第108話「風船男」(2)【挿絵あり】
最終的にロブは周囲のテントを遥かに凌ぐ大きさになった。その大きさは直径20メートルはあるだろうか。もうロブを小さなピエロと呼ぶ事は出来ない。
「風船巨人。これが僕に出来る、文字通り最大の芸当だヨ‼︎」
ロブは自身の能力に名前を付けていた。それはまさに最大の芸当。身体の大きさが際限なく変化する。獣化でもなければ超化でも無さそうだ。一見 超化のようでもあるが、超化は身体能力を強化するだけ。身体の形状を変える事は出来ないはずだ。
「ケッ!そんなんじゃ俺たちを驚かす事は出来ないぜ‼︎」
ロブの驚異的な能力を目にして、ベルは無理矢理平静を装った。ベル本人は澄ました顔でカッコつけているつもりだが、驚くのを我慢しているのが見え見えだ。
「えぇーっ⁉︎」
ふとベルが周囲を見てみると、そこにいる誰もが憚る事なく驚愕の表情を浮かべていた。普段表情を変えないアビーの顔でさえも、驚いているように見える。驚くのを堪えていたのはベルだけで、他の全員は我慢する事なく驚いている。
「これで分かったかい?小さくても子どもだと決めつける事は出来ない。この魔法の世界では、見かけだけじゃ何も判断出来ないんだヨ」
「……お前はそうかもしれないけど、コイツらは違う……だろ?」
ベルはサマーベル兄妹の方を見やる。ベルの予想に反してロブは驚愕の能力を有していたが、サマーベル兄妹がそうだとは限らない。彼はそう信じたかった。
「でも君はその子たちのことを何も知らない。なのに、なぜ安全だって言い切れる?」
そう言いながらロブは再び大きさを変えた。彼はベルと同じくらいの大きさに縮んでいた。今度は風船のように丸い体型になるわけではなく、ベルと同じようにごく普通の体型になった。
「これが僕の本来の姿。見ての通り、子どもじゃない。バルーンマンの力を得てから、その反動で普段は小さい姿でしか過ごせなくなってしまったんだヨ。だから僕も君と同じように、障害を抱えているんだヨ」
「僕の黒魔術、実は超化の1種なんだヨ。超化の中でも高等に位置付けられる能力。黒魔術の力を使う事で、僕は自在に身体の伸縮性を高める事が出来る。だから、空気を吸い込む事で風船みたいに身体を膨らませる事が出来るんだヨ。でも、あまりにも大きくなり過ぎると、僕の身体は浮かび出す。便利な能力だけど、不便な点も数えきれないほどあるんだヨ」
ロブは自分が少なからずアビーと共通点を持っている事をアピールしようとしていた。
バルーンマンことロブは、その黒魔術を得てからは、子どもの姿で生活している。
そして、最大級に巨大化した“風船巨人”状態の時は、鎖に繋がれるか何かに掴まっていないと、風船のように飛んで行ってしまうのだ。
「ちょっと待ってください!僕たちは悪魔に人生を狂わされたんです。何があろうと悪魔とは関わりたく無い。あなたと違って、僕たちは誓って悪魔との契約が必要な黒魔術の力に手を出していない!」
風船男の言葉に、ダミアンは激昂する。2年前、サマーベル兄妹は悪魔によって恐怖のどん底へと突き落とされた。彼らにとって悪魔は最も忌むべき存在であり、力欲しさに悪魔と接触する事など絶対にあり得なかった。彼にとって、悪魔は大切な妹の命を危険に晒した悪でしかない。
「……それは悪かった。黒魔術が使えないのだとしたら、君たちは本当に無害な子ども。でも、やっぱりババ・ファンガスの言葉を綺麗さっぱり忘れる事なんて出来ないんだヨ」
はっきりとした怒りを顔に滲ませているダミアンを見て、ロブは素直に謝罪した。サマーベル兄妹の過去を知ると、ようやくロブは彼らが無害である可能性も考え出した。それでも、やはり彼にとってババ・ファンガスは絶対的な存在だった。ベルたちがサーカスの信頼を得るためには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
「確かにアンタの言う事にも一理あるけど、この子たちの安全はウチらが保証する。もしもこの子たちがサーカスに危害を及ぼすような事態が起きれば、ウチらが全力で止める。ま、そんな事は起きないと思うけど」
「俺たちは騎士団の人間だ。占い師の言葉だけじゃなくて、俺たちの事も少しは信用してくれ。このサーカスの安全は、俺たちが守る!お前は知らないだろうが、結構強いんだぜ?」
少しだけ意見を変えたロブに対し、ジュディとベルは畳み掛けるように頼もしい言葉を投げかけた。彼らは今が好機だと思ったのだろう。
「そりゃあ天下の黒魔術士騎士団ですからね、お強いでしょうヨ……………分かった。たまにはババの言葉以外も信じてみよう。まず君たちが危険な存在になるとは思えないし、非常事態が起きても騎士団がいる。今までババの言葉を信じて来たせいで、盲目になっていたみたいだ」
「ありがとうございます!」
ババ・ファンガスの言葉を強く信じるロブの意見を変える事は、そう簡単な事では無いと思われたが、意外にすんなりと彼はベルたちの言葉を受け入れた。確かにベルたちの言葉は力強かったが、まだまだ信頼するには力不足。ロブが彼らを信じるに足る決め手は、何だったのだろうか。日が昇ってからずっとサーカスから拒絶され続けて来たダミアンは、すかさずロブに礼を言った。
「実は僕、ババの言葉を信じているくせに、そんなにババとの接点がないんだ。同じサーカスにいても、一緒に過ごした事はほとんど無い。面識がないのも同然なんだヨ。でも面識のある君たちの言葉はとても力強い。君たちの言葉を信じてみる価値があると思った」
風船男は、ベルたちの言葉を信じてみる事にした理由を明かす。それは実に単純なものだった。これまでずっとババ・ファンガスの言葉を信じて疑わなかったロブは、ある意味閉鎖された世界で生活していた。そんな暗闇に一筋の光を当てたのが、ベルたちだったのだ。
「ババ・ファンガスが僕たちを追い出そうとした事で、僕たちは一気にこのサーカスに拒絶されるようになってしまいました。でも僕たちは、どうしても大テントのショーが観たいんです。妹のアビーのためにも、これだけは絶対に譲れません」
心を開いたロブに答えるように、ダミアンは今抱えている思いの丈を吐き出した。楽しみにしていたサーカスに拒絶された事で彼の心は折れそうになっていたが、ベルたちとロブのおかげで、ダミアンはすっかり希望を取り戻していた。
「そうか……大テントのショー、観れるといいな。トランプ・サーカスの中には、アビーみたいに何らかの障害を持った人間も多い。だから、そんな僕たちの姿を見て、君が少しでも希望を持てるようになったらいいな。僕たちの人生を明るくしたのは黒魔術だけど、人生を明るくするものが黒魔術である必要はどこにも無いヨ。君のような人たちの人生を照らす光に、僕はなりたいな」
ロブにとって、アビーが抱える苦しみはその外見から想像し得るものだったが、ダミアンの言葉を聞くほど、その輪郭がはっきりとして来る。アビーは何らかの出来事で両脚の自由を失い、そして笑わなくなってしまった。
アビーの抱える苦しみを彼なりに予想したロブは、励ましの言葉を彼女に送った。それは頭ごなしにサマーベル兄妹をサーカスにとっての疫病神だと決め付けていたロブの、せめてもの謝罪だった。
「…………」
アビーは言葉を返す事は無かったものの、真っ直ぐに風船男の瞳を見つめていた。ロブの姿が、アビーのいつもと変わらない深い青色の瞳に映る。その時、少女の口許は少しだけ弛んだように見えた。
「サーカスを楽しんで。いつか笑顔になった君の顔が見たいヨ」
しばらくアビーと視線を合わせていたロブは、どこからともなく青い風船を取り出して、アビーに差し出した。
最初の頃よりもロブに心を許していたアビーは、素直にその風船の紐を掴んだ。それは彼女の瞳と同じように真っ青な風船だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
トランプ・サーカスのメンバーはジョーカー、スペード、ハート、ダイヤ、クローバーだけではありません。ロブと同じように、人々を楽しませたいと思っている多くの黒魔術士が在籍しています。
次回は“何か”が現れます笑




