第12話「保安官」【挿絵あり】
ハウゼント医院に、立て続けに運ばれて来る仮死状態の患者。一体この街で何が起きているのか⁉︎
改稿(2020/03/30)
Episode 3: White boy, Black Girl/白い少年、黒い少女
あれから、すでに数日が経過していた。砂風の舞うアドフォードの町の片隅に、ハウゼント医院が佇んでいる。
ジェイクは被害者が安置してある部屋で、1人考え込んでいた。最初にベルたちが発見したようなケースの被害者が、次々と医院に運び込まれて来るのだ。
“オーブは、何らかの魔的影響を受けた人にしか見ることが出来ません。悪魔と契約を交わした者、血縁的に魔力を受け継いだ者。いろいろありますが、とにかく普通の人には見ることが出来ないのです”
ベルはジェイクから言われたことを思い出していた。
「ってことは俺にしか見えないってことか…」
「すみません!」
ベルが1人で呟いていたその時、突然ベルの真後ろにある扉が、勢いよく開いた。
「痛ってぇー!」
開いた扉の角がちょうどベルの背中にぶつかった。予期せぬ衝撃ほど痛いものはない。
「あ、すみません」
ジェイクは扉から顔を覗かせると、申し訳なさそうに苦笑いしている。
「ジェイクさん。びっくりさせないでください!」
リリは胸を撫で下した。
「ジェイクさん、ひどいですよ!部屋に入る時はちゃんとノックしてくださいよ!」
ベルは背中を摩りながら、ジェイクを睨みつける。故意ではないとは言え、少し腹が立つ。
「ハハハ……すみません」
「それより、言い忘れていたことがありました。黒魔術書によると、オーブを器、つまり身体から抜き取ることが出来るのは悪魔だけだとされています。もしかすると、この町に悪魔が潜んでいる可能性があります。外へお出かけになられるのであれば、十分に気をつけてください」
その言葉にベルは思わず反応してしまう。この町に他に悪魔がいるかは知らないが、悪魔なら確実にここに1人いる。
しかし、オーブを抜き取った覚えはない。リリがずっと一緒にいたのだから、悪魔に身体を動かされたとも考えにくい。
ベルとリリは顔を見合わせた。2人とも悪魔という言葉を聞いたのだから、仕方ない。
「そ、そうなんですね」
しばらく続いた沈黙を破るために、リリが口を開いた。
「じゃ、取り敢えず俺たちは外に出てみます。おい、ガキ……」
それに続けて、ベルも口を開いた。取り敢えず外に出て、気分転換でもするつもりなのだろう。
ふとアレンの方を見てみると、彼は気持ちよさそうに、ソファーの上で熟睡していた。その寝顔はまるで天使のようだ。
「この子は僕が面倒を見ておきます。どうかお気をつけて…」
ジェイクはどうするか迷っている2人の様子を見て、自分がアレンの子守を引き受けることを提案した。
「ありがとうございます。はぁ……このまま親に連れて帰ってもらった方がいいんだけど」
ベルはジェイクに礼を言うと、溜め息をつきながら小さな声でつぶやいた。
「それじゃ、ちょっと行ってきます」
「少しでも危険を感じたら、すぐに戻って来てくださいね」
ベルは軽く挨拶をして、ハウゼント医院を後にした。ジェイクは彼らの安全を願っている。
「それで?君はオーブ見えてるの?」
リリはベルの顔を覗き込んだ。
ベルはさきほどまでと同じようにローブをまとい、フードで顔を隠している。外出は細心の注意を払わなければならない。
「え?あ、あぁ。まぁな……ハハ…」
ベルは、何とも歯切れの悪い返事をした。何か誤魔化しているのだろう。
「絶対見えてないでしょ……」
リリはベルを疑いの目で見つめている。こんなに分かりやすい嘘があるだろうか。
「あのさ、ほら。今までそんなの気にも留めたことないからさ。よく分かんないんだ」
ベルにはオーブという存在が見えないのだった。アローシャを身体に入れられてから、ベルの右目はずっと開かない。悪魔の影響を強く受けているのは右目だ。きっと右目が開けば見えるのかもしれない。
「それじゃ、外に出た意味無いじゃない。早く病院に戻りましょう。悪魔がいるかもしれないって言うし」
リリは分かってはいたが、ガッカリしている。ベルと行動を共にするより、ジェイクと一緒にいた方が良いのかもしれない。
「うっ……」
その直後、突然ベルが苦しみ始めた。彼は頭を抱えている。
「え?ちょっと、どうしたの?」
リリは急な出来事にベルを心配している。
ここまで苦しんでいるベルを、リリが見るのは初めてのことだった。ベルについて行くということは、こういう事がこれからも起きると言うことだ。
「へへ、右目が疼いてきやがった。リリ、悪いがまだ帰れねぇよ」
その時、ベルの右目が微かに開いたのだった。ずっと閉ざされていた右目は、長い前髪に隠されていた。
この時ベルは前髪をかき上げ、右目をさらけ出す。
忌まわしい夜に炎をまとったその瞳の虹彩は、紅く染まっていた。この時、顔の右半分に残った火傷も、リリには見えた。
「え?どういうこと?」
リリには、ベルの言うことが何のことだか分からなかった。ベルの右目がずっと閉ざされていたことさえ、よく知らなかった。
そして、彼女は初めて見た痛々しい傷痕に、息を呑んだ。
「だからよ、見えるんだ。この右目にぼんやりとな……」
ベルは微笑を浮かべた。
「な、何か知らないけどラッキーだね!」
リリは、ベルにも利用価値があることを知って、素直に喜んだ。
ベルの右目には、頭上に不規則に並ぶように、ぼんやりとした球体のオーブが浮遊している様子が見えている。
そのオーブの群れは、まるでベルたちを導くかのように、どこかへ向かって並んでいるようにも見えた。不規則に浮かんでいるだけのようにも見えるが、よく見れば、それは確実にどこかへと繋がっている。
ベルは、オーブが続く方へと歩みを進める。
「ちょっと!どこ行くの?」
リリは、まるで何かに操られたかのように歩き出すベルに話しかけた。何も言わずに歩き出すベルに困惑するのも当然だ。
「いいから黙って俺について来い」
ベルは嬉しそうに笑っている。自分が役に立っていることを実感しているベルは、なんだか嬉しそうだ。ベルはオーブをたどって、ただ進む。
オーブが誘った場所、そこには大きな邸宅が存在していた。高級な雰囲気の中に怪しさと、どこか古風な匂いのする館だった。
表札には"Gopher"という文字が刻んであった。
このゴーファー邸の上空には、幾つものオーブが集まっていた。上空に集まっているオーブは、まるで吸い込まれるかのように、館の中へと次々に消えて行く。
「……こんな分かりやすい事があっていいのかよ」
ベルはあまりにも簡単に怪しい場所にたどり着いたため、拍子抜けしていた。ここに何らかのヒントがあると考えて間違いないだろう。
「お?おたくら見ない顔だね。こんな所に何か用かい?」
ベルとリリがゴーファー邸の門前で立ち止まっていると、近くにいた中年の男がしゃべりかけて来た。
この男は、ベルがアドフォードに侵入する時に、門番に注意していた保安官だった。
白のテンガロンハットを被り、シャツの胸の部分に星形のバッジをつけた彼は、いかにも保安官といった感じだ。
その顔には髭が蓄えられており、頼れる保安官とでも言った感じだろうか。
「あ、はい。このお屋敷って?」
リリが気を利かせて口を開く。今目の前にいるのは保安官。ベルより自分がしゃべるのが賢明だと考えたのだろう。
「ここか?ここはゴーファーさんの家だ。と言っても、この館は11年前から主人がいない」
「なら、このお宅には11年間誰も出入りしていないんですか?」
「それが、そういうわけでもないんだな。以前、妙な男がこの家にやって来たんだ」
保安官は、勿体ぶった感じでそう言った。
「え?その人はゴーファーさんとは関係ないんですか?」
リリは保安官の話にくぎ付けになっていた。
「あれは確か5年前だったか。この町にアンタらみたく、他所から来た男がいたんだよ。白い髪をした奴だった。どうやらゴーファーさんとは関係がないようだったが、なぜかこの屋敷に忍び込んだんだ」
「それって犯罪じゃないですか。捕まえなくて良かったんですか?」
リリは保安官がベルに注意を引かれないように、話を続けさせようとしている。
「あぁ、犯罪だ。それがこの屋敷は広大でな。探しに行っても、どこにいるか分からなかった。そしたらよ、1年も経たないうちに男の目撃情報が上がった。だが、結局俺がこの目で見る前に、アドフォードを出て行ったようだ」
「その男、一体何が目的だったんですかね?」
「分からん。ただ、とても変わった人物だったようだ。奴がいる間、屋敷からは奇妙な声が聞こえていたらしい。奴の存在を知る者は、奴のことを“白い少年”と呼んでいたよ」
保安官は白い少年について語り終えた。
多くの謎を残してアドフォードを去って行った白い少年。一体彼はなぜこの町を訪れたのだろうか。そして何者だったのか。
「そうなんですね。じゃあ今は誰も住んでいないんですね」
リリは、謎多き白い少年に興味を抱いていた。
それに加え、ベルが立ち止まったということは、ここが何らかの鍵を握る場所だということは間違いない。リリは出来るだけこの屋敷の情報を集めようとした。
「そうでもない。つい最近この屋敷に侵入していた女を捕まえた。そいつぁ、白い少年と比較して“黒い少女”って呼ばれてる」
白い少年に、黒い少女。謎めいた人物が出入りするこの屋敷には、一体何があると言うのだろうか。
「何で町中のオーブがここに集中してるんだ?」
空気を読まないベルは、ここで声を発してしまった。目の前にいる人物との接触が、自分にとって都合の悪いものだということに、気づいていなようだ。
「お?お前はオーブが見えるのか。ってことは、魔法使いか?」
保安官はついにベルに興味を示してしまう。リリは心の中で溜め息をついた。
「え?まぁ……そうだけど」
ベルはリリの表情を見て状況を察すると、控えめに返事をする。
「そうか。お前、何者だ?」
突然保安官は態度を一変させた。さっきまでの気さくな雰囲気は消え失せ、敵意を剥き出しにしている。
「他人に聞く時は、まず自分からじゃないのか?」
攻撃的な態度に出た保安官に対し、ベルもまた攻撃的な態度を取る。
「それもそうだ。俺はハメル・レイモンド。この町の保安官だ」
ハメルはベルの言うことに納得し、自己紹介した。かなりマズい状況だ。保安官に目をつけられてしまった。
「……………」
自己紹介をしたハメルに対し、ベルは何も言う事が出来なかった。ここで名乗るわけにはいかない。
「おや?名乗れない理由でもあるのかな?大体見た目から怪しすぎるんだよ!」
そう言って、ハメルはベルの顔を覗き込もうとするが、慌ててリリが間に入る。
「まあまあ!そうじゃないんです。この人、とーっても恥ずかしがり屋で。人に顔を見られただけで顔が真っ赤になっちゃうんです。だから、恥ずかしくて顔を隠してるんですよ〜……オホホホ」
リリは、咄嗟にベルが顔を隠している理由をでっち上げた。即興の嘘であるため、かなり無理がある。こんなことで、ハメルが納得するのだろうか。
「そ…そそ……そうなんだ」
ここでリリの作り話に真実味を持たせるために、ベルは恥ずかしがり屋っぽく言葉を発する。これも見るからに嘘っぽい。演技下手過ぎだろ。リリは心の中でそう叫んだ。
「…………」
その様子を見たハメルは、しばらく言葉を発さなかった。
妙な空気が3人の間に流れる。やはり、こんな見え透いた嘘が大人に通用するはずもなかったのだ。
「そうか。それは大変だな」
2人の予想は大きく外れた。なんとハメルは、リリの嘘をあっさりと信じてしまったのだ。出まかせでも言ってみるものだ。
ベルとリリは、心の中でほぼ同時に、“嘘やん”と叫ぶのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
連続オーブ抜取事件の裏に見え隠れする"白い少年"、"黒い少女"。そして怪しいゴーファー邸。
第9話では、1番出会いたくなかった人物、保安官ハメルとベルが出会ってしまいました。一体どうなってしまうのか⁉︎
補足です。普段前髪で右目を隠しているベルですが、右目は赤色なので、実はオッドアイです笑




