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第109話「白の強襲」(2)

「猛獣はさっさと檻に戻れ!」


 駆けて来るウォーエイプに向かって、ベルは真っ赤な業火を投げつけた。シンプルな攻撃ではあるが、ベルが操るのは地獄の業火。これを食らえば無事では済まないはずだ。


 ボォ……


 火球に接触したウォーエイプの身体は、一瞬にして炎に包まれた。そして炎は瞬く間に広がり、ベルたちの視界を覆った。後は広がった炎を吸収するのみ。ベルはすぐ炎に近づこうとした。


「⁉︎」


「キーッ‼︎」


 ところがその瞬間、燃え盛る炎のカーテンを潜り抜けてウォーエイプが再び姿を現した。

 その光景を目撃したベルは、一瞬固まってしまう。炎を避けたり、すり抜ける者はいても、地獄の業火自体が通用しなかったのは初めての事だった。


「ボーッとしない‼︎被害が広がらないようにサッサと消火して!この猿はウチがやる!」


 ジュディは立ち尽くしているベルを一喝すると、すぐにウォーエイプに近づいた。ベルの炎が通用しないとなれば、もうジュディにしかこの猛獣を倒す事は出来ない。

 ベルは数秒間完全に思考停止していたが、サーカスの安全のために動き出した。


 いよいよジュディがその力を発揮する。ウォーエイプの前に立ちはだかった彼女は、両手を正面に突き出した。それから、あやとりをするように全ての指を滑らかに動かす。

 その直後、ジュディの10本の指が光を放った。


 ジュディのそれぞれの指から、計10本の水色の光線が飛び出した。よく見てみると、それは光線ではない。彼女の指の動きに合わせて滑らかに動くその“何か”の中には、微細な気泡が確認出来る。

 彼女の指から発生しているのは、光る水流だった。ジュディが使うのは、獣化(キメラ)ではなく自然(ナトレ)だった。


「キーッ!キーッ‼︎」


 ジュディが攻撃を始めたその時も、ウォーエイプは真っ直ぐ彼女の方へと駆けていた。ここにいる誰よりもウォーエイプについての知識がある彼女は、如何にしてこの猛獣を止めるのだろうか。


 ウォーエイプは今にもジュディに襲い掛かろうとしていた。その距離は1メートルほど。すでにウォーエイプは攻撃体制に入り、その大きな拳を振りかざそうとしていた。


 まさに白い拳が振り下ろされようとしていたその時。


「大人しくしな!」


 ジュディの声と共に、ウォーエイプの身体は突然数メートル後ろに引き下げられた。ウォーエイプに注目してみると、猛獣の身体には10本の水流が巻き付いていた。白い身体を拘束する水流は、ジュディが発生させたもの。


「ウキーッ‼︎」


 ジュディの水流によって身体の自由を奪われたウォーエイプは、四肢を必死に動かして拘束を解こうとしている。

 しかし、暴れれば暴れるほど、ウォーエイプの身体を縛る水流は複雑に絡み合う。それは水流なのだが、水飴のようでもあった。


「炎と違って水は柔軟なの。炎は燃やすだけだけど、水は自在に姿を変えられる。鋭い槍にも、拘束具にもなるの」


 完全にウォーエイプを捕らえたジュディは、得意げな表情を浮かべていた。ベルの業火は驚異的な攻撃力を誇るが、汎用性が低い。

 反対に、水は汎用性が高い。地獄の業火ほどではないが、攻撃力を高める事も出来れば、全くダメージを与えずに敵を拘束する事さえ出来る。


「ジュディお姐様の黒魔術(グリモア)は凄いですね〜……それより、何でアローシャの業火が効かなかったんだ?」


 ベルは心の篭っていない声と表情で、ジュディの黒魔術(グリモア)を賞賛する。そしてすぐに話題を切り替えた。

 今ベルが1番気になっているのは、なぜアローシャの業火が、ウォーエイプに通じなかったのかと言う事。


「……ウォーエイプの鎧の皮膚は、驚異的な耐久性を持ってる。死ぬほど業火を浴びせ続ければ止められたかもしれないけど、1発くらいは耐えられたみたいだ。それにウォーエイプが何より恐ろしいのはその性格。コイツらは死を恐れない。戦う事だけ考えてる種族。だからウォーエイプは死ぬまで暴れて襲い掛かって来る。ベルでも倒せなかった事ないけど、時間無かったからウチがやったの」


 ウォーエイプはまさに戦争に特化した魔獣だった。人間のように死を恐る事なく、命尽きるまで敵に襲い掛かる。それに加えて強靭な肉体と、驚異的な怪力。まさに生物兵器だ。


「何だよそれ!何でそんな強いバケモンがサーカスにいるんだよ‼︎」


「だから、そんなのは分からないって……早くこの事、サーカスの人に伝えなきゃ」


 なぜ戦争に用いられる生物兵器が、大勢の一般客が訪れるトランプ・サーカスにいるのか。ジュディの話を聞いて、ベルが真っ先に抱いた疑問はそれだった。簡単な黒魔術(グリモア)の知識すら無い人も大勢来る場所に、危険なウォーエイプは存在するべきでは無い。


「ジョーカー団長!良かった……」


「これはこれは失礼致しました。我々の管理不足でした。そのウォーエイプは、我々のペットです。本当に申し訳ない事をしてしまいました。まさか飼い犬ならぬ飼い猿が、脅威になってしまうとは。以後、このような事がないように気を付けます」


 ベルたちがサーカス団員を探しに行こうとしたその時、ちょうど彼らの前にジョーカー団長が姿を現した。

 ジョーカー団長は、ベルたちの傍で拘束されているウォーエイプを見て、瞬時に状況を理解した。ジュディの予想通り、ウォーエイプは見世物のためにトランプ・サーカスが管理していたようだ。


「こんな危険な猿はサーカスに置いておくべきじゃない!」


「我々がきちんと管理すれば大丈夫です」


「ジョーカー団長、アンタもう被害が出てる事に気づいてないのか?」


 ベルはウォーエイプの危険性を訴えかけるが、ジョーカー団長は聞く耳を持たない。痺れを切らしたベルは、ウォーエイプによって被害を受けた1人の人間の話を切り出した。


「……そう言われてみれば、ロブの姿が見当たりませんね」


「ロブはウォーエイプにぶっ飛ばされた。サーカスの敷地内にはいないぜ」


 ジョーカー団長はロブがこの場にいない事に気づくが、全く態度を変えない。態度を変えないどころか、表情すら変わっていなかった。


「そうですか……彼なら大丈夫です。何よりお客様に被害が出なくて良かった。ウォーエイプのことはもうお気になさらないで下さい。私が責任を持って、閉じ込めておきます」


 ジョーカー団長は、ベルたちの背後にいるサマーベル兄妹の顔を見つめながら、そう言った。ウォーエイプに襲われたロブが大丈夫だとは思えないが、ジョーカー団長はベルたちよりも彼を理解しているはずだ。ロブはベルたちが思っているよりタフなのかもしれない。


 パチン!


 ジョーカー団長はすかさず指パッチンをする。突然の謎の行動に驚くベルたちだったが、ジョーカーの考えはすぐに明らかになった。


 その指パッチンを合図に、ウォーエイプの頭上に巨大な檻が出現した。頑丈そうなその檻は、サーカスらしくカラフルに彩られている。


 パン!


 続いてジョーカー団長が手を叩くと、カラフルな檻の底部が開き、直下に落下した。身体の自由を奪われているウォーエイプは、為す術もなく檻の中へ捕らえられた。檻に閉じ込められてもなおジュディの水流に拘束されているウォーエイプは、じたばた暴れている。


 パチン!


 2度目の指パッチンで、ウォーエイプを閉じ込めた檻は忽然と姿を消した。さっきまで檻があった場所には、ジュディが放った水だけが残っていた。ウォーエイプに絡みついていた水流は、今ではただの水溜まりになっている。


「すげー……」


 まさに魔法のような光景を目撃したベルは、大テントのショーを観た時のように驚いている。ジョーカーの芸当を目の当たりにしたダミアンも、驚きと喜びの表情を浮かべていた。ダミアンだけでなく、アビーも口を開けて驚いているように見える。


「しばらくは、ウォーエイプをこのサーカスから遠ざけておきます。私はこれにて失礼します。それでは騎士団の方々、引き続きよろしくお願い致します」


 ジョーカー団長は一礼すると、すぐにその場を離れて行った。彼はジュディと違って、自分の力を誇示する事はなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


ウォーエイプは種族名なので、今回出て来た彼以外にも数多く存在しますが、胸に十字傷のある彼はまた登場するとかしないとか…

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