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第96話「禿鷹の鉤爪」(1)

次のミッションが始まるのは1週間後。その間にベルが向かったのは…


改稿(2020/10/15)

 それから数日経ったある日、ベルはエリクセスの街中を歩いていた。


 晴れ渡る空の下に、幾つも聳える摩天楼。ベルはこの街の昼と夜が分からなくなり始めていた。昼間は当然太陽の光によって明るいが、この街は太陽が顔を隠す夜でも同じように明るい。


 トランプ・サーカス護衛ミッションまでは、まだ時間がある。ベルには、どこか目的地があるようだ。


 しばらくすると、ベルはエリクセスの街の外れまで来ていた。街の中心部から離れた大都会の片隅。流石に中心部を離れると、都会らしさも薄れて来る。

 ベルがたどり着いたのは、緑溢れる都会らしからぬ場所だった。森に隣接したこの場所には、木造の簡素な家が1軒建っている。何も無さそうなこの地に、ベルは一体何をしに来たのだろうか。


 コンコンコン…


 ベルはその家の入口に立つと、徐に扉をノックした。


「はい」


 家の中から声が聞こえると、すぐに玄関の扉が開かれる。そこに現れたのはロビン・カフカだった。ロビンは、ベルの顔を見た途端に扉を閉め、鍵まで掛けてしまった。


「おい!顔見ただけで鍵掛けるって失礼過ぎないか‼︎おい!ハゲ!ハゲハゲハーゲ‼︎」


 あまりに失礼なロビンの態度を受けて、ベルは幼い子どものようにロビンを罵り始める。ベルは何やらロビンに用があってここを訪ねて来たようだが、当のロビンは、要件を聞く前からベルを拒絶している。


「俺はハゲでは無い禿鷹だっ‼︎」


 反論せずには居られなかったロビンは、思わず扉を開けてしまう。


「ニヒヒヒ……」


 ベルは待ってましたと言わんばかりに、その瞬間ロビンの家に転がり込んだ。あの“禁句”を聞けば、ロビンが扉を開けると分かっていたのだ。


「何の用だ……クソガキ……」


 結果としてベルを家に招き入れる事になったロビンは、不機嫌そうな顔をしている。ベルが半ば無理矢理この家に侵入した事、それからベルの侵入を許してしまった自分に、ロビンは腹を立てていた。


「会いたいからじゃダメなのかよ。ジュディからお前の家を聞き出したんだよ」


「気持ち悪いな……またジュディ・アージンか……って、まだ要件聞いて無いんだが?」


 まるで彼女の家に突然来た彼氏のような発言をするベルに、ロビンはドン引きしていた。


「この街に来る前、俺思ったんだ。黒魔術士(グリゴリ)だろうと黒魔術(グリモア)が使えるだけじゃダメだって。ちゃんと生身でも強くならないとって思ったんだ。それで、アムニス砂漠で見たお前の足技を思い出したんだ」


 ベルがそう考えるようになった原因は、月衛隊(ルナ・ガード)の隊長ベンジャミン・カシリの存在にあった。彼は黒魔術(グリモア)を使わずに黒魔術士(グリゴリ)に匹敵する実力を持っていた。これからもそんな敵に遭遇するかもしれないし、突然魔法が使えなくなる事だって無いとは言い切れない。

 ベルは、黒魔術(グリモア)以外の力を欲していた。


「そんな基本中の基本に、今さら気づけて良かったな。だが生憎、俺は弟子なんか取らないタイプなんだ」


 ロビンは非協力的だった。純粋に強くなりたいベルに、ロビンは微塵も協力する姿勢を見せない。


「いや〜俺ってさ、教えてくれる人がいてこそ強くなるタイプっつうの?だからさ……」


「だから何だ。1人で勝手にやってればいいだろ」


「そんな固い事言わないで教えてくれよ!案外師弟っつーのも良いもんかもしれないぜ?」


「ワケの分からんことを…………」


 それでもベルは根気強く交渉を続ける。この街には他にも強い人間がわんさか居るのかもしれないが、ベルが実際にその目でその実力を見たのは、ロビンだけ。アイザックの居ないこの街で、ベルが頼れるのはロビンしか居なかった。


「ずっとそうやってるつもりか?」


「あぁ。教えて貰えるまで帰らねぇ」


 諦めの悪いベルは、ロビンの家の中で石のように座り込んでいる。頑として動かないつもりだ。ロビンがベルの特訓に付き合う可能性は微塵も感じられないが、ベルはこうしてずっとロビンの気が変わるのを待つつもりだ。


「……無理矢理追い出す事だって出来るんだぞ?」


「そんな事しやがったら、この家燃やすからな」


「お前、サラッととんでもない事言いやがったな…」


 試しにロビンが軽く脅してみると、ベルは恐ろしい事を口にした。ロビンはベルを追い出す以上の事はしないつもりのようだが、ベルは自分の意見を通すためにはこの家を燃やしてしまう事も厭わない。そんな常識外れなベルの発言に、ロビンは冷や汗をかいていた。


「……分かった。付き合ってやろう。その代わり、気が済んだらさっさと帰るんだぞ」


 ロビンは少しばかり沈黙し、ベルが帰るのを期待したが、最後にはそれを諦めた。待てども待てどもこの状況が変わるはずも無く、ロビンがベルに折れた形となった。


「よっしゃ‼︎」


 思い通りに事が運んで、ベルは幼子のように喜んでいる。これまでロビンは散々ベルをいびって来たつもりだったのだが、今では反対に、良いように扱き使われている。


 それからしばらくして、ベルとロビンは家の外に出ていた。ロビンの家の周りに広がるのは、都会らしからぬ大自然。動物が好きなロビンは、森も好きだった。


「ほれ」


「うぉおい!いきなり何すんだ‼︎危ねぇな!」


 開けた場所に着いた途端、突然ロビンはその辺に転がっていた丸太を、ベルに投げ飛ばした。急な出来事に慌てふためくベルだったが、何とかそれを避けた。


「もう特訓は始まっている。何を避けているんだ。こんな丸太くらい、その拳か足で真っ二つにしてみろ」


 ここでロビンのドSぶりが発揮される。何も教える事なく、いきなり実践授業を始めたのだ。体術のいろはも知らないベルに何も知らせず、急に丸太を投げるとは、まさにドSの極みである。


「馬鹿かハゲ‼︎何も教えてもらってねぇのにいきなり出来るわけないだろ‼︎」


「出来ない理由を自ら作るな。こういうものは感覚で覚えていくものだ。まず、この丸太に1発打ち込んでみろ。話はそれからだ」


 かなり破天荒なロビンのやり方に反発するベルだが、ヴァルチャーがやり方を変える事は無かった。まずは身体に覚えさせる。ベルにとってはそれが最善策だと、ロビンは考えていた。


「……やってやるよ。かかって来いや」


 しばらく不満そうな顔をしていたベルだったが、スイッチが切り替わるようにして、すぐに真剣な表情になった。このまま抗議していても何も始まらないと理解したのだろう。


「よろしい」


 ようやく自分のペースを取り戻したロビンは、心なしか嬉しそうな表情を浮かべた。


 2人のいがみ合いも終わり、ようやく薪割りの特訓が始まった。さっきと変わらずロビンはベルに向かって足元に転がっている丸太を投げ続けている。

 最初ベルは丸太にぶつかる事を恐れて思わず避けていたが、次第に拳や足が先行して動くようになっていた。回数を重ねる度に、拳や足が丸太を掠めるようになって行く。


「来た‼︎今度こそ…」


 今度こそ、ベルは丸太に一撃食らわせるつもりだ。ベルの目は飛んでくる丸太だけを捉えている。丸太だけを見ているベルにとって、飛んでくる丸太の速度はゆっくりに感じられた。これは行ける。そう思ったベルは、全力を込めた右の拳を、勢い良く丸太に向かって突き出した。


 ベルの拳と丸太がぶつかったその瞬間、鈍い音がする。ベルは拳を突き出したまま動きを止め、一方の丸太は勢いを失って真下に落下した。


「痛ってぇーっ‼︎」


 その直後、ベルは右の拳を引いて、思い切り叫んだ。引いた右手を左手で押さえながら、ベルは涙目になっている。どうやら丸太の硬さを見誤っていたようで、丸太の力に完全にベルが負けた結果となった。

 落下した丸太は真っ二つに割れる事はなく、そのままの状態で転がっている。


「次!」


 涙目になってベルが泣き叫んでも、ロビンの手は止まらない。ドS男は、容赦なくベルに向けて丸太を投げ続ける。


「この借りは、後で絶対返してやるからな……」


 ベルは立て続けに飛んでくる丸太を手や足で払いながら、特訓を続ける。静かな怒りを燃やしながら、ベルの特訓は続く。


 そのまま、薪割りの特訓は5時間ほど続いていた。そろそろ丸太を投げるロビンの腕も疲れて来た頃だろう。

 ベルはと言うと、両の拳を真っ赤にして、流血している。黒いブーツはひどく汚れ、木屑がこびり付いていた。5時間休み無く丸太を叩き続けているベルは、すでにボロボロだった。


「まだまだぁっ‼︎」


 ボロボロの状態でも、ベルは果敢に丸太に挑む。それに応えて、ロビンも休む事なく丸太を投げ続けていた。ただ、これまで投げられた丸太はどれも割れることはなく、足元に転がっている。これは“薪割り”の特訓だが、ベルは未だに丸太の表面を削る程度で精一杯だ。


 次に丸太を投げた時、ロビンはこれまでとは明らかに違うものをベルに感じる。ベルは確実に丸太の動きを捉えていて、その構えも、今までとは違って洗練されていた。


「だぁっ‼︎」


 次の瞬間、この日初めて丸太が真っ二つに叩き切られた。すでにボロボロになった右の拳を使って、ベルは奇跡を起こした。奇跡的に全ての条件が揃い、何ひとつ力を無駄にせず、丸太にぶつける事が出来たのだ。初めて薪割りに成功したその瞬間、ベルは無邪気な笑顔を浮かべた。


「よし、もうこの辺で良いだろう」


 ようやく特訓の成果が出始めたところで、突然ロビンがそう言った。


「おい、気が済むまでって言ったよな?俺はまだ全然気が済んでねえぞ‼︎」


 一方的に特訓を終わらせようとしているロビンに対し、ベルは猛反発する。確かにロビンは最初、“気が済んだらさっさと帰るんだぞ”と言った。ベルはその言葉をしっかりと覚えていた。


「……分かっている。明日も来ればいいだろう?」


 当のロビンも自身の発言を覚えていたようで、これからもベルの特訓に付き合う覚悟を決めていた。正直無謀な特訓でベルを挫折させようと思っていた部分もロビンにはあったが、ベルはそれについて来て、さらには目標を達成した。まっすぐなベルの姿勢を見ていたロビンは、心変わりしたのだろう。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 それから数日の間、ベルとロビンの薪割りの特訓は続いていた。

 ベルの足元には、細くなった丸太が幾つも転がっている。口で細かく説明するより、実際にやってみて身体に感覚を覚えさせる。それがロビンの教え方だった。実際のところ、ロビンはこの特訓の詳細についてベルにほとんど説明していない。それでもベルは感覚的にロビンの教えたい事を理解し、ものにした。


 そんなベルの両手には包帯が巻いてあった。ズボンとブーツで隠れて見えないが、きっと両足にも包帯が巻いてあるのだろう。


「突然だが、この特訓は今日で終わりにする」


「は?俺はまだまだ終わらせる気は無いぞ?ただ丸太割って来ただけで、何も教えて貰って無いんだからな!」


 またしても一方的に特訓を終わらせようとするロビンに対し、ベルは不満を吐き出した。

 今日という今日は、彼は本当にこの特訓を終わらせようとしているらしい。


「あのな、俺だって暇じゃないんだ。俺は明日からミッションでエリクセスを離れる。お前のせいで貴重な下調べの時間がかなり削られた。お前が何と言おうと、今日で最後だ」


 ベルが何と言おうと、ロビンは今日でこの薪割りの特訓を終わらせるつもりだった。ロビンもベルと同じく騎士団の一員であり、同時期に別の任務に就く団員がいても何ら不思議では無い。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


ロビンとの修行ももうすぐ終わり。最後にロビンはどんな試練をベルに課すのか!?

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