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第14話「届いた声」【挿絵あり】

暴走を始めたベル。悪魔に奪われた意識を取り戻すことは出来るのか!?

 ベルは真っ暗な空間で呆然と立っている。


 何も聞こえない。何も見えない。ただひたすらに、真っ暗な空間。ここは一体どこなのだろうか。何もないこの空間で、ベルはただ歩く。


「…ぇ……」


 声が聞こえる。何を言っているかは分からないが、確かに何か聞こえる。


 その瞬間、ベルの目前に光が見えた。


 一筋の光。それは、真っ暗なこの場所を照らし出す。何も見えなかったこの場所に差す、ただひとつの光。


「……めて!」


「やめて‼︎」


 聞こえる声は、徐々にはっきりとして言った。誰かが必死に叫んでいる。確かにリリの声はベルに届いていた。悲しみを湛えたその声に、ベルはハッとする。


 その瞬間、目の前に扉が見えた。それは見た事もない扉だった。その扉は、鉛筆1本分わずかに開いていて、そこから光が漏れている。おそらく、その声も扉の向こうからしているのだろう。


 ベルには分かった。その声がリリのものである事が。孤独な生活の中、久しぶりに会った人。ここまで真剣に向き合ってくれる人に、ベルは初めて出会った。


 そんな大切な人の声は、聞いただけで判断がつく。リリが悲しんでいる。そして叫んでいる。それがどういう事か。ベルはすぐに理解した。


 恐れていた事が、ついに起こった。それは、自分の中の悪魔が暴れ出しているという事。このままでは、せっかく自分に近づいて来てくれた人たちも離れていく。また人を傷つけてしまう。


 こんなのはもう嫌だ。自分の知らないところで、自分の顔をした悪魔が暴れている。今までは、ベルのために必死になって叫んでくれる人なんていなかった。


 しかし今、ベルには支えになる良き理解者がいる。抱えた爆弾をちゃんと分かってくれる人がいる。今までは、悪魔が暴れている最中に目が覚める事はなかった。


 だが、今はリリの声で目が覚めた。リリがいれば、この恐ろしい経験をせずに済むのかもしれない。ベルはそう思い、目の前に見える扉に向かって歩き出す。


「好き勝手暴れてんじゃねえよ、クソ悪魔」


 ベルはそう言うと、扉に手をかけた。ゆっくりと、その扉は開いていく。


 すると、真っ暗な世界に光が溢れ出す。それはとても明るい光だった。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 アローシャの動きが止まったまま、わずかな時間が流れた。


 白い少年を持ち上げていた右手の力はすっかり抜けてしまい、白い少年は地面に落とされる。

 その時、ベルの左目は緑色に戻っていた。


 燃え盛る炎をまとった右手で絞めあげられたその首は大火傷を負い、真っ赤にただれてしまっていた。それは、とても痛々しい光景だった。大怪我を負ってしまった白い少年は、動く事すらままならない。虚ろに目を開き、力なく眼球を動かして、口をパクパクさせている。


 その声はとても(かす)かで、何と言っているのかも聞き取れないほど。瀕死の重傷だ。このまま放っておけば、確実に死んでしまうだろう。


 一方ベルは、力なくその場に倒れ込んだ。強大な力を放った反動が来たのだろうか。


「………」


 自分から意識を取り戻したのは、ベルにはこれが初めての経験だった。今まで経験したことのない感覚が、ベルを襲っていた。とても気分が悪い。悪魔が人間の身体で魔力を使うと、ここまで人間の身体は消耗してしまうのか。


 ベルは起き上がろうともせず、その場で俯いている。それは自分から意識を取り戻した事を後悔させるほどの、気分の悪さだった。

 しかし、自分の知らないところで自分を暴れさせるよりはマシだ。ベルはそう感じていた。


「ちょっと、どうしちゃったの?大丈夫?」


 やっと大人しくなったベルに、リリは近づいて声をかけた。

 彼女の大きな瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいる。覚悟はしていたはずなのに、いざ悪魔に乗っ取られたベルを見ると、涙が出てしまったのだ。それは、同情ではなく恐怖によるものだった。


「来るな!」


「え?」


 リリの気配を感じたベルは、突然声をあげる。


「………」


 リリは何と言えばいいか分からなかった。何か言いたいのに、恐怖で何も言葉を考えることが出来ない。ベルの中には、地雷のように、いつ目覚めるか分からない悪魔が潜んでいるのだ。


「俺は自分が怖い。自分が自分でなくなる時が怖いんだ」


 これ以上大切な人を失いたくない。だから、近づいて欲しくない。


「俺の中の悪魔が、アローシャが目覚めた時のことは、何も覚えてない。俺に近づくな……俺は悪魔だ」


 ベルは自分自身に怯えている。目の前には、首が赤くただれた少年。彼をこんな状態にしてしまったのは、間違いなく自分だ。

 それは分かっていたが、ベルはどうしてこうなったのかが分からなかった。それが怖い。それでもリリは、危険な自分を受け入れてくれた。


 だが、再び悪魔が目覚めて分かった。やはり彼女と一緒に行動する事は出来ない。いつ、目の前の白い少年のように傷つけてしまうか分からない。


「私は大丈夫だよ」


 リリはそう言って、ベルに抱きついた。


「⁉︎」


 ベルは驚きを隠せない。


「怖いって分かってるから……だって悪魔がいるんだもんね。だから、分かってるから、私は大丈夫だよ」


挿絵(By みてみん)


 リリのうるんだ瞳は、(たた)えた大粒の涙をこぼしてきらめいている。そのまま彼女はベルを強く抱きしめた。

 そんな彼女の身体は震えている。


「………バカだな。無理すんなよ。震えてるぞ」


 ベルは、必死に自分に向き合ってくれるリリの姿を見て、少しばかり落ち着きを取り戻した。とてつもない恐怖を乗り越え、リリは少年と向き合ってくれる。信頼できる人間だ。


 ベルは無言のままリリの腕を優しく(ほど)き、起き上がると、倒れている白い少年を見つめた。


「オーブを抜き取ったってのは、コイツかもしれない」


「どういうこと?」


 リリはこぼれた涙を拭きながら、背を向けたベルを見る。


「俺がお前に抱きついた時。あの時、屋敷に密集してたオーブが、いきなりお前に降り注いで来た。コイツはオーブを操ることが出来るのかもしれない」


「あはは……ヘンタイなんて言ってごめん。でも、ジェイクさんはオーブを抜き取れるのは悪魔しかいないって言ってたよね。この人が悪魔だって言うの?」


 リリは気まずさを隠すために、すぐ返事をした。

 そして浮かぶひとつの疑問。オーブを操る謎の白い少年。


「悪魔に器の中のオーブを取り出す事が出来ても、操れるかどうかは分からない。そういうところは、ジェイクさんに聞いてみないとな」


「そうね……」


「それはそうと、コイツが笑って手を挙げた瞬間、苦しくなったんだ。俺もオーブを抜き取られかけたってことだと思う。そのせいで俺は意識を無くしちまったんだけどな」


 白い少年は何者なのだろうか。ベルがそうであるように、悪魔に身体を乗っ取られた人間なのだろうか。だとしたら、なぜベルと同じ顔をしているのか。


「じゃあ、この人が犯人じゃん。初めて会った人のことを“貴様は僕”だなんて、怖いね」


 リリは身震いした。確かに、今目の前で倒れている白い少年は、頭のおかしな変質者だ。


「コイツ、俺と顔似てなかったか?」


 ベルもまた、身震いした。目の前に倒れている少年は、瀕死の状態。顔からも出血していて、すでにその顔がベルと似ているかは判断できない状態になっていた。


「うん。確かにベルと同じ顔だったよ」


 リリもそれを思い出し、気味が悪くなった。


「あれ?」


 ふとベルがあたりを見回すと、さっきまで確かにそこにあったはずの少年の身体が、忽然と消えていた。


 すでに白い少年は瀕死状態だったため、誰ひとり彼の逃亡の可能性を考えてはいなかった。


「どういうことだ……」


「いつ逃げたの?って、あの傷じゃ1人で逃げられるはずないけど」


「でもアイツは、悪魔か黒魔術士(グリゴリ)だ。そう考えれば不思議じゃない。瞬間移動でもしたんじゃないか?」


 ベルは冷静に判断した。白い少年が、何らかの魔力を持っていたことは事実。ほかにも、何か不思議な力を使えてもおかしくはない。


「確かにそうだね。と、とにかく、今日は一旦ジェイクさんのところに帰りましょう」


 リリはこのままここにいても、今日出会った不思議な出来事の数々に、答えが出るとは思わなかった。


「⁉︎」


 その直後、予想だにしない展開がベルを待っていた。


 ベルが自身の右手に視線を落とすと、そこには手錠が掛けられていた。


「さぁら来てもらおうか」


 そう言ったのは、他ならぬ保安官ハメルだった。ベルとリリは、彼の存在をすっかり忘れていた。2人は面倒な人間と出会ってしまったのだ。


「ちょっと!なんで手錠なんかかけるんですか!」


「まあ黙って来いや。少なくとも、さっきのは殺人未遂だと思うけどな」


 ハメルは意地悪な笑顔を見せると、ベルの右手を無理やり引っ張った。


「痛ってーな!」


 ハメルはそれ以上口を開かなかった。彼は黙ったまま、ベルを連れて歩き出す。このままベルを放っておくわけにはいかず、リリもハメルについて行く。


「放せよ‼︎」


 ベルは、ハメルに抵抗し続ける。白い少年と戦っていた件で逮捕したのなら、この保安官は頭の固いただの厄介者だ。


「………」


 暴れているベルの右手を、力づくでハメルは自分のもとへ戻す。


「だから痛てーっつってんだろ!」


「だったら黙ってついて来い」


 ハメルは、再び意地悪な笑みを見せる。


「はぁ~……」


 そんな様子を見て、リリは溜め息をつくのだった。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 ハメルがベルを連れて来たのは、言わずもがなアドフォード保安官事務所。レッド・パラダイスのような木造の建物だ。


 3人は、開き戸から中へ入る。


 鼻に届くのは、木の香り。そばに砂漠があるため、室内にも砂が入って来て、至るところがザラついている。


 テーブルの上には、書類や拳銃、食べ物などが散らばっていた。


 そして、壁には数えきれないほどの指名手配書。その中にはロックたちのものもあった。その賞金の欄は何度も塗りつぶされ、額がどんどん増えている。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


白い少年との戦いに勝利するも、逮捕されてしまったベル。逃亡の旅は始まった直後に終わってしまうのか!?

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