第13話「白い少年」【挿絵あり】
突如としてベルの前に“白い少年”が現れる‼︎
彼は何者で、何が目的なのか⁉︎
改稿(2020/07/06)
「おい僕!」
安心したのか、ベルとリリがぎこちない笑顔を浮かべていると、後ろの方から突然声がした。
かなり大きな声だったため、自分たちに向けられたものだと思ったベルとリリとハメルは、後ろを振り返った。
「あ、アイツだ。アイツが白い少年だ」
3人の前に現れたのは、ハメルの言っていた白い少年だった。白髪に白いシャツに白いズボン。
その顔は、不思議なことにベルの顔とそっくりだった。
「え?アイツが白い少年?」
ベルは、目の前に現れた自分と瓜二つの顔をした人物を見て驚く。
その顔は、彼がアドフォードに侵入した時に見た顔を思い起こさせる。あれは悪い夢ではなかったと言うことなのだろうか。
「ちょっと、何でベルと同じ顔してるの?」
リリは小声でベルに耳打ちする。白い少年とは、一体何者なのであろうか。
「知らねえよ。俺が聞きたいくらいだ」
そんな感じでベルとリリは白い少年を見ながら、こそこそと話している。その様子を、ハメルは不思議そうに見ていた。
「おい貴様!貴様は僕なんだ。さぁ、僕は返してもらおうか」
その少年は、いきなりわけの分からないことを言い始めた。
「この人、イッてるよね」
「イッてるな」
2人は白い少年の様子を見て、相手にする必要がないと思った。
「確かにコイツはクレイジーだ」
ハメルも2人の意見に賛成する。
「白い少年。謎めいた存在だとは分かっていたけど、まさかこんなヤバい奴だったなんて……」
リリは想像を遥かに超えた異常性を持つ白い少年に、ドン引きしている。
まさかここまで意味不明な人物だったとは、誰が予想し得ただろうか。目の前にいるのは、完全に正気を失ったヤバい奴である。
すると直後、屋敷に溜まっていたオーブが群れを成し、リリに向かい降り注ぐ。
「‼︎」
ベルは咄嗟にリリに抱きつくと、降り注ぐオーブを寸前のところで避けた。(抱きつくより突進と言った方が正しい)
「ヘンタイ!」
オーブの見えないリリがベルの行動を理解できるはずもなく、ベルの頬を思い切り引っ叩いた。
しかし、ベルは動じない。
「今それどころじゃねえんだよ」
「はぁ?」
リリは全く状況がつかめていない。ベルが、どさくさに紛れて抱きついて来たとしか思っていないのだ。
「黙っておとなしく、その魂を僕に返せ」
白い少年は、ゆっくりとベルに近づいてくる。
「お前!何なんだ。誰なんだよ!」
目の前の得体の知れない、ベルと同じ顔をしたこの人物は一体誰なのか。
今までの様子を見ていたハメルはこの戦闘の被害を受けないように、少し離れたところに立っていた。彼にも、オーブが見えているのだろうか。
「僕?さっきから言っているじゃないか。僕は貴様。貴様は僕だ。だから、その魂は僕のもの」
白い少年の瞳は冷たく、温もりが感じられない。その目で彼はベルを睨みつけている。
「何だコイツ……」
今のベルにとっては、これはどうしようもない状況だ。自由に力を使うことの出来ない今。まともに戦える自信は全くない。
この少年は一体どんな力を隠し持っているのか。ベルと同じ顔をしていることから推測すると、もしかしたら、この少年こそが悪魔なのかもしれない。
「ほら、少しは抵抗してみせてよ」
少年は余裕を見せ、不敵な笑みを浮かべている。
「うぉらー‼︎」
それに応じ、ベルは我武者羅に殴り掛かる。得体の知れない相手に、今自分の手の内を明かすことは得策ではないし、ハメルに見られるのも避けたい。
「何で挑発に乗ってるの!バカじゃないの?」
リリは少年に言われるままに動くベルに呆れた。
しかし、その言葉はベルには届かなかった。正確に言えば、聞き入れなかったのだ。
攻撃を中断することなく、ベルは全力を込めた拳で白い少年に殴り掛かる。
しかし、その拳はいとも簡単に受け止められるのだった。
「抵抗はそれだけ?武器も魔法もないんだね。僕は貴様として呆れるよ。それじゃあ、その魂いただきます」
白い少年は、ベルに落胆した。ベルはもっと強いものだと期待していたからだ。
彼は不気味に笑うと、ゆっくりと左手を上げた。
すると、突然ベルが苦しみ出した。
「うぅぅぅぅぅ……何だコレ」
ベルは何とも言えぬ痛みにさらされていた。今まで感じた事のある痛みとは、何か違う。何とも気持ちの悪い感覚だ。徐々に、その痛みは強くなっていく。
「ちょっと大丈夫?」
リリは、様子がおかしいベルを心配そうに見つめている。この状況では、リリは何もすることが出来なかった。ただ見守るしかない。
一方のハメルはと言うと、その様子を興味深そうに観察しているだけだ。
“またか。また俺は眠ってしまうのか。俺の中の……”
ベルの意識はゆっくりと遠のいていく。ベルの意識が遠のくのは、脱獄の夜以来のことだった。こうなってしまえば、待ち受けているのは“アレ”だ。
心配そうに見守るリリの目の前で、“ベル”はそのまま気を失ってしまった。
「………」
ベルはその場に倒れ込んだ。意識がなくなっては、立っていられるはずもない。
ところがその直後、ベルはすぐに身体を起こして目を開いた。
その時、前髪に隠されていた右目は露わになっていた。普段は緑色の虹彩が、左右共に紅く染まっている。
そこには、何か今までのベルとは違う雰囲気が漂っていた。倒れた事で、ベルが被っていたフードは脱げて、はっきりと顔が見える。ただ、それはいつもの穏やかで明るい表情はなかった。
鋭い眼光で、白い少年の姿を捉えている。なにか嫌な雰囲気がベルを覆っていた。オーブが見えないリリでさえ感じ取れる威圧感が、そこにはあった。
ベルは暗く、冷たいオーラを放っている。
「……?アイツは」
ここで、ハメルは初めてベルの顔をその目で見た。どうやらベルに見覚えがあるようだ。
「私に挑むとは、なかなか度胸のある男だ。おや?……不思議なオーブをしているな」
今喋っているのは、完全にベルではなかった。これがアローシャなのだろうか。凄まじいエネルギーが渦巻いているのを肌で感じ取れる。
そして、いつものベルとは全く目つきが違う。
優しさは微塵も感じられず、躊躇なく人など容易く殺してしまいそうだ。
「貴様はこんな力を隠していたのか……不思議だ」
白い少年はベルの変化に驚く。それでも、冷静さは欠いていなかった。
「容赦はしない」
ベルとは違うベルが、低い声でそう言った。今のベルには殺意が満ち溢れている。
次の瞬間、明らかに辺りの温度が急激に上がった。ここにいるリリ、ハメル、白い少年、全員がそれを感じ取る。
「一体何なの?」
リリは動揺を隠せない。ベルについて行くと約束したとは言え、ベルが隠し持っているその力については全く知らない。一体何が起ころうとしていると言うのだろうか。
何もせずとも汗が流れてくるほどに、ベルの周りを熱気が包んでいる。そこからは、今までの魔法陣を使って戦っていたベルとは比べ物にならない力を感じる。
しばらくすると、もはやベルではない悪魔の周りに火の粉が舞い始める。近づくだけでも、火傷を負ってしまいそうだ。それに、今にでも周囲の人間全員に手を掛けてしまいそうな、鋭く恐ろしい眼光。
アローシャが何も言わずに印のある右手を真横に向けると、瞬時に魔法陣が現れた。
その手には、赤々と燃え上がる炎が溢れ出し、右腕全体を覆ってしまう。
アローシャは、ゆっくりと白い少年を睨みつける。そのあまりの迫力に、白い少年はひるんでしまった。
「………」
白い少年は言葉を発することが出来ない。さっきまでとは、全く形勢が変わってしまった。まだアローシャから直接的にダメージを受けたわけではないが、明らかにアローシャの方が強いことが見て取れる。
アローシャはゆっくりと歩みを進める。ゆっくりと、白い少年へと近づいている。
「あれ?おかしいな。なぜ僕は動かない?」
白い少年は混乱していた。頭では分かっていても、身体が動かない。その圧倒的恐怖に身体が固まってしまっている。これが悪魔の迫力とでも言うのだろうか。
そして、無言のまま、アローシャは燃え盛る右手で白い少年の首根を掴んだ。
その瞬間、右腕に広がっていた炎が手先に集まり、一瞬にして白い少年の首根を炎で包み込む。
「うっ……」
触れてみて初めて分かる、その異質な炎。白い少年はその身を焼く悪魔の炎に苦しんでいる。気がつけば、白い少年の身体は宙に浮かんでいた。アローシャが首を掴んで白い少年の身体を持ち上げたのだ。
「くっ……貴様は僕だ!僕が貴様の魂をいただく!こんなところで……」
白い少年はまだまだ戦う気があるようだが、身体が悲鳴を上げている。
魂をいただくと豪語していた白い少年だったが、今やここにいる誰からも、怖がられていない。むしろ、自分の方が恐怖を感じているのだ。彼は決してこのような状況になることを想像してはいなかった。
「や、やめて‼︎」
リリが叫ぶ。今までこの恐ろしい光景を黙って見ていた彼女だったが、ついに口を開いた。
「………」
その声に、アローシャの意識の奥底にいるベルが反応したのか、白い少年の首を絞めあげる右手が、ほんの少し力を弱めたかのようにも見えた。
リリの必死な叫びが、意識の奥底で眠っているベルに届いたのだろうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
目醒めた悪魔。奪われた意識。このままベルは意識の奥底に閉じ込められたままになるのか……




