第107話「小さな道化師」【挿絵あり】
サマーベル兄妹とベルたちが出会い……
改稿(2020/02/19)
「そう言う事だから」
ジュディは勝ち誇ったようにそう言うと、堂々と門番の道化師たちの前を通ってサーカスに入って行く。それに続き、ベルとリリもサーカスに入場した。
「…………」
それに対し、道化師たちは何も言えずに立っていた。これからサーカスに入場しようとしていた人々が、彼らに冷ややかな視線を送る。中には、入場する前にサーカスを去ってしまう者までいた。今のところ、サーカスに悪影響を与えているのはこの道化師たちの方だ。
サーカスに入場したベルたちは、入り口付近にいたサマーベル兄妹にさっそく近づいた。彼らはベルたちが門を潜ってサーカスに入って来る前から、ベルたちから目を離さなかった。
「さっきはありがとうございました!あの……何で僕たちを助けてくれたんですか?」
「えっとそれは……」
ダミアンはベルたちに感謝を伝える。そして感謝と同時に、彼は疑問を抱いていた。彼らはリリとは面識があるものの、ベルたちとは一切面識がない。見ず知らずの人間を助ける義理などないはずだ。
「だって大テントのショー、観たいんでしょ?私たち、あなたたちに協力したいの。あんな話聞いたら協力するしかないよ」
サマーベル兄妹を助ける偽の理由を用意していなかったベルの代わりに、リリが答える。ここは、顔見知りであるリリが適当に取り繕うのが最善策だ。
「あなたはリリさん……でしたよね。ありがとうございます」
「いいのよ〜」
「お前が助けたわけじゃねえからな」
感謝の意を伝えられたリリは、頰を赤くしてわざとらしく照れて見せるのだが、そこにベルが釘を刺す。確かにこの作戦はリリが居なければ思いつかなかったものではあるが、実質彼女は何もしていない。
「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はベル・クイール・ファウスト。ベルって呼んでくれ」
「ウチはジュディ・アージン」
リリと違ってサマーベル兄妹と初対面のベルとジュディは、手短に自己紹介を済ませる。
「僕はダミアン・サマーベル。そして、こっちは妹のアビー。よろしくお願いします。ところで、あなた方は騎士団の方々ですよね?サーカスには何をしにいらしたんですか?」
それに応えてダミアンも自己紹介をするが、彼はまた新たな疑問を抱いた。ダミアンは騎士団の制服を知っていたようだ。
「トランプ・サーカスから依頼を受けたの。サーカス団員とお客さんの安全のために、1週間ここの警備について欲しいってね」
「そうだったんですね……それじゃあ、僕たちだけに構ってなんかいられませんよね。先ほどは本当にありがとうございました。それでは、お仕事に戻ってください」
ジュディが騎士団の表向きのミッションを簡潔に伝えた。
すると、それを聞いたダミアンは、すぐさまこの場を離れようとした。
「ちょっと待ってくれ。俺たちは超エリート黒魔術士騎士だ。お前たち2人くらい面倒見ながらでも仕事は出来る。それに、またさっきみたいに追い出されそうになるかもしれないだろ?」
「…………」
ベルは急いでサマーベル兄妹を引き止める。まだまだ黒魔術士だと自覚してから間も無いベルはすでにエリート気取り。
「でも、ご迷惑ですよ。そんな図々しい事出来ません。もう十分です」
「迷惑じゃない!好きでやってるんだ。お前たちには俺らが付いてる!遠慮なく頼ってくれ」
「でも……」
「人の行為には甘えるもんだよ?せっかく遥々ロッテルバニアから来たんだから、もうこれ以上アンタたちが気分を悪くする必要はない」
どこまでも控えめなダミアンはベルたちの申し出を断ろうとするが、ベルとジュディは説得を続ける。ババ・ファンガスの信頼を地に落とすためには、彼らの存在が必要不可欠。サーカス団員に逆らってまで彼らを助けた以上、もう彼らと共に行動する他に道はない。
「……ありがとうございます。そこまで言っていただけるのなら、甘えさせていただきます」
「最初っからそう言ってくれればいんだよ。これからは何にも気にせずサーカスを楽しんでくれ」
ようやくダミアンの説得に成功し、ベルは安堵の息を漏らす。ダミアンは他人に迷惑を掛けたくないと言う想いが強いようだが、ベルとジュディの持つ独特な雰囲気が彼の意見を変えた。
作戦のためだとは言え、サマーベル兄妹に対するベルたちの想いに嘘はない。
「あの……受け取ってください」
ダミアンはベルたちの申し出を受け入れただけでは無く、車椅子の背面に備え付けていたバッグを漁り始めた。
そして、バッグから戻った彼の右手に握られていたのは、幾つかの札束だった。
「マジで⁉︎こんなにくれんの?」
「貰うな馬鹿‼︎」
「イテテ……」
突然大金を見せられたベルは、何の迷いも無くそれを受け取る。初めて見るものや、好きなものに対するベルの態度は、投獄される前と何ら変わっていない。
ただ、それは当然のようにジュディに阻止された。ジュディはベルの頭を殴ると、そのままダミアンのお金を奪い取った。
「ウチらはお金が欲しくてアンタらを助けたわけじゃないの。これは自分たちのために取っときな」
ジュディはベルから奪った札束を、そのままダミアンに返そうとする。相手が大人ならジュディもお金を受け取っていたかもしれないが、幼い子どもから大金を貰うのには気が引けたのだろう。
「でもせめてこれくらいしないと、申し訳ないです……」
ところが、ダミアンはなかなか返された札束を受け取らない。ロッテルバニアに留まらず、国中でその名を轟かせるサマーベル家。彼らはいつでも、こうして感謝の意を伝えて来た。札束を受け取って貰えない事はそう無いのだろう。
「そお?」
「お前がなびいてんじゃねえよ」
頑なにお金を受け取ろうとしないダミアンを見て、今度はジュディが折れそうになる。さっきの仕返しと言わんばかりに、それを見たベルはジュディの頭を殴った。
結局札束はダミアンのバッグの中へと戻り、彼らは少し移動した。
歩いている間、ベルたちとサマーベル兄妹の間には、ぎこちない空気が流れていた。お互い何を喋ればいいのか分からないのだろう。
「お前ら、大テントのショーが観たいんだってな」
沈黙に耐えられなかったベルは、先陣を切って口を開いた。それは、何の当たり障りも無い質問だった。答えは分かりきっている。
「リリさんから聞いたんですね、そうです。前からアビーはトランプ・サーカスの、夢のようで壮大なショーを観たいと言っていたんです。ところで、ベルさんはもう見られたんですか?」
「仕事なんだからそんなもの……って言いたいけど、ちょっと観た」
まだショーを観る事が出来ていないサマーベル兄妹を不憫に思ったリリは、あの時咄嗟に嘘をついたが、ベルはそうしなかった。
「ちょ、ちょっと〜!」
「何だよ?」
「この子たちがショーをどれだけ楽しみにしてると思ってるの?そんなさらっと言わないでよ」
何の配慮も無いベルの言葉に、リリは小声で抗議した。満席で大テントに入る事さえ出来ない人も多い大人気のショー。役得で、すでにベルは1番近い所でショーを観ていた。その時ベルが現実を忘れてショーに夢中になっていたのは、言うまでも無い。
「いいなぁ……僕たちは両親から聞いて、初めてトランプ・サーカスの事を知ったんです。両親は言っていました。それはそれは素晴らしい見世物だった。トランプ・サーカスのショーを観ている間は、何もかも忘れられる。世界一のショーだと」
「僕の妹のアビーは、あの件があってから自分を語らないように、感情を表に出さないようになってしまいました………きっと今でもあの時の恐怖が妹を支配しているんだと思います。だから、大テントのショーを観て、一瞬でも悲しい現実を忘れて欲しい。僕はそう思っているんです」
ベルとリリがコソコソと言い争っていると、ダミアンは思い出話を始めた。
悪魔に取り憑かれた家で事件が起こってから、ダミアンはずっとアビーの事を考えて来た。そして思い出された何気ない家族の会話。ひと昔前、サマーベル夫妻はトランプ・サーカスを訪れていた。現実を忘れさせるほどの圧倒的なパフォーマンスを観る事で、アビーの気分を少しでも明るくしたい。それが兄ダミアンの想いだった。
「今日はきっと観られるよ。何てったって、頼もしい味方がついてるんだから!」
リリは瞳を潤ませながら、サマーベル兄妹を励ました。サマーベル兄妹に降りかかった恐ろしい出来事はベルもジュディも把握していたが、直接ダミアンの口からそれを聞いたリリが、1番彼らの気持ちに寄り添っている。
「…………」
そんな中、ベルはアビーの視線が一点に集中している事に気がついた。彼女が見つめるものが気になったベルは、視線をその先に移す。
そこにいたのは、小さな小さなピエロだった。その身長はベルの腰辺りまでしか無い。小さなピエロは、顔を真っ白に塗り、門番の道化師たちと同じように赤い鼻をつけている。
何より目を引くのは、彼の髪の毛。アフロヘアと言っていいのだろうか、その髪型はマリモのようにモコモコしていた。
小さなピエロは、幾つも束ねられた風船を左手に持っている。きっとサーカスを訪れた客に風船を配ったり、風船で何か芸を見せるのだろう。子どもは風船が大好きだ。風船が見えれば、自ずと子供が寄ってくる。
しかし、彼の身長の低さがその効果を半減させてしまっている。気のせいだろうか、風船を持っている彼の目にはやる気が無く、活力が無いようにも見える。
「アビーは、あのちっこいピエロが気になるのか?」
視線の先にいたピエロの存在を把握したベルは、まるで旧知の仲であるかのようにアビーに声をかける。これもサマーベル兄妹との距離感を縮めるためのベルの作戦なのだろうか。
ベルの声で、そこにいた全員の視線が小さなピエロに向かう事になる。
こくり。
アビーは小さく頷いた。普通の人間なら、いきなり呼び捨てにされ、馴れ馴れしい態度を取られれば気分を悪くするものだが、彼女の表情からはそう言った感情を確認出来ない。
「じゃあ、アイツのとこ行くか」
「でも、大丈夫ですか?僕たちは大テントのショーさえ観られれば良いんです。なるべくお手間は掛けたくないので……」
いつまでも自分たちに構ってくれるベルたちに、ダミアンは引け目を感じていた。ベルたちはサマーベル兄妹と違って、仕事でこの場に来ている。アビーの考えている事は分からないが、ダミアンは少しでもベルたちの迷惑にはなりたくないようだ。
「うるせぇ‼︎お前らの世話してるくらいで、俺たちの仕事に支障は出ない!でも…じゃねぇよ、お前の妹がアイツんとこ行きたいっつってんだから、いいじゃないか」
「は、はい……」
ベルたちに迷惑を掛けまいと、ずっと控えめな態度を取るダミアンに、ベルは痺れを切らした。
この時、ベルは何よりもアビーの意思を優先していた。ダミアンは、そんなベルに言いくるめられてしまった。
「ウチらのことはマジで気にしなくて良いから。好きなだけ遊びな」
その様子を見ていたジュディはダミアンの肩に手を置いた。ベルとジュディ、そしてリリはサマーベル兄妹にとって心強い味方。アビーとダミアンにはそう思わせる必要があった。
フフ…
ダミアンが言いくるめられた様子を見ていたアビーの顔は、心なしか笑ったようにも見えた。普段はアビーを助け、守ろうと必死になっているダミアン。彼女の前では、彼は決して弱い姿を見せない。
しかし、頼もしくも図々しい人物たちに囲まれて、今は少し調子が狂っているようだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今のところ、ベルたちの作戦は上手くいっている様子。そんな中、アビーが興味を示した小さなピエロ。彼は、ベルたちに何か変化をもたらすのか……




