第84話「花と刺」(2)【挿絵あり】
それから、ベルは意識がハッキリしていないまま、リリとアレンと別れた後のことを話し始めた。まだまだ夢見心地だったベルが話す内容には、まるで現実味が無かった。
復讐に燃えるベンジャミンたちと死闘を繰り広げ、レイリーのゴーストと、ナイトにベルは救われた。
それから導かれるままに黒魔術士騎士団を訪れたベルは、さらに多くの人々と出会い、己の中のアローシャと対峙することになった。様々な試練を乗り越えて、ベルはようやく本物の黒魔術士へと成長していた。
「え?じゃあついに正真正銘の黒魔術士になったってこと?」
「あぁ、まだ全然コントロール出来てないけど」
「こんな短期間で本当に色んなことがあったんだね…ベルはすごいよ!」
「ハハ……そうか?」
本当に短期間で、ベルには様々な変化が起きていた。彼の言う通り、まだまだ黒魔術の練習や経験は必要不可欠だが、ベルはひとつの目的を達成していた。ひとつの段階を終えて、ベルは着実に次のステージへと足を踏み出していた。
「にしてもアンタ。ブラック・サーティーンのくせに、平然としてられるだなんて、ホント面白いね」
ジュディはベルの顔を覗き込んだ。自信過剰で傲慢な彼女でも、ブラック・サーティーンは無視出来ない存在だった。ベルは世界でたった13人しかいない黒魔術士の1人なのだから。
「確かにそうですね…無理やり憑依の契約をさせられたのに無事でいられるなんて。一体ファウストさんの身体はどうなっているんですか?」
「だろだろ?コイツの身体気になるだろ?」
「1回脱がしてみるってのはどう?」
「ちょ、ちょっとお姐様‼︎」
ベルに興味を示すロコに、ジュディは耳打ちした。アイザックとは違うが、彼女も悪ふざけを止められないらしい。
「なんか全然分かんねえけど、俺の中には“偽の鬼宿の扉”があるらしい。そのおかげで悪魔に身体を乗っ取られずに済んだ。でも、その扉が動かせなかったせいで、今まで黒魔術がほとんど使えなかったんだ」
「偽の鬼宿の扉⁉︎何だソレ」
「興味深いです‼︎」
「鬼宿の扉って、あの鬼宿の扉⁉︎今まではその扉が、アローシャの侵入を防いでくれてたんでしょ?その扉が開くようになったってことは、これからはいつアローシャに身体を奪われても、おかしくないんじゃないの?」
鬼宿の扉。それはほぼ全ての人間が実際にその目にしたことがない。リリもまた、鬼宿の扉を知っていた。レイリーの家を訪れた際に知ったのだろうか。
「そうね。アンタの話がホントだとすれば、そう言うことになる。その力を手にするために、とんでもない犠牲を払ったことになるんじゃない?」
「鬼宿の扉と言えば、絶対的な隔たりをもたらすもの。それが簡単に開いてしまうのであれば、ファウストさんの身体は常に危険な状態に……」
「ヤバいじゃん‼︎早く鍵掛けて、その扉閉めちまいな!」
彼女たちの言うことは最もだった。今のベルは、いつアローシャから支配されても不思議ではない。強力な力を手に入れるためとは言え、それは大き過ぎる代償だ。
「アローシャは俺に力を貸す……らしい。意味分かんねーことの連続で、俺も全然分かんねーけど。でもこうなったら、とことんコイツを利用してやる」
ベルはくすぐったそうにしていた。アローシャの存在は、ベルの中で確実に変化を始めていた。今では、ただ憎しみを抱くだけの対象ではない。利用するための力の源だ。だが、決してベルはこの悪魔を赦しはしない。
「でも、悪魔が人間に見返りを求めないとは思えないな」
「安心しちゃダメですよ!」
ジュディは、彼女なりにアローシャの考えを探っていた。悪魔が人間に無償で力を貸すと言う話は、まず有り得ないものだった。必ず裏には、何か別の思惑があるはずだ。
「どんだけ甘い顔をして近づいて来ても、絶対心を許しちゃダメだよ。悪魔はいつでもお前の身体を狙ってる……」
「お姐様、手の動きがいやらしいです……」
ジュディは至って真剣にベルに忠告していたが、その動きが説得力を低下させていた。彼女の全ての指をくねくねと動かして、何やら良からぬことを考えているような表情を浮かべていた。
「あのぉ、気になってたんですけど……ジュディさんとロコさんは姉妹なんですか?」
破廉恥な雰囲気に耐えられなかったリリは、またも無理やり話題を変えた。
「姉妹?ウチとロコが?」
思いもよらぬ質問を受けたジュディは、目を丸くしている。
「違うんですか?」
「そんなわけないじゃん!見てみ?ほら、ウチら全然似てないでしょ?姉妹だったらもっと似てるって!まあ血が繋がってないとこ以外は、姉妹みたいなもんだけど」
ジュディはロコと顔を近づけて、自分の顔とロコの顔を交互に繰り返し指差した。確かに彼女の言う通り、2人は外見的にも内面的にも全く似ていない。その正反対の性格が、磁石のように2人を引き合わせたのかもしれない。
「もともと私、セルトリアの人間じゃないんです。騎士団に入るために引っ越して来たんですけど、なかなか馴染めなくて。でも、ジュディ姐様は私が騎士団に入った頃から、ずっと良くしてくれて。だから、私にとってはお姐様なんです」
身の上話をするロコは、少し恥ずかしそうにしていた。彼女もまた、黒魔術士騎士団に救われた人間のひとりなのだろう。
「意外と良い所あるんだな、ジュディ」
「意外って何よ。ひと言余計なんだよ。少なくとも、アンタよりは良い所あるし!」
「へぇ〜そうなのか。たとえばどんな良い所があんだよ?」
「どんなって……アンタより優しいし、懐が広い!」
「ホントかよ?」
「なんか文句あんのかよ?新人」
ベルとジュディを喋らせておけば、すぐに喧嘩に発展しそうになる。2人は似た者同士。そばにいれば反発し合うもの。
「まあまあ……お2人とも」
今にも取っ組み合いの喧嘩が始まろうとしている2人の間に、ロコが割って入る。
ジュディとロコは、本当に真逆の人間だった。ジュディに欠けたものを、ロコが補っている。ジュディが傲慢な分、ロコは謙虚だった。姉は好き勝手に、想いのまま行動するが、妹は周りへの配慮を忘れない。
それはまるで、1本のバラ。ジュディは鋭いトゲで、ロコは柔らかな花弁。2人揃って、初めて完璧な存在となる。
そんな2人の黒魔術士は、これからベルたちにどんな影響を及ぼすのだろうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ロコとジュディについてちょこっとだけ掘り下げてみました。個性的な2人に、リリは振り回されてばかり笑




