルたちに気づかれてしまう。アビーの周りにいる全員が、彼女の見つめる方を見やった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ロブに話しかける謎の人物。
そしてベルたちは無事にサーカスの敷地内に入ることが出来た。今度こそ大テントに入ることは出来るのか!?




