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第98話「魔法のサーカス」(2)【挿絵あり】

 ステージの中心で深呼吸したクイーン・ハートは、手にしていた鞭を天井に向かって高く投げた。すると、空中で鞭の輝きはより一層増し、場内を赤く染め上げる。

 やがて、赤い鞭は重力に従ってゆっくりと落下する。


 その次の瞬間、観客は目を奪われた。投げ上げられた鞭はさっきまで確かに鞭だったのに、一瞬にして形を変え始めたのだ。鞭は巨大化し、龍のような姿をした液体へと変化した。水龍へと昇華した鞭は、畝りながらステージ上の炎を呑み込んでいく。

 赤い身体の水龍は、色とりどりの火の花を呑み込みながら、優雅にステージ上を舞い踊っている。呑み込まれた炎は消えることなく水龍の体内で生き続け、水龍をより一層輝かせる。


 全ての炎を呑み込んだ水龍は、しばらくしてぴたりと動きを止めた。動きを止めた水龍はステージ上をぐるっと一周囲みこむようにして静止していた。今では水龍の全身は色とりどりの炎に彩られ、世にも美しい光景を生み出している。


 直後、鞭の代わりクイーン・ハートは杖を手にしていた。その杖の先端にはハートのオブジェが飾られている。


 無言のままクイーン・ハートがそのハートの杖を天高く掲げると、突如ステージ上の水龍が崩壊し、中のカラフルな炎が一斉に飛び出した。水龍が崩壊しても場内が大洪水になる事は無かったが、このままだと火事になりかねない。


 ベルがそう心配したのも束の間。水龍の呪縛から解放された色とりどりの炎はハート型に変化し、ゆっくりと上昇を始める。その光景は、炎を体内に留めた水龍よりも美しかった。無数のハートが上昇するのと同時に、観客の目線も上に行く。


 観客がハートに見惚れていると、今度はその無数のハートが落下し始めた。実に目まぐるしく変化するパフォーマンスだ。

 カラフルなハートはステージ上に降り注ぎ始めていた。ハートの雨は次第に激しさを増し、観客の視界を奪ってしまう。降り注ぐハートの雨により、誰もがステージを見る事が出来なくなっていた。


「⁉︎」


 しばらくしてハートの雨が降り終わった後、そこに現れた光景を見た観客は言葉を失った。赤と黒のドレスに身を包んでいたクイーン・ハートは、一瞬にして真っ白なドレスに着替えていた。純白のドレスに身を包んだ彼女は、全く違った雰囲気をまとっていた。


 クイーン・ハートのドレス・チェンジも中々見応えのあるものだったのだが、観客が目を奪われたのは別のものだった。


 何と、さっきまでステージにいたライオンまでもが姿を変えていたのだ。あの白黒のライオンは、2本の足で自立する人間になっていた。人間になってもライオンの時の面影は残っていて、白い肌に黒い長髪、緑の瞳が印象的だ。全身白と黒のストライプの服に身を包んだ彼は、道化師のようにも見えた。瞳の下にある入墨から推測するに、彼はジャック・ダイヤモンドだろう。


 一通りのパフォーマンスが終了したようで、クイーン・ハートとジャック・ダイヤモンドは両手を繋いでお辞儀をした。この世のものとは思えないほど美しいエンターテイメントを体感した観客は叫んだり、指笛を吹いたり、各々のやり方で喜びを表現している。


「まだまだショーは続きます‼︎続いては、エース・ド・スペードの出番です‼︎」


 再び場内の照明が落ち、ジョーカー団長がスポットライトに照らされる。もう1度明るくなったテント内のステージには、クイーン・ハートとジャック・ダイヤモンドの姿は無かった。

 その代わりに、ステージの中央には水色の髪をした青年が立っていた。


 彼はエース・ド・スペード。クイーン・ハートと同様に目元がペイントで塗られた彼もまた、謎めいた魅力を持っている。

 これまで現れた2人やジョーカー団長のような華やかな服装とは違い、エースは鎧のような衣装に身を包んでいた。その鎧は黒っぽく、全体に何やら光るパーツが散りばめられている。光るパーツは、どれも丸い形をしていた。


 彼の登場とほぼ同時に、場内の天井に暗雲が立ち込める。どこからともなく現れた黒雲は、どんよりとした空気を運んで来る。それはただの暗雲ではない。黒い雲の隙間からは、時折青い光が発生していた。雷雲だ。


 しばらくすると、テント内に雷鳴が轟き始める。トランプ・サーカスに掛かれば、天候さえも自由自在に操る事が出来ると言うのだろうか。

 時間が経てば経つほど、青い雷の激しさは増し、幾度と無く場内は青い光に包まれるようになっていた。


 それからほどなくして、ついに落雷が始まった。激しさを増す青い雷は、何度もステージ上に落ちる。観客は、その様子をハラハラしながら見つめていた。


「うぉっ‼︎」


 青い雷は、ステージの端にいるベルのすぐ傍にも落ちた。


「‼︎」


 数秒後、全ての観客が言葉を失う。ショーが始まって数十分。すでに観客は何度も驚かされて来たが、今度のパフォーマンスも彼らにとっては衝撃的だった。


 これまでで1番大きな雷が、暗雲の真下にいたエースに向かって落ちて来たのだ。エースに落雷が直撃してしまった。これは、不幸なアクシデントなのだろうか。


 落雷の瞬間、そのあまりの雷光の眩しさに誰もが目を瞑っていた。そのため、誰もが落雷がエースに直撃する瞬間を見逃していた。


 目を開いた観客の前に現れたのは、さらに彼らを驚愕させる光景だった。エースに向かって落ちていた青い稲妻は、不思議なことに、空中で動きを止めていた。それも1本だけでは無かった。エースに向かって幾本もの稲妻が落下していたのだが、それらは全て空中でエースに届く前に止まっていた。


 よく見てみれば、青い稲妻は全て、空中で氷漬けにされていた。


 エースのアーマーに装着されている丸いエネルギー機関らしきもの。身体中のエネルギー機関が青白く輝き、そこから発せられた冷気が稲妻まで伸びていたのだ。エースの氷の黒魔術(グリモア)が、青い稲妻を制した。この光景には、誰もが感嘆の声を上げる。


 エース・ド・スペードのパフォーマンスはこれだけでは終わらなかった。空中に浮かぶ雷と氷の芸術作品は、さらなる昇華を遂げる。

 エースが右手で何かを握り潰すようなジェスチャーをすると、宙に浮かぶ巨大な冷凍雷が砕け散った。その瞬間、場内は再び青い光に包まれた。今ので、氷に閉じ込められていた雷が一斉に飛び出したようだ。


 砕け散った氷のかけらは一斉に輝き出し、テント内が美しい煌めきに包まれる。観客が宙に舞うキラキラとしたものに見惚れていたのも束の間。そこに新たな変化が起こった。

 宙を漂った氷の細かい粒子が、ゆっくりと降下を始めたのだ。雪となった氷の粒は、ふわふわとステージ上、そして客席に舞い降る。すでに雷は解放されているため、この雪に触れても感電する事は無い。


「ショーはまだ終わりません!最後はキング・クローバーの登場です‼︎」


 場内の興奮冷めやらぬ中、ジョーカー団長が新たにアナウンスする。この時、会場のボルテージは最高潮に達していた。興奮しきった観客の前に最後に現れるのは、どんなパフォーマーなのだろうか。


 例に従って一旦暗くなったステージ上に現れたのは、最後のパフォーマー。その名に相応しく最後を飾る“(キング)”。緑色の短髪が特徴的な彼は、頭上に王冠を乗せていてる。端正な顔立ちをした褐色の肌の王が優雅にお辞儀をすると、客席から黄色い歓声が上がる。


 キング・クローバーが動き始めると、彼の背後からもう1人何者かが現れた。観客の誰もが最初、そこに現れたのはもう1人のパフォーマーだと思っていた。

 しかし、観客の予想は大きく裏切られる事となる。


 ステージ上に立っていたのは、2人のキング・クローバーだったのだ。どれだけ目を凝らして見ても、その姿は全く同じだった。服装だけでなく、髪から顔まで全て同じだ。

 それだけでなく、2人のキングは全く同じ動きをして見せた。まるで鏡写しのように、寸分も狂わず彼らの動きまでもが全く同じだ。


「見たかジュディ‼︎凄いぞこのサーカス‼︎」


 ベルは騎士団としての仕事をすっかり忘れ、サーカス・ショーに見入っていた。


「何やってんだよ‼︎見るのはそっちじゃなくて、こっちだろ‼︎」


 この時初めてベルが客席を見ていなかった事に気づいたジュディは、急いでベルの身体の向きを強制的に変えた。これにより、ベルの視界に映るのは興奮しきった観客だけになった。


「何すんだよ!」


「何すんだよ!じゃねえから‼︎ちゃんと仕事してくんない?」


「ちぇっ……」


 楽しいサーカス鑑賞を邪魔されたベルは反射的に文句を言う。トランプ・サーカスが繰り広げるショーは観客のみならず、ベルの心まで魅了していた。


「あっ‼︎」


 ベルがぼんやりと客席を眺めていた時、そこにはこれまで無かった何かが姿を現していた。ショーが始まる前はあれだけ探しても何も無かったのに、今は確かに、そこに怪しいものがあった。


挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


トランプ・サーカスのメンバーが大体出揃いました。

次回、ベルが発見したものの正体が明らかに?

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