第94話「暗闇の天幕」【挿絵あり】
見え隠れする新たな影。次にベルを待ち受けているものとは⁉︎
改稿(2020/02/15)
Episode 6 : Four Of A Kind/フォー・オブ・ア・カインド
ここはとある町の片隅。澄んだ夜空の下には、奇抜なデザインのテントが複数張られていた。辺りが暗いため多少はその派手さが抑えられてはいるものの、そのテント群は隠しようの無い存在感を放っていた。
その奇抜なデザインから、このテント群はサーカス団か何かのものだと推測されるが、猛獣を閉じ込めておくような檻は見受けられない。さらには、まるでそこに誰もいないかのように、辺りは静まり返っていた。
沈黙が辺りを支配する中、テントのひとつから話し声が聞こえて来る。確かにテントの中からは人の声がするのに、なぜかそこは真っ暗だった。数名が会話しているようだが、その顔や外見を視認する事は出来ない。テントの中には人がいるのに、どのテントにも明かりは1つも無い。それは少し不気味な光景だった。
「騎士団に厄介な奴が入ったそうじゃないか」
誰かが言った。その声は女性のようだった。
「本当に困ったものだ。強力な黒魔術士をごまんと抱えている騎士団様が、なぜ躍起になってブラック・サーティーンを集める必要があるのだ?」
その声に誰かが答える。どうやら暗がりのテントの中にいる彼らは、ベル・クイール・ファウストについて喋っているようだ。
「奴らのせいで俺の獲物が奪われた。黒魔術士騎士団。実に厄介な存在だ」
そしてまた別の男が言う。
「ブラック・サーティーンなんてのは抱え込んでも厄介事が増えるだけだろうに。一体グレゴリオは何を考えてるのやら」
次に言葉を発したのは、また別の女性だった。これまでにこのテントの中では、異なる4つの声が発せられた。
「十分に気をつけることだ。仮にもここは騎士団の力の及ぶ範囲内。私たちは、自ら彼らのテリトリーへと足を踏み入れたのだ。何が起きようと、自分の身は自分で守ることだ……」
そして発せられる新たな声。彼の声は、これまでのどの人物とも違うものだった。このテントの中には、5人いることになる。一体彼らはこの暗がりでお互いの顔を見ずに何をしているのだろうか。
テントの中に差し込んだ月明かりが、その中の1人の口元を照らす。そこに浮かび上がったのは、悪魔のようでいて、道化師のようでもある不気味な口だった。白い歯が月明かりに反射している。
「もうすぐ忙しくなる。今のうちにたっぷりと寝ておくことだ……」
そう言葉を発したのは、あの不気味な口の男。
これを最後に、テントからは一切声が聞こえなくなった。再びテント群を、沈黙が支配する。彼らは一体何者なのか。
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国王との謁見を済ませたベルは、騎士団本部の団長室にいた。朝から日が暮れるまでアムニス砂漠で戦い、夜は国王との謁見。飛空艇での移動の間しか休んでいなかったベルだったが、ゆっくり休めるようになるのはまだ先の話らしい。
団長室の中では、いつものように謎の人物たちが騎士団長を囲んでいる。部屋の中心で燃え盛る紫炎に向かって、ベルは近づいて行く。ミッションが終われば、通常ならば報告を行うものだが、今回の報告は国王に対して行われた。わざわざグレゴリオに対しても、国王にしたのと同じ報告をする必要はない。
それなのに、ベルは呼び出されていた。
「ファウスト。初任務ご苦労であった。疲れているだろうが、お前に新たなミッションを言い渡させてくれ」
ベルが目の前に来た事を確認すると、グレゴリオはさっそく要件を話した。ベルが呼び出された理由はこれだった。
「はぁ⁉︎何でですか!少しは休ませてくれよ!」
それを聞いたベルは、思わず大きな声で文句を言ってしまう。ミッションの間ずっとロビンといがみ合っていたため、ベルはつい勢いで騎士団長にまで噛み付いてしまった。余計な事を口走ってしまった事に気づくと、ベルは急いで両手を使って口を塞いだ。
「貴様‼︎今度と言う今度は見逃せん‼︎何だその生意気な態度は⁉︎」
あまりにも無礼なベルの態度に痺れを切らしたエイプリルが、声を荒らげる。彼女はベルが初めてグレゴリオに会った時にも怒鳴っていた人物だ。感情を高ぶらせてはいるが、フードを深く被った彼女の表情を伺う事は出来ない。
「落ち着けエイプリル。お前は少し血の気が多過ぎる。これしきのことで騒ぐな。なぁファウスト。お前が疲れていることはよく分かっている。それに、カフカとは相性があまり良くなかったようだな。艇長から聞いたぞ」
グレゴリオはエイプリルとは対照的で、どんな時も冷静さを欠かない。
「あはは……すいません」
ベルはただ苦笑いする事しか出来なかった。
「さて、さっそく本題に入ろう。トランプ・サーカス。聞いたことはあるか?」
「聞いたことあるような、無いような……」
トランプ・サーカス。ベルはその名に微かに覚えがあったが、その詳細を思い出すことは出来ない。
「トランプ・サーカスは黒魔術を使った曲芸を披露する集団で、世界を股にかけて活躍している。1度サーカスを開けば、その唯一無二の芸当を見るために客が殺到する。チケットも即完売してしまうような、大人気サーカスだ」
ベルがいまいちピンと来ていない事を知ったグレゴリオは、トランプ・サーカスについて軽く説明した。
「…………トランプ・サーカスについては分かりました。それが次の任務とどう関係してるんですか?」
普段とは少し違うグレゴリオを見て、ベルは困惑していた。今のところ、次の任務とトランプ・サーカスとの関わりはまだ分からない。
「トランプ・サーカスには、黒魔術士がいる。エース・ド・スペード、クイーン・ハート、ジャック・ダイヤモンド、キング・クローバー。そして、彼らを取り仕切るP.T.ジョーカー団長」
「トランプ・サーカスの話はいいですから、早く次のミッションを教えてくださいよ」
「トランプ・サーカスが次のミッションと大いに関係しているから、説明しているのだ。黙って聞いておけ。彼らは実に様々な黒魔術を使うし、視覚的に人々を楽しませる様々な芸当を持っている。
それ故に、彼らは世界中の名だたる黒魔術士組織のメンバーなのでは無いかと囁かれている。我が黒魔術士騎士団の一員なのでは無いかと言う噂まであるくらいだ」
「噂……ですか?」
トランプ・サーカスは、次にベルが就く事になる任務に大きく関わっているようだ。
「そう噂されるのは、一重に彼らが正体を隠している事に起因する。先ほど挙げた名前も、彼らの本当の名前では無い。言わばコードネームのようなもの。その謎めいた部分が、様々な噂を生む原因なのだ。彼らの正体は我にも分からない」
トランプ・サーカスは謎多き集団で、彼らの正体や実力は一切不明。そのミステリアスな要素が、彼らの人気の理由の1つでもあった。
「そろそろミッションの話題に入ろう。今回の目的は、トランプ・サーカスの護衛だ。彼らは来週からセルトリア王国のヴォルテールでサーカスを開く事になっている。サーカスは1週間の開催予定だ。その間にサーカスと彼らの財産を守って欲しいと、依頼を受けた」
ヴォルテールと言えば、レオナルド・ギャツビーが住んでいた移民の町。アドフォードでベルが遭遇した呪いの椅子の最初の持ち主だ。移民の町ヴォルテールは、セルトリア国外から移り住んだ人々が多く住む町だ。
「黒魔術士騎士団のメンバーがサーカスにいるんだったら、俺たちの護衛は必要無いんじゃないですか?」
ベルは疑問を抱いた。
「それはあくまで噂だ。こうして我らに護衛を頼んで来たと言う事は、彼らの中に黒魔術士騎士団のメンバーは居ないのだろう」
グレゴリオはベルの疑問を解消した。さっきの話はあくまで噂話であり、真偽のほどは定かでは無い。
「なるほど……って事は、俺は1週間そのトランプ・サーカスの護衛に付けば良いってことですか?」
「そう言うことになる。ただ、お前は1人で任務に就くわけでは無い」
グレゴリオの言う通り、黒魔術士騎士団のメンバーが任務に赴く際は原則 2人1組。必ず誰かと組む事になる。
グレゴリオは部屋の片隅に向かって手で合図を送った。前回のバディとは団長室に一緒に入って来たが、今回のバディはすでにベルをここで待っていた。
「ジュディ⁉︎」
暗闇から姿を現したのは、紛れもなくジュディだった。
「何だよ。ウチじゃ文句あんの?」
驚きを隠せないベルを見て、ジュディは浮かない表情をしている。
「……2回連続でめんどくせぇ奴と組まされるのは勘弁して欲しいな」
「あぁん⁉︎何つった?今何つった⁉︎」
小声でベルが漏らした不満を、ジュディは聞き逃さなかった。彼女は鬼の形相でベルを睨みつけている。
「別に……耳鳴りじゃね?」
ベルは、ここぞとばかりに以前ジュディが言った台詞を流用した。ベルは、澄ました顔でジュディを見ている。
「舐めてんじゃねぇぞコラ……」
ジュディは笑っているが、目が笑っていない。
「それくらいで気は済んだか?」
「……すみません、取り乱しました」
これまで黙って2人の様子を見ていたグレゴリオが口を開いた。騎士団長の言葉を聞いたジュディは、急に顔を真っ赤にして恥ずかしがった。ナイトの前と言いグレゴリオの前と言い、彼女は目上の人間の前で我を忘れる傾向があるようだ。
「今回のミッションは1週間後に始まる。1週間後の朝、シップ・ポートに来てくれ」
グレゴリオがそう言うと、忽然とチケットのような紙切れが出現し、ベルとジュディの手のひらに舞い降りた。
その紙切れには“騎士団専用飛空艇搭乗券 ヴォルテール行 出発時刻:5/22 9:00”と記されていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今度のバディはジュディ。そして任務の地は謎のサーカス。またまた波乱が起きそうな予感。




