第82話「魔法奴隷と女騎士」(2)【挿絵あり】
「おいお前、これからどうするんだ?」
その直後、窓枠に腰掛けていたアイザックは唐突にベルに話しかける。
「そっちこそ。まだエリクセスに残るのか?」
「そうだな……俺は帰るとするかな。俺はお前と違って忙しいわけだし」
「俺だってそれなりに忙しいんですけど?」
ベルはいつものようにアイザックを睨みつけた。何かと癇に障る男だが、なぜか憎めない。
「ガキンチョ、まだ俺の質問に答えてないぞ?お前はここに来て、脱獄犯から騎士になった。だが、それは同時にお前が騎士団にずっと留まらなきゃ行けないことも意味してる。それで良いのか?お前の目的とやらは後回しになるかもしれないぜ?」
アイザックは、美しく輝くステンドグラスを見つめながら喋っている。彼の真っ黒なサングラスには、ステンドグラスの光が反射している。
「…………もう逃げる生活には疲れたんだ」
ベルの口から出たその言葉は本心だった。かと言って、ずっとここに居座ることも出来ない。ベルは同時にそう考えていた。やがては父親へ復讐するために、この場所を離れる必要があるのだ。
「迷いがあるな……黒魔術士騎士団の中で生きるなら、生半可な気持ちじゃダメだ。それに、お前の目的ってのも、もちろん生半可な気持ちでは果たせねーだろうな。どっちも捨てねーのは構わないが、中途半端にだけはなるなよ」
アイザックはベルの心の中を見透かしていた。悪魔の眼と言うのは、心の中まで覗くことが出来るのだろうか。アイザックもまた、騎士団に入るために何かを失ったのか、それとも目的のために騎士団を離れようとしているのか。
「俺は、いつも生半可な気持ちなんかじゃない。いつだって本気さ」
お調子者のアイザックに対し、ベルは真面目に答えた。その瞳には、強い意志が宿っている。
「扉の試練であれだけ苦労してるようじゃ、先が思いやられるけどな‼︎」
ここまでクールに決めていたのに、アイザックはおどけてベルを茶化した。やっぱり、アイザックの心根は頼れるお調子者だ。
「うるせー!お前に、この苦労が分かってたまるか‼︎」
「怒るなって。そう言うとこが、まだまだガキンチョなんだよ」
「どっちがガキンチョだ!お前こそまともに話も出来ねーじゃねーか‼︎」
おふざけを続けるアイザックに、ベルの堪忍袋の緒が切れた。アイザックと話続けていれば、絶対にペースを乱される。
「まあまあ〜。よし、お前がどんだけ偉大な黒魔術士になれるか、見守ってやろうじゃないの」
「別に偉大な黒魔術士になるつもりなんてねーけど、いつか必ずお前をビックリさせてやる!」
言い合う2人は、なぜだか笑顔だった。
「そうか……何か困ったことがあったら、俺を頼ると良い」
アイザックはベルに顔を合わせることなく、光の花畑を通ってアーチェス教会を後にした。
「頼ると良いって…どうやって連絡すんだよ」
ベルはアイザックが去る前にすかさずツッコミを入れるが、当の本人には聞こえていなかった。アイザックは最後に弟子の顔さえ拝ずに、逃げるように去って行った。そんなに急ぎの用なのだろうか。
アイザックが出て行った後、数分もせずにナイトがアーチェス教会に戻って来た。
「あれ?アイザックは?」
「すれ違いませんでした?さっき出て行きましたけど」
「そうか…………アイツ、魔剣の修理を拒否するために勝手に帰ったんだな」
ナイトは腕を組んで、静かに苛立ちを募らせていた。アイザックはベルのトレーニングと言う仕事の他にも、エリクセスでこなさなければならない仕事があったらしい。アイザックは一刻も早くナイトから逃げようとしていたのだ。彼には、サボり癖まであるらしい。
「なんかアイツらしいですね」
ベルは笑っている。アイザックはこれまでベルが出会った人間の中でも特に個性的で、人たらしで、何か不思議な存在だった。
「笑いごとじゃないんだ。修理して欲しい騎士団員の魔剣があったんだよ。即刻持ち帰ってもらわなきゃいけないんだけど………ベル君、ごめんね。ホントは僕が2人の場所まで案内するつもりだったけど、1人で行ってくれるかい?僕はアイザックを追いかけるよ」
ナイトは大きめの溜め息を吐いた。
それからナイトは、足早に教会を出て行った。それに続き、ベルもすぐにアーチェス教会を後にする。リリとアレンに早く会いたかったベルは、高鳴る胸の鼓動を抑えられなかった。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
ベルが外に出た頃には、見渡す限りの青空が広がっていた。なんだか景色が違って見える。それも、ベルが背負った重荷が少し軽くなったからだろうか。騎士団着に身を包む今のベルに、逃亡する必要はない。
深呼吸して自由を実感したベルは、さっそくナイトからもらった地図を広げる。
「ナイトさん……マジですか……」
広げた地図を眺めたベルは、思わず心の声を口にした。ナイトからもらった地図は、すべてが手書きだった。ナイトの性格が伺える綺麗な文字で、道もまるで定規で引いたかのように丁寧に書かれている。
しかし、この地図には重大な難点があった。ベルは地図上のアーチェス教会を見ているのだが、その周辺に書かれている建物と、実際に周りにある建物が全然違うのだ。よく見てみれば、枝分かれした道までもがデタラメに書いてある。彼は本当に精鋭部隊の隊長なのだろうか。ベルはナイトの天然っぷりに頭を抱えていた。これでは勘を頼りに探すしかない。
ただ、地図には目的地がはっきりと記されていた。そこには、“Dr.Brooksen’s house(家)”と書かれており、その建造物の特徴も記されていた。どうやら、木造の簡素な1軒家であるようだ。建物の特徴と、目的地の名称が分かっていることだけが、救いだった。
しばらく、ベルは当てもなく大都会の大通りを歩いていた。このままではいつDr.ブルクセンの家にたどり着くか分からない。そろそろ誰かに道案内をしてもらおうと思っていたその時、ベルはあることに気がついた。ナイトから渡された地図をよく見てみれば、それが全くのデタラメではなかったことが明らかになったのだ。
ずっと地図を眺めていたベルは、ふと地図を裏返して陽の光に透かして見る。そうして反転した地図と辺りの景色をずっと見比べていると、不思議とその2つはリンクしていた。
どうやら、ナイトはエリクセスの地図を左右反転して書いていたようだ。一体どうやって書けば、地図が反転してしまうのだろうか。これに気づいたベルは、ナイトと言う人間がますます分からなくなるのだった。
やっと地図の見方を理解したベルは、10分ほどしてDr.ブルクセンの家と思しき建物にたどり着いていた。その建造物には表札がなかったが、入り口付近に掠れた文字で“Dr.Brooksen”と彫ってあるように見えた。それに、この家は簡素な木造の一軒家。ここが目的地で間違いない。
コンコンコン…
ここが目的の家だと確信したベルは、さっそくドアをノックする。
「はい〜っ!」
すると、すぐに中にいる人物が返事をした。それに続いて、ガシャンと何かが中で盛大に倒れる音がベルの耳に届いた。
「はいはい!」
ドタンバタン‼︎
先ほどと同じ人物の声が再び聞こえて来ると、直後にさらに大きな物音がした。2回も同じ出来事が続くと、まるで彼女の返事と物音がセットなのではないかとさえ思えて来る。
「少々お待ちを〜!」
ガッシャーン‼︎
一体この家の中で、何が起こっているのだろうか。まだその目で何も見ていないが、聞こえて来る音はベルの心配を募らせた。まさか、アレンが中で暴れているとでも言うのだろうか。
3度大きな物音を続けざまに立てた謎の人物は、ようやく玄関までたどり着いて、玄関の扉を開いた。
「どうもすみません……ドジなものでして…」
開いた扉の先に姿を見せたのは、ゴージャスなピンク色の髪の毛が特徴的な人物だった。彼女は大きな丸メガネをかけており、その奥には緑色の大きな瞳があった。
そして何より目を引いたのは、彼女のその姿だった。まるで強盗にもで襲われたのではないかと思わせるほど衣服を着崩していたのだ。彼女はベルと同じく騎士団着に身を包んでいるのだが、ベルよりも肌が多めに露出されていた。
特に、着ているベストは上のボタンが数個外れていてそこからは大きな胸の谷間が覗いている。ベルは思わず彼女から目を背けた。服を着崩しているだけでなく、髪の毛までも乱れまくっている。一体この家の中で何があったと言うのだろうか。
「あの……あなたがブルクセンさんですか?」
ベルは目の前の女騎士を直視出来ずに、そのまま喋りかける。目の前の女性を見ることに罪悪感を覚えたベルは、その奥に見える室内に視線を向けていた。
しかし、そこにリリとアレンの姿は見当たらない。
「いやいや‼︎私はドクターみたいに偉い人じゃないですよ!私はロコスタシア・パラディです。ごく普通の騎士団員です……あぁ‼︎」
「ど、どうしたんですか?ロコスタシアさん」
自己紹介を終えたロコスタシアは、唐突に大きな声を出した。常に忙しないロコスタシアの様子を見て、ベルは若干引いていた。
室内には先ほどの物音に繋がるようなものは一切見当たらなかった。室内は極めて質素な感じで、必要最低限の家具しか見当たらない。一体どうやったら、たった1人であんなに大きな音を立てることが出来るのか。
「あ!え、えぇと。ロコって呼んでください‼︎その服を着てて、このタイミングでここに来たってことは、あなたはベル・クイール・ファウストさんですね‼︎」
彼女のニックネームはロコ。ナイトが言っていた騎士団員というのは、彼女のことなのだろう
「そうですけど……」
「あの……私何かしました?それとも、私のことが嫌いですか?」
「……は?」
「だって、全然目を合わせてくれないじゃないですか。」
「あ、あぁ……これは嫌いとかそう言うことじゃなくて…」
「何でなんですか?とっても気になります!」
「いやぁ〜…えぇっと……」
目線を合わせない理由を知りたがるロコに、ベルはたじろぐことしか出来なかった。思春期真っ只中のベルには、当然その理由を口にすることが出来なかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
最後に、新キャラのロコちゃんが登場しました!!ビジュアル的にはかなり気に入っているキャラです!




