第90話「砂漠の檻」(2)【挿絵あり】
「くっ……!」
そのことに遅れて気づいたロビンは、慌ててベルの救出に向かう。さっきまでベルをこれでもかと言うほど痛めつけていたロビンだったが、やはりバディを見捨てる事は出来ないという事だろう。
猛スピードで滑空するロビンは、ベルの落ちる穴に向かってどんどん降下していく。
ところが、ロビンの努力も虚しく、ベルの身体はすでにすり鉢状の穴の底に限りなく近づいていた。ロビンが全速力で飛んでも、間に合うかどうか分からない。
「⁉︎」
ようやくベルの意識がハッキリしたその時、すでにベルは片足を穴の底へと投げ出していた。ここから一気に穴の底へと落ちてしまうのかと思われたその時、間一髪ベルの身体は急浮上する。ギリギリで追いついたロビンが、その鉤爪でベルのフードを掴んで飛び上がったのだ。
「ハゲ‼︎」
ロビンが救ってくれた事に気づいたベルは、思わず禁断の呼び名を口にした。ちなみに、そこに悪意はない。
「ふざけるなっ‼︎」
最も聞きたくない名前を聞いたロビンは、反射的にベルを蹴り捨ててしまう。
「何すんだっ⁉︎」
これまで受けてきた中でも特に強烈な蹴りを受けたベルは、垂直降下して砂の地面に叩きつけられる。不幸中の幸いで、ベルが再びマンライオンの罠に落ちる事はなかった。ベルの身体は罠の入り口擦れ擦れの所に叩きつけられたのだ。ベルはロビンを怒らせてはいけないと分かっているはずなのに、ついついあの呼び名で呼んでしまうのだった。
「痛ってーな〜もう‼︎……ガキンチョかよ!」
今の落下で顔面を激しく地表にぶつけたベルは、顔を擦って、上空を飛ぶロビンを睨みつけている。たったひと言気に食わない事を言われただけで、ここまで怒りを爆発してしまうロビンは、ベルの言う通りガキンチョなのかもしれない。
「これで分かっただろう。もう2度と俺のことをハゲと呼ぶんじゃない」
「………分かったよハゲ」
十分に自分の恐ろしさをベルに知らしめる事が出来たと思っていたロビンだったが、実際のところは違っていた。確かにベルはあの時身をもってロビンの恐ろしさを体感したのだが、それでも懲りずにロビンの事をハゲと呼び続けている。反省の色を全く見せないベルを見て、ロビンはいつものように鬼のような形相でベルを睨みつけるのだった。
「⁉︎」
その直後に、2人を取り巻く環境にある変化が起きる。そこに不吉なものを感じ取ったロビンは、今までブチ切れていた事さえ忘れて、ベルをその背中に乗せた。空高く舞い上がった2人が目撃したのは、不自然に揺らめく砂塵だった。怪しい動きを見せるその砂塵は、少し前の強敵を思い起こさせる。
「ずいぶんと遠くまで逃げたものだな。一体お前たちは何をしにこの砂漠に来たのだ?」
その後2人の耳に届いた声は、聞き覚えのあるものだった。落ち着き払ったその声は、確実にあの男のものだ。2人が息を呑んだその時、1度はベルを吸い込んだすり鉢状の穴から、砂の竜巻が発生した。
瞬く間に広がった砂の竜巻は、ベルとロビンの周囲を覆ってしまった。
あの時と全く変わらない状況になってしまった。砂塵の渦は次第に大きくなっていった。その直径はすり鉢状の罠より遥かに大きく、ゆうに50メートルはあろうかと言うほどだった。
「質問に答えろ」
2人の騎士を閉じ込めたつもりになっているイシャールは、余裕の表情でそう言った。さっき同じ手を使ってまんまと逃げられたのに、盗賊王は2人の騎士を閉じ込めたと思い込んでいる。
「ファウスト!しっかり掴まってろよ‼︎」
ロビンは1度言ったようなセリフを吐くと、一気に大空まで浮上する。大きな両翼で羽ばたいた青い鳥は、このまま高く聳える砂の壁を飛び越えたかのように思われた。
「何⁉︎」
しかし、唯一の脱出口は塞がれてしまった。以前からイシャールの砂塵の牢獄は上空に空いた大穴だけが唯一の抜け道だった。
今度は、その唯一の抜け道が砂塵によって塞がれてしまったのだ。上空に逃げても、そこにはイシャールの魔力がこもった砂塵が待ち構えている。
「お前たちが探しているのは…………コイツじゃあないのかな?」
イシャールがそう言った時、ベルとロビンの真下の穴が大きく開いた。真っ黒な暗闇の奥へと隠れていた怪物が、ついに姿を現わす。地中へと繋がっていたすり鉢状の罠が、砂漠の盗賊王によって破壊されて行く。砂の粒子を自在に操るイシャールにとって、砂漠の地形を変える事など造作もなかった。
「これが、マンライオン……」
「この気持ち悪い奴がそうなのか……」
ようやく砂漠の主マンライオンが姿を現した。ロビンもベルも、その姿に釘付けになっている。動物に詳しいロビンでも、常に地中深くに潜っているマンライオンの姿は見た事がなかったようだ。
地中から姿を現したマンライオンは、ギリギリ砂塵の渦に収まるほど巨大だった。その全長は50メートル前後と言ったところか。それは、ベルがこれまで見て来たどんな生物よりも巨大なものだった。マンライオンの姿は、まさにその名に相応しいものだった。
その身体は蟻地獄をそのまま巨大化させたようだった。蟻地獄はクワガタのように大きく強靭な顎を有しており、その頭に対して胴体はかなり大きい。その胴体からは、無数の脚が生えている。
しかし、このマンライオンにはアントライオン=蟻地獄とは全く違う点があった。その見た目はほとんど蟻地獄と同じなのだが、胴体は見るからに頑丈そうな甲殻に覆われ、肩の辺りからはカニのようなハサミが一対生えていた。口にはサメのように鋭い歯が幾重にも連なっており、眼はクモのような複眼。それはまるで、合成獣のような姿だった。
「如何にも……これが砂漠の主マンライオンだ。お前たちはコイツを狙っていたのか?」
マンライオンを地中から引っ張り出したイシャールは、ベルたちの目的を探っている。彼は黒魔術士騎士団の目的を知って、何をするつもりなのだろうか。
「それがどうした?お前には関係のない事だろう?」
騎士団が何をしようと、盗賊には何の関係もないはずだ。マンライオンを狙っているからどうしたと言うのだろうか。
「大いに関係がある。私が砂を操るだけの黒魔術士だとでも思っていたのか?砂漠に生きるものは、全て私の手となり足となる。私の力は砂ではない、この砂漠そのものなのだよ‼︎」
イシャールは自らの能力の秘密を打ち明けた。砂漠そのものが力とは、一体どういうことなのだろうか。
「何言って……」
「そんな事が可能なのか……⁉︎」
ベルとロビンは、驚きを隠せない。彼の言う事が本当なら、マンライオン討伐とイシャール・ババリとの戦闘は切っても切り離せないと言う事になる。
「可能だとも。そのマンライオンだって、私の言うことを聞いてくれる。お前たちの好き勝手にはさせんぞ。この砂漠の生態系を乱すことは許さない……と言いたいところだが、個人的にお前らの思惑通りに事が運ぶのが嫌なんだ」
「邪魔する奴は容赦しない。さっきは手出ししなかったが、今度は俺も本気になるぞ」
ロビンは、鋭い目つきでそう言った。さっきは任務を優先するためにイシャールの前を飛び去ったが、その盗賊王と討伐対象が関わっているのならば、逃げる必要はない。
「面白い!私はまだお前の力を知らない……いいだろう。お前たちをマンライオンと戦わせてやる。そして、もし勝てたその時は、見逃してやろう」
強気なロビンの態度を見たイシャールは、薄ら笑みを浮かべた。彼は単なる悪党ではなく、戦いを楽しむ根っからの戦闘好きでもあるようだ。そして、敵に対しても寛容だった。
「ナメてもらっちゃ困る。さっきの俺だって、本気だったわけじゃないぜ?」
ベルは、イシャールが先の戦いで相手の実力を把握したと思い込んでいる事に腹を立てていた。
「何も、ただ戦わせるわけじゃない。お前たちの相手は、私の力でパワーアップしたマンライオンだ‼︎」
イシャールがそう叫ぶと、周りを取り囲む砂の渦が突如として消え去った。
それだけで終わらず、足元にいた巨大なマンライオンの姿まで消えてしまった。全てが、イシャールが再び姿を現す前の景色に戻ってしまった。違うのは、そこにイシャールがいると言う事のみ。
盗賊王は、羽ばたくロビンと、その上に乗っているベルをゆっくりと眺めている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ようやく討伐対象のマンライオン登場です!果たして、ベルとロビンは無事に任務を終える事が出来るのか⁉︎
ロビンが変身する魔獣ホルサントの実際のサイズは、ロビンが変身した時の姿よりも大きい。ロビンは必要に応じて、鳥になった時の体長を調整することが出来ます。




