第83話「友の行方」(1)
ロコからリリとアレンの居場所を聞いたベルは、2人を探しに行くのだが……
改稿(2020/10/09)
ベルは室内に通される間に、この家についての説明をロコから受けた。ここはDr.ブルクセンと言う人物の自宅なのだが、科学者である彼は研究熱心でずっと家を空けたままにしている。そこで、ちょうど住居を探していたロコが住むことになったのだと言う。名義はDr.ブルクセンのものだが、実質的には彼女のものだった。
「あの、リリとアレンがここにいるって聞いて来たんですけど……」
慌ただしく動き続けていたロコは、ようやく落ち着きを取り戻し、ベルにお茶を出している。
玄関からは見えなかったが、少し室内に足を踏み入れてベルは自分の目を疑った。玄関付近はただの質素な木造の家だったが、いざ奥に入って見るとその印象は大きく変わってしまう。
ベルは促されるままソファーに座った。そのソファーは薄ピンク色のファーで包まれていて、質素な木造の建物にそぐわない。ベルの視線の先にある壁もピンクで統一されていて、ユニコーンや虹や雲などのペイントがあちらこちらに施されていた。いわゆる“ゆめかわいい”と言うやつだ。どうやら、このロコスタシアと言う少女の頭の中には、幻想的な世界が広がっているらしい。普段からどこかふわふわしているロコの言動には、その趣向と頭の中が影響しているのかもしれない。
ところが、ブルクセン宅の中はふわふわしたロコの世界で統一されているわけではなかった。ロコの趣味が占領しているのは、室内の4分の1程度。4分の2は、誰の趣味にも侵食されておらず、何も飾りつけられていない。残る4分の1からは、全く違う印象を受ける。
ふわふわしたロコのエリアとは対照的に、そこにはトゲトゲしいインテリアや、革張りのソファー。基本的に黒と赤のカラーで統一されていた。そこは“ゆめかわいい”とは正反対の、ロックな雰囲気に支配された空間だった。この家には、ロコ以外にも誰か住んでいるのだろう。
室内では、強すぎる個性が喧嘩をしていた。一見正反対にも見える趣向の持ち主が共に暮らしていて、トラブルはないのだろうか。
「リリ・ウォレスさんとアレン・レヴィ君ですね!確かに、さっきまでここにいましたよ!」
ベルは耳を疑った。ナイトはリリとアレンがここにいると言っていたが、ロコは2人はここにはいないと言う。それに、彼女は全く慌てる様子を見せていない。一体2人はどこに行ってしまったのだろうか。
「さっきまでって……今はどこに?」
「そうですよね、気になりますよね!お2人は街のバーに行ったみたいです‼︎」
「行ったみたいですって……2人だけで行かせたのか?ちゃんと見ててくれよ‼︎そのバーって何て名前なんだ⁉︎」
ベルは常にマイペースを崩さないロコに、次第に苛立ちを募らせていった。彼女はナイトから指示されて2人の面倒を見ているはずだった。それなのに、その責任を放棄してしまっている。
「おおお、落ち着いてください‼︎リリさんとアレン君は決して2人きりじゃありません!お姐様が一緒です!」
さすがにベルが怒っていることに気づいたロコは、慌てて情報を追加してベルを安心させようとする。
「お姐様?」
「えぇ、お姐様です。強い強いお姐様が一緒にいるので、どうかお気になさらず……ここでゆっくりしていてください」
ロコはベルが落ち着きを取り戻したことを確認すると、ホッと胸を撫で下ろす。彼女は他人の機嫌を人一倍気にする人間だった。
「でもやっぱり心配だ。リリとアレンは、何てバーにいるんだ?」
しかし、ベルはここで黙って待つような男ではなかった。ロコが信頼する強い女性が2人の傍にいると聞いても、ベルが手放しで安心していることは出来なかった。
「わ……っかりました!教えます!お2人は“ホーディーズ”と言うバーにいます。お腹が空いていたみたいだったのですが、ちょうど今食べ物を切らしていて……」
余計な混乱を招くのを避けたかったロコは、すぐに2人の居場所をベルに教えた。
ロコの話の途中で、ベルはこの家を飛び出してしまっていた。早く2人の安全をその目で確かめたくて、ベルは居ても立ってもいられなかった。
だが、今度は地図さえない。土地勘のないベルに、“ホーディーズ”を見つけ出すことは出来るのか。
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ベルは再び、大都会の大通りを歩いていた。ロコの話の途中で飛び出して来たため、ホーディーズと言うバーがどこにあって、どんな佇まいなのかさえベルには分からない。
未成年の少年少女が入れるようなバーであれば、きっと大通りに面しているはずだ。そう思ったベルは、歩いている大通りに建ち並ぶ店を1つひとつ確認して行った。ずっとこのようなことを繰り返すのであれば、途方もない時間が掛かりそうだ。
ベルがホーディーズを探している間に、リリとアレンはとっくにロコのもとに戻っているかもしれない。それでも、ベルは探し続ける。
「腹減ったな……」
「ホーディーズでも行くか?」
「朝から飲むのか?お前も悪い奴だな!」
ベルが必死にホーディーズを探していたその時、誰かの会話がベルの耳に飛び込んで来た。運良くベルの耳に飛び込んで来たのは、“ホーディーズ”に関する会話。彼らについて行けば、無事にホーディーズにたどり着くことが出来る。
しかし、声の主を見たベルは不安を募らせた。今からホーディーズに行こうとしているのは、見るからにガラの悪い男たちだったのだ。彼らからは、どことなくアドフォードのじゃんけんトリオに似た雰囲気が漂っている。彼らの会話から想像するに、ホーディーズでは酒を飲むことも出来るらしい。
この時、ベルはロコと一緒に住むもう1人の人物の趣向を思い出していた。ロコの言う“お姐様”は、トゲトゲしくてロックなものが好き。もしかしたら、彼女も目の前の彼らと同じようにガラの悪い人間なのかもしれない。ベルはどんどん想像を悪い方向へ膨らませていく。
数分ほど3人組の後を追って歩いていると、ベルは難なくホーディーズにたどり着いた。
“HORDIE’S”と書かれた大きなネオンサインを掲げたその店構えは、見るからにガラが悪い。街中の不良たちが、こぞって集まりそうな佇まいだ。
店外の壁には何度も貼り重ねられた指名手配書や、コンサートのフライヤー、そしてアーティスティックな落書き。誰も小さい子どもを中に入れたがらないような雰囲気が漂いまくっている。間違ってもリリとアレンが足を踏み入れてはならない店だと言うことは、ベルは入る前から分かっていた。
ベルは固唾を呑むと、意を決して不良の巣窟の中に入って行った。
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ホーディーズの中には、ベルの想像通りの光景が広がっていた。店内は薄暗く、7色の輝きを放つミラーボールの下では、ガラの悪そうな男たちが、酒を飲みながら踊っている。ホーディーズの客は好き放題に酒を飲み、タバコをふかしている。
どう考えても、この店は未成年の健康に悪影響しかない。ロコにお姐様と呼ばれている人物は、なぜ純粋な未成年たちをこんな店に連れて来たのだろうか。
ベルはこの空間自体に不快感を覚えながら、店内にリリとアレンの姿を探していた。入れ違いになって、実はもう2人はロコのもとに戻っていた。そうであって欲しい。心の底からそう願いながら、ベルはホーディーズの中を歩き回っていた。
しかし、その願いは儚く散った。ベルはものの数秒でリリとアレンの姿を見つけてしまったのだ。2人は決して安全ではなかった。
さっきのガラの悪い3人組とその仲間たちが、リリとアレンを取り囲んでいた。この時、ベルはデジャヴを感じていた。それは、ベルとリリがアドフォードで初めて出会った場面とそっくりだったのだ。
「へへへ姉ちゃん。かわいい顔してんな」
「なぁ、俺たちと一緒に楽しいことしないか?」
リリは、アドフォードのバー“レッド・パラダイス”で起きたのと、ほとんど同じことを体験していた。あの時と違うのは、そこにアレンがいること。
「…………あっち行け……あっち行けっ‼︎」
リリの傍にいるアレンは、彼女を守ろうと、必死に声を張り上げている。
「何だよガキンチョ。お前は俺らより強いのか?そこの姉ちゃん護れるのか?」
大柄な男は、上からアレンを睨みつけて威圧していた。男は明らかに、アレンを怖がらせようとしている。
「こ、怖くないもん‼︎」
怖い大人たちに囲まれて怯えているアレンは、恐怖を振り払うように叫んだ。以前に比べると、アレンも立派に成長していた。ベルと一緒に逃亡していたアレンは、以前より確実に勇敢に、男らしくなっていた。
「それくらいにしないと、身体に穴が空くわよ」
そしてその直後、男たちにとって想定外の事態が起こる。ガラの悪い男たちに囲まれたリリは、決して怯まなかった。彼女はどこからともなく取り出したピストルを握って、男たちを脅し始めたのだ。
そのピストルは、リリがバーバラから譲り受けたものだった。逃亡の旅は、か弱い女の子だったリリをも強くしていた。ベルに頼ってばかりだったリリも、ルナトでは戦いに身を投じた。大きな戦いを経験した少年少女は、確実に強くなっていた。
「怖いもの知らずだねぇ……そんなもんで俺たちを脅せると思ったら大間違いだ。だが、気が強い女もそそるなぁ」
ところが、銃を突きつけられた男が怯むことはなかった。
男は笑いながら魔法陣を出現させ、自身の右腕に獣化の黒魔術を発動した。魔法陣が消えると、男の右腕全体がアルマジロのような装甲に覆われた。その装甲は銃弾をも通さないほど、頑丈そうに見える。それを裏付けるかのように、男は余裕たっぷりの表情を浮かべていた。
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デジャヴのようなチンピラとの遭遇。成長したベルはチンピラたちに実力を見せつけることが出来るのか!?




