第86話「禿鷹の啄み」(2)
「誰が助けてくれなんて言った?助けなんて要らねえよ、俺強いから」
ベルはそう言って小瓶を取り出すと、いつものように星空の雫を1滴口に含んだ。本当ならば星空の雫は温存しておきたかったが、こんな状態ではそうも言っていられない。
星の力によって完全に回復したベルは、寝たきりの身体を起こしてロビンと目の位置を合わせる。
「ほう、星空の雫か……」
星空の雫とその効果を目の当たりにしたロビンは驚くが、それはベルが見たリアクションの中で1番薄いものだった。ベルゼバブも教皇も、この星空の雫を目の当たりにした者は誰であろうと驚いてきた。
だが、今まで星空の雫を見た者たちと、ロビンの反応は全く違っていた。
彼は確かに驚いているようだが、ほとんど表情を崩していない。いつもと変わらない澄ました顔でベルを見つめている。
「…………何だよ、つまんねえな」
ロビンが腰を抜かすほど驚く事を想像していたベルは、つまらなさそうに小瓶を懐に仕舞った。
「お前は最近己の黒魔術の力を使えるようになったばかりだと聞く。せいぜい俺の足手まといにならないよう頑張るんだな」
ロビンは再びベルに嫌味を言う。彼はベルについての情報をある程度知らされていたようだ。
明らかにベルの事を嫌っているロビンは、ベルのリアクションを見る事すらなくその場を離れる。どうやら、さっそく団長室に向かっているようだ。
「ちょ……待てよっ!」
ミッションが始まる前から置いてけぼりにされているベルは慌ててロビンの後を追う。これから騎士団長からどんなミッションが下されるのか、そしてこの凸凹コンビは協力し合えるのだろうか。
黒い扉の先で2人を待っていたのは、忘れもしない異様な空間。いつも通り中心には紫の炎が燃え上がり、その周りに11人の黒魔術士が佇んでいる。
真っ暗な空間が紫色の炎に照らされている。これだけ大きく燃え盛る炎があると言うのに、不思議とこの空間は暑くはなかった。これも黒魔術の為せる業なのだろうか。
「待っていたぞカフカ、ファウスト」
2人が紫炎の正面に立つと、さっそく騎士団長グレゴリオが口を開く。ベルが最初から感じていた事だが、グレゴリオからは生気を感じる事が出来ない。
「ハッ!」
騎士団長に声を掛けられたロビンは瞬時に片膝をついて首を垂れる。その様子を見ていたベルも、真似するように頭を下げた。
「顔を上げろ。それではさっそく、ミッションを言い渡す。今回のミッションはアムニス砂漠に棲む魔物の討伐」
さっそくグレゴリオはベルの初ミッションの内容を言い渡した。どうやらベルは、再びあの過酷な砂漠に舞い戻る事になるようだ。
「アムニス砂漠はその過酷な環境が故に、リミア連邦とセルトリア王国の往き来を困難なものにしている。人々はこの砂漠を通る事を避けて、わざわざ海路で遠回りをする。それは、この砂漠が人間が生きて行くには耐え難い環境である事を意味している」
「しかしながら、その過酷な環境に順応した種も少なからず存在する。その種の中には凶暴なものも少なくない。これもまた、アムニス砂漠の人の往き来を減らす要因となっている。もちろん悪さを働く盗賊の影響もあるが……」
「その種の中でも一際恐れられているものがいる。近年その姿を見たものはほとんどおらず、もはや伝説の存在となっている種だ。その名も“マンライオン”。蟻地獄を“アントライオン”と呼ぶのに対し、この種は“マンライオン”と呼ばれている。つまりは、人を容易く喰らってしまうほど巨大な種と言うことだ。今回はこのマンライオンを討伐してもらいたい」
今回のミッションの討伐対象は“マンライオン”と呼ばれる超巨大な蟻地獄。蟻地獄と言えば地中に潜り、地表にすり鉢状のくぼみを作って、その底に落ちて来る獲物を捕食する幼虫。
「……………」
ベルはマンライオンが作り出す捕食の罠を想像して息を呑んだ。ベルはこれまで色んな怪物たちと戦って来たが、今回は正真正銘本物の怪物と戦う事になる。
「アムニス砂漠では、他にも多数の種がお前たちに襲い掛かって来るだろう。だが、マンライオンさえ討伐出来れば今回はそれで良い。他は無視して構わん。マンライオンには多くの命が奪われている。狩る事が出来れば、同時に大量のオーブも回収する事が出来るだろう」
グレゴリオがそう言うと、空中に忽然と1本の瓶が出現した。それは、ナイトがノーイに与えていたものと同じだった。
「これはオーブ・アブソーバー。この瓶の栓を開けて近づければ、簡単にオーブを回収する事が出来る。これを使ってマンライオンに捕らえられたオーブを回収して来るのだ」
「ハッ!」
任務の内容を理解したロビンは改めて頭を下げる。
「アムニス砂漠の問題は、リミア連邦と我がセルトリア王国の2国が抱える重大な問題だ。これまでも騎士団はアムニス砂漠の危険を取り除く活動に尽力して来たが、今回のミッションはその活動の中でも大きな意味を持っている。砂漠の主とも呼ばれるマンライオンを消す事が出来れば、2国間の通行に大きな変化をもたらす事となろう」
グレゴリオが言うように、リミア連邦からセルトリア王国へ向かうためには、海を渡ってブレスリバーに行く必要がある。例え最西端のアドフォードに行きたくても、わざわざ反対側の最東端の町に行かなければならないのだ。
その原因は全てアムニス砂漠の中に存在する。それは2国間の貿易やその他様々なものに影響を与え、両国が常に解決しようとしている重大な問題であった。そんな重大な問題解決の足掛かりとなるマンライオン討伐。ベルとロビンの責任は重大だ。
「それでは、改めてミッションを確認する。このミッションを遂行するのはカフカとファウストの2名。行き先はアムニス砂漠。目的はマンライオンの討伐」
一通り説明を終えたグレゴリオは、改めて今回の任務の内容を確認する。
「承知しました」
「しょ、承知しました!」
ロビンが慣れたようにそう言うと、ベルは慌ててロビンの真似をした。
「よろしい。では、お前たちには飛空艇でアムニス砂漠まで向かってもらう。本部屋上のシップ・ポートで、艇長がお前たちを待っている」
世界各地様々な場所に赴く事になる騎士団員は、もっぱら飛空艇と呼ばれる乗り物で移動する事になっている。グレゴリオの言うように、その発着場は騎士団の屋上にあった。
「それでは、健闘を祈る」
グレゴリオが2人を激励すると、ロビンが勢い良く立ち上がった。それを見て、ベルも慌てて立ち上がる。そして2人は団長室を後にした。
ベルに初めて課せられた任務は、かなり難易度の高いもののようにも思える。それは、やはりベルがブラック・サーティーンとして実力を買われているからなのだろうか。
これからベルは初ミッションに挑む。待ち受けるのは、まだ見ぬ人喰の怪物、相棒は嫌な奴。初ミッションに挑むベルの胸中は、不安でいっぱいだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ヴァルチャーことロビンは、他人には厳しいのにメンタルは超弱いと言うキャラクターです笑
色々と問題がありそうですが、ベルは何事もなくミッションをこなす事が出来るのでしょうか。




