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第109話「白の強襲」(1)【挿絵あり】

ゆっくりとした時間は束の間。新たな脅威が彼らに迫っていた…


改稿(2020/10/19)

 ロブから青い風船を受け取ったアビーは、それを車椅子の肘掛に縛り付けた。頭の少し上でユラユラと揺れる風船を、アビーは目で追っている。彼女は青い風船を気に入ったようだ。彼女が遠くにいたロブに興味を示したのも、きっとこの風船が欲しかったためだろう。


 車椅子の少女を見つめていたロブの身体は、しばらく経たないうちに元の小さな身体に戻ってしまった。さっきまでの出来事が嘘のように、そこに広がるのは数十分前と全く同じ光景だった。ただ、彼らの関係性は今や大きく変わった。


「…………ありがとう」


 この日しばらく口を開いていなかったアビーが、突然言葉を発する。この珍しい出来事が周囲の人間の視線を集めた。

 そして、ベルたちの視線はそのままロブに向かった。


「どういたしまして」


 ロブは小さな脚を交差させながら、上品にお辞儀をした。それは舞台や舞踏会で行われるようなお辞儀。その様子を見たベルは、今にも笑いそうになっていた。と言うのも、今のロブの脚はあまりにも短すぎて、交差すればそのまま身体が倒れてしまいそうだったのだ。


「………………」


 ベルは必死に笑うのを我慢していた。せっかくこの場が良い雰囲気で包まれているのに、声を出して笑ってそれを台無しにしたくはない。ベルは込み上げる笑いを抑え込み、何とか平静を保った。


「キーッ!キーッ‼︎」


 ひとときの平穏は、あっという間に失われる。大きな音を立てる何かが、突然ベルの視界に入り込んで来たのだ。

 ベルが視界に捉えたのは、“白い何か”だった。白い生物が、ベルたちとは少し離れた場所に姿を現した。遠くからでもある程度ハッキリと姿が見えるため、その生物の身体はかなり大きいようだ。


「おい!何かこっち来てるぞ‼︎」


「え?」


 いち早く白い生物の存在に気づいたベルは、真っ先に声を上げる。その声によって、ここにいる全員の視線が、白い生物の方へと向いた。

 すると、ベルの言う通り、白い何者かがこちらへ向かって来ているのが分かった。


「あれって……」


「何だ……知ってるのか?」


 白い生物の姿を見たジュディは、顎に手を当てながら、何かを考えている。


「思い出した‼︎あれはウォーエイプよ」


「ウォーエイプ?」


挿絵(By みてみん)


 ウォーエイプ。それはベルのみならず、そこにいる誰もが知らない名前だった。ただ1人だけ、ジュディはこちらに迫って来ているウォーエイプの事を知っているらしい。ウォーエイプは白い体毛が特徴的で、筋骨隆々な猿人だった。彼らの前にいるウォーエイプの胸部には、大きな十字の切傷の跡があった。


「ウォーエイプってのは種族名で、魔獣の1種。戦闘に特化した猿人型魔獣。刃も通さない鎧のような皮膚と、怪力が特徴のデカい猿よ。よく戦争に駆り出されるから、そういう名前になったんだって」


 ジュディは少なからず魔獣に関する知識を持っているようだ。魔獣に詳しいと言う事は、彼女もまた、ロビン同様 獣化(キメラ)使いなのだろうか。


「でも、何でそんな凶暴な魔獣がここにいるんだよ⁉︎」


「知るワケないでしょ?サーカスなんだから猛獣の1匹2匹いるでしょ。」


 ベルはウォーエイプについては理解していたが、なぜこの魔獣がトランプ・サーカス敷地内にいるのかを理解出来ないでいた。ジュディの言う通り、サーカスには猛獣使いが付きもの。珍しい魔獣や獰猛な魔獣がいても不思議では無い。


 突如発生した緊急事態。こちらへ向かって来るウォーエイプに対する抵抗力を持たないリリとサマーベル兄妹は、少なからず恐怖を抱いていた。ここには強力な黒魔術士(グリゴリ)騎士(ナイト)がいるとは言え、迫って来るのは未知の敵だ。


「ここは僕に任せてヨ!君たちは下がっててくれ‼︎」


 この危機的状況下で、ロブが真っ先に声を上げた。身を守る術を持たない3人を守る役目を買って出た小さなピエロは、1歩前に進み出た。


 スゥ〜……


 ベルたちを庇うように、ウォーエイプに1番近い場所に立ったロブは、さっそく息を吸い始めた。彼はまたさっきの風船(バルーン)巨人(ジャイアント)になるつもりなのだろう。一刻を争うこの状況で、ロブはさっきよりも早く膨らみ始めていた。それは、サマーベル兄妹を守りたいと言う彼の強い意志を表していた。


「さあ来いヨ」


 あっという間に風船(バルーン)巨人(ジャイアント)となったロブは、向かって来るウォーエイプを遥か上から見下ろした。さっきと同様に、彼の左手は巨大な鎖で地面に繋がれている。


「キーッ‼︎」


 ロブの巨体で視界を塞がれたウォーエイプは、興奮状態に陥った。好戦的なウォーエイプは、特殊な檻に入れておかなければ、見境無く人を襲ってしまう。興奮状態の白い猿人の走る速度は急速に上がり、風船(バルーン)巨人(ジャイアント)との距離を一気に詰める。


「大人しくオネンネしてろヨ!」


 間近に接近したウォーエイプを見て、ロブは自由の効く右腕を大きく振りかぶる。ロブはその巨大な右手で殴ってウォーエイプを止めるつもりなのかもしれないが、膨らみすぎた右手は握る事が出来ない。これもまた、大きく膨らみすぎた弊害なのだろう。


「キーッ!キーッ‼︎」


 ついにウォーエイプとロブとの距離はゼロになった。その瞬間に合わせて、ロブは巨体を機敏に動かしながらパンチならぬビンタを繰り出す。


「⁉︎」


 ところが、近づいた瞬間にウォーエイプは高く跳躍した。ロブの巨大で重い一撃は、白い猿に直撃する事は無かった。今度は反対に、飛び掛かってきたウォーエイプの方が攻撃体制に入っている。


 高く跳び上がったウォーエイプは大きな両手を頭上に振り上げた。体長20メートルのロブに、体長3メートルのウォーエイプが襲い掛かる。


「キーッ‼︎」


 ウォーエイプは風船(バルーン)巨人(ジャイアント)の胸部まで跳び上がると、頭上に上げた2つの拳を振り下ろす。ロブの攻撃をいとも簡単に避けた白い猿が、強烈な一撃を浴びせた。巨大化したロブは1度攻撃を繰り出すと、次の行動に移るのにしばらく時間が掛かる。ベルたちが思っている以上に、ロブの能力には欠点が多かった。


 プシューッ


 ウォーエイプの攻撃がロブの胸部に命中すると、堪らず彼は閉じていた口を開き、そこから勢い良く空気を吐き始めた。空気が抜けるほど、ロブの身体はどんどん小さくなっていく。

 やがてロブの左手が鎖の輪よりも小さくなった。


「ごめんヨ〜‼︎」


 ついに鎖からその手が抜けると、ロブは勢い良く朝空に飛び出した。口から勢い良く放出される空気が、ロブの身体を飛ばす。本物の風船のように空高く舞ったロブの身体は、そのままサーカスの奥にある森の方へと飛ばされて行った。


「マジか……」


「出落ち感半端ない……」


「小さくても強いアピールしといて、これかよ……」


 唖然としていたジュディ、リリ、ベルが口々にそう言った。1度はベルたちを驚かせたロブだったが、今ではベルたちを落胆させている。彼は口先だけの男だったと言う事なのか、それともウォーエイプが強過ぎるのか。


「あんな猿なんか、俺が丸焼きにしてやる!」


「ちょっと、ウォーエイプはサーカスの所有物かもしれないんだから、慎重に‼︎」


 待ってましたと言わんばかりに、今度はベルがアビーたちの前に出る。さっきと違ってウォーエイプはすぐ目の前にいる。早く対処しなければ、アビーたちに危害が及んでしまう。


「俺が慎重に攻撃なんて出来るわけないだろ!変に手抜いたら他の客にも被害出るかもしれないだろうが!」


「まったく……その炎でウォーエイプ止められたら、すぐに消火すんのよ!」


 無計画なベルをジュディは止めようとするが、彼は引き下がらなかった。ベルの言う事にも、ジュディの言う事にも一理あるが、今は考えている時間は無い。それを理解していたジュディは、ウォーエイプへの対処をベルに任せる事にした。


「キーッ‼︎」


 ウォーエイプは待ってくれない。ベルが改めて正面を向き直ったのとほぼ同時に、ウォーエイプは飛び掛かって来た。

 ベルはすぐに火球を右掌に生成した。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


突如姿を現した新たな魔獣ウォーエイプ。頼もしく立ち向かったロブは、早々に倒されてしまった。暴走する魔獣を止める術はあるのか。

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