第85話「ヴァルチャー」(1)
ゆったりとした時間を過ごしていたベルだったが、それも束の間。さっそくナイトがブルクセン宅を訪れて……?
改稿中(2020/10/10)
Episode 5 : The Vulture/ヴァルチャー
穏やかな昼下がり、ベルとリリとアレンは、新たな仲間と賑やかに過ごしていた。ジュディもロコも、これまで出会った人たちとはまた違った、個性的な人間だった。ベルはこれから黒魔術士騎士団として、与えられた任務をこなして行く。その中で、嫌でも彼女たちとは関わることになるのだろう。
しばらくすると、5人のもとにナイトが訪れていた。
「ナイトさん!そう言えば、あの黒メガネは捕まりましたか?」
ナイトの顔を見て、ベルの頭に真っ先に思い浮かんだのは、アイザックの顔。あのお騒がせな男の行方が、ベルは気になって仕方がなかった。
「やあ、ベル君。うん、アイザックは無事捕まったよ。アイツ、僕の姿を見た途端に逃げるのを諦めたんだ」
ベルは、ナイトの言葉からアイザックのその時の様子を容易に想像出来ていた。きっとアイザックでさえナイトの黒魔術を恐れているのだろう。ベルが知る上でも、ナイトの黒魔術は最強だった。
「そ、そうなんですか。じゃあまだあの人はこの街に?」
「いや、今頃ディオストラ行の飛空艇の中だよ。アイツ移動だけは誰よりも早いんだ」
ナイトの返事を聞いたベルは、少しばかり残念そうな顔をした。アイザックはベルの初めての師匠。顔も合わせず去って行った師匠と、もう1度顔を合わせたかったのだろう。
M-12隊長であるナイトと親しげに会話をするベルを見て、ジュディは驚いていた。ジュディはベルの事を散々見下しているが、彼は彼女の想像以上に出来る男であるようだ。
「あ、アージンさんにパラディさん。ちょっといいですか?」
ナイトは続けて思い出したようにグリゴリ・シスターズに声をかける。
「はい?」
突然声を掛けられたジュディは思わず固まってしまう。騎士団を会社に例えるなら、ジュディとロコは平社員で、ナイトは部長のようなもの。声を掛けられれば固まってしまうのも当然だった。騎士団員にとって、M-12は雲の上の存在なのだ。
「これはお願いなんだけど、ベル君とリリさんとアレン君をしばらくここに泊めてやってくれないかな?」
そう言うナイトの笑顔は美しい。これまで逃亡を続けて来たベルたちには、当然寝泊まりする場所がなかった。すでにリリとアレンの保護を受け入れていた2人に、ナイトは目星をつけていたのだ。
「いいですよ!」
ナイトのお願いに対し、ロコは即答した。
「は?お前ふざけんなし!」
自分の意見を差し置いて勝手に返事をしてしまったロコの胸倉を、ジュディが掴み上げる。ナイトに口答えする事は出来ないが、ロコにならいくらでも口答え出来る。ジュディには、ロコがその申し出を快諾した理由が全く理解出来なかった。
「ウチは今日だけだと思ってこの話受けただけ!これからずっと他人と暮らすとかマジあり得ないし‼︎」
文句を畳み掛けるジュディは、ロコを乱暴に揺さぶっている。
「い……良いじゃないですか!これから賑やかになりますよ!うわぁぁあぁ!」
ジュディを説得しようとするロコだが、彼女に激しく揺さぶられていてまともに喋る事も出来なくなり始めていた。そんな彼女の姿は、初めてベルと出会った時のように乱れてしまっている。あの姿になるのは日常茶飯事なのだろうか。
「あのぉ……迷惑なら断ってくれてもいいんだよ?」
激しく文句を言い続けるジュディを見て、ナイトは提案する。ナイトは自分の頼みが彼女たちの立場的に断りにくいものだったのだと、今頃になって気づいた。
「私は構いませ……うわあぁぁあぁあっ‼︎」
それでもロコは快諾しようとするのだが、ジュディがその言葉を最後まで言わせてくれない。もうすでにロコは疲れ切っていて、一切言葉を発さなくなってしまった。
「あ……ごめん」
ようやく自分がやりすぎていた事に気づいたジュディは一言謝る。
しかし今謝っても時すでに遅し。もうロコは放心状態になっていた。いつもこんなジュディとの生活を続けているロコは、ある意味最強なのかもしれない。
「……結局どうするの?」
ずっと2人の様子を見守っているナイトは、ずっと答えが出るのを待っていた。見たところロコとジュディの意見はまとまっていないようだ。
「あの、ホントに断ってくれても大丈夫ですよ?」
あからさまにベルたちと暮らす事を拒絶しようとするジュディを見て、リリはそう言った。ここがダメでも、きっとどこかに寝泊まり出来る場所はあるはずだ。
「何勝手なこと言ってんだよ。ここ以外に泊まれるとこなんかあんのか?」
「……残念ながら、他にはないよ。最悪僕の部屋に泊めることは出来るけど、4人一緒に生活するにはとてもじゃないけど狭い」
ベルの意見を、ナイトは後押しした。彼は決してジュディを無理やり説得しようとしていたわけではないのだが、思わず本心を口にしてしまったのだった。やっぱりナイトには少し抜けた所があるようだ。
そんなナイトの言葉は、確実にジュディを追い詰める事となる。
「……でしゅかりゃ、ここにしゅんでくだしゃい。私は別に構いましぇんよ…」
ナイトの言葉に続いてロコも口を開くのだが、ジュディのせいで彼女は上手く喋る事が出来ない。ジュディは左手でロコの頬っぺたを強めに掴んでいた。そのためロコの言っている事は、いまいち皆の頭に入って来なかった。
「やったー‼︎僕ここに住めるの?このソファー大好き‼︎」
ここで今まで黙っていたアレンが口を開く。彼はとても楽しそうにロコのソファーの上で飛び跳ねている。アレンにはこのフワフワでピンク色のソファーがとても魅力的だった。もちろんアレンは今までこんなにフワフワな椅子に座った事がない。
このアレンの発言は、より一層ナイトの頼みを通しやすい雰囲気を作った。もうジュディには後がない。
「……………」
完全にベルたちを受け入れなければならない空気が充満しているこの空間で、ジュディはただ黙り込む事しか出来なくなった。この妙な雰囲気を抜け出すための唯一の方法は、YESと答える事だけだ。
「………」
「………………」
「……………………………」
黙り込んでいるジュディを見て、そこにいる全員がその顔をまじまじと見つめる。ナイト、ベル、リリ、アレン、ロコの視線はジュディただ1人に集まっていた。
「……もう、分かったよ!勝手にすれば?でもウチのスペースには入って来ないでね」
その雰囲気に耐えかねたジュディはついに折れる。幼いアレンによるところも大きかったが、1番大きかったのはナイトの視線だった。上司に黙って見つめられ続けたら折れるしかない。
「ホントですか?」
「よっしゃ」
「やったー!」
ジュディの返事を聞いた瞬間、リリ、ベル、アレンが次々と喜びの声を上げる。これでベルたちの生活が今までと違って落ち着いたものになる事は約束されたも同然。これからは毎日同じ家に帰り、逃げる必要などどこにも無いのだ。
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示唆される新たな仲間の登場。怪しげなジュディの行動。これからもいくつも波乱が待ち受けているようです笑




