第110話「波音に馳せる想い」(1)
ウォーエイプの襲撃の後、ベルたちはショーが開催される大テントへ向かっていた。
改稿(2020/10/19)
ジョーカー団長がベルたちのもとを去った頃、サーカスは賑やかさを増していた。
すでにこの頃、サーカスが開場してから数時間経過していた。小さなピエロに出会ったり、白い猿に襲われたり。色々あったが、この日サマーベル兄妹は確実に大テントのショーを見るために、早起きした。彼らは本来の目的を思い出したかのように、ベルたちと共に大テントに向かって歩いていた。
「なんか時間食っちゃったね……」
「お気になさらないで下さい。あなた方のせいではありません。それにあなた方がいなければ、僕たちは敷地内に入る事すら出来ていなかったでしょうから」
ダミアンは真摯な姿勢を崩さなかった。せっかく早く来たのに、これでは早起きした意味がない。成り行きとは言え、無駄に時間を潰してしまった事にリリは申し訳なさを感じていた。
「……………」
ベルとジュディは周囲に気を配りながら歩みを進めていた。客が少なかった頃は意識して周りを確認するまでも無かったが、今や敷地内は見渡す限り人でごった返している。どこにどんな人物が潜んでいるか分からない。
「………………」
彼らと同じように、アビーも視線を動かしていた。普段は意識の無い人形のように、どこか上の空な彼女だが、今は意思を持って視線を動かしている。遠くへ飛ばされてしまったロブの事が気になるのだろうか。小さなピエロは、少女の心に少なからず良い影響を与えていた。
「あちゃ〜……」
「もうこんなにいるのか!」
しばらくして彼らは大テント周辺に到達していた。大テント周辺の光景を見て、真っ先に声を上げたのはジュディとベルだった。まだ大テントまでは50メートルほどあるが、そこまで人がごった返している。これまで歩いて来た通路と違って、大テントの周辺は身動きが取れないほど人が密集していた。
「……………」
その光景を目の当たりにしたアビーは、見るからに悲しそうな表情を浮かべた。リリが最初に出会った頃に比べると、アビーの表情の変化が多くなって来たような気がする。ただ、今回の変化はあまり良いものではない。
「押さないでください!危険ですので列にお並びください‼︎」
サマーベル兄妹が不安がっていると、どこからかそんな声が聞こえて来た。誰かが叫んでいる。声のする方を見やると、そこにはサーカスの入り口にいたのと同じような格好をした道化師がいた。あの時の道化師に似てはいるが、同一人物では無いようだ。
「この分だと、今日もショーは観れそうにないですね……」
「そんなの分からないだろ!アイツに聞いてみようぜ」
ダミアンが残念そうに俯くと、ベルが励ますようにそう言った。確かに大テントの周りは人で埋め尽くされているが、まだ入れないと決まったわけではない。望みは薄いが、サーカスの人間に確認するまでは分からない。
「おい、まだ中に入れるか?」
ベルはすぐにあたふたしている道化師に近づいた。
そして、サマーベル兄妹が1番気にかけている事を聞く。
「あなたは騎士団の……それが、まだ入場は始まっていないのですが、この分だと今から並んでも入れませんね……」
「どうにかならないのか?」
道化師の答えは、大方予想通りのものだった。大テントに入れないのは見れば分かる事。ただ、一縷の望みにかけてベルは事実確認をしたのだ。
ここで引き下がるベルでは無かった。本来の目的ではないが、ベルは持てる権力の全てを使ってサマーベル兄妹の願いを叶えようとしている。
「騎士団の方でしたら、ステージ隅にお入りいただく事は可能です」
「本当か⁉︎俺たちは別に観なくていいんだけど、コイツらが見たいらしくてさ……一緒に連れてっても良いだろ?」
ベルの気の利いた言葉が、事態を好転させる。ここぞ権力の使いどき。騎士団という立場があるおかげで、サマーベル兄妹の願いを叶える事が出来る。ベルはそう確信していた。
「それは……困ります。ステージ隅にお入りいただけるのは騎士団の方のみです。一般の方をステージ隅に入れてしまえば、他のお客様からクレームが入りますので、どうかご理解ください」
「クレームって……これも俺たちの仕事の一環なんだ。入れてくれよ‼︎」
「そんな事言われましても…規則ですので……」
「なあ、頼むよ〜!」
ところが、事はベルの思い通りには進まなかった。騎士団の人間であれば中に入れるが、そうでなければ入る事は出来ない。
それは、来場客の平等性を守るためにサーカスが定めた決まりだった。来場客を監視するためにしか、定員を超えたテントに入る事は出来ないのだ。
「申し訳ありません。こればかりはどうにも……」
「何だよ!ケチだな‼︎天下の騎士団がこんだけ頼み込んでんのにダメなのかよ‼︎」
頑として譲らない道化師に、ベルは悪態をついた。ベルは権力を利用してサマーベル兄妹に良い所を見せようとしていたため、その作戦を台無しにされて苛立っている。
「ちょっとベル……アンタやりすぎ」
そんなベルを見ていたジュディは、ついに黙っていられなくなる。いくら目的のためとは言え、今のベルはただのタチの悪いクレーマーにしか見えない。
「もう十分ですよ」
まだ抗議を続けようとするベルを見て、ダミアンが言った。やるべき仕事があるのに、ダミアンはベルたちがサマーベル兄妹の目的を優先しているような気がしてならなかった。必死になって抗議をして貰うのは彼らにとって嬉しい事だったが、ここまでしてもらう義理は無い。ダミアンはそう思った。
「でも……」
「なぜ僕たちにここまで良くしてくれるんですか?僕たちは他と同じただの客です。他にもショーを観たい人はいっぱい居ますし、いちいち客1人ひとりに構っていちゃ、お仕事が出来ないでしょう」
「それは……」
ベルたちと一緒に過ごしていればいるほどダミアンの脳裏で存在感を増す疑問。
それは、なぜベルたちが親身になって、何の接点も無い兄妹に協力してくれるのかと言う事。好意とは言え、世話になりすぎている。ダミアンはこれ以上ベルたちに迷惑をかけるつもりはなかった。
「お前らだから!お前らだから一緒に行動してるんだ。別に他の客の頼み聞いたりなんかしねぇよ」
「?」
「何変な事言ってんの‼︎」
ベルはカッコつけているが、その発言はさらにダミアンを困惑させるだけだった。
ベルたちにとって、サマーベル兄妹は作戦のために必要な存在。ベルはそれを包み隠さず伝えようとしている。さっそく作戦を台無しにしようとするベルに、リリは光の速さで叫んだ。
「……じゃあ言っちゃうわ。ウチらには、アンタたちが必要なの。ただ助けたかったわけじゃない。ウチらの目的を果たすためには、アンタたちと一緒に行動しなきゃいけないの」
ジュディは真の目的を偽り続ける事を諦めた。もちろん、サーカスに隠されている黒魔術書を探すと言う1番の目的は伝えなかった。
「ババ・ファンガスの予言を覆す……突拍子も無い事ですが、納得しました。僕たちはウィンウィンな関係だったと言う事ですね。これで気兼ね無くあなた方に頼る事が出来ます!」
本来の目的は伝えない方が良い。リリはそう思っていたが、ダミアンは案外すんなりジュディたちを受け入れた。
今さらではあるが、この時ダミアンが年不相応な言葉遣いをしている事にジュディたちは気がついた。
「よっしゃ‼︎じゃあ大テントに入るか!」
「アンタ馬鹿なの……?」
「だからもう入れないんだって」
ベルは意気がって言うが、すぐさまジュディとリリがその荒唐無稽な考えを否定した。大テントへ入れない事は今し方分かったばかり。いくら騎士団と言う権力を行使しようと、入れないものは入れない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
すでに長蛇の列が出来ている大テントに入りたいベルたち。しかし、アビーの本当の望みは他にあった。




