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第88話「砂塵に潜む影」(1)

ようやくアムニス砂漠に到着した2人。そこには不思議な光景が広がっていた……


改稿(2020/10/12)

 数十分後、2人の黒魔術士(グリゴリ)騎士(ナイト)は広大なアムニス砂漠の端に降り立っていた。


 辺りに広がるのは黄色い砂の大地と、真っ青な空。見渡す限り同じ景色だけが広がるこの砂漠は、どんな場所よりも広く感じられた。アムニス砂漠は大都会エリクセスより広大である上に、建造物は何ひとつ建っていない。


 空の青と大地の黄色だけが覆い尽くす景色の中で、唯一変化をもたらしているのは砂塵だった。以前ベルがここに来た時と同じように、大量の砂塵が舞っている。砂塵は人間の視界を奪い、方向感覚を鈍くする。すぐ近くにあるものでさえまともに確認する事が出来ないこの砂漠で、ベルたちはターゲットを探さなければならないのだ。


「せいぜい頑張ることだ。私はお前たちが任務を終えるまで、ずっとここで待っている」


 2人を飛空艇から下ろしたマリス艇長は、これから過酷な任務に挑む2人の騎士の背中を見守っている。


「お?」


 その時、ベルが砂漠の中に何かを発見する。一目見ただけではその正体がよく分からなかったベルは、何かが見えた方向を凝視する。


「魚⁉︎」


 ベルは目を疑った。彼がこの砂漠の中で見かけたのは、魚だった。自分が見たものを信じる事が出来ないベルは、何度も目を擦って同じ方向を見直す。目を擦る度に砂が目に入って痛い。

 しかし、何度見直しても、そこにいたのは確かに魚だった。魚が砂の地面から跳ね上がって顔を見せている。砂と同じように黄色いその魚は1匹だけではなかった。


 視界を広げてみれば、辺り一面に大量の魚が飛び跳ねている。それはまるで、砂の海を泳ぐかのようであった。ベルにはその光景が到底信じられなかった。魚は水があってこそ生きられる生物。こんな干上がった砂漠に魚が存在するはずはない。


「サンド・フィッシュだ。知らんのか?」


 ベルが何度も目を擦っている事に気づいたロビンは、その正体を明かした。


「サンド・フィッシュ⁇」


「サンド・フィッシュは主に砂漠に生息する魚。砂の中に生息する微生物を食って生きている。その身体は砂の中で泳ぐために進化した。鎧のように硬いウロコのおかげで、砂の中でも泳げるんだ」


 ベルが目撃した魚の正体はサンド・フィッシュ。水分のほとんど存在しない砂漠と言う乾燥地帯に適応した世にも珍しい魚類だ。さらにサンド・フィッシュは砂中を自在に泳ぎ回る事が出来るように、独自の進化を遂げていた。アムニス砂漠について十分な下調べをしていたロビンは当然それを知っていた。


「へぇ〜‼︎」


「こんなもんで驚くのはまだ早い。騎士団長が言っていた通り、ここには砂漠の環境に適応した多くの種が存在する。マンライオンもそのうちの1つだ」


 そんなサンド・フィッシュに対して純粋に驚いて見せるベルだったが、これはまだほんの序の口らしい。サンド・フィッシュのように砂漠に適した進化を遂げた多くの生物がここには存在する。きっとそのどれもが、常識を打ち破るものなのだろう。


「受け取れ」


「?」


 続いてロビンはベルに何かを手渡す。それは何やら輪っかのような物体。騎士団着のように真っ黒なその輪は、バングルのようにも見えた。


「これは主従の輪。地面に置けば獣を召喚し、その獣は主従の輪をはめた者に従う」


 ロビンがベルに渡したのは主従の輪。これ1つで魔獣の召喚とコントロールの役割を果たす便利な魔法道具だ。この主従の輪のように、あらかじめ黒魔術(グリモア)が施された道具は数多く存在する。ディア・サモナーもこの類のものだ。


 さっそくロビンは主従の輪を砂地にそっと置いた。するとその輪っかからオレンジ色の輝きが放たれ、そこを中心にして魔法陣が展開された。魔法陣を包み込む大きな光の中から現れたのは、4足歩行の哺乳類だった。

 それはラクダのような姿をしていたが、ラクダとは少し違うようだ。ロビンは召喚を終えた主従の輪を拾うと、それを右手首に装着した。その様子を見ていたベルは、見よう見まねでそのラクダのような生物を召喚する。


「コイツはホーンド・キャメル。砂漠の移動にはコイツを使う。アムニス砂漠は足元に多くの危険が潜んでいる。もちろんマンライオンも地中に潜んでいるわけだからな。危機回避のための策だ。ちなみに、主従の輪を最初につけていた手首とは違う方につけ替えれば、獣の召喚はキャンセルされる」


 2人が召喚したのは、ホーンド・キャメルと呼ばれる魔獣だった。ホーンド・キャメルとは、ツノの生えたラクダと言う意味。ラクダと言えば背中にコブがあるものを想像するものだが、このラクダは違う。

 ホーンド・キャメルはほとんどラクダと同じ見た目だが、頭からは数本のツノが生えていた。その数は個体によって違うようだ。ラクダが背中のコブに脂肪を蓄えて過酷な砂漠を生きるのに対し、ホーンド・キャメルは、そのツノに脂肪とエネルギーを蓄えている。


「こいつに乗れるのか‼︎」


 ベルはワクワクしていた。動物の背に乗って移動する事も初めての経験なのだ。興奮を抑え切れなかったベルは、ホーンド・キャメルの背に飛び乗った。


「ぶへっ‼︎何だよコイツ!これって“主従の輪”じゃなかったのかよ!超反抗的じゃねぇか!」


 飛び乗ったその瞬間、ベルはホーンド・キャメルから唾をかけられた。それはベルの顔にクリーンヒットした。臭い唾液で汚れた顔を必死で拭いながら、ベルはロビンに抗議している。


「主従関係の中にも礼儀ありだ。いきなり飛び乗ったお前が悪い」


 そんなベルを、ロビンは鼻で笑う。主従の輪を身につけていると言えど、主人となる者にはそれ相応の礼節が必要なのだ。ベルは今まで見様見真似でマナーを身につけて来た。ベルがマナーをわきまえていない事など、ホーンド・キャメルにはお見通しだった。


「そんなの主従関係じゃないじゃないか!主人のどんな非常識な命令にも従うのがペットだろ⁉︎」


 ここでベルは独自の理論を展開する。


「そう言う所だ。ホーンド・キャメルはお前の本質を見抜いている。ちゃんとホーンド・キャメルにも尊敬の念を抱くんだ。お前が腹の中で何を考えてるのか、コイツは見透かすように分かっている」


 ロビンはホーンド・キャメルの事を深く理解していた。ロビンは伊達に動物の異名を持っているわけではない。動物の異名を持つこの男は、それなりに動物に詳しいようだ。


「ちぇっ……めんどくせぇ」


 ロビンの説明を聞いたベルはあからさまに機嫌が悪くなる。この時ベルはホーンド・キャメルに乗っていたのだが、気に障ったのかホーンド・キャメルはベルを背中から振り落としてしまった。


「お前は学習しないのか、馬鹿が」


 何度も同じ過ちを繰り返すベルを見て、ロビンは一際大きな溜め息を吐き出した。まだまだ精神的に幼稚なベルは、やはりその行動も幼稚だった。大人びたロビンとは正反対だ。


「馬鹿じゃねえよ。飛べないハゲがうるせぇんだよ!」


 貶し続けるロビンに我慢ならなかったベルは、否が応でも反抗してしまう。ベルはロビンと出会ってまだ半日も経っていないが、もうベルは数えきれないほど禁句を口にしている。


「ハゲでは……ないっ‼︎」


 怒りのスイッチを押されたロビンも、子どものように反応してしまう。ロビンが怒りに震えたその直後、人間が簡単に吹き飛ばされそうなほど激しい砂塵が舞った。


「⁉︎」


 突然の出来事にベルは驚きを隠せない。これがまだ謎のヴェールに包まれているロビンの能力の片鱗だと言うのだろうか。


「……⁉︎」


 ところが当のロビンでさえ、この現象に驚いていた。


「……先を急ぐぞ」


 何を思ったのか、ロビンはすぐさまホーンド・キャメルの背中に乗って出発した。今の風がロビンの仕業ではないとすれば、砂漠に潜む魔獣の仕業なのであろうか。先に出発したロビンの後を追うように、ベルも急いで出発した。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


独自の生態系が築かれているアムニス砂漠。ホーンド・キャメルに乗って進んだ先に、ベルたちを待つものとは!?

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