第103話「未来を見る盲人」【挿絵あり】
占い師ババ・ファンガスと対面するリリ。偉大な占い師は少女に何を語るのか。
改稿(2020/02/18)
「忘れたのかい?あたしゃ占い師だよ?そんな事くらい分かるさ」
しばらく続いた沈黙を破ったのはババ・ファンガスだった。
やはり、彼女がリリの思惑を言い当てたのは黒魔術の力によるもの。黒魔術にも様々な種類があるが、これは一体どの類の黒魔術なのだろうか。
「そ、そそそんなの紛れよ‼︎人の考えてる事なんて分かるはずないもん‼︎」
リリは動揺を隠せなかった。彼女は普段から占いを信じるタイプの人間なのだが、いざ言い当てられると否定したくなる。そんな面倒くさい人間だった。それに、出来る事ならリリはこのまま事実を誤魔化したいのだ。
「疑うんならしょうがないね。大サービスだ。アタシの力を証明してやろうじゃないの。トランプ・サーカスには、今日から警備のために黒魔術士騎士団の人間が派遣されている。そこで、トランプ・サーカスの黒魔術書が欲しいお前は、騎士団の人間に化ける事を考えた。
でも、そんな本ごときの力じゃ変身も長時間は持続しない。変身が解けるまで、お前はこのサーカスのあらゆる場所を探すつもりだった」
「…………」
ババ・ファンガスは、完璧にリリの心の内を読んだ。まるで、リリの顔にそれが全て書いてあるかのようだ。偉大な占い師は、1度も言葉に詰まる事なく、スラスラと喋った。
「でも、変身が解けた以上迂闊に動く事は出来ない。だから、お前は知り合いの騎士団員と協力して黒魔術書を探す事になる。でも残念だったね……お前たちに黒魔術書を見つけ出す事は出来ない。そんな盗っ人紛いの事してたら、痛い目見るよ」
「何でそんな事分かるのよ?」
ババ・ファンガスは、これからリリが行動に移そうとしている事。それだけでなく、その結果まで語り始めた。百歩譲って彼女には対面する相手の心の内が読めたとしても、これから起こる出来事を予見出来るはずは無い。リリはそう思っていた。
「アタシには、少し先の未来が見えるのさ」
「え⁉︎」
リリの頭の中は真っ白になった。ババ・ファンガスは占い師であり、予言者でもあったのだ。
「予知能力ってやつだね……黒魔術で言うと超化の部類らしい。と言っても、超化の中でも極めて珍しい常軌を逸した能力だけどね。視力を失くした代わりに、未来が見えるようになったのさ」
少し先に起こる事を予知し、心の声を聴く力。それがババ・ファンガスの占いのカラクリだった。危機察知や先読みといった、誰もが持っている感覚的な能力が超化によって飛躍したのだろうか。
「え…目が見えないんですか⁉︎じゃあ何で……」
「アタシに視力は必要ないよ。心の眼で、未来以外にも色んなものが見えるんだ」
それに加え、彼女はリリがベルの姿に変身していた事を理解していた。ババ・ファンガスはその目で見なくても、あらゆる物を見る事が出来るようだ。
「……いくら黒魔術でも、そんな都合の良い能力あるわけないじゃないですか〜」
「まだ信じないのかい?もう十分言い当てたと思うんだけどねぇ」
占いの種明かしをされても、リリはまだババ・ファンガスを疑っている。魔法が溢れるこの世界では有り得ない話ではないのに、リリは頑なに信じようとしていなかった。
「あ!今当たり前のように話してましたけど、つまりここに本当に黒魔術書はあるって事ですよね?」
「お前、会話が1歩ズレてるよ…………まあいい。アタシは1度もこのサーカスに黒魔術書があるとは言ってないよ。ただ、お前さんの考えてる事と、この後の行動を読んだだけさ」
確かに彼女はあたかもこのサーカスの敷地内に黒魔術書があるような喋り方をしていた。
しかし、ババ・ファンガスに言わせてみれば、それはただリリの思考を読んだだけ。振り返って見ても、彼女は1度も黒魔術書がここにあるとは言っていない。
「しらばっくれても無駄よ‼︎絶対探して見せるんだから!あなたみたいなインチキ占い師に邪魔されてたまるもんですか!」
「インチキ占い師だって?心外だね……まだ信じてくれないって言うんなら、お前の未来、言い当ててやろう。いつもなら料金を貰ってからやるんだ、感謝しな」
“インチキ”と言う言葉が、ババ・ファンガスの怒りに触れる。彼女はインチキと言う言葉がこの世で1番嫌いだった。ババ・ファンガスは占い師であり、予言者であり、黒魔術士でもある。そこら辺の占い師とはわけが違う。
驚異の的中率を誇る彼女の占いは、当然それなりの代金が支払われてから行われる。この時に限っては、ババ・ファンガスが自身の実力を証明するためにだけ、無償で占いが行われる。
「…………」
ババ・ファンガスは、両手をリリにかざして、何やら囁いている。
「……お前が変身してまで黒魔術書を探し出そうとした理由…………それにはお前の母親が関係してるね。お前は母親に掛けられた“眠りの呪い”を解くために、ファウストという男と共に行動している」
「…………」
リリは思わず黙り込んでしまった。ババ・ファンガスには何もかもお見通しなのだ。彼女は出会ったばかりのリリの事を、とてもよく知っている。リリはベルと違って有名なわけでも無い。ババ・ファンガスの占いを聞けば聞くほど、その信憑性を認める他なくなってくる。
「見える見える…………お前が母親と出会う日はそう遠くは無い。そう遠くない未来、ここからそう遠くない場所で、お前は自分の母親と出会う事になる…」
次にババ・ファンガスが放った言葉は、リリの目の色を変えた。母親と出会う。それは恐らく、眠りの呪いから覚めた母親と出会うと言う事。しかも、それが近い未来にここから遠く無い場所で実現すると言う。
「それって……眠りの呪いがもうすぐ解けるって事⁉︎じゃあやっぱりこのサーカスにある黒魔術書が呪いを解く鍵なんだ‼︎」
さっきまでババ・ファンガスの予言や占いを微塵も信じようとしなかったリリだが、今ではすっかり彼女の予言を信じ込んでいる。リリは自分に都合の良い占いだけを信じるタイプだ。
そしてババ・ファンガスの予言は、このサーカスの中に眠りの呪いを解く方法を記した黒魔術書がある事を暗に示していた。
「残念ながら…………どのような形でお前が母親と出会うのかは、アタシには見えない。邂逅はお前の望んだ形では無いかもしれない……お前の未来には光と闇が見える」
しかし、ババ・ファンガスは釘を刺すように、リリにそう言った。それは必ずしもリリが眠りの呪いから覚めた母親と会うわけでは無いと言う事。あるいは、本当はリリの求める黒魔術書がサーカスの敷地内にあって、ババ・ファンガスがそれを誤魔化そうとしているとも考えられる。
「そうやって不安を煽るスタイルね?変な壺とか絶対買わないから‼︎」
「何を言っているんだい。そんな汚い商売はしてないよ」
後から情報を追加したババ・ファンガスを見て、リリは急に懐疑的になった。インチキ占い師は適当な事を言って、客に高値の物を買わせる。リリにとってはそれがインチキ占い師の定石だった。信じたり疑ったり、態度をコロコロ変えるリリに、ババ・ファンガスは振り回されていた。
「怪しい壺じゃなくて、黒魔術書なら買ってあげる!」
まだババ・ファンガス=インチキ占い師と言う理論を唱え続けるリリは、人差し指を立ててそう主張する。完全に彼女の論点はズレている。ババ・ファンガスがリリに怪しい壺を売る体で話が進んでいるが、そもそもババ・ファンガスはそんな事をするつもりは無い。
「お嬢ちゃん。お前が一文無しって事もちゃんと分かってるよ。悔しいだろうけど、黒魔術書探しは諦めな。ろくな事にならないよ」
いちいち相手をするのも億劫になっていたババ・ファンガスは、溜め息をつきながらそう言った。偉大な占い師には、リリのすべてが見えているのだろう。
バサッ…
ババ・ファンガスがリリに手を焼いていると、突然テントの入り口の布が開かれた。誰かがババ・ファンガスに占ってもらうために入って来たのか、それとも別の用件がある者がやって来たのか。
第三者が現れた事を知ったリリは、反射的に物陰に身を隠した。ここでベルやジュディに遭遇すれば面倒な事になる。リリは彼らにひと言も話さずにここに来てしまったのだから。
「占い……してもらえますか?」
しかし、そこから聞こえて来たのはリリの聞き慣れない声だった。これに気を許したのか、リリは物陰から顔を出して、テントの中に入ってきた人物を見つめる。
そこにいたのは、さっきテントの外で見かけた車椅子の少女と、彼女が乗った車椅子を押す少年だった。さっき声を発したのは車椅子を押す少年の方で、少女アビーは口を閉じたまま俯いている。
「お前が占って欲しいのかい?それともその子を占って欲しいのかい?」
ようやく現れたまともな客を前に、ババ・ファンガスは態度を改めた。態度をコロコロと変えるリリのせいで、ババ・ファンガスの調子は狂いっぱなしだったが、彼女はこれでようやく気分を切り替える事が出来る。
「僕じゃなくて、この子を。アビーを占ってあげてください」
「よし。じゃあ、その前に代金を頂戴するよ」
もちろん占われる対象は、少年ではなくアビー。これから行われるのは、商売としての占い。リリの時とは違う。ババ・ファンガスが右手を差し出すと、少年は車椅子のアビーを押しながら前に進んだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
まだまだ謎に包まれている車椅子の少女。次回は彼女の事がちょっと分かるかも…?




