第86話「禿鷹の啄み」(1)【挿絵あり】
不眠不休のまま本部に向かうベル。そこでベルを待っていたのは……
改稿(2020/10/11)
黒魔術士騎士ベル・クイール・ファウストは、再び騎士団本部を訪れていた。今回はベルが三重の扉に拒まれる事はなかった。それは、ひとえに騎士団証と忠誠の鎖のおかげ。この2つを併せ持つ騎士だけが騎士団本部に足を踏み入れることが出来るのだ。
初めてベルが談話室を訪れた時、そこにいる騎士たちの視線は彼に集中した。今回もまたベルの姿に気を取られる者が一定数いたものの、その数は以前と比べて遥かに少なかった。それは恐らく衣服に起因しているのだろう。
あの時ベルはハメルから貰った洋服に身を包んでいたが、今は他の騎士たちと同様特別な騎士団着を着用している。ベル自身もその事に気づいており、自分が騎士団の一員となれた事を、少しばかり実感するのだった。
長い孤独を経験し、常に逃げ続けていたベル。そんな彼は長すぎる時を経て、自分の居場所を見つけていた。ようやく見つけた、安心して笑って過ごせる場所。自分と似たような境遇の人間たちが集まる特別な場所。寝不足の目を擦りながら、ベルは11年の時を経て掴んだ安らぎを噛み締めていた。
そんな事を考えていたのも束の間、ベルを突然目眩が襲う。それもそのはず、ベルは昨日ほんの少し昼寝をしただけでちゃんとした休息を取っていないのだ。
月衛隊との死闘に黒魔術士騎士団の入団儀式。扉の試練に、新たな仲間との出逢い。これだけ多くの出来事をたった1日で経験する事はそうないだろう。
決して普通ではない、超濃密な1日を過ごしたベルは気を失う寸前の状態になっていた。今にでも意識が遠のいて倒れてしまいそうなほど、ベルはフラフラだった。阿呆のようにだらし無く口を開けて上の空で歩くベルの姿は、確実に談話室の中で浮いていた。
ずてーんっ!
上の空でボーッと歩いていたベルは突然盛大に転んでしまった。とうとう全身の力が抜けて眠ってしまったのだろうか。そう考えてもなんら不思議ではない。ジュディ・アージンと言う女騎士のせいでベルは大切な睡眠時間をほとんど奪われたのだから。
ところが、ベルは眠ってしまったわけではなかった。疲れ切っているベルだが、まだ何とか意識を保っている。ベルが転んだ真相は彼の足元にあった。彼は何かに躓いて転んでしまったのだ。
ベルがふと自分の足元に視線を移してみると、そこにはベルと同じブーツを履いた靴が投げ出されていた。談話室にいる誰かの足だ。状況からして、確実に誰かがベルに足を引っ掛けたようだ。
ベルはナイト、アイザック、ジュディ、ロコ以外のメンバーと面識がない。アイザックとジュディならこのような真似をする可能性が十分にあったが、その2人が今ここにいる可能性は低かった。
だとすれば、初対面の人間がベルにちょっかいを出したと言う事なのだろうか。そう考えると段々と怒りがこみ上げて来たベルだったが、彼にはもはやその誰かに怒鳴りつける気力すら残っていなかった。
「ブラック・サーティーンが聞いて呆れる。そんなフラフラの状態でミッションに就こうとは、フザけた野郎だ」
その声を発するのは、ベルが見た事のある人物だった。ベルが声のする方に視線を上げてみると、そこには黄色く鋭い瞳があった。その瞳はベルの顔を上から睨みつけている。
声を発したのは、猛禽類のような眼を持ったあの人物。ベルが初めて談話室を通った時に印象に残った男だ。青い長髪をポニーテールでまとめた“彼”はベルとは対象的に余裕たっぷりで澄ました顔をしている。この男は、高級感溢れるソファーにゆったりと座り、偉そうに腕を組んでいた。
「………んだお前?お前こそフザけた野郎じゃねえか。初対面の人間転ばすってどんな神経してんだよ」
ベルは精一杯の力を振り絞ってその男に対抗するが、もはや彼は身体を起こす事すらままならなかった。
「正確には初対面ではない。昨日1度俺たちは顔を合わせている。黒魔術士騎士たる者、常に万全な状態で任務に挑むこと。基本中の基本の心得だ」
その男は、確かにベルが昨日見かけた人物だった。
しかしながら、彼は初めて接するベルに対してかなり失礼な態度を取っている。
「うるせーな!その説教ジュディに聞かせてやれよ!アイツのせいで眠れなかったんだからな!」
高圧的な態度を取り続ける男に対し、ベルの苛立ちは最高潮に達していた。確かにミッションには万全の状態で挑まなければならないのだろうが、こうなったのは全てジュディの責任だ。
「ジュディ……ジュディ・アージンか?」
彼女の名前を耳にした男は、なぜだか驚いたような表情を見せる。
「あぁそうだ。だからどうした?って言うか、お前誰だよ」
目の前の男が驚いた理由よりも、ベルにはこの男が一体誰なのかと言う事の方が気になっていた。
「……気にするな。俺はロビン・カフカ。“禿鷹”の異名を持つ騎士だ。今回のミッションでお前と行動を共にする」
彼の名前はロビン・カフカ。昨日話に聞いていたベルの初めてのバディだった。これはまさしく最悪の出会い。初対面でいきなり頭ごなしに説教を垂れ流すような人物と、これから2人きりでミッションをこなさなければならないのだ。
この男の異名ヴァルチャー。ヴァルチャーとは禿鷹と言う意味だが、彼の見た目からはその要素を一切感じられない。この異名は彼のどんな特徴から来ているのだろうか。
「お前がハゲか‼︎」
「誰がハゲだ‼︎よく見てみろ、どこもハゲてないだろ?ハゲどころかフサフサだ‼︎」
昨日の話を思い出したベルはすぐさま彼のあだ名を叫ぶ。すると、ロビンはこれまでと態度を一変させて慌てた様子を見せた。どうやら、ハゲと呼ばれる事を相当気にしているようだ。
クスクス…
ベルがかなりのボリュームで“ハゲ”と叫んだため、その声は談話室にいる騎士の多くに聞こえていた。どうやらそれがかなり面白かったようで、騎士たちは声を潜めて一斉に笑い出す。声を潜めているのは、ここにその張本人がいるからだろう。それはせめてもの気遣いと言うやつだったが、逆にロビンの心を傷つけた。
「………………」
ハゲと呼ばれた上に笑いものになったロビンは石像のように固まってしまった。その顔は、モアイ像のように深い影が落とし込まれたようにも見えた。
ベルが思っている以上にロビンはハゲと呼ばれる事を気にしていて、そしてそのメンタルはかなり脆弱な様子。
「おいハゲ!他人には散々言っといてお前はそのザマかよ。情けねーな」
その光景は、まさにベルが求めていたものだった。偉そうな口を利く人物が、ガラスのハートの持ち主だった。それだけでベルは腹の底から笑えて来た。
しかし、疲れ切っているこの身体ではベルは存分に笑う事すら出来なかった。笑うだけで腹部に激痛が走る。
「うるさい‼︎それ以上言ったら全身の骨バッキバキにするからな……お前が足を引っ張るような事があれば、容赦なく見捨てるぞ!」
自尊心を大きく傷つけられたロビンは、言い返すようにそう言った。もしロビンがベルを助けてくれないのであれば、それはバディとは呼べない。初対面で強く反発し合っているこの2人が、無事にミッションを遂行する事は出来るのであろうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに登場したヴァルチャー。2人のファーストコンタクトは最悪だった…笑




