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第89話「禿鷹の翼」(2)【挿絵あり】

「いいからやれ。こんな所で無駄な時間を食っている暇はないぞ。それに、お前の足手まといになどなりたくない」


 だが、当のロビンはベルの業火を恐れる素ぶりを一切見せなかった。まさかアーチェス教会でのナイトやアイザックのように、ベルの業火を受けても平気だと言うのだろうか。

 ロビンはベルの攻撃に巻き込まれる事よりも、自分がベルの足を引っ張る事を気にしているように見えた。


「くっそぉ………」


「何をしている?」


 ベルは、どうすれば良いのか分からずにいた。自分の持てる全ての力を解放すれば、きっとイシャールに打ち勝つ事が出来る。

 しかし、そうすれば嫌でもロビンに危害を加える事になってしまう。本人の許可はあるが、ベル自身がそれを許せなかった。かと言って、このまま何もしなければイシャールに殺されてしまう。


「澄ました顔……してんじゃねぇっ‼︎」


 意を決したベルは、再び右手をイシャールに向かって突き出した。今度は、さっきよりも業火の威力が上がっていた。先ほどの業火も近くにいるだけで身を焼かれてしまいそうな高熱をまとっていたが、今回のはその比ではない。それは触れずとも周囲を焼き尽くすような、恐ろしい炎だった。


 ベルは仲間を傷つけない範囲で、最大まで火力を上げていた。威力だけはさっきと違うが、技の形態はさっきと全く同じ。果たして、同じ技でイシャールにダメージを与える事は出来るのだろうか。


「………馬鹿のひとつ覚えか…そんなのは無駄だっ‼︎」


 業火の閃光がイシャールの身に迫るが、その攻撃は簡単に退けられてしまった。イシャールの全身を包むように、荒れ狂う砂塵が舞っている。

 やがて砂塵はドーム状にイシャールの身体を包み込み、砂塵の防壁となった。砂塵の防壁は、完全に業火を遮断する。


 もちろんアローシャの業火が消え去る事はないのだが、業火が燃え移った砂塵はたちまち遠くに飛ばされる。イシャールに迫った業火は砂塵に乗って、その姿を消してしまった。意を決したベルの攻撃は、儚く散ったのだ。


 ベルが操る地獄の業火は消える事なく、確かな殺傷力を持っている。それを理解しているイシャールの砂塵は、完全にその盲点を突いていた。業火を消し去る事は出来なくても、砂塵を使えばそれを退く事が出来る。イシャールは、目に見えないほど微細な砂の粒子を操る力を持っている。砂の粒子を集めて砂塵の嵐を創る事も出来れば、集まった砂塵をバラバラにする事も出来る。砂の粒子を流動的に動かせば、飛んで来た炎をその流れにそって退く事が出来る。ここは見渡す限りが砂で覆われた超広大な砂漠。まさにイシャールの実力を遺憾なく発揮出来る砂の遊び場だった。


「クソッ‼︎」


 一部始終を見ていたベルは、イシャールのその能力と、このフィールドとの深い関わりを見せつけられる。砂漠の中では、明らかにベルの方が分が悪い。この場所ではイシャールの実力は通常の10倍否、100倍以上にも膨れ上がる。いくら業火による攻撃を仕掛けても、さっきのように砂塵で退けられて終わり。ただ単に攻撃を仕掛けていくだけでは、勝ち目はない。


 ベルが勝つためには、何か突飛な奇策に出る必要がある。やはり、砂漠全体を焼き尽くす勢いで炎を放出するしかないのだろうか。


「もうお前は終わりだ。面白い奴だと思っていたが、そうではなかったらしい。つまらん奴はさっさと殺す。殺してその首を土産に持って帰る。きっとガランも喜ぶだろうよ」


 これまでの戦闘で、イシャールはベルという人間への理解を深めた。

 そして、イシャールの周りを囲む砂塵の渦が、より一層激しさを増した。このまま砂塵を使って、ロビン諸共ベルを呑み込んで砂漠の底に生き埋めにするつもりなのだろう。


「喜ばねえと思うな。アイツはアイツ自身の手で俺の首を取りたいはずだ」


「お前に何が分かる⁉︎知ったような口利くんじゃねえ小僧!」


 分かったような事を言うベルに、イシャールは大きく腹を立てた。ガランから全てを奪った加害者が、ガランの気持ちなど理解出来るはずがない。イシャールの中で、怒りがふつふつとこみ上げて行く。


「案外分かるかもしんねぇ。俺にも殺しても殺し足りないほど(ゆる)せない人間がいる。少なくとも、ちっとも分からないわけじゃないさ」


 この時、ベルは心の中でヨハン・ファウストの顔を思い浮かべていた。ガランがベルに対して抱いている想いは、おそらくベルがヨハンに対して抱いている想いに近いものがある。ベルはそう思っていた。


「ほう……では、そいつを殺すためにそこまでの力を手にしたと言うのか。ますますガランに似ているな………だが、お前のした事は決して赦される事ではない。そして、絶対に消えない」


 ベルのその言葉が、イシャールの考えを少しだけ変えた。ずっとガランと共に過ごして来たイシャールから見て、ガラン・ドレイクとベル・クイール・ファウストには似ている点がいくつもあるようだ。ますますベルに興味を抱くイシャールだったが、彼の中では好奇心よりも、怒りの方が勝っていた。どれだけ面白い人間であろうと、赦せないものは赦せない。


「アンタに言われたかねぇよ。犯罪に明け暮れる盗賊が、偉そうに抜かしてんじゃねぇ」


 そんなイシャールの言葉を、ベルは笑い飛ばした。確かに彼が言っている言葉は立派だが、そこには全く説得力がなかった。それは犯罪に明け暮れ、暴力で金品を奪い取り、盗み、時には人を殺しているかもしれない人間が言える台詞ではなかった。


「ハハハ!やはりお前は面白い。このまま喋っていたいところだが、もう終わりにしよう」


 ますますベルに興味を示すイシャールだったが、彼にはこれ以上話を続ける気はないようだ。これ以上話していても何も変わらない。


「かかって来いよ」


 一方のベルも臨戦態勢に入る。次こそベルは全エネルギーを解放して、攻撃を仕掛ける気かもしれない。


 3人を囲む砂塵の壁が、一気に激しさを増して渦巻き始めたその時。


「掴まれ、ファウスト‼︎」


 突然ロビンの声がベルの耳に届いた。その声をきっかけに、ベルの身体は一気に浮上する。


「⁉︎」


 ところが、何らかの力によってベルの浮上は止められてしまう。ベルが自分の足元を見てみると、そこには黄色い2本の手があった。砂で出来た手が、ベルの両足首を掴んでいる。すでにベルはかなりの高さまで浮上していたが、地面からはその他にも幾つもの砂の手が伸びて、ベルを狙っていた。


 すると突然何かがベルを掴む砂の手を切り裂き、ベルの身体は再び浮上した。


「……何が起きたんだ?」


 気づけば、ベルは遥か上空に浮いていた。イシャールが発生させた砂塵の壁が届かない遥か上空に、いつのまにかベルは飛ばされていた。地面から伸びる砂の手は、もはやベルの身体に届く事はない。


 地表では、視認出来ないほど高く舞い上がったベルの姿をイシャールが睨みつけている。ベルへの攻撃を諦めてしまったのか、イシャールは一切動く様子を見せない。当のベルは、何が起きたのか分からずにキョロキョロしていた。


「全く…………貴様のせいでどれだけ時間を食ったと思っている?」


 ベルが呆然としていると、どこからともなく声が聞こえて来る。確かにそれはロビンの声だが、一体彼はどこから話し掛けているのだろうか。


 ロビンが物体を遥か高くまで浮上させる力を持っていたとして、2人とも上空に浮上したとすれば、ロビンも近くに浮いているはず。だが、どれだけ見回しても姿が見えない。


「あぁっ‼︎ハゲ!飛べるじゃねぇか‼︎飛べるんなら、さっさと飛んで逃げれば良かっただろ⁉︎」


挿絵(By みてみん)


 その直後、ベルはロビンの姿を発見した。何と、ロビンはベルの真下にいた。ロビンは大きな猛禽類へと姿を変え、ベルを背中に乗せて飛んでいたのだ。


 今のロビンは完全に鳥の姿になっていた。それは決して人間の姿ではなかった。全身が青っぽい羽毛で覆われ、顔には黒いクチバシがある。両腕は巨大な翼へと変化し、(でん)部からは大きな尾羽も生えている。ベルがいるところからは確認出来ないが、彼の脚までも鳥のそれに変化していた。頭の先から足の先まで、完全に鳥の姿に変身している。まさしく、これがロビン・カフカが禿鷹と呼ばれる所以だった。


 ロビン・カフカは、これまでベルが出会ったどの獣化(キメラ)使いとも違っていた。ベルがこれまで出会った獣化(キメラ)使いは、身体の一部を獣化させるだけだったが、ロビンは全身を獣化させている。それだけではない。彼は、ベルがこれまで見た事のない空飛ぶ獣化(キメラ)使い。乗り物に乗らずに空を飛ぶ魔法使いを見たのも、ベルにとってはこれが初めてだった。


「黙れ‼︎調子に乗って戦いを楽しんでいた馬鹿は、何処のどいつだ‼︎」


 鳥の姿になっても、ロビンの口振りは少しも変わっていなかった。ベルを背中に乗せて文句を言い続けるロビンはそのまま羽ばたいて、まだ見ぬ怪物を探しに行く。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


地の利を得て厄介な戦法を取るイシャールから、2人は辛くも逃れる事が出来ました。


そして、今回ようやくロビンが禿鷹と呼ばれる理由が明らかに。空飛ぶロビンにより、何とか窮地を脱したベル。


しかし、任務地アムニス砂漠は全土がイシャールのテリトリー… 無事に2人は任務を達成出来るのか!?

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