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第91話「他所者」(2)【挿絵あり】

 他所者(アルグリバー)盗賊団の拠点はアムニス砂漠だけではない。今でこそ砂漠で活動している事が多いものの、故郷を持たぬ者たちで構成されたアルグリバーは、本来根城を持っていない。

 この頃のイシャールは、ベルたちと出会った頃よりも少し若く見えた。


「……ヨソモノ?」


 威勢良く吠えてはみたものの、ガランにはイシャールの言葉が理解出来なかった。ヴァルダーザは目立った観光地もないため、他所者が足を踏み入れる事は滅多にない。


「そうか、私の言葉が分からなかったか。私はヴァルダーザの人間ではないんだよ。この町の外から来た人間の事を、他所者と呼ぶんだ」


「じゃあどこから来たんだ?」


「どこでもない場所さ………ところで少年、何をしているのかな?」


 イシャールの言葉をほとんど呑み込めていないガランは、間の抜けた表情を浮かべるばかりだ。


「ベンチ作ってる」


「まだ小さいのに……なかなかやるじゃないか!」


「もう小さくなんてないやい!このハンマーと釘を使いこなせるようになったら俺、父ちゃんと母ちゃんの仕事を手伝うんだ!」


 威勢良く反発するガランの姿勢は、ベルに近いものがあった。


「そうかそうか……お前の両親は大工なのか。それは立派なことだ!だがな、少年。それじゃあ、ご両親の役には立てないぞ?」


 イシャールはガランのひたむきな姿勢に感嘆した。だが、幼子をただ褒めるだけでは終わらないのが盗賊王イシャールだった。


「う、うるさい!ヨソモノは黙ってろ!」


「ハハハ!気に入った。面白い小僧だ!」


 少し違和感のあるイントネーションでガランが吠えたのを見て、イシャールは思わず笑顔になった。どうやらガランは、まだ他所者という言葉の意味を完全には理解していないようだ。この時イシャールがガランに掛けた言葉は、ベルに掛けられた言葉とよく似ていた。


「?」


 精一杯怒ったつもりなのに、イシャールは笑っている。ガランにはその理由が全然分からなかった。怒られて嬉しいのだろうか。小さなガランには、イシャールという男の考えが全く分からなかった。


「まあとにかく……少年よ、私が立派なベンチの作り方を教えてやろう」


 イシャールはガランの肩を叩く。そうして、そんな愛おしいガランの顔を盗賊王はしばらく見つめた。


「ヨ、ヨソモノなんかにベンチの作り方なんて分かるわけないだろ‼︎」


 少年はイシャールの事を見くびっていた。ガランは上から目線で他人から指図されるのが嫌いなのだ。


「おいおい、これでも私は1人で小屋を建てたことくらいあるんだぞ?」


「本当?」


 イシャールの実力を聞いた途端、ガランは剥き出しにしていた敵意を一切見せなくなった。ガランは実に単純な性格をしていた。


「本当だとも。さあ、私と一緒に立派なベンチを作ろうじゃないか!」


「うん‼︎」


 こうして、盗賊王イシャールとごく普通の少年ガランは出会った。この頃 他所者(アルグリバー)はアムニス砂漠のみならず、リミア連邦の各地に出没していた。ちょうどイシャールはここ数日よくヴァルダーザを訪れていて、たまたまガランと出会った。


 それからガランはイシャールから手ほどきを受けて、怪我をしながらもベンチを作り上げて行った。ガランは日々両親の仕事を見てはいたものの、小さな子どもが独学で、しかも短時間で、それと同じ事が出来るようになるはずはなかった。

 イシャールは本当に小屋を建てた経験があるようで、ガランに分かりやすくそのテクニックを伝授していた。ベンチ作りの間、2人の間には笑いが絶えなかった。初対面で、2人はお互いの相性の良さを理解していた。


「よし‼︎立派なベンチが出来たぞ!これだけ作れるなら、きっとお前もご両親の役に立てるはすだ!」


「へへっ!」


 2人の目の前には、立派でしっかりとしたベンチが出来上がっていた。背もたれはないものの、とても座り心地が良さそうだ。最初にガランが作っていた無骨なベンチとはわけが違う。イシャールの腕前と、教える能力の高さにガランは感心していた。もうガランにとって、イシャールはただのヨソモノではない。


「早速座ってみるか!」


「うん!」


「……こりゃ最高の座り心地だな‼︎」


「俺が作ったんだ!当たり前だろ⁉︎」


「誰のおかげで作れたと思ってるんだ?ハハハ!このお師匠様の存在を忘れるんじゃないぞ〜!」


挿絵(By みてみん)


 出来立てのベンチに座った2人は、無邪気に戯れ始めた。大の大人であるイシャールまでもが、子どものようにはしゃいでいた。2人はベンチに座ったまま、くすぐり合ったり、肩を組んだりしている。まだイシャールとガランは出会ったばかりなのに、その姿はまるでもう何年も苦楽を共にして来た友のようだった。


 ガランの家を囲む森に、盗賊王と小さな子どもの笑い声が響き渡る。この時、2人はこれが最後の楽しい時間になるとは夢にも思っていなかった。森に響き渡る笑い声には、どこか虚しさも感じられた。ヴァルダーザの民を見守る木々たちは、これから訪れる悲劇を知っていたのだろうか。


 それから、ガランは両親の帰りを待った。しばらくガランと一緒に笑い合っていたイシャールだったが、1時間もしないうちに彼は去ってしまった。彼は他所者の盗賊王。あまり長居はしない質なのだろう。


「まだかなぁ〜……」


 待てど暮らせど、ガランの両親は帰って来ない。ガランはベンチにじっと座って待っていたが、もう黙って待っている事は出来なかった。少年は喜ぶ両親の顔が早く見たかった。優しい声で褒めて欲しかった。ベンチに座っていたガランはとうとう立ち上がり、両親の姿を探しに町に出て行った。


 不安と期待を胸に町にたどり着いたガランの目に映ったのは、優しい両親の笑顔ではなかった。そこに広がっていたのは、真っ赤な景色。町中のあらゆる場所から勢い良く炎が立ち昇っている。それは、ガランがこれまでに目にした事のない光景だった。

 赤い町からは、人々の悲鳴が聞こえてくる。聞こえる悲鳴は耳をつんざくほど大きく、甲高い。町中の人々が必死で逃げ惑っているのだ。地獄絵図のような光景を目撃して、ガランは動く事が出来なかった。恐怖で身体が言う事を聞かない。自身に命の危機が迫っている事も少年は理解していたが、身体が動かない。命を奪ってしまうような熱さを、ガランは肌で感じていた。


 その時、ガランはこの大災害の根源を目撃する。町の端で、自分と同じくらいの年頃の金髪の少年が歩いている。周囲の人々が逃げ惑う中、その少年は一切逃げる素振りを見せないし、何かを恐れているようでもなかった。

 彼の右手に注目してみると、そこから真っ赤な炎が放たれているではないか。ガランは言葉を失った。魔法使いを見たのも、ガランはこれが初めてだったのだ。


 ヴァルダーザの町で暴れまわる金髪の少年の姿は、ガランには悪魔に見えた。次々と炎を放出し、一瞬にして町を恐怖のどん底に陥れた悪魔。当然ながら、この時ガランが見た少年と言うのは、幼いベルの身体を操っているアローシャだった。

 暴れまわり、厄災を振りまくアローシャの様子から、ガランは目が離せなかった。大事な家族だけでなく、自分の命までも奪われてしまうかもしれない。それが分かっていても、ガランは幼い子どもの姿をした悪魔から目が離せなかった。


「何してる⁉︎早く逃げるぞ‼︎」


「え?ヨソモノ……?」


 その時ガランの腕を強引に掴み、走り出す1人の男がいた。イシャールだ。彼はこの町を去ったはずだったが、異変を察知して舞い戻って来ていた。一緒にベンチを作っている間に愛着が湧いたのだろうか、イシャールはガラン・ドレイクただ1人を連れて、燃え盛るヴァルダーザから逃げ出した。


「離せ‼︎まだ町に父ちゃんと母ちゃんがいるんだ‼︎早く迎えに行かないと…………死んじゃう‼︎」


 イシャールに抱えられたガランは、必死に抵抗して町に戻ろうとする。両親がまだ家に帰っていないと言う事は、彼らはまだ町にいる。ドレイク夫妻が、燃え盛る町の中心部にいた可能性は高かった。急いで救い出さなければ、普通の人間は確実に死んでしまう。


「落ち着け小僧‼︎もう……………………手遅れだ」


「……………⁉︎」


 必死に足掻くガランの動きを止める言葉を、イシャールは冷たく言い放った。ガランは、それを心のどこかで理解していた。理解していたが言葉にすれば、急に現実味が増してしまう。確かに、ガランの両親が生きている可能性はこの時点で限りなくゼロに近かった。ガランは。しばらく完全に動きを止めてしまった。


「でも……そんなのまだ分からないじゃないか‼︎早く助けないと…」


「死にたいのか⁉︎戻ればお前も無事では済まないぞ‼︎そんな可能性の低いことに、お前の命を賭ける必要はない‼︎」


「うるさい‼︎離せ‼︎」


 しばらくすると、再びガランは暴れ出す。どうしても両親の生存を信じたいガランは必死だ。大切な家族を助けるのを。諦められるはずがない。

 このままでは、ガランは大切な人と生き甲斐を失ってしまう。ただ、それはイシャールにとっては浅はかな考えだった。大切な人を助けたい気持ちは、イシャールにも痛いほど分かっていた。

 それでも、この絶望的状況下で、幼い子どもを命の危険に晒すわけにはいかない。腕を振り回したり足を蹴り上げたりして必死にイシャールの腕から逃げようとするガランだったが、盗賊王はしっかりとガランを捕まえていた。どんなに殴られようと蹴られようと、盗賊王が腕を離す事はなかった。


 やがて、2人はヴァルダーザが見えない場所まで離れていた。2人がたどり着いたのは、砂の大地アムニス砂漠。


 砂漠までたどり着いたイシャールは、ようやくガランを地面に降ろした。まだ抵抗を続けていたガランは、地に足をつけた途端ヴァルダーザ方面に向かって一気に駆け出した。


「えっ⁉︎」


 ところが、ガランの動きはすぐに止められてしまった。彼が足元を見やると、そこには砂で出来た手があった。2本の砂の手が、ガランの両足を掴んで離さない。


「何だよこれ‼︎」


「私の力だ。ここまで来た以上、もうお前は故郷に戻ることは出来ない。もはやお前に故郷はない。お前は私と同じ、他所者になったのだ」


 この瞬間、ガランは他所者(アルグリバー)の1員となった。イシャールの言う通り、もはやガランに故郷はない。


「俺はヨソモノなんかじゃない‼︎早く帰って父ちゃんと母ちゃんを助けるんだ‼︎」


「まだ分からんか‼︎今頃ヴァルダーザの町にいた人間は1人残らず死んでいる!お前の故郷は全て燃えてしまったのだ!」


「俺は他所者なんかじゃない!俺には帰る場所があるんだ‼︎」


「故郷のことは忘れろ、我らは故郷を持たぬ他所者だ。その方が悲しまずに済む」


「……………」


 イシャールと言い合いをしていたガランだったが、しばらくすると黙り込んでしまった。反論の言葉が浮かばないのか、イシャールの言葉に納得したのか、それともただ疲れてしまっただけなのか。

 それは分からないが、イシャールの言葉確実にガランの心に留まっていた。故郷を持たぬ他所者として生きる事を、ガランはこの時心に決めた。


 ヴァルダーザは焼き払われ、こうして他所者ガラン・ドレイクは誕生した。故郷と家族を失ったガランは、金髪の幼き悪魔への復讐を誓った。ガランはイシャールから教わった建築技術を応用し、武器を造るようになった。ガランの造る武器はどれも無骨で不器用な印象を受けるが、とても頑丈だった。その中で、あの巨大なハンマーも出来上がったのだろう。


 他所者として盗賊活動をしているうちに、ガランはあの事件の犯人ベル・クイール・ファウストの素性を知った。

 それから1年前。2人はようやく因縁の再会を果たした。ベル・クイール・ファウストとガラン・ドレイク。それは似て非なる者。どちらも、ある1人の人間に復讐を誓い、11年前とは全く違う人生を歩む事になった男だ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!


少しだけガランの過去を掘り下げてみました。次回はマンライオン戦の続きです!

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