第90話「砂漠の檻」(1)【挿絵あり】
辛くも盗賊王イシャールの罠から抜け出したベルとロビン。次に彼らが遭遇するのは……
改稿(2020/10/13)
ギラギラと照りつける日差しの中、ロビンはベルを乗せて飛行していた。2人はもう長い間飛んでいるようで、イシャールと砂塵の壁はすっかり見えなくなっていた。アムニス砂漠に着いて早々、2人はとんでもなく厄介な存在と遭遇してしまった。もしかしたら、盗賊王イシャール・ババリは砂漠の支配者マンライオンよりも厄介な存在なのかもしれない。
「よし、ここらで良いか」
ロビンはそう言うと、急降下し始める。大きな鳥の背中に乗っていると、飛空艇に乗っている時よりもダイレクトに飛行体験が出来る。ベルはそのスリルを楽しんでいた。顔に吹き付ける風がベルの口の中に砂粒を運ぶが、この時はその不快感よりも爽快感の方が勝っていた。
やがて2人の騎士は、穏やかな砂地に着陸する。そこには魔獣の姿もなければ、砂塵が舞っている様子もない。ある程度時間を掛けて、ロビンはこの安全地帯を探し出したのだ。地に足をつけたロビンは、瞬く間に人間の姿に戻った。
「つーか、飛空艇が苦手なら自分で飛んでここまで来れば良かったんじゃないか?」
「騎士団員は飛空艇に乗ってミッションに赴く決まりだ。それに、そんな無駄な魔力は使いたくない。」
ロビンは至って冷静に答えた。黒魔術において、獣化は低難度に位置付けされているが、全身を変化させたロビンの姿を見ていると、それが低難度だとは思えなかった。
「そんな低レベルの黒魔術で、魔力なんて消費するのか?」
「俺の黒魔術は決して低レベルなんかじゃない。低級 黒魔術と言えど、獣化は魔獣の数だけ存在する。その中でも空を飛べる魔獣へと変化する俺の獣化は、場合によっては自然よりも難しく、強力だ」
ベルの予想に反して、ロビンの操る獣化は強力だった。それは、ホルサントと言う名のついた魔獣に変身する獣化。
「ふーん………………ってか、容赦なく見捨てるとか言ってなかったか?」
まるで興味なさそうにロビンの話を聞いていたベルは、思い出したようにそう言った。
「俺はお前のようなガキではない。バディを見捨てることなど、出来るはずがないだろう」
「何だ……お前いい奴じゃん」
「勘違いするな。ブラック・サーティーンであるお前に万が一のことがあれば、俺がただでは済まない。決してお前の為ではなく、俺の為にしたことだ」
ベルはロビンの人の良さに感動さえ覚えていたが、それは本人によって簡単に否定されてしまった。ロビンはあくまで自身の利益のために動いたに過ぎなかったらしい。
「ちぇっ……そんなんだからハゲって言われるんだよ」
一瞬でもロビンに好意を抱いたベルは、すぐさまその気持ちを投げ捨てた。
「それとこれとは関係ないだろ‼︎」
ロビンはベルに対して声を荒らげた。ベルは幾度となくロビンに対し、余計なひと言を付け加える。2人はこれからも、ずっとこうして反発し合い続けるのだろう。
「いいや!関係ある‼︎心がハゲてるっつってんだよ‼︎」
「何だと⁉︎」
「事実だろ?だから関係あるんだよ」
「いつまで生意気を言ってられるかな…?」
ベルが立て続けにロビンを貶し続けていると、何やらロビンの様子に変化が現れ始める。が、ベルがそれに気づいている様子はない。怒りを膨れ上がらせたロビンは、なぜだか笑みを浮かべていた。
「いつまでだって言ってやるさ‼︎お前の心がハゲじゃなくなるまでな‼︎」
ロビンの変化など知る由もないベルは、そのまま減らず口を叩き続ける。
「貴様…………覚悟しろよ……地獄のフライトを楽しませてやる…」
この時ロビンは、再び鳥の姿に変化していた。魔力の消費など気にしていられないほど、ベルの言葉がロビンの心を傷つけたのだろう。ベルは決して押してはならないスイッチを押してしまった。こうなってしまえば、怒り狂ったロビンを止める事は出来ない。
「うわぁ〜っ‼︎」
その次の瞬間、ベルは再び空高く舞い上がってしまう。今度は鳥になったロビンの背中には乗せられておらず、ベルは騎士団着のフードの部分を鉤爪で鷲掴みにされていた。とうとうロビンの怒りに火を付けてしまったベルは、地獄の空の旅に招待されてしまった。
ロビンに乱暴に掴まれたベルはほぼ垂直に上昇させられ、雲に手が届きそうなほどの高さまで到達すると、唐突に掴んでいた鉤爪を離される。
「おわぁぁぁぁ〜っ、何すんだハゲ〜っ‼︎」
ロビンの鉤爪から解放されたベルの身体は、重力に従って垂直に降下を始める。みるみるベルの身体の落下速度は上がって行くのだが、それだけでは終わらなかった。
「うぉおい‼︎」
ベルはただでさえかなりの速度で落下しているのに、ロビンが追い打ちをかける。後を追って下降するロビンが、続けざまにベルに蹴りを浴びせ続ける。ロビンの蹴撃はレイリーの力ほどではないが、その1つひとつが重かった。背中に重い蹴撃が与えられる度に、ベルの口からは声が漏れた。
ロビンの蹴撃により、落下するベルの身体はさらに加速していく。最初の頃とは比べものにならないほど加速したベルの目には、みるみるうちに砂の大地が近づいていた。その速度は、車の最高速度と同じかそれを超えるほどになっていた。
「うぅぅぅ…ぶつかる‼︎」
ベルの身体は今にも黄色い大地に激突しそうになっていた。こうなれば、アローシャの業火を放出するしかない。業火をクッション代わりにして衝撃を和らげなければ、死んでしまうだろう。ベルは、アローシャがルナトで使った手を使おうとしていた。
しかし、あれは自身の黒魔術について知り尽くしているアローシャだからこそ成し得た芸当。仮に業火を放出してクッション代わりに出来たとしても、ベル自身の身体にダメージが残る可能性は多いにある。
怒り狂ったロビンは、ベルの想像以上に恐ろしかった。ついにベルは本当の意味でロビンを怒らせてしまった。こうなったロビンは、ベルの生死など塵ほどにも考えていない。ただ、ベルに怒りだけをぶつけている。
「っ⁉︎」
予想に反して、業火を放つ前にベルの身体は急上昇する。おそらく、ロビンがその鉤爪で彼の身体を掴んで上昇したのだろう。ロビンは血も涙もない鬼ではなかった。ベルが安心したのも束の間、ロビンはさっきとは違う形で急降下を始めた。ロビンはベルを救ったわけではなく、新たな苦痛を与えようとしているに過ぎなかった。
「……やめてくれぇーっっ‼︎」
まるで遊園地の絶叫マシンのような動きをするロビンに、ベルはただただ叫び声を上げ続ける。ロビンにハゲと言い続けた人間には、恐怖のアトラクションが待ち受けているのだ。このまま無理やり絶叫ライドを続けられれば、ベルは正気ではいられなくなるはずだ。
「ぎゃぁぁぁああ‼︎」
円弧を描くように降下した後、ベルは地面擦れ擦れを飛行させられていた。今となっては、ロビンの“自分の意思に反して飛ぶのがどうにも居心地が悪い”という言葉を、ベルは痛いほど理解していた。
それからベルの身体は再び急上昇・急降下を続け、地面擦れ擦れで宙に留まって高速飛行を続ける。ベルは、頭皮から髪の毛が全て抜け落ちてしまいそうなほどの暴風を体感していた。
この後も、ベルは恐怖の飛行体験を無理矢理続けさせられるのだった。上昇する度に、ベルは毎回違った方法で地面擦れ擦れまで降下し、数えきれないほどの物理的恐怖を味わい続けた。ミッションとは全く関係の無いところで、すでにベルはヘトヘトになっていた。人喰い魔獣マンライオンよりも、怒り狂ったロビンの方がよっぽど怖い。
「あ………」
ベルが再び地面擦れ擦れを飛ばされていると、突然ロビンの鉤爪がベルのフードを放してしまう。どうやらこれはロビンの意図したところではないようで、それに気づいた彼は、何とも間の抜けた声を上げた。
「うわあぁぁぁああ‼︎」
高速で地面擦れ擦れを飛んでいたベルは、慣性の力で砂の上を勢い良く転がっていった。地面が砂だったからまだ良かったものの、ぶつかったのがアスファルトや硬い地面だったらと思うと、ベルはゾッとした。いくら柔らかい砂と言えど、ベルは無傷では済まなかった。騎士団着に包まれていない顔や手に擦り傷を負いながら、ベルの身体はようやく転がるのを止めた。
しかしながら、ベルの身体がそこで動きを止める事はなかった。ただ、ベルの身体は転がっているわけではなかった。転がっていると言うより、何かに吸い込まれるように滑っていた。
よくよくベルの姿をよく見てみると、彼は傾斜のついた砂の坂を滑り落ちているではないか。どうやらそれはただの坂ではなく、すり鉢状に空いた巨大な穴だった。その直径はゆうに20メートルを超えていた。
巨大な穴に吸い込まれるようにして、ベルの身体はどんどん滑り落ちていく。ロビンのせいで意識を朦朧とさせているベルは、そんな事に気づく様子もない。すり鉢状の穴といえば、蟻地獄の罠。つまり、マンライオンの罠だ。
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ロビンの逆鱗に触れるベル。地獄のフライトを味わったベルが行き着いたのは、マンラインの罠!?




