第15話「黒い少女」【挿絵あり】
保安官ハメルに連行されてしまうベル。ベルの物語はここで途絶えるのか⁉︎
改稿(2020/05/04)
部屋の真ん中に長方形の大きな机があり、それを囲むように椅子が8脚ほどあった。
そのひとつに、1人の少女が座っている。
黒いショート・ボブヘアのその少女は、髪と同じく黒い服に身を包んでいる。ゴシック・アンド・ロリータの服だ。
彼女の周りには、数えきれないほどの銃が無造作に置いてある。そこから可愛らしい見た目とは裏腹に、暴力的な性格が伺える。
そんな彼女は、息を吹きかけながら、弾丸を丁寧に拭いていた。
黒い少女は、ハメルがベルとリリを連れて保安官事務所に入って来たのを一瞬見ると、再び銃弾を磨き始めた。
ハメルはベルを事務所内の椅子に座らせ、壁に備え付けてある金具とベルの右手に掛けられた手錠を繋ぐ。そして、腕を組んだ。
「何だよ。何で俺を捕まえたんだ?」
「言ったろ?お前は殺人未遂の現行犯で逮捕だ」
「本当にそれだけですか?」
リリは、今までのハメルの言い方に何か違和感を抱いていた。ここへ連れて来たのは、さっきベルがアローシャのせいで殺人未遂を起こしたからではない。
「嬢ちゃん鋭いね。確かに、ここに連行したのはそれだけが理由じゃない」
ハメルは含んだ笑みを見せると、書類の山から何やら1枚の紙を取り出す。
それから、その紙をベルに突きつけた。
「お前、ベル・クイール・ファウストだよな?」
ハメルはベルの名前を知っていた。それも当然だ。ベルに突きつけられたその紙は指名手配書だったのだ。そこにはベルの名前、顔、そして賞金が書かれている。
脱獄のうえ、黒魔術を使い多くの命を奪った極悪非道な男だと書かれている。
「お、俺ってロックより賞金高いじゃん」
ベルは自分にかけられた賞金の額を見ると、純粋に喜んだ。その額1億4000万ポンゴ。ロックの賞金など軽く越えていたのだ。
「……お前は馬鹿か。その分お前の罪が重いと言うことだ」
ハメルは純粋なベルに呆れ顔だ。それもそうだ。10代の大半を牢屋で過ごしたベルはまだまだ子どもなのだから。
「そんなの分かってるさ」
ベルは潔く自分の罪を認めている。まだまだ子どもっぽい部分が多いが、自分が背負う宿命は理解している様子だ。
「まったく……数日前、俺はリミア政府から手配書を預かった。すぐに貼り出す予定だったが、その前に捕まえることが出来た。白い少年との戦いを見ていても、お前が大勢の命を奪ったというのも本当だろう」
ハメルは、ベルがずっとフードを被っていたために気づかなかったが、顔を見た時にそれを思い出したのだ。
多くの命を奪った黒魔術士ファウスト。世間では、そういう事になっているらしい。この町から逃げ出そうとしていたのに、その前に追手に捕まってしまうとは、ベルも思っていなかった。長居しすぎだのだろう。
「で、どうするつもりなんですか?」
ベルが窮地に立たされているにも関わらず、リリはあまりいつもと変わらないような顔をしている。どこかで諦めはついていたのだ。
「これから、俺はリミア政府に連絡する」
ハメルは指名手配書に描かれたベルと、本物のベルを見比べながらそう言った。
「ちょっと待ってください。連絡した後はどうなるんですか?」
「リミア政府がコイツの身柄を拘束し、処刑するだろう。間違いなく極刑だろうな」
ハメルは躊躇いもなく、そう口にした。それも当然だ。ベルは多くの命を奪った極悪人なのだから。
「そんな‼︎」
リリはとても悲しそうな顔をしている。こうなる可能性は十分にあった。時間の問題だったのだ。ただ、それがこんなに早く訪れるとはリリも思っていなかった。これから、リリの母の呪いを解く旅はどうなるのだろうか。
「嬢ちゃん。アンタも事実を知ってて一緒に行動してたのなら、罪に問われるぞ」
ハメルは容赦ない言葉を浴びせた。これが、ベルと行動を共にするリスクだった。犯罪者と共に行動をしていれば、もちろんこうなる。
「はい、分かってます」
リリは落胆していた。ベルを選んだ自分が悪いのだ。
しかし、事件を起こしたのはベルではない。この複雑な事実が、リリを苦しめていた。自分が捕まるからと言って、ベルを責めるわけにはいかない。ベルは悪くないのだ。
「物分かりがいいな。そう物分かりがいいなら、何でそんなことしたんだ」
ハメルは凶悪犯が抵抗もせずに罪を認めたことに若干驚きつつ、電話を手にした。
ハメルは悪を許さない保安官だ。だが、凶悪犯がここまでアッサリと捕まってくれると、拍子抜けしてしまう。
「ちょっと待って」
今にも電話を掛けようとしていたハメルに、こちらの様子など気にも留めていなかったように見えた黒い少女が声を発する。
「何でお前が口を出す?お前には関係ないだろ」
「関係大アリよ。私はベル・クイール・ファウストを知ってるわ」
黒い少女は衝撃の真実を口にした。ベルのことを知っているとは、一体どういうことなのだろうか。
「そりゃ知ってるだろう。お前も手配書には目を通していたはずだ」
ハメルは驚かなかった。確かに保安官事務所で過ごしていれば、ベルの手配書も見ているはずだ。
「そういうことじゃないわ。私は手配書を見る前からその人を知ってるって言いたいの」
「どういうことだ?お前も犯罪に加担していたということか?」
「そんなわけないでしょ。アンタ、ホントに馬鹿ね。アンタには人を見抜く力がない」
黒い少女はハメルを軽く貶した。
「見抜くも何も、コイツは凶悪犯だ。リミア政府から連絡も来ているんだぞ?」
ハメルは、黒い少女の言う事をますます理解出来なくなる。
ファウストの罪の内容は明確にされている。指名手配書も発行されていて、本人もその仲間も否定しない。これで何を疑う必要があるのだ。ハメルはそう考えていた。当たり前の事をしているのに、馬鹿にされる筋合いはない。
「ホント、呆れちゃう。何で表面上の事しか見ないのかしら」
黒い少女は、とにかくハメルを馬鹿にする。彼女が一体何者かは分からないが、保安官と意見を交わすほどの人物であるようだ。
「俺は、コイツが強力な魔法を使う瞬間も見ていた」
ハメルは威張るように主張する。確かにベルの中のアローシャが魔法を使っている場面を見たハメルには、ベルが凶悪犯にしか見えないのが当たり前だ。
「とにかく、彼は悪くない。リミア政府に引き渡すべきではないわ」
「何を言い出すかと思えば、呆れるのはコッチだ。確固たる証拠がある犯罪者を見逃せと言うのか?」
ベルたちにとっては悪い状況ではないが、黒い少女の方が言っている事はおかしい。何を根拠に、そんなことを言えるのだろうか。
「ちょっと待ってください。俺を擁護してくれるのは有難いんですけど、アンタ誰だ?」
ベルはここで口を挟む。ベルは黒い少女を知らないというのに、彼女がベルを知っているとは、どういう事なのだろうか。
「こりゃどう言うことだ?コイツがお前を知らないなら、お前たちは知り合いじゃないだろ」
「あら、覚えてないのね。でも私はあなたを知ってるの」
黒い少女は、含みを持たせてそう言った。まるで会った事があるとでも言うように。
「覚えてません。誰ですか?」
ベルは自分が知らない自分の知り合いに出会い、変な気分になっていた。
「私はセドナ。霊猟家をしてるの。よろしくね」
セドナは自己紹介した。それでもベルは、何も思い出さなかった。
「ゴースト・ハンターですか…」
リリは興味深そうに言った。ゴーストと言えば、オーブの別形態。今回の事件にも何らかの関わりがあるのだろうか。
「そう。私は世界中を旅しててね、ゴーストを退治してるの。今はここにいるけど、すぐに移動するわ」
「そんな話はどうでもいいだろう。話はそれだけか?リミアに連絡するぞ」
ハメルは、セドナに無駄な時間を食わされたとしか思っていない。ただ時間稼ぎをして電話を掛けさせないようにしているようにしか見えなかった。
彼はセドナが嘘をついていると思っていた。明らかにどう見ても、ベルとセドナは知り合いではないようにしか見えないからだ。
セドナに構うことなく、ハメルは電話のダイヤルを回し始める。
「待って‼︎」
「何なんだ!」
セドナの理解できない行動に、ハメルはついに怒りを爆発させる。
「だから!ベルは悪くないの。幽霊が関わってるの。幽霊が真実を歪めているのよ」
セドナは、再び訳の分からない事を言い始めた。会った事もないはずなのに、彼女はベルのことを呼び捨てにしている。本当に昔からベルのことを知っているのだろうか。
「……⁉︎本当か?」
しかし、この言葉がハメルを動揺させる。
「ええ。その指名手配書も、信憑性に欠けるわ」
セドナは表情の奥底に笑みを浮かべていた。彼女はさっきの文章の中に、ハメルに効く言葉があったことを知っている。
「……それじゃあ、話は違うな」
ハメルは態度を一変させ、電話の受話器を戻した。そう、"幽霊"という言葉がハメルの行動を止めたのだ。なぜその言葉を、ハメルはそこまで気にするのだろうか。
「え?」
ベルとリリは目を見合わせる。状況が全く分からないが、助かったのは事実だ。
「何でリミアに連絡するのやめたんですか?」
「………」
ハメルは黙り込んでいる。
「あのね、この保安官さんはユ~レイがと~っても怖いの。事件が幽霊に関わってたらいっつも私に丸投げなんだから」
セドナはハメルを嘲笑った。
「え?そうなんですか?」
ベルとリリは言葉が出なかった。保安官ともあろう者に、こんなに子どもじみた弱点があっていいものだろうか。
「うるさい……」
ハメルはそれを否定する事もなく、恥ずかしそうに言った。
「この保安官さん、悪人には滅法強いのに、幽霊の話になると一気に子供になっちゃうんだから」
セドナは追い打ちをかけた。
町で悪さを働く悪人どもには、堂々とした態度で対処する保安官だが、幽霊を前にすると怖がって腰抜けになってしまうのだ。
「セドナ。いい加減にしないか」
自身の弱点を指摘されて何も言い返せないハメルだったが、ここまでコケにされると、嫌でも怒りのボルテージが上がっていく。
「ま、いいわ」
セドナは、辱められたハメルを見て満足した。
「あの、ありがとうございました。誰だか知らないけど……」
「気にしないで。知り合いなら当然の事をしたまでよ」
セドナは、あくまでベルの知り合いだと言い張るようだ。髪の色も目の色も明らかに違う2人、血縁関係も有るようには見えない。彼女の目的は一体何なのだろうか。
「それじゃあ、私たちはそろそろ行かないと」
思わぬところで時間をつぶす事になったリリは、そのまま事務所を出て行こうとしている。
「あぁ。ファウストの件に関しては、幽霊が関わっているのなら時間をかけて様子を見るべき問題だ。リミア連邦に連絡するのはやめておく」
ハメルは改めて、ベルの指名手配について深く追求しない事を約束した。
「ありがとうございます!」
ベルは感謝する。
一時はここで牢屋に逆戻りだと思っていたが、保安官ともあろう者が、こうも単純に知らない知り合いの作り話に騙されるとは。幽霊が関わると、ハメルは途端に容疑者に情を抱く。彼はなぜこんなにも、幽霊が苦手なのだろうか。
「それと、その格好じゃ怪しさMAXだ。そのローブの下は囚人服だろ?そんなんじゃ過ごし辛いはずだ。これでも着てくれ」
ハメルは、ベルが今でも囚人服を着ている事を心配していた。
彼は棚から洋服を取り出し、ベルに手渡す。見たところ、白いシャツに、茶色のベスト、それから黒いズボンと靴があるようだ。
「ありがとうございます」
ベルは素直にそれを受け取った。一方的に渡された服だが、ベルの趣味には合っていた。まるで保安官のような服。ハメルのおさがりだろうか。
「これで安心しないでね。あなたの件に関しては私が追求する事になっただけで、まだ潔白と決まったわけじゃないから」
セドナはここで釘を刺しておいた。いくら助けてくれたからと言って、完全な味方ではないらしい。
「……はい」
ベルは厳しい現実を突きつけられて少しだけ落ち込む。
アドフォードは言わば聖域。保安官ハメルが最も権力を持つこの町では、安心して行動出来る。
だが、ここを出てしまえば再びリミアからの追手に注意しなければならない。
ベルたちはすぐにこの町を出るつもりだったが、それは不可能になった。
「お前たちが動きにくくなるだろうから、指名手配書は貼りださない」
その後、ハメルはベルを安心させる言葉を発した。超高額の賞金が書かれた手配書がそこら中に貼り出されていては、うかつに外を歩けない。
「ありがとうございます!助かります!」
ベルよりも先に、リリが深々と頭を下げた。最初保安官と出会った時はどうなる事かと思っていたリリだったが、結果的にそれは良い結果をもたらしたのだ。
「そろそろ俺たち行きます」
「行くってどこに行くの?まさかアドフォードを出るわけじゃないわよね?」
セドナはベルたちの行き先が気になっていた。
「ハウゼント医院だ。そんな事しないから安心してくれ」
「この町を出られたら、何も出来なくなっちゃうから。あなたの疑いが晴れるまで、この町を出ないでね」
セドナは再度、釘を刺した。飽くまで、ベルの置かれた状況は変わらない。ひと時の安らぎを得ただけなのだ。
「分かってます」
セドナの言葉で、ベルは自分の立場を思い知らされることとなった。逃亡者である彼に、安心出来る場所なんてどこにもない。
このまま後味悪く、2人は保安官事務所を後にした。
セドナは、ベルを助けた。だが、結局は結論を先送りにされただけで、何も問題は解決していない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ベルは大きな危機を一時的に回避しました。
少し前にチラッと登場した黒い少女セドナが、初めてベルたちの前に姿を現しました。事件に関係があると思われる白い少年、黒い少女が登場しましたが、事件の犯人は未だ明らかになっていません。この先には何があるのでしょうか!




